#5
〜10年後
「ま、今になって思い返してみれば、やっぱ一目ぼれってヤツだったかもしれないスね」
イリスが恥ずかしそうな表情を浮かべながら頭を掻く。薄暗い灯りのなか、ドロテアが微笑を浮かべたのが見て取れた。
「私も、あの方達に助けてもらいました。家を焼かれ、難民キャンプでただ一人、不安な日々を送っていたんですが……」
「え、あの難民キャンプにいたんスか? じゃあ、ひょっとしたら会ったことあるかもしれないスね?」
とは言うものの、自分の容姿は10年前に比べると大分変化を見せている。自分で言って、これはないなと感じた。というか、難民キャンプに立ち寄ってもいないはずだ。
「じゃ、俺はそろそろ……。ゆっくり休んでくださいね?」
「あ、ちょっと待ってください」
「へ?」
「あの、本当に悪いのですが……一つ、頼みごとが……」
翌日。
昨日とは打って変わって、清々しい青空が頭上に広がっていた。イリスはドロテアの家の前に停めていたバイクのロックを外しながら、青空を見て目を細める。本当にいい天気だ。気持ち良い。
「お待たせー!」
家の中から、リュックサックを背負ったノーラが出てくる。
「よーし。とりあえず、帽子被れよ。髪の毛ぼっさぼさになるからなー」
二つ返事をしながら防止を被るノーラを背に、イリスはバイクのキーを捻り、エンジンから伸びているレバーを蹴る。一回。二回。その後、エンジンが回り始め、聞き慣れた排気音が発せられる。数回スロットルを開いて空ぶかしを行った後、ヘルメットを被った。
「すみません、こんなことまでお願いして……」
「いいっスよ。一日お世話になったお礼スから」
「イリスー、早くー!」
「急かすなって。よーいーしょっと」
イリスはノーラを抱え上げ、タンデムシートに座らせる。タンデムステップまで足が届くか不安だったが、なんとかなったようだ。手袋をして、自分もまたがる。
「いーかー、片手はそのベルト持って、もう片手で俺を掴んでろ。まー安全運転で行くから、力抜いてなー」
「はーい!!」
ノーラが元気そうに返事をする。バイクに乗ることなど、初めてだろう。イリスはそれを満足そうに聞いて、サイドスタンドを払った。
「んじゃ、行ってきます」
「行ってきまーっす!!」
少し手を振って、ギアをローに入れる。子供と二人乗りというのは初めてだが、まぁ街中まで10キロちょっとの道のりだ。なんとかなるだろう。
いざ走ってみると、以前友人と二人乗りしたときよりも、断然楽である。気になってあまり飛ばせないという難点はあるが、それはそれ。
「どーだー、ノーラちゃん。バイクっていいだろー?」
「……目が痛いよぉー……」
「あー、そっかー。悪い悪い、できるだけ俺で顔隠してろって言うの忘れてた」
この国にヘルメットの着用義務は無い。だが、安全や防風のため、多くのライダーがヘルメットを被っている。
子供用のヘルメットなど持っていないので、とりあえず髪が乱れるのを防ぐためにノーラには帽子を被せているが、ゴーグルをつけさせるのを忘れていた。大方、夢中になって景色を眺めていたら、目が乾いたというところだろう。
今日はノーラが通っている学校で、合唱コンクールが行われるらしい。ノーラは普段、街中にある学校までドロテアに送ってもらっているのだが、ドロテアの体調不良のため、急遽イリスが送ることになったのだった。
合唱コンクールは昼までとのことだ。それまでどう時間を潰すか迷うが、まぁ街中だ。どうとでもなるだろう。
「おー、だんだん車増えてきたなー」
街中に近付くにつれて、車の数も増えていく。この街は軍港に隣しており、結構な規模の都市だ。そして、10年前、数多くの難民を受け入れた都市でもある。
「よっしゃ、間に合ったな」
合唱コンクールが行われる市民ホールの前にバイクを停め、ノーラを降ろす。
「えーっと、12時までだな?」
「うん!」
「よっしゃ、12時になったらまたココに来るから、待ってろよ?」
「あ、お母さんがね、お昼ごはん食べてきなさいって!」
「うっわー、そこまでしてもらうと悪いなぁ……。まぁいっか。じゃ、頑張ってこいよー」
「はーいっ!」
ノーラは笑顔で手を振って、道の反対側にある市民ホールまで走っていった。合唱コンクールを見て時間を潰そうと思ったが、会場が小さいせいか、どうも招待状を持参した人しか見れないらしい。そして、ドロテアが持っていた招待状を、イリスは見事に貰い忘れていたのだった。変なところでケチらずとも良いのに、とイリスは独白し、再びバイクにまたがった。
とりあえず、本屋にでも行こう。3時間潰すのは辛いが、まぁ目標は1時間。ウィンカーを上げて、道路に入った。
案の定、本屋には1時間半しか居れなかった。興味のある雑誌を全て立ち読みしていたのだが、やはり飽きることのほうが早かった。まぁ、当初の予定だった1時間をオーバーしたから、頑張ったほうだといえる。
とりあえず、近くのファミリーレストランでデザートでも食べて時間を潰すことにした。休日の午前中だということで、待ち合わせ目的など、何人かの客がいる。コーヒー飲み放題というサービスが、時間を潰すのが目的のイリスには有難い。
ふと気付くと、マグカップの中のコーヒーが無くなっている。4杯目になるが、構わず注ぎに行くことにした。店員が持ってくるのではなく、自分で注ぎに行くのである。こういうところでコストを削っているのだろうか。
コーヒーを注ぐ機械の前。そこで、一人の男と鉢合わせする。イリスは思わずその場に立ち尽くした。
そう、彼の横顔は―――
「あの、ひょっとして、『ヌエ』の方、ですか……?」
男は驚いたような表情を浮かべ、イリスの方を向いた。
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