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作:つあぎ



#6


―10年前


「では、お世話になりました」
 基地司令官の前に、柿原を初めとする第20夜間戦闘隊、通称「鵺」のメンバーが整列している。その背後には、新品同様とまでは行かないが、綺麗に磨かれた4号猟兵が4台整列していた。濃紺と黒のまだら模様は、昼間ではとても目立つ。もっとも、濃紺部はレーダー波を吸収しやすい特殊塗料が使用されているため、目視外、もしくは夜間に発見されることは少ない。流石に電子戦機の強力なレーダーからは逃れられないのだが、それでも探知される距離は低下する。
「それはこちらの台詞だ。思えば随分と無茶を言っていたよ。今まで迷惑をかけた」
「いえ、こちらこそ……」
 柿原が知る限りでは、この司令官は名将と呼べるに相応しいだけの力量を有していた。この戦争序盤の快進撃は、彼の力量あってのことだ。
「では、出発して貰いたい。……貴公等の旅路に、神の加護があらんことを」
「あなた方の国に、神の加護があらんことを」
 柿原と司令官が互いに敬礼を交わす。その直後、背後に整列していた鵺のメンバー3人も、寸分狂わぬ動きで敬礼を行った。

『トラックに輸送列車。いやはや、豪勢だなー』
『整備の方々も何人かついてきていただいてるからねぇ。ほんとに、司令官殿は太っ腹だよ』
 難民キャンプの大半は輸送列車で中立国へと向かう。列車には、国際条約で定められた民間人及び傷病兵が乗っている証である緑色の三角形が描かれている。敵に襲われる心配は殆どしなくてもいいだろう。一番の心配事はといえば、やはりゲリラである。ゲリラが線路を破壊。それは十分に有り得ることだ。
 列車の使用許可に、中立国への難民受け入れ。基地司令官と外務省の努力の賜物であろう。それに、貴重な弾薬もいくらか補給用に貰っている。柿原は基地司令官に感謝した。
『……』
「隊長、どーしました? さっきから黙って」
 山田の後ろには、イリスが座っている。山田の4号は元々複座仕様であったのだが、人員不足及び、部品の劣化によってその性能をフルに発揮できなくなったため、単座へ改造されていた。もともと複座だっただけあって、コクピットにはかなりのゆとりがある。そのため、今までは隊員の私物置きや書類置きとして重宝されていたスペースだ。
 本来ならばイリスも難民キャンプと同様に、輸送列車で中立国へ向かうはずだった。が、彼女は頑としてそれを跳ね除けた。彼女は難民となってから、ずっと基地で山田と共にいた。そのため、彼女は山田と離れることを拒んでいる。
 せめて同行しているトラックに乗って欲しかった。トラックには道中の補給物資と、整備兵が数人乗り込んでいる。整備兵とは顔なじみであるはずなのだが、やはり山田の傍がいいのだろう。
 山田はあまりいい気がしないのだが、如月と上坂は明らかにイリスの味方であり、結局山田と一緒に機甲猟兵に乗るというイリスの主張が通ったのだった。反対すると思われた柿原も、イリスを味方したのである。多数決だ。
 柿原が言うには、一番安全だから、ということである。それは冗談半分、自信半分だった。
『……お前たちには言っていなかったが、明日、24戦闘隊と30戦闘隊が引き払う』
「え!?」
『連中も引き払うのかよ!? え、じゃあ基地の守りはどうすんだ!?』
 第24戦闘隊と第30戦闘隊は、基地に残された最後の機甲猟兵戦力である。この戦局まで生き残っただけあって、全員なかなかの実力を持つ。仕様機種は24戦闘隊が4号猟兵、30戦闘隊が最新機種である5号猟兵を使用している。
『あの基地は放棄すんだよ。如月、聞いてなかったのかい?』
『いや、それは知ってたけどよ……。まさか撤退よりも先とは思わなかった』
『完全放棄だ。司令官殿は基地と運命を共にするらしい。24戦闘隊と30戦闘隊は、首都の守りに回されるそうだ』
 しばらく無線機を沈黙が覆う。基地司令官から受けた恩を思えば、なんとも言えない気分である。
「……そうなんですか」
 山田がなんとなくに発した言葉。それからまた沈黙が続く。
『……あー、ゴメンな、イリスちゃん。わかんない話ばっかで退屈だろ?』
「ううん、大丈夫。ソージロー、いっつもうるさいから」
『な、俺のどこがうるさいって言うんだ!? 40文字以上200文字未満で纏めろ!!』
 各機のコクピットに如月の大声が無線越しのノイズ混じりで響く。
「そーゆートコ」
『40文字になってねぇ! もう少し文章を考えろ!!』
『……』
『一文字もねぇだろ!? 今のは上坂か!!』
『いや、ワシだ』
『隊長すかよ!?』
 如月の一言で、コクピットを覆っていた沈黙が打ち破られた。彼は今までずっとこういうポジションに居た。隊の中で一番のエースでありながら、ムードメイカー的なポジション。
 如月のこういう性格は嫌いではない。上坂は思わず頬を緩める。如月とは陸軍学校時代の同期であり、長い付き合いである。
「……ちょっと待ってください。敵影……5。俺から見て4時方向!! 距離、40!」
 山田のレーダーに敵の反応が映る。一瞬で無線から笑い声が消えた。
「機種、おそらく『ドラゴンフライ』!」
 ドラゴンフライは敵陣営で使われている機種である。重装甲である新型の6号猟兵に対抗すべく、従来から使用されている「バタフライ」に、長砲身の150ミリカノン砲を持たせたモデルである。急造とはいえ、敵陣営の中では唯一正面から6号猟兵を撃破し得るモデルだ。当然、初期よりも改良されているとはいえ、6号よりも装甲がかなり劣る4号では、被弾は即、撃破に繋がる。
 その反面、防御力は機甲猟兵の中でも薄いほうであるバタフライとなんら変わりないため、完全に遠距離攻撃特化モデルといえる。その性質上、気付かれると厄介なことになるのは目に見えている。早いうちに仕留めなければならない。
『こちらのスコープでも捉えた。如月、上坂。今から徹甲弾を3発使う。着弾と同時に散開、貼り付け。整備兵達は退避を続けろ』
『『了解!!』』
 柿原の4号猟兵(砲戦仕様)が、ゆっくりと手に持つ150ミリカノン砲を構え、腰後部から射撃安定用のステーを二本、地面へと下ろす。これで瞬時の移動は不可能となったが、カノン砲の反動を完全に受け止められる。
 まだ敵は気付いていないようだ。柿原は手元のレバーを微妙に操作して、狙いをつける。
『初弾、発射する』
 柿原の言葉と共に、如月と上坂が膝の裏側から車輪を展開、接地させ、滑走を始めた。
「イリスちゃん、安心しろよ。如月さんと上坂さんが、全部やってくれるから」
「……うん」
 後部座席のイリスは、少し震えていた。村を焼いた鋼鉄の巨人。止まっている時には禍々しさを感じさせなかったのだが、動いているところを見ると――
 轟音。
 柿原の初弾は、見事命中した。景気の良い爆発が起こり、1機が撃破される。機甲猟兵で撃破されることは、8割方パイロットの死亡に繋がる。脱出装置は実装されているが、大抵は作動前に爆発してしまうことが多い。
『お見事ッ! 次も頼みますよッ!』
『言われなくても解っているさ。次弾、発射』
 敵もこちらに気付いたようで、少しずつ回避行動を始めている。が、そのボディに似合わない大型のカノン砲のせいで、その動きは鈍重極まりない。
『おっしぃ! ちょい右スよ!!』
 次弾は僅かに外れた。敵も少しずつ、射撃準備を始めている。いくら鈍重とはいえ、一撃の重みは機甲猟兵トップといえるドラゴンフライだ。攻撃態勢に移行させるのは望ましくない。
『これが最後だ。如月、上坂、頼むぞ』
 最後の弾は、ドラゴンフライ一機の右腕をもぎ取った。明らかに敵は動揺している。どうやら先ほど命中させたのは隊長機のようだ。
『よっし。如月、行くよッ!』
『任せろッ!』
 上坂がトリガーを引く。両腕のロケットランチャーから、数発のロケット弾が斉射された。ロケット弾は命中精度の良い武器ではない。これはあくまで目くらまし。
 地響きが数個聞こえてきた。どうやら相手はカノン砲を外して、接近戦を行おうとする腹積もりらしい。が、それこそ如月と上坂の思う壺である。
『悪いな、お前らにゃ恨みはねーけど、これも仕事だ!』
 如月が滑走を続けながらトリガーを引く。ガトリングガンの砲身がしばらく空転した後に、大量の銃弾が吐き出された。一瞬で眼前のドラゴンフライは蜂の巣となり、爆発、炎上した。
『何だァ!? コイツら、ヌルすぎるぞ!?』
 取り付かれると弱い、というのはドラゴンフライの弱点である。だが、上手いパイロットは接近戦になってもカノン砲の零距離射撃を狙ってくる。要は、諦めるのが早すぎたということだ。
 如月の銃弾がもう一機も蜂の巣にする。残るは2機、うち1機は半壊。
 ドラゴンフライは反撃を試みるも、近接防御用の単銃身20ミリ機関砲のみでは、碌な弾幕は張れない。如月と上坂の先の読めない機動の前では、全く役に立たなかった。が、如月は少しだけ機体の異常振動を感じる。
『っと、うおっ!? ちょっとかすったか!?』
『油断するからだよ! っとにもう!』
「ソージロー、だ、大丈夫?」
 後方で控えている山田の機体から、イリスの心配そうな声が聞こえてきた。
『おー、大丈夫だ。かすっただけだからな』
 如月が少し嬉しそうに返信をする。その直後、また爆音が聞こえた。
「ソージロー、やった?」
『おう、逆襲だ!!』
「わー、よかったじゃん」
 イリスが拍手をする。その前の席で、山田は二人の活躍を羨ましそうに眺めていた。山田は実力こそあるのだが、機体が電子戦仕様であるため、迂闊に前に出ることはできない。彼のスコア「26」は、全て今の機体に乗り換える前に稼いだものだ。
『……あたいだ、あたい』
 気まずそうに上坂が呟いた。その直後、もう一つの爆音。
『よし、倒した!!』
『どうしてそんな嘘をつく……』
 もう1機も上坂の仕事である。彼女は最低限の射撃で敵を仕留めることを得意とする。弾を広範囲にばら撒く如月とは正反対だ。
『よし、状況を終了する。お疲れ様だ。各員合流せよ。行動を再開する』
『『「「了解」」』』
 鵺の三人と同時に、イリスも返答した。

 その日の夜。
 機体整備と、弾丸補給を済ませた鵺一行は、軽い休息を取っていた。如月の被弾は本当に「かすっただけ」であり、塗料が剥げただけで済んでいた。
「如月、どうしたんだい? わざわざ呼び出して」
 キャンプから少し離れたところ。そこに上坂は呼び出された。
「ん、来てくれたか。すっぽかされたらどうしようと思ったぜ」
 如月がいつもどおりの笑みを浮かべる。如月は眼鏡のずれを直した後、少し咳払いをした。
「なぁ、上坂……」
「どーしたんだよ、かしこまって」
「この任務が終わって、国に帰ったら……」
「な、何だオイ、気味悪いな?」
「……付き合ってくれないか?」
「は?」
 しばらくその場を沈黙が包んだ。
「……またまた、何からかうんだい?」
「からかってなんかねぇ。……本気だ」
「いや、え、えー!?」
 上坂の頬が少しだけ赤くなっているのが、暗がりの中でかすかに見えた。
 先述したように、如月と上坂の付き合いは長い。お互いのことはよく知っているつもりであったのだが。
「……あたいなんかでいいのかい? お前なら、もっといい子が……」
 上坂は、自分の胸が高鳴っているのを感じていた。らしくない台詞だとは思う。それに、自分の本心は、別の――
「……お前がいいんだよ。俺みたいなダメな奴をつきっきりで面倒見てくれて、それからもずっと、カバーしてくれて……」
 如月の機甲猟兵操縦才能は無いと言い切ってよいほどだった。陸軍学校も落第寸前で、お情けで卒業できたと言っていい。
 義勇兵としてこちらへ派遣されてからも、被撃破3回、大破5回、中破4回という不名誉な記録を持っている。全て彼の強運がもたらしたもので、ついたあだ名は、「不死身の如月(ノスフェラトゥ・キサラギ)」。
 そんな彼を、現在の撃破スコア55へと押し上げたのは、自分自身の努力と、上坂のバックアップと訓練のおかげであった。
 最初は足を引っ張られないようにという思いだった。しかし、如月の努力を知った上坂は、次第にその感情を変化させていった。
 コイツと、ずっと一緒に戦っていたい。
 その感情が彼女を支配するようになるまで、あまり時間はかからなかった。
「……如月」
「ん?」
「近いうちに、絶対に後悔するよ……?」
 そう、自分は如月のことが――
「でも…………ありがとう」
 暗がりの中、二人は影をそっと重ねた。












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