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作:つあぎ



#1


「あっちゃー……。まずったかぁ……」
 ジェットタイプのヘルメットのバイザーの中で、その女は呟いた。数十分前からパラパラと降り始めていた雨。それが、本降りになってきたのだ。
 バイクに乗っているため、濡れた体が走行風で余計に冷える。にも関わらず、足元のエンジン部分に近いところのみ、妙に暑い。そのせいか、不快感は極めて高い。
 思わず体をすくめながら、スロットルを開ける。空冷並列二気筒エンジンが奏でる心地よい振動も、今となっては鬱陶しく感じてきた。
 道路の脇には、のどかな田舎の風景が広がっている。普段なら足を止めて、少し休憩するだろうが。
 今となっては、そんなゆとりはない。雨宿りできる場所を探すのが最優先だった。だが、本当に一軒の家も見えない。
「……あれ?」
 視界の端に、一軒の家が見えた。スピードを落として近寄ってみると、庭に洗濯物が干してあるのが目に入った。この雨の中で干しっぱなしとは、留守なのだろうか。
 とりあえず、ダメで元々。その家の前にバイクを停め、ヘルメットを脱いで、タンデムシートに括りつけてある荷物―歯ブラシやタオル、石鹸といった洗面具と、数枚の下着等が入ったバッグ―を外す。
「ごめんくださーい」
 扉をしばらくノックする。が、返事は無い。
「すんませーん、誰かいませんかー?」
 もう一度声を出す。やはり返事はなかった。留守なのか。
 女はやれやれ、といった表情を浮かべて、しばらく雨宿りすべく軒下に座る。ちら、と雨に濡れる洗濯物が目に入った。ご愁傷様、と呟く。
「はーい?」
 急に扉が開く。女は慌てて後ろを振り向いた。中には、眠そうな表情を浮かべている少女がいた。
「あ。……悪いけど、雨宿りさせてくんねぇ? 見ての通り、雨降ってっからさ」
 相手が少女ということで、普段どおりの言葉使いに戻る。
「雨?」
「あー。バイクで旅してっからさ、ちょっと困るんだわ」
「……?」
 少女が舐めるような視線で、女を上から下へと凝視する。不審者と思われているようだ。
「大丈夫って! 悪いことしねーから! 何も危ないの持ってない!」
 両手を挙げた後、ジャケットの裾をばたつかせ、ポケットを裏返す。
「……うん、ちょっと待っててっ。タオル、持ってくるから」
 大丈夫だと思ったのか、少女がぱたぱたと中へ戻り、しばらくしてから大きめのタオルを持ってくる。
「お、さんきゅー。いい子だなぁー」
「どーぞー」
「あいよー」
 女は顔とジャケットを無造作に拭きつつ、家の中へと入る。小ぢんまりとした、普通の一軒家といったところか。
「椅子座るぜー?」
 確認を取りながら、答えを聞かずに座る。傍に荷物を置き、荷物の中に入っている袋の中からサンダルを取り出した。
「それ、何?」
「ん? あぁ、この靴は一応防水なんだけど、ムレるんだよ。だから、こういう時にサンダルにはきかえないと、足が悲鳴あげちまうからな」
 くるぶしほどまである靴を脱ぎ、ついでに靴下も脱ぐ。足元が久々に外気にさらされ、非常に爽快だった。
「んで、洗濯物、取り込まないでいーのか? 雨、めっちゃ降ってるぜ?」
「……あっ……!」
 少女が驚いたような表情を浮かべ、慌てて庭の洗濯物へ走っていった。
「ったく、うっかりさんだな。よっしゃ、俺も手伝うぜー」
 女もジャケットを脱いだ後、少女に続くように、庭へと出た。


 洗濯物はずぶ濡れだった。これでは完全に洗濯のやり直しである。
「それにしても、何で気付かなかったんだ?」
「……お昼寝してたの……」
「ま、ドンマイとしか言い様がねーなぁ」
 少女と二人で洗濯機に洗濯物を突っ込みながら、女は少女の頭を慰めるかのように撫でる。
「で、あんたは名前なんてーの?」
「ノーラっていうの。お姉さんは?」
「ノーラちゃんかー。俺はな、イリス。よろしくな」
 ノーラが慣れた手つきで洗濯機のスイッチを押す。普段からやっているようだ。偉い子である。
「イリスは、洗濯しなくていいの?」
「ん、してくれるなら、やって欲しいな。いいのか?」
「いいよー? どうせお母さんから怒られちゃうんだし……」
「んじゃ、遠慮なく」
 イリスは手荷物のほうへ向かい、洗濯待ちの下着や靴下―普段はコインランドリーや、立ち寄った宿などで洗っている―を持ってくる。そして、洗い場でジャケットの下に来ていたシャツを脱いで、洗濯機へ放り込んだ。
「これでよし、だな」
「うん。ね、イリスさ、旅してるんでしょ? お話とか、聞かせてよ!」
「んー、大したことはねーけど、いいぜー?」
「わーいっ! 早く早く、こっちだよっ!!」
 ノーラは嬉しそうにイリスの手をとって、近くにある自分の部屋へ連れて行った。
「わ、おま、服ぐらい着せろよッ!」
 そう、イリスの上半身は下着のみであった。


 寝巻きとして使っている半袖のシャツを着たイリスは、ノーラの部屋のストーブに当たりながら、今まで見てきたことを話した。
 冬の終わりから旅を始めたイリスは、少しずつ春へと向かっているこの土地の様子をよく見ている。春と初夏の間である今はバイクで旅をするのに丁度いい季節だ。
 イリスの大げさな身振りと共に語られる話は、まだ10歳ほどのノーラの瞳を輝かせるのに充分なものだった。
「いいなぁ……。ノーラもやってみたいなぁ……」
「なはは、ノーラがやるには、ちょっと早すぎっだろ。第一、足つかないだろ?」
「そんなことないもんっ! つくもんっ!」
「どれ、ちょっと立ってみ?」
 イリスが立ち上がる。彼女の上背は、160センチ代前半といったところだろう。それに対し、ノーラの上背は、よくて110センチといったところか。
「うん、無理!」
「あぅー……」
 ノーラがしょげかえる。
「悪い悪い。で、今日学校は?」
「ないよ? 今日は土曜日だから休みだもん」
「あー、そういうことかー。完全に曜日感覚なくなっちまったなぁー……」
「イリス、学校は?」
「ん? いや、ハイスクール卒業して、実家の店を継ぐつもりなんだけど、それまでにやっときたいことがあってなー」
「やっときたいこと?」
 ノーラが首をかしげた。そういえば、イリスの格好はどう見ても男にしか見えなし、口調も男そのものだ。なんでこんな格好をしているのか、疑問が浮かんだ。
「そういえばさ、なんでイリスは女の子なのに、男の子みたいなカッコしてるの? 喋り方も男の子みたいだし」
「ん? このことか?」
 イリスが自分の格好に目をやる。確かに女らしさなどかけらもない格好だ。髪の毛はかなり短く切りそろえてあるし、化粧もほとんどしていない。
「ちょっと、憧れてる人がいて、な……」
 少し甦る、10年前の記憶。
 悲しくもあり、楽しかった記憶。
「少し、話してやろうか?」
「うん!」


読んでいただき、ありがとうございましたー!
始めて挑戦するじゃんるになります。色々と見苦しいかもしれませんねw











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