プロローグ〜修二〜
私の見上げる先には、蛍光灯が明々と灯っていた。たれさがった紐が、エアコンの温風に、ゆらゆらと揺れている。ソファーベッドが、ギシリと軋む。安っぽいベロアの生地が、むき出しの背中に突き刺さる。
「どこを見てるんだよ」
私の肌に舌を這わせていた修二が、わずかに頭をもたげて睨んだ。それに目をやり、すぐに逸らす。ボリュームを絞られた点けっぱなしのテレビが、ブツブツとつぶやいている。脱ぎ散らかされた私と修二の服が、もう何ヶ月も掃除をしていない床に散らばった、ジャンクフードの残骸を覆い隠している。
「どこを見てるって言ってんだっ」
あばらをなぞっていた修二の左手が伸びて、私の髪をつかみ、揺さぶる。痛いっ。漏れそうになった苦鳴を抑えて、目の前に寄せられた修二の目を今度は睨みつける。左の頬に嘲るような笑みを刻んだ彼は、私の頭をソファーに叩き付けると、また下に潜っていった。彼に聞こえないようにゆっくりとため息を吐き出し、再び私はぼんやりと部屋を見回す。乱れた髪が顔を覆って、視界の中をまるで黒いミミズのようにのたくる。たとえそれが本物のミミズであっても、今私の腋から腰に向けて這い進んでいる、修二の舌よりはよほどましだ。
「くっ」
修二の細く長い指が、私の芯を捉える。抑え切れなかった声が零れ、それに修二の含み笑いが重なる。私は歯を食いしばると、意識を部屋の風景に集中させる。
彼は私を抱くとき、決して部屋の明かりを消してくれない。いや、この部屋の明かりが消えたことは、もう一年の間ない。少なくとも、私は知らない。
傷だらけの壁を、無数の四角が切り取っている。鏡のないこの部屋で、それだけが真実を映し出す鏡。窓はずっとカーテンで閉ざされ、夜の鏡がこの部屋を映すこともない。
偽りの鏡の向こうで、修二が笑っている。中学の卒業式のときの、周りを女の子たちに囲まれた、少し得意げな笑顔。バイト代を貯めて買ったバイクの前での、少し粋がった笑顔。顔を塗りつぶされた女の子の横で、はにかんだような笑顔。ショートウルフに決めたキャラメルブラウンの髪の下で、白々とした闇に侵食されたこの部屋を照らそうとするかのような明るい笑顔。
女の性を持つ者なら、誰でもその笑顔に惹かれただろう。毎年バレンタインデーになると処分を頼まれていた、手作りチョコの山がその証拠。
――食べるの、手伝ってくれよ。
そう言って、半ば自慢げにチョコを持ってくる修二の頭を軽く小突きながら、そして、ありがたく頂く振りをしながら、私は確かに妬いていた。彼を私一人のものにしたいと思っていた。それは――
ぞくり、と快感が這い上がってきた。肌が粟立ち、そして熱く蕩ける。意識しないまま、背が反り返る。壁に貼られた写真に意識を奪われた、その隙間に付け入られた、ふと、そんなことを考えたけれど、もう、どうでもいい。どうせ、勝ち目のないことはわかっているのだから。隙間の空いた背中とソファーとの間に、左の乳房に当てられていた修二の右手がもぐりこみ、私の上体を起こそうと力が入る。毛先だけを残して黒に戻ってしまった頭が、へその辺りまで上ってくる。それにつれて、熱を持ったミミズが這い登ってくる。いや、ナメクジか。それが這った後は、唾液で濡れて、光るのだから。
今の私の願いは、この熱くねっとりとした地獄から、少しでも早く抜け出ることだけだ。だから、上目遣いにじとりとした視線を送ってくる、修二の頭に手を伸ばす。もうずいぶん長い間洗っていない、脂に濡れた髪の間に、指を通す。目を合わせたまま、私の胸の頂を軽く甘噛みすると、修二は一度身体を起こし、私の右足を抱え、身体を入れてくる。内臓をぞろりと削られるような感覚を、私は下唇をきつく噛むことで耐え、やはり修二と目を合わせたまま、絡みつく彼の髪を握りしめ、そして、引き寄せた。
――それは罪。
私は、彼から全てを奪ってしまった。だから彼が私から何を奪おうと、赦さなければならない。
それは償い。しかし、償いは罪に絡みつく。捻じれながら伸びてゆく二重螺旋。
それでも構わない。
私は初めから、その罪を求めていたのだから。
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