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作:つあぎ



#4


〜10年前


「なるほど、事情は大体わかった」
 基地司令官の前に、山田達の部隊の隊長が立っていた。柿原信之助(かきはらしんのすけ)。もう40を越える年齢だが、今もなお部隊長として前線指揮を行っている。機甲猟兵撃破数は32。義勇兵でありながら、トップエースの一人である。
「難民キャンプは孤児ばかり。嫌な時代ですな」
 柿原はごま塩の顎髭をさすりながら、山田の傍を離れなかったあの少女のことを考えていた。
 数日前、どのような戦闘があったかは知らない。が、町一つ焼け野原になったことは確かだ。基地のパイロット達に聞くと、かなり酷い戦闘があったらしい。
「カキハラ君。帰還して数時間のところ悪いが……」
「任務ですかな?」
「うむ。いや、近い話ではない。五日後、この基地を撤収する」
「撤収、ですか」
 柿原達にとって、この基地はこちらへ来てからずっと使用している、愛着のある基地だ。そして、北部戦線の要である基地のはず。それを引き払うということは、もはや敗北は必至だろう。
「そこでだ。君達には別の任務を依頼する」
「別の? 後退戦ではないのですか?」
「君達は付近の難民キャンプを連れ、中立国へ入って欲しい。そして君達は軍港へ向かい、そのまま祖国へと帰ってくれ」
「な、ここで、ですか?」
 柿原は思わず眼前の司令官の机に手を着く。義勇兵という立場であるとはいえ、5年間もこの国のために戦ってきた。多くの部下や戦友を亡くし、残っている義勇兵はわずかに4人。それならば、この国と運命を共にするのも悪くない。隊員達はそう誓っていた。
「君達の国家元首直々の要請だ。君達の国も、どうもきな臭くなっているらしい」
「しかし……」
「君達は我々のためによく戦ってくれた。しかし、これは国王陛下からの命でもある。わかってくれ」
 基地司令官が柿原の肩に手を置いた。
「君達は三日後に動いてもらう。これが我々が君たちに行う最後の整備と補給になるな。相変わらず物資は少ないが、できるかぎりの補給は行うようにする」
「はい。すみません。……司令官殿は?」
「ワシはこの基地と運命を共にするよ。この戦況を作り出した責任は、ワシにもある」
 司令官は全て達観したような笑みを浮かべる。南部・東部戦線は既に崩壊、西部戦線も撤退中という現状の中、北部戦線の戦況はまだ良い方だ。この司令官の腕前はかなりのものである。
「今まで色々と迷惑をかけた。すまんな」
「いえ……」
 司令官へ向けて、柿原は敬礼をした。

 その日の昼過ぎ、仮眠を取っていた鵺のメンバーがそれぞれ起きだし、格納庫へと集合する。
 隊長の柿原は司令官室へ向かっており、この場に居るのは、2号機「義」パイロットであり副隊長を勤める如月宗司朗きさらぎそうじろうと、3号機「忠」パイロットで部隊の紅一点の上坂かみさかすず。それと山田とイリスの4人だ。撃破数はそれぞれ53、44、26。隊員全てがエースパイロットという触れ込みに偽りは無いのである。特に如月は、この国の機甲猟兵パイロットの中でも5指に含まれる。
「お、山田。ずいぶんと懐かれてるな」
 しっかりと山田の手を握って離さないイリスを見て、如月が楽しそうな笑みを浮かべる。それに山田は曖昧な笑みで返答した。
「イリスちゃんかい? あたいは上坂すず。よろしくな」
 上坂はしゃがみこんでイリスの頭を撫でた。イリスはまんざらでもない表情を浮かべたものの、すぐに山田へしがみつく。
「「おおー、さすが山田」」
 如月と上坂がそれぞれ拍手をする。山田は瞼をこすりながら、冗談じゃないといった表情を浮かべた。今朝はずっとイリスの相手をしていたため、少々寝不足気味である。
 しばらくして、基地の整備員がやって来た。3人はそれぞれ、機体の調子を整備員へ丁寧に告げる。単純な整備は自分達でも行えるよう教育を受けているのだが、やはり餅は餅屋。専門職には敵わない。整備員を怒らせた者に、あまり明るい未来は無いのだ。
「ん、整備中か」
 柿原が格納庫へ姿を現す。その姿を確認した鵺の隊員達はそれぞれの手を止め、柿原へ向かって敬礼をした。山田の傍で退屈そうにしていたイリスも、見よう見まねで敬礼をする。なお、この基地内では、整備員に限り、作業中は敬礼せずとも良いというルールが作られている。
「楽にしてくれ。鵺の連中は、手が空いたら第三作戦室に集合するように」
 柿原はそれだけ告げ、乗機である1号機「魂」の方へ歩いていった。どうやら駆動系の調子が悪いらしい。もっとも、彼等にとっての「調子が悪い」は、かなり危険な状態である。完調状態で出撃した記憶など、この1年間は無い。だが、このことで整備兵を責めることはできない。彼等は少ない消耗品を上手くやりくりしつつ、必死でパイロット達を送り出している。
「第三作戦室に集合かね」
「うっそー、また出撃かい?」
「仕方ないっスよ。戦況が戦況ですし」
「てめぇ、イリスちゃんの前だからって優等生ぶんなよ!!」
「そんな生意気な山田にはこうだよ!!」
「わー、すみません、すみませーんっ!!」
 如月と上坂が山田を羽交い絞めにする。山田の立ち位置を如実に表している構図であり、よく見かける光景だ。近くの整備兵も苦笑を浮かべるのみで、止めることはない。
 なんだかんだで山田も慣れている。よくあるじゃれあいの光景だ。
 でも、イリスの目にはそう映らなかった。しばらく仏頂面を浮かべる。
「〜〜」
「ん、どーしたのさ、イリスちゃん」
 上坂が山田を羽交い絞めにしている腕を緩め、イリスの方を見る。
「タロウをいじめちゃ、ダメーーーーッ!!!」
 イリスの声はその外見どおりの甲高い声だ。その声は格納庫の中で異様に響いた。周囲の人間が、皆でイリス達の方を見る。
 しばらくの沈黙の後、如月と上坂は笑い声をあげながら山田を解放した。
「いや、ははは、山田、悪い悪い」
「もー、ホントに、イリスちゃんは可愛いねぇー」
 如月はしばらく笑いこけ、上坂はイリスの頭を撫でる。イリスは心配そうな表情を浮かべながら、腰を伸ばしている山田の手を握った。
「タロウ、大丈夫?」
「あーうん、大丈夫。大丈夫大丈夫、いつものことだから」
「タロウ、いじめられてるの?」
「……」
 山田は苦笑を浮かべながらちらりと如月と上坂の方を見る。二人の先輩方はなんとも言えない笑顔を貼り付けていた。答え次第では、今後色々と危険である。
「違う違う、如月さんも上坂さんも、すげー優しい人だよ」
「じゃあどうしてタロウにそんなことしてたの?」
「……さぁ、俺は仕事片付いたし、作戦室にでも行くかなー!」
 山田は凄くわかりやすい仕草で話題を逸らし、大股で格納庫を後にしていく。その後ろでイリスが山田に質問の嵐を浴びせつつ、小走りでついていった。その様子を如月と上坂は微笑ましく眺める。
「いやまぁ、ホント懐かれたなー」
「そうだねぇ。ま、アイツが一番若いし、イリスちゃん助けたのもアイツだし、しょうがないんじゃない?」
「……」
 如月が急に言葉を止めた。その様子を上坂が怪訝そうな目で見る。
「どーしたのよ」
「……子供欲しいな」
「何を言ってんのさ。潰すよ?」
「すみません」
 如月が頭を下げた。それを尻目に、上坂は少し頬を赤くしていた。
 それが意味するのは……謎である。

 作戦室の前。そこではイリスが退屈そうな顔を浮かべて、床に体育座りで座っていた。そこに如月が通りかかる。
「ん、どーした、イリスちゃん。山田は?」
 イリスが仏頂面のまま、部屋の中を指差す。
「あー、なるほどー。ま、お兄ちゃん達は今から大事な話をするからなー。暇だろうけど、しばらくガマンだ」
 如月はイリスの頭を軽く叩いて、部屋の中に入る。中にはすでに山田と上坂が座っていた。
「如月さん、遅いっスよー」
「わーりぃわりぃ。んで、隊長は?」
「もうすぐ来るんじゃない?」
 噂をすればなんとやら、柿原が部屋の中に入ってくる。3人は立ち上がって、敬礼をした。これは先ほど行っていた敬礼とは違い、彼等の祖国での敬礼である。身内でブリーフィングをする時は、いつもこの形だ。自分達は違う国の人間であるということの、小さな証明である。
 柿原は地図を黒板に貼り、重い声で喋る。
「3日後、出撃だ。目的地は、中立国の軍港」
「3日後、ですかい?」
「あぁ。任務は難民の護衛。そしてそのまま、我々は祖国へ帰る」
「「「帰る!?」」」
 祖国へと帰る。
 3人とも、その思いはすでに捨てている。ここに骨を埋める覚悟はできていた―もっとも、たまに冗談として「米のメシが食いたい」などと言う事はあるが―。
 それ故に、祖国へ帰るとの言葉を聞いて浮かぶ感情は、そう大きくはなかった。
「ルート的にはこうなる。もっとも、我々の単独行動であり、主戦場も離れている。大きな戦闘は起こらないだろう。だが、もし起こった場合は……」
 場を沈黙が包む。戦闘が起こった場合、護衛している難民は――。
「起こらないようにしようじゃないか。なぁ、山田?」
「へ?」
「わっかんないのかよ。アンタが敵を早め早めに捕捉して、あたいらが片付けに行けばいいじゃないか。なぁ、如月?」
「それもそうだな。俺のスコアも伸びて、一石二鳥っと」
「上坂の言うとおりだ。この作戦が上手くいくかどうかは、山田。お前の目にかかっている」
「は、はいっ!!」
 如月と上坂が駆る4号猟兵は、腕部に大型の40ミリガトリング砲と、14連装70ミリロケットランチャーが据え付けてある、完全に攻撃特化仕様だ。その攻撃力の高さが、彼等をトップエースへ押し上げた要因でもある。もっともその反面、腕部へ被弾することは誘爆を意味する。それゆえ、高い火力は諸刃の剣であり、如月達の技量あってのハイスコアということも付け加えておく。
「最後の出撃だ。補給と整備は念入りにやってくれるそうだ。我々もその恩義に恥じぬよう、全力を尽くそう」
「「「了解」」」
 3人のパイロットはそれぞれ敬礼をし、しばらくの間、柿原が黒板に貼り付けた地図を凝視していた。
 祖国への旅路。それは、順調に行けば4日で港に着く。が、難民を従えて行く必要がある。いくらでも遅れる可能性は高い。鵺の名前は敵方にも知れ渡っており、こちらに少なからずの怨みがあるだろう。執拗に狙ってくる可能性もある。
 ひょっとしたら帰れないのかもしれない。
 が、戦場で死ぬのは軍人の本懐。
 それに、民間人を捨てて、自分たちだけ生き残ったとなれば、祖国の武人達に笑われてしまう。
「如月さん、上坂さん、最後に伝説打ち立てて、帰りましょうか」
「お、言うじゃねーか。ま、俺はすでに伝説立ってるけどな」
「どんなのだよ」
「ズバリ!」
 そこまで言って、如月は部屋を出て行く。
「お前、絶対何も考えてねーだろーがっ!!」
「まぁまぁ、如月さんですし……」
 不満を漏らす上坂をなだめながら、山田は一つの疑問を抱いていた。
 イリスは、どうするんだろう。自分にすっかり懐いたあの子のことだ、一緒に行くとは言うだろうが。
「そういや山田、イリスちゃん、廊下に座ってたぜ。迎えに行ってやれよ」
「それもそうスね。んじゃ、失礼しまーす」
 山田は残る上坂と柿原に礼をしつつ、部屋を出て行った。部屋の外から、嬉しそうなイリスの声が聞こえる。
「ホント、懐かれてますねー」
「あぁ。あぁして見ると、ワシも娘が欲しかったよ」
「あれ、子供さんは?」
「二人とも息子だ。上の奴はいい年頃だからな、国に帰ったら紹介してやるよ」
「……余計なお世話ですッ!」
 柿原の言葉の端に何か不吉なものを感じながら、上坂は肩を怒らせた。
 












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