第一話 殺【せっ】
あたしの名前は太田美緒、21歳――。
MIOの名前で活動するミュージシャンでモデルの活動にも勤しんでいる。たくさんのファンがいて、たくさんの仕事があって、芸能界は厳しいところだけどとても充実している。
そんなあたしは今まさに、ビルの屋上に立っている。まるで自分が世界一高い場所に立っているのではないかと錯覚するほどに高いここは、日本屈指の高層ビルで、落ちたら人なんて一溜まりもないだろう。そうあたしは今まさに自殺をしようとしている。なぜ自殺をしようとしているのか。それには、あるあたしの願いが詰まっている。
「美緒ー! 今日はお疲れ、明日も朝早いから今日は帰って早く寝なさいね」
あたしに話しかけてきているのはマネージャーである、久保あき。いつもスーツなんか着ていてとてもしっかりしていてとても頼りになる人だ。あたしよりも15歳も歳が上で母親のいないあたしにとってあきさんは母親のような存在だ。いつもあたしの心配をしてくれるあきさんのおかげであたしは安定して芸能活動が出来る。
でももちろん全てがあきさんのおかげな訳ではない。あたしもこの世界で生き残るために毎日努力している。毎日適度に運動して、ちゃんとケアもして、体調管理に気を使って、ストレスを溜めないように趣味を持ってたまの休日にはリフレッシュしている。
友達ともたまの時間がある時に会って、カラオケに行ったりして遊んでいる。残念ながら彼氏はいないけど好きな人はいるし、今はこの片思いの気持ちでいることが楽しい時期だから告白はまだ先になりそうだ。
今日もあきさんには早く寝なさいって言われたけど、家に帰ってからもやることはたくさんある。
毎日のケアをきちんとやらなければならない。毎日たくさんの人があたしを見る。そんな人達の気分を害さないためにもファンの期待を裏切らないためにもあたしは綺麗でかわいくなくてはならない。でもこれは苦痛なことではない。自分自身も綺麗でいたいから頑張れるのだ。綺麗でいたらとても気分がいい。見た目が綺麗なら自然と心も綺麗になる。
あたしは自慢じゃないけど友達思いだと言われる。これだけ忙しいのに友達の誘いを断ることはほとんどない。あたしも友達といるのは楽しいし、嫌じゃないから当然なんだけど。友達になにかあれば相談にも乗るし、今思えばずっとたくさんの友達に囲まれてきた気がする。
きっとあたしの人生が充実しているのはたくさんのいい人に出会えてきたからだろう。
あたしも人並みには挫折している。大好きだった人に振られたこともあるし、プロデューサーさんに怒られたこともある。変なスキャンダルでマスコミに問い詰められたこともあった。それでもいつもあたしの周りには友達やあきさんがいて助けられてきた。だからその恩を返すためにあたしはいつまでも綺麗でいたいと思う。
ずっと綺麗でいること。それがあたしの人生の目標であり、あたしの運命だ。
――でも、だからこそあたしは死ななければならない。
今の世の中、自殺をする人だらけだ。イジメられて自殺をする人、仕事がうまくいかなかったりして自殺する人。みんな揃って命を軽く見すぎている。命は一つしかない。死ねばなにも残らない。全てが無になる。たくさんの人が悲しむし、絶対やってはいけないことだ。
でも――。
それは、一般レベルでの話。あたしの場合は自殺をする必要がある。理由は綺麗でいなければならないから。あたしが死ねばそれはあたしの時間が止まることになる。つまり『おばあちゃんになることはない』。おばあちゃんにならなければシワもできないしそばかすも出来ない。皮膚のたるみもない。ずっと今の綺麗なままでいることが出来る。死ねばたくさんの人が悲しむだろう。でもそれはほんの一時、悲しみは時間が解決してくれる。時間がたてば綺麗な今のあたしだけが永遠に残ることになる。
そう、あたしの願いはただ一つ。歳をとり綺麗でなくなる前に死んで綺麗を残すこと。それがファンのためでありあたしの生きたい死に方。あたしは最高の喜びの中で自殺する。
だが、この自殺は死ぬのではない。永遠に生きるための自殺なのだ。
そして、あたしはこの高層ビルから飛び降りた。
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