第三話 結【むすび】
もう少しで人生最高の瞬間が訪れることを確信している女性、太田美緒――。
高層ビルから落ちていく彼女の身体は時速に換算すると一体いくら出ているのだろう。飛び降りることにまったく抵抗のなかった彼女だが、実際飛び降りてみるとそのスピードに驚き、少しだけ怖がっていたのだが、もう少しで訪れるであろう至福の瞬間を考えるとそんな恐怖もかすんで見える。
頭から落ちていく彼女は、ふと地面をみる。もう少しで自分がぶつかり死ねる地面。だがそれを見た瞬間彼女は驚愕することになる。自分がちょうど落ちるであろう場所には、一人の女性がまるでうずくまるようにしゃがんでいる。一体なにをしているのか、彼女には分からなかったが、一つ言えることはこのまま落ちていけば、確実に下にいる女性に直撃し、下の女性も死んでしまう。
自分の願いが果たせる自殺だが、他の人間を巻き込むわけにはいかない。だが、すでに空中に身を授けているのでいまさら方向を変えたり止めたりなんて出来ない。自分が落ちる時にうまく避けてくれることを願うしか彼女にはできなかった。
これからの未来に人生最高の幸せが訪れると確信している女性、森本由里――。
彼にプロポーズされたデートでの帰り道、突然ほどけた靴紐を結んでいる。いつもより手間取ってはいるがもう少しで結び終わる。
だが、彼女は自分の上空から迫る死の恐怖に気がついてはいない。彼女は靴紐を結び立ち上がった。その瞬間周りが騒がしいことに気がついた彼女はその場で周りを見渡す。なにを騒いでいるのだろうか。彼女はまったく理解できないまま叫んでいる人達の言葉に耳をやった。よく聞くと彼らは自分に向かって言っているのだということに気がついた。
ようやく彼らの言っている言葉が理解できた彼女。みんなは『上!』とか『あぶない!』とか言っている。そんなみんなの声に反応して彼女は上を見る。
彼女の目の前にはどこかで見たことのある女性の顔が見えていた。でもそれは一瞬だけだ。次の瞬間、ビルから飛び降りた女性と下にいた女性は直撃した。二人共意識を失ったために目の前が真っ暗になった。
死んで幸せを掴もうとした女性は、結果として死ぬことなく生きながらえた。しかし、脳に重度の衝撃を受けたために意識が永遠に戻ることのない植物人間となってしまった。きっと彼女はこれからも意識を取り戻すことなく、歳を重ねていくのだろう。永遠とも言える暗闇とともに。
生きて未来の幸せを掴もうとした女性は、直撃を喰らい即死だった。
まったく別の未来を目指して幸せを共に掴もうとした二人の女性は、自分の思いとは裏腹の結末を迎えた。
だが、彼女達は今、まったく同じことを考えているだろう。
「こんなはずじゃなかった」
……と。
完 |