25.依頼☆
大使が政晶に向き直って言った。
「国王陛下と三つ首山羊の王女殿下も、あなた様とお会いできる事を、楽しみになさっていらっしゃいますよ」
……さっきからその、黒ヤギとか何とか、手紙読まんと食べてまいそうなそれは何やねん。
「三つ首山羊の王女殿下は、あなた様の高祖母に当たるお方です。お徽が【頭が三つある山羊】ですので、私共、臣下はそのようにお呼びしております」
色々と察しのいい大使は、政晶が疑問を口に出す前に説明した。
「食堂に絵があったでしょ。あれ、高祖母ちゃんの肖像なんだよ」
宗教叔父さんこと黒山羊の王子殿下が付け加える。
政晶は、まだ一度も食堂に入っていない為、肖像画とやらも目にしていない。
「ここからが本題なのですが、宜しいですか?」
政晶は言葉に詰まった。
父からは全く何の説明もなく、政晶も疑問を口に出せないまま、今日まで過ごして来た。
……宜しいもなんも……何言われるんやろ……?
大使は居住まいを正し、少し身を乗り出すようにして切りだした。
「数年に一度、我が国を囲む山脈の主峰で、儀式が行われます。剣舞の奉納なのですが、残念ながら、本番の舞い手と二番手のお方に御不幸がありました。資格をお持ちの方で現在、実際に舞えそうな方が、あなた様だけなのです」
そこまで言って言葉を切り、緑色の瞳で政晶の目を覗き込む。
政晶はイヤな予感がした。
「もし、宜しければ、剣舞を奉納して戴きたいのですが……」
……いや、そんなん急に言われても……
政晶が困惑して口をつぐんでいると、黒山羊の殿下が言った。
「舞に使う剣が、王家の血を引く未婚の男の子にしか持てない仕様なんだよ。一応、僕にも資格はあるんだけど、重い真剣を持って一時間も踊れないから……」
「一時間ッ?」
政晶は別な意味で絶句した。
実際の重量は不明だが、一時間も真剣を振り回し、踊り続ける事を想像して、目眩がした。
……そら……体が弱いおっちゃんには、絶対無理や。死んでまうゎ。
「三番手のお方は、まだ十歳ですので、体力的にちょっと……」
全く断れない空気を感じ取り、政晶は力なく肩を落として頷いた。
途端に大使の顔が明るくなる。
「お引き受け下さるのですね。ありがとうございます。練習の期間も含め一カ月程度、本国にご滞在戴きますが、宜しゅうございますね?」
急な話に困惑する政晶に、大使が畳みかける。
「学業に障りがあるといけませんので、夏休み期間中、八月にお越し戴くと言うことで、宜しゅうございますね」
七月中に宿題を全て終わらせなければならない。
政晶は、胃に鈍い痛みを感じながらも、頷かざるを得なかった。
……赤穂君に手伝うてもろたら、何とかなるん……かな?
「特にご用意戴く物はございません。身ひとつでお越し下さい。では、時差がございますので、八月一日の深夜、お迎えに上がります」
「僕とクロと双羽さんも一緒だから、心配しなくていいよ」