いばらの冠(2/3)縦書き表示RDF


いばらの冠
作:弥招 栄



一話〜叱責〜



「ええ、もちろん塾に通うことも重要ですけれど、それに加えて、お子さんなりの速さでですね、お子さんの興味のあるカリキュラムを……あ」
 今日、これで何度目だろうか。トークの途中で、もういいから、と受話器を置かれるのは。私が話していたのと同じような内容を、それぞれの言い方で受話器に向かって唱えている同僚たちの声を聞きながら、電話のフックを中指で押す。首に挟んだ受話器のスピーカーから聞こえていた断続的な発信音が、一瞬の断裂のあと、連続したものに変わる。小さくため息を吐き出してから、私は名簿に目を落とした。たった今かけた番号に物差しを当て、力を込めてボールペンで線を引く。拒絶されるたびに、こうやって番号を消してゆく。このテレアポの仕事を始めた頃は、そうやって黒く染まっていく名簿が、自分が世間に拒絶されている証拠のような気がして、見るのも嫌になったものだけれど。
 もう一度名簿の一ページ目に戻り、まだ生きている番号を探す。ここは午前中にかけて留守だったところ。共働きかな。ちらりと時計を見る。五時を少し回ったところ。パートなら母親が帰ってきているかもしれない。そうやって一生懸命稼いだお金を、こんな十何万もするような教材に使ってくれる?
 今度はもっと深いため息が洩れた。今日はまだ一件もアポが取れていない。こんなことを考えている暇があったら、とりあえず電話をしないと。後三十分でミーティングが始まる。昨日取った五件のアポも、結局契約に結びついていない。「お前がごみだから、塵みたいなアポしか取れないんだ」。課長の決まり文句。もちろん、それを叩きつけられるのは私だけじゃないのだけれど、毎日のようにそれを聞いているのだけれど、慣れることができない。私が塵? どうやって顧客から金を搾り取るのか、そればっかり考えてるあんたが、それを言うの?
「原田、ちょっと来い」
 目が合ってしまった。課長は今、モニターしていなかったはず。私は受話器の口に手のひらを当てて、通話中であることをアピールしてみる。もちろん、今この電話はどこにもつながっていないのだけれど、今ならばれないはず。しかし、いいから切れと怒鳴られて、仕方なく受話器を置いた。隣の席で、机に身を隠すようにクロージングにかかっている北条比奈が、私を見上げて顔をしかめた。私も彼女に同じように返して、課長の席へ向かう。
 課長の坂井は、椅子の背もたれに身体を預けるようにして、デスクをはさんで立った私を見上げている。机の上には、私たちテレアポが上げたチェックシートが散乱していた。
 課長とはいっても、私とそれほど歳は離れていない。二十五だと言ってただろうか。だとしたら、私よりも三つ上だ。営業マンらしく綺麗に撫で付けられた髪と、整えられた眉。その下の細い目が、私を突き刺すように見つめている。
「原田。お前、今日何件取った」
 そう問われて、私は口ごもった。机の上に私の書いたチェックシートがないのは、あんたが一番よく知ってるじゃない、そんな考えがよぎったけれど、言えるはずもない。
「何件取ったんだ?」
 坂井の足が、デスクを蹴る。その音に、体がビクリと震える。それが悔しくて、私は吐き出すように答えた。
「ゼロ……件です」
「あ?」
「ゼロ件です」
「今月は。予約何件で、成約は何件だ」
 間髪をいれずに重ねて聞いてくる。私は、右の壁に貼られているグラフを、ちらりと横目で見た。歯の欠けた櫛のように、不ぞろいな棒が伸びている。青が予約件数。それより短いのが、成約件数。私の名前から伸びる歯は、青も赤も、一番短かった。
「お前、やる気あるのか」
 その嘲るような口調と射るような視線に耐えられなくて、私は下を向いた。
「……あります」
「ああ?」
 再び、そしてさらに大きな、デスクの悲鳴。この机も、横に置いてあるくずかごも、何度も蹴られて、ぼこぼこになっている。
「ありますっ」
「お前、何も仕事をせずに、給料がもらえると勘違いしてるんじゃないのか? 給料だけじゃない。お前を照らしている蛍光灯も、エアコンも、全部会社が金を出してるんだ。お前は今月、それだけ稼いだのか?」
 そんなの分からない。一件の成約で、どれくらいの利益があるなんて、テレアポの私が知るはずがない。
「どうなんだ?」 
 だけど、他に答えようがない。
「……稼いでいません」
「だったら、なぜぼうっと突っ立ってる。さっさとかけろ」
「はいっ」
 あんたが来いって言ったんじゃない。でも、やっと解放された。
「おい、お前、四件取るまで帰るな」
 私の背を、坂井の声が追いかけてくる。構わない。そう言われることは半ば覚悟していたし。気合を入れるために息を軽く吸って、机につく。ドンマイ、と比奈が小声で言ってくれた。彼女はさっきのが予約になったのだろう。チェックシートにデータを書き込んでいる。それに頷いて見せて、私は受話器をとった。









ネット小説ランキング>恋愛シリアス(PG12)部門>「いばらの冠」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう