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「SENKI」1
作:gorilla


プロローグ

「だいぶ近づいてきたな、あれだろ?今回の調査対象は。」
「ああ、この惑星にあればいいけどな。」
 今世紀の始めに発見されたヨーガナイト、これを精製しエネルギーに変換することで恒星間飛行が可能になったのが十数年前、それ以降宇宙開発の進歩には目を見はるものがあった。
 知的生命体のいる惑星が数多く存在することも確認できた。
 今彼らが向かっている惑星も、そんな星のひとつである。
 ヨーガナイトは高温のマグマの中に極微量含まれる鉱物で、彼らの仕事は宇宙に点在するマグマを持った惑星に行き、ヨーガナイトの含有量を調査することである。
 その調査結果を報告し、含有量が一定量以上ならば、後日発掘部隊が器材を持ってやって来る、というシステムになっている。
「着陸完了、大気中に有害物質なし、呼吸可能だな。カモフラージュは?」
「ある程度の文明があるようだから一応入れとこうか、原住民が攻撃的な生物だと困るからな。」
 カモフラージュ装置を作動させると、さして大きくないドーム型の宇宙船は溶け込む様に地面に沈み、深夜の山中は着陸前となんら変わらない風景に戻っていた。
「出入り口は作っとけよ、本当は外へ出る必要などないんだけど、お互い運動不足だからな。」
 ふたりは顔を見合わせ、にやりとした。
「そうと決まればさっさと済ませちまおうぜ。」
 ふたりは分担して、テキパキと調査の準備を始めた。
 手慣れた作業である。夜明け前には準備は終わった。
「さあ、あとは機械任せだな、解析するのにどのくらいかかる?」
「そうだな、この星の大きさなら7自転間くらいかな?」
「7日か、たっぷり楽しめそうだな、早速やるか?」
 ヨーガナイト探しの旅は、一度出ると2〜3年かかるのが普通である。
 その間退屈しないように、共通の趣味を持つふたりがペアを組むのである。
 このふたりの場合は格闘技が趣味で、行く先々で組手をしては退屈を紛らわせていた。
 ふたりはそろって、この未知の惑星の地表に立った。
 そこは夜明けの山林で、一部が整地されており、樹木を加工して作ったと思われる建造物はあったが半ば朽ち果て、知的生命体の気配は感じられなかった。
 ふたりは向き合って構えを取った。
「行くぞ。」
「おう。」
 ふたりの実力は伯仲していた。
 片方が相手の突きを受け流し蹴りを放てば、もう一方はジャンプしてかわしざま回し蹴り。
 それまで聞こえていた下等動物の鳴き声はぴたりと止み、辺りには突きや蹴りが空気を切り裂く音のみが響いていた。
 ふたりがその視線に気づいたのは、互いに一本づつ技が決まってひと息ついた時だった。
「おい、あれ見てみろ、原住民じゃないか?」
 いつの間に現れたか、やや離れたところからふたりをじっと見つめる人影があった。
 奇妙な衣服をまとった二足歩行の動物である。
「ああ、骨格は俺たちと似ているが、手足も身体もずいぶん太いし、顔はヌメッとしてるし、なんか気持ち悪いな。」
「攻撃してくる様子はなさそうだ、おい!ちょっとあれをスキャンしてみろ、異様にでかい生体エネルギーを持ってるけど、ベクトルがバラバラだぞ。」
「本当だ、何故あれで動けるんだ?」
「信じ難いが、筋組織の収縮運動のみで活動しているようだな、ちょっと話しかけてみるか。」
「言語は違うだろうが、テレパシーなら通じるだろう。」
『やあ、俺たちの言うこと、わかるかい?』



第1章

 俺の名は石野強、いい名前だろう?N県M市に住む高校1年生さ。
 曲がったことは大嫌い、弱きを助け強きを挫く、正義感あふれる男の中の男、それが俺。
 …と、言いたいところだけど実際は…
「いい加減に起きなさいよ、今日は終業式でしょう?」
 お袋の声だ、うるさいなぁ。
 仕方なく制服に着替えて部屋を出る。
 歯磨き?面倒、パス。
 顔洗い?昨日洗った。
 のっそりとダイニングに入り、食卓につく。
「行ってきま〜す。」
 白の半袖セーラー服に紺のプリーツスカート姿、セミロングの髪を翻して玄関に走って行ったのは妹の優、中学2年生。
 昔は俺の後ばかりついてきて可愛かったんだが、最近では兄貴の俺を馬鹿にしてやがる。
 目を合わそうともしなければ、話しかけても無視しやがる。
 ルックスは悪くないと思うが、とにかく生意気だ。
 目が大きくてよく動く、全体的に小柄で、例えるならリスだな。
「行ってらっしゃ〜い。強はいつまでそこでぼ〜っとしてるの?早く食べて行きなさい。」
 優を送り出す言葉と俺へのありがたいお言葉を一気にまくし立てたのはお袋の友子、お腹周りの脂肪が気になる38歳。
 一見すると上品に見えないこともないが、実は意外と世間知らずでそそっかしかったりする。
 ちょっと口うるさいのを除けば平均的な母親かな?
 いや、口うるさいのが世の母親の平均か?
 親父はもうとっくに仕事に出かけている。
 名は哲夫、正義感がとりえの小山のな様身体を持つ40歳。
 地元の中規模な建設会社に勤めており、この春係長になったとかで大喜びしていたが、朝は早くなったし帰りは遅くなったし、何が嬉しいのかよくわからない。
「うん。」
 ゲッ、相変わらず俺の声はなんて弱々しいんだろう。
 俺は豪快に、とはいかず、ボソボソと朝飯を食う。
 食欲はない。ご飯もおかずも半分以上残す。
 170センチ41キロの体格じゃあこんなもんでしょ?
「まったく、しっかり食べないと元気が出ないわよ。行ってらっしゃい。」
 食べたくないものは仕方がない。お袋の小言を背中で聞いて、俺は何も言わずに家を出る。
 あ〜あ、俺ってなんでこうなんだろう。
 そりゃ俺だって男らしい男に憧れるさ。
 でも、この身体見てみな?
 身長はまあ平均並だけど、この手足の細さ、ル○ンV世みたいだろ?
 裸になればあばら骨がくっきり浮き出るし、一番気に入らないのはこのツンと突き出た乳首、胸の肉が薄いからだろうけど。
 だから乳首を目立たせないために、いつも背中を丸めて歩いてるんだ。
 もちろん鍛えようと思った事もあったさ。
 でも、腕立て伏せは1回もできないし、スクワットを50回やったら筋肉痛で3日も寝込むし、ジョギングしたときなんかは、10メートルで足を捻って捻挫した。
 学校の朝礼でも一番初めに貧血起こすし、つまりはひ弱な運動音痴野郎、ってのが俺の…
「石野君おはよう!急がないと遅刻だぞ!」
 思考を中断させて俺を追い抜き走って行ったのは同じクラスの山本美紀。
 ショートの髪、白のブラウスにチェックのスカート、M西高校の夏制服姿のすらりとした美少女だ
 学校中が俺を蔑み馬鹿にする中、彼女だけは普通に接してくれる。
「おはよう。」
 俺はボソッと挨拶を返したが、おそらく聞こえなかっただろう。
 はっきり言って俺は美紀が好きだ。
 だが、どうする事もできやしない。
 俺は学校中の嫌われ者、美紀は1年生ながらテニス部のレギュラーで学校中の人気者、釣り合うわけがない。
 そんなことを考えながらポテポテと歩いていた俺は、ふと妙な違和感を感じて立ち止まった。
 腕時計を覗き込むと、既に遅刻確定である。
 俺は顔を上げて、辺りを見渡してみた。
 別にいつもと変わらないな、通学時間のピークを過ぎて、ひっそりと静まりかえっている。
 この辺りは郊外(いわゆる田舎)で、車も滅多に通らない。
 まてよ、静かすぎるぞ。
 明日から夏休み、もう日も結構高い。
 いつもなら道の脇にある里山で蝉がうるさいくらいに鳴いているのに、今日はそれすら聞こえない。
 俺は里山を見上げてみた。
 俺の家と学校との中間あたりにあるその里山は、崩れかけた石段を登ってゆくと廃屋と化した神社があって、たまに俺が時間つぶしに行く以外は滅多に人の立ち入らない場所なのだ。
 だけど、何かおかしい。
 蝉だけじゃない、今日は何故か近寄りがたい雰囲気があるぞ。
 近づく者を拒絶する様な、思わず顔をそむけたくなる様な。
 でも、学校は今から行っても、終業式が終わる直前に行っても同じだし、それに来るなと言われれば行きたくなるのが人情ってもんだろう?
 俺は恐るおそる里山の石段を登っていった。



第2章

「なんだ?こりゃ。」
 俺は思わず声に出してしまい、慌てて口を押さえた。
 神社の境内で起こっている信じられない光景に、俺は目を疑った。
 痩せこけたじいさんがふたり、喧嘩をしているのだ。
 喧嘩と言ってもただの喧嘩じゃないぞ。
 ゆったりとしたポンチョの様な布きれを着ているが、それでも俺よりはるかにガリガリなのは一目瞭然だ。
 ふたりとも仙人の様な髭を生やしているが、ひとりは髪、髭ともに真っ白なのに対して、もうひとりはうっすらと青みがかっている。
 そんな今にもポキッと折れそうなじいさんが、目にも止まらぬ早さで走り、飛び、パンチやキックを繰り出しかわし、闘っているのである。
 その迫力ある闘いを俺は、半ば唖然として見とれていた。
 おっ!白髭のキックが青髭の脇腹をとらえた。
 ん?白髭が倒れた青髭を助け起こしている、喧嘩じゃなかったのか。
 青髭が俺の方を指さして何か言ってるぞ、ヤバイ!見つかった。
 いいや、俺は逃げないぞ!
 ホントは逃げたくてしょうがないんだけど、足がすくんで…
『少年よ、わしらの言うことがわかるかの?』
 青髭が話しかけてきた。イメージ通りのしわがれ声だ。
 やっぱり"わし"って言うんだ、なんて、場違いなことを考えた。
「は、はい、わかります。」
 かぁ〜、情けない、声が震えちまった。
 なんか、じいさん同士で話してるようだか、何を言ってるのかわからない。
『少年よ、尋ねるが、おぬし、大きな"気"を持ってはおるが、ほとんど使っていないようじゃ。何故使おうとしないのじゃ?』
 今度は白髭だ、声もしゃべり方もそっくりだ。
 どうやら取って食われることはなさそうだな。
 ん?"気"だって?あの気功の"気"か?
「"気"ですか?僕にはそんな物はないと思いますけど、修行を積んだわけでもないただの高校生ですから。」
 あ〜あ、何故俺は、自分のことを"俺"って言えないんだろう?
 じいさん達はまた聞き取れない言葉で話し合っている、表情はほとんど動かないが何故か笑っている様に感じる。嫌な感じ…じゃないな。
『ほっほっほ、少年よ、わしらは暇を持て余しておるのじゃ、ちと寄って茶でも飲んで行かぬか?』
 そう言うとじいさん達は神社の裏手へ向かって歩いて行く。
 じいさん達の外見と、さっき見た闘いとのギャップに興味を持った俺は、恐るおそる後に続く。
 神社の裏は土手になっており、そこに洞窟がひとつ。
 あれ?こんな所にこんなもんあったかな?
 じいさん達は洞窟の中に消えて行く。中は暗くてよく見えない。
 俺はじいさん達に続いて洞窟に足を踏み入れた。
「うわっ!」
 突然、身体が浮き上がった様な感覚が襲ってきたかと思ったら、次の瞬間には柔らかい光の中に立っていた。



第3章

 俺は妙にフワフワする椅子に座り、呆然とお茶を飲んでいる。
 いや、お茶なのかどうかはわからないが、とにかく美味しい飲み物だ。
 じいさん達は俺の向かいに並んで座り、黙って同じ物を飲んでいる。
 俺は、今じいさん達に聞いた話を思い返してみた。
 つまりこうだ。
 このじいさん達(本当は老人じゃないそうだが)は遠い星から来た宇宙人で、宇宙船のエネルギーになる物質を探すのが仕事だ。
 地球へは、その目的で昨夜遅くにやって来て、今は地球にその物質があるかどうか、調べている最中だ。
 調査には約1週間かかるが、ほとんどは機械がやってくれるのでその間じいさん達はやることがない。
 そこでふたりは時間つぶしに、共通の趣味である格闘技の練習試合をしていたところに、俺が出くわした。
 普通に聞けば信じられない話だが、今いるこの部屋はなんだ?
 20畳程の広さの四角い部屋で、明るく照らされてはいるが光源らしき物は見あたらない。
 宇宙船の中だそうだ。
 最初は何もなかった部屋に、突然椅子が盛り上がってきた。
 床が開いて出てきたんじゃないぞ、床自体がモコモコと盛り上がってきて椅子になったんだ。
 加えてさっき見たじいさん同士の闘い、練習試合だそうだが、外見は痩せこけたヨボヨボじじいなのに、その動きは人間業じゃなかった。
 まるでアニメか特撮の映画を見ている様だった。
 信じるしかあるまい?
 そしてこのじいさん達は、筋肉で身体を動かしている俺に対して興味を持ったらしい。
 じいさん達の知る限り、ほとんどの星の動物は、"気"を使って活動している、と言うのだ。
 身体を動かすのは筋肉ではないのだそうだ。
 じいさん達の星でも同様で、筋肉を使うのは生まれてから"気"の使い方を覚えるまでのわずかな期間だけ。
 それでこのふたりの骨と皮だけの身体にも合点が行く。
『で、どうじゃな?』
 青髭が沈黙を破った。
 このじいさん達は、俺に"気"の使い方を覚えてみないか?と言うのだ。
 俺は、でかい"気"を持っている(ホントかな?)のだが、方向性がなく、バラバラに動いていて、全く活用していないらしい。
 俺が黙っていると白髭が、
『わしらはそろそろ休まねばならん。よく考えて、学んでみる気になったら、明朝ここへ来なさい。』
『わしらの暇つぶしに付き合ってもらう様じゃが、覚えておいて損はなかろうぞ。』
 俺は、ひとつの疑問を投げかけてみた。
「あなた方はゆうべ着いたばかりで、何故日本語を話せるのですか?」
『"気"を使っておぬしの脳に直接話しかけておるのじゃ。わしらは意味を伝えているだけで、おぬしの聞いている声や言葉はおぬし自身の脳が作り出したものなのじゃ。』
 やっぱりな、声も話し方も、あまりにイメージ通りだもんな。
 俺は混乱した頭を抱えながらゆっくりと里山の石段を下っていった。



第4章

 どこと言って特徴のないごくありふれた、県立M西高校、俺のクラス、1年B組の教室内はざわついていた。
 高校生活最初の通知票を、今全員が受け取ったところだ。
 宇宙船の中にいた時間は、正味20分位だった様だ。
 俺はゆっくりと学校まで歩いて行き、終業式を終えて講堂から教室へ向かう集団にうまく紛れ込んだ。
「おっ、ヨワシ、見事だな。」
 慌てて通知票を閉じて振り向くと、後の席の小柄な男子生徒、飯山武実と目が合った。
 "ヨワシ"ってのは俺のあだ名だ。
 俺が黙っていると飯山は意地の悪そうな笑いを浮かべ言った。
「そこまで見事に数字の揃った通知票も珍しいぞ。」
「どれどれ?」「見せろよ。」
 周りの奴らも寄ってきた。
 確かに俺の通知票はひとつを除けばみんな"2"さ、除いたひとつは体育の"1"だけど…
「やめなさいよ。」
 左斜め前の席から美紀の声がする。
 かばってくれているんだが、余計に情けない。
「うるさいぞ!夏休みだからって浮かれるんじゃない!」
 先生の言葉でようやく騒ぎが収まった。
 お定まりの夏休み前の注意事項が終わると、山の様な宿題を抱えて教室を後にする。
 たった今から夏休み、クラスの仲間で8月にキャンプに行く計画があるようだが、友達のいない俺は当然誘われていない。
 お盆に毎年恒例の家族旅行(と言っても親父の田舎だが)へ行く以外は特に予定もない。
 ま、飯山をはじめ嫌な奴らに会わずにすむのは助かるが、他にこれと言って楽しみもない。
「石野く〜ん。」
 後から聞こえて来たのは紛れもない美紀の声。
 俺は喜びに打ち震えつつ、半ば困惑した。
 美紀は他の友達と同じように俺に近づいて来るのだが、俺は嫌われ者、美紀は人気者、全校男子の過半数に及ぶ美紀のファンにとって、はっきり言って俺は格好のいじめ対象だった。
「今日は部活がないんだ、久しぶりに一緒に帰ろうよ。」
 屈託のない笑顔、迷惑だとはとても言えない。
「うん。」
 小声でうなずく。
 前にも言ったと思うけど俺は美紀が好きだ。愛してると言ってもいい。
 願ってもないシチュエーションなのだが、何を話していいかわからない。
 周りの目も気になる。
 赤くなった顔を見られたくない。
 ついでに乳首も突き出ている。
 必然的に、美紀が話しかけて来る言葉に、俺は下を向いたまま相づちを打つことになる。
「石野君、夏休みは何か予定あるの?」
「別に…」
「私はね、明日から7月いっぱいテニス部の合宿なの。どこか行くんなら楽しいんだけど、学校で合宿なのよ。嫌んなっちゃう。」
「そっか、大変だね。」
「でもね、その後1週間は部活休みなの。みんなとキャンプに行けるわ。」
「山本さんもキャンプ行くんだ。」
 あ〜あ、いつかは"美紀"って呼べるのかな〜?無理だろうな。
 キャンプにしたって、どうせ美紀のスケジュールにみんなが合わせたに決まっている。
 そうこうしているうちに、例の里山の脇に差し掛かった。
 じいさん達、明日の朝来い、って言ってたな。
 俺も"気"とやらの使い方を覚えれば少しは強くなるのかな?
 あのじいさん達は、俺よりガリガリのくせに、凄かったもんなぁ。
「…ねっ、そうしようよ。」
 ん?美紀、何か言ったかな?
「う、うん。」
「やった〜、じゃっ、決まりね。みんなに電話しとくね。」
「え?」
「電話よ、石野君もキャンプに参加します、って。」
 げげっ、いつの間にか約束させられてた。
「それじゃ、またね〜。」
「うん、さよなら。」
 あ〜あ、まずったなぁ。
 俺の家の前だ。
 キャンプ、登校日の後だったと思うけど、馬鹿にされに行くようなもんだし、登校日の日に理由作って断ろう。
「おいヨワシ、あんまり調子に乗るなよ。」
 クラス1の腕力自慢、坊主頭の巨漢、柔道部の梶田力男が、俺を追い抜きざまに肩をぶつけてきた。
 俺と美紀をつけて来やがったな?
「ぼ、僕は別に…」
 遠ざかる梶田の背中に小声でつぶやいたが、情けない、声が裏返ってしまった。
「強、情けないとは思わないか?」
 夕食後、学期末恒例の親父の説教だ。
「全部とは言わん、何かひとつ他人に誇れるものを作ってみろ。」
 無理言うな、俺はあんたの息子だぞ。
 と、口に出して説教時間を延長させるほど俺は馬鹿じゃない。
「優を見習って2学期はひとつでも成績を上げてみろ。」
 妹の優は1年の時と比べて2教科で成績アップしたらしい。
 兄弟と比較される、ってのは非行に走る原因にもなるんだぞ。
 この言葉も飲み込んだ。
 優がお茶をすすりながら冷ややかな目で見てやがる。
「はい、2学期から頑張ります。」
 心にもない言葉を残し、俺は早々に自分の部屋に引き上げた。
 そりゃ俺だってこのままじゃまずいと思ってるさ。
 机に向かい、宿題を広げ、勉強する振りをしながら考えた。
 勉強はダメ、運動もダメ、絵や音楽もダメ、社交性ゼロ、貧相なルックス、こんな誰でもいじめたくなるような奴が自分なのだから情けない。
 里山のじいさん達は、俺はでかい"気"を持ってる、って言ってたな。
 こんな俺でも少しは変われるんだろうか?
 ま、危ない感じはしなかったし、明日行ってみようか。
 じいさん達は"暇つぶし"って言ってたから、あまり期待はできないだろうけどな。
 俺は、広げた宿題を何も書かないまま閉じ、ベッドに転がった。



第5章

 夜明けの境内では昨日と同じく、じいさん同士の壮絶な組手が行われていた。
 確か空手なんかの練習試合の事を組手って言うんだよな、昨夜ベッドで思い出した。
 でも、これから"気"の使い方を教わるのに、"じいさん"じゃまずいよな、なんて呼べばいいだろう?
 やっぱり"先生"かな?それとも"師匠"?
 後で聞いてみよう。
 白髭が俺に気づいたらしい。
 組手を中断し、ふたりでこっちへ近づいてくる。
『よく来たのう、待っておったぞ。』
『早速始めようかのう、さっ、船内へ』
「あのう、"気"の使い方を覚えれば、僕でもあなた方の様に強くなれますか?」
 俺は例の洞窟に向かうふたりの後に続きながら尋ねた。
『何を言う、おぬし程の"気"を持っておれば、わしらなど足下にも及ばぬ達人になれるわい。』
 おいおい、ホントかよ。
「ところで、僕はあなた方の事をなんて呼べばいいでしょう。」
『どうとでも呼べばよい。わしらはおぬしの言葉を聞いているのではなく"気"を読むことで意味を理解しているだけじゃからのう。』
 よし、青髭師匠、白髭師匠で決まりだな。
 俺は師匠達の後に続き、例の洞窟に入った。
 身体が浮き上がる様な感覚を覚えた直後、俺は昨日と同じ部屋に立っていた。
「で、僕は何をすればいいんでしょう?」
『とりあえず、身体の力を抜いて寝ておれ。』
 白髭師匠が、床が盛り上がってできたベッドを指さし言った。
「へ?寝るんですか?」
 気功を学ぶってことで、座禅や呼吸法の修行を想像していた俺は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 ま、とりあえず師匠が寝ろと言うから寝るか。
『今からおぬしに、わしらの星で赤子にすることと同じ事を行う。』
『わしの"気"を使っておぬしの身体に澱んでおる"気"に流れを与える。おぬしはただ力を抜いてじっとしておればよい。眠っても構わぬぞ。』
 どうやら苦痛はなさそうだな、ひと安心。
 青髭師匠が俺の額に手をかざした。
『では始めるぞ、おぬしは目を閉じてゆったりと構えておれ。』
 俺は言われたとおり目を閉じたが、ゆったりと言われても多少は緊張するってもんだ。
 すると、明らかに頭の中で声がした。
『まずおぬしの、無秩序に動き回っている"気"を鎮めるぞ。』
 青髭師匠だろう。
 すぐに俺はぬるま湯に浸っている様な、いや、ぬるま湯に身体が溶け込んでいる様な心地よい感覚を覚えた。
 体温に近い温度の風呂に入っていると、どこまでが自分の身体でどこからがお湯なのかわからなくなるだろう?
 あの感覚に似ている。
『少しずつ"気"を流してゆくぞ。』
 俺の身体がとけ込んだぬるま湯が動き出した。
 俺の身体はますますぬるま湯と混ざり合い、ゆっくりと螺旋状に流れ始めた。
 イメージの中での俺は今や腕も脚も頭もなく、半液体と化してゆったりと巡り流れていた。
 嫌な感じじゃない。
 むしろ気持ちは落ち着き、心地よくリラックスしている。
 液状化した身体全体で師匠の声を聞く。
『"気"の流れを感じておるな?』
『はい。』
 俺は、ごく自然に声を出さず返事をした。
『よろしい。ではゆっくりと目を開けよ。"気"の流れを感じたままでの。』
 俺は身体全体がゆったりと流れたままで目を開けた。
 いつの間にか白髭師匠も俺の頭に手をかざしている。
 ふたりとも額にうっすらと汗が滲んでいた。
『流れに意識を集中するのじゃ。』
 ふたりの師匠は俺にかざした手を退けると、俺の両サイドに作っていた椅子にゆっくりと身体を横たえた。
 とたんに、今まで液状化して流れていた身体が、元の形に集まってきた。
 まるで渦を巻いた水が中心に流れ込む様に。
 もちろんイメージの中での話だが。
 やがて俺の身体は本来の形に落ち着いたが、その内部では集まって密度を増した水が力強く渦巻いていた。
 そしてしだいに流れが緩やかになり、止まった。
 左側から白髭師匠が弱々しく言った。
『止まったようじゃの、身体の中にある巨大なエネルギーは認識できるかの?』
『密度の高い水の様な物が体内に満ちているのは感じます。』
 俺は無言で答えたが、それと同時に体内の水に波紋の様な動きを感じた。
『それが"気"じゃ。』
『おぬし、今日はこのまま帰るがよい。今日1日は、自分が動き、話し、考える時に"気"がどのように動くかを感じながら過ごすのじゃ。』
『わしらはおぬしの巨大な"気"をふたりがかりで動かしたことにより疲労しておる。休まねばならぬ。』
『さ、部屋の中央に立ち"外へ出たい"と念じなさい。』
 俺は慎重にベッドから起きあがった。
 腹、腕、脚、背中、筋肉の動きに先行する様に"気"が波打つ。
 不思議な感覚だった。
 筋肉の動き、心臓の鼓動、血液の流れ、脳からの信号の伝達経路に至るまで、全て把握できるのだ。
『明朝来なさい。』
「はい、ありがとうございました。」
 俺は声に出して礼を言った。
 外へ出ると日は既に真上でギラついていた。
 俺はゆっくりと里山の石段を下っていく。
 脳から信号が出て脊椎を通り、脚や腰の筋肉を収縮させる経過が"気"を通して手に取る様にわかる。
 俺は今まで、自分の身体の事を何も知らなかったんだなぁ。
 しみじみと感じた。
 ん?この感覚は何だ?
 腹の辺りの"気"が何かを強く要求している。
 なんだ、腹が減っただけか。
 そう言えば朝飯も食わなかったし、もう昼だもんな。
 家に帰り昼飯を食った。
 いつになく食欲旺盛な俺を、お袋は目を丸くして見ていた。
 その後俺はテレビを見たり、宿題を2・3ページやってみたりしながら1日を過ごした。
 何をやっても新鮮だった。
 食事をすれば、食べた物が胃や腸から吸収される感覚が、机に向かえば、脳から過去の記憶を探り目の前の問いと比較するプロセスが実感できる。
 "気"は今まで何も考えずにやっていた行動の意味を全て教えてくれた。
 夜、ベッドで俺は、自分の身体に胃炎と腸の血流不良を発見した。
 これまでちょっとした事で下痢してたのは、これが原因か…。
 翌朝、俺は意気揚々と里山に向かった。
 今日は朝飯をしっかり食ってきた。
 あまりの食欲に驚くお袋を横目に、俺は普段の3倍近い量の飯を掻き込んだ。
 今日は何を教えてくれるんだろう。
 体内の"気"も、期待に打ち震えている。
『今日は"気"の動かし方を教えよう、楽にするがよい。』
 青髭師匠に促されるまま、俺はベッドに横たわった。
『まず、右腕の"気"に意識を集中させなさい。』
『筋肉で右腕を動かした時の"気"の動きを覚えておろう、筋肉を動かすことなく、"気"のみがその動きをする様イメージするのじゃ。』
 右腕を動かした時の"気"の動き…こうか?
 とたんに右腕が凄い勢いで跳ね上がった。
『違う、そうではない。』
『おぬしは"気"で筋肉を動かしておる。そうではなく、腕自体を動かすのじゃ。』
『長年筋肉に頼った生活をしておった様じゃから難しいかのう。』
 白髭師匠が横から口を出した。
 どうやら青髭師匠が俺の直接教育担当の様だ。
『よいか?筋肉を動かす時の"気"の動きではなく、腕が動いた時に起こる"気"の動きをイメージするのじゃ。』
 俺は腕全体を"気"で包み、持ち上がる動きをイメージした。
 今度はやけにゆっくりと右腕が持ち上がる。
『そうじゃ、その"気"の使い方なら筋肉などいらん。先程の使い方だと大きな力は出せるが筋肉に損傷を受ければ動くことはかなわぬし、何より今以上に筋肉が太く、不格好な身体になってしまうぞ。』
 ん?筋肉が太る?マッチョになる、ってことか?それはそれで悪くないな。
 俺はとりあえず師匠の言う通りの方法を何度か練習してみたが、動かす部位を"気"で包む、というイメージに時間がかかり、なかなかスムーズには動かなかった。
 白髭師匠がひと言。
『なかなか赤子のようにはうまくいかぬのう。』
 それを聞いた青髭師匠は方針を変えた様だ。
『おぬしは筋肉を使う事に慣れすぎている様じゃ。筋肉が太ってもよいのであらば、最初の、"気"で筋肉を動かす方法に切り替えてもよいぞ。』
 それからの上達は早かった。
 数時間の練習で俺は、"気"を動かすことによって全身の筋肉をほぼイメージ通りに動かす事ができるようになった。
 そしてその動きは、信じられないほど素早く、力強かった。
『うむ、筋肉の動きをきっかけに"気"を使う事によって、筋肉の限界を超えた力を出しておる様じゃの。』
『もうよかろう、わしはちと退屈じゃぞ。』
 やや離れた所で座っていた白髭師匠が声をかけた。
『今日はここまでじゃ。明日からは組手を教えよう。』
「ありがとうございました。」
 俺は深々と頭を下げ礼を言った。
 腹減ったなぁ。
 時刻は既に夕方に近かった。
「強、どうしたの?昨日からずいぶん食べるのね。」
 お袋がそう言ったのは、その日の夕食時、俺が空の茶碗を2度目に差し出した時だった。
 今日は親父も早く帰宅し、同じ食卓で晩酌をしている。
 その親父は、ビールが半分ほど入ったコップを持ち上げたまま、唖然として俺の顔を見ながら言った。
「食欲があるってのはいいことだが、急にどうしたんだ?」
 俺は、飯と唐揚げを一緒に頬張りながら答えた。
「実はね、僕昨日から知り合いの人に格闘技を教わってるんだ。」
 お袋が目を丸くして俺に言った。
「まあ、格闘技って叩いたり蹴ったりするんでしょ?大丈夫なの?怪我なんかしない?」
「大丈夫だよお母さん、ちゃんと指導してもらうんだから。」
 相変わらずお袋は心配性だなぁ。
「お前がやりたいんなら頑張ってみろ、無理はするなよ。」
 やっぱり親父は男だな。
 親父もお袋も、何かを期待する様な目で俺を見た。
 まあ見てなって、俺は変わるから。
「ムリムリ、どうせ長続きしないって。」
 妹の優は冷ややかな目でつぶやいた。
 ま、そのとおりだな、師匠達はあと4日しか地球にいないんだからな。
 翌朝、俺はしっかりと朝飯を食い、
「行って来ま〜す。」
 と言うと、お袋の、
「気をつけてね。」
 の声を背中で聞いて里山に向かった。
 それからの4日間、俺は楽しくてしょうがなかった。
 攻撃を受ける部位に内部から"気"をぶつけることによる防御法や、パンチやキックに"気"を乗せて威力を増す方法、その強さを制御する方法などを教わった後は、組手主体の練習だった。
 最初のうちは防御する間もなく師匠のパンチを受け痛い思いをしたが、"気"の使い方に慣れるにしたがい攻撃を受けてもダメージを負わなくなった。
 更に相手の"気"を読むことに慣れると、相手がどこを攻撃しようとしているのかが事前にわかるようになり、パンチやキックも滅多に食らわなくなった。
 更に身体が完全にイメージ通りに動く様になった俺は、最初はあれほど早く見えた師匠達の動きも緩慢に感じるようになり、最終日には師匠達ふたりと同時に闘い、余裕で勝てるまでになった。
 俺はこの1週間で絶対の自信を手に入れた。
『もうわしらに教えられる事は何もない。』
『しかも、わしらは最大限の"気"を使っておったが、おぬしの"気"にはまだ余力があるようじゃ。』
『もしおぬしが、今後も"気"の鍛錬を怠らなければ、わしらにはできない新しい"気"の利用法も会得するじゃろう。』
『この星の全生物が"気"を使いこなしていないとするならば、今のままでもおぬしは間違いなくこの星最強の格闘家じゃ。』
『わしらは明日の夜明け前にはこの星を離れるが、この7日間は退屈せんで済んだ。おぬしのおかげじゃ、礼を言うぞ。』
 師匠達が替わるがわる俺に言葉をくれる。
「こちらこそ、1週間ありがとうございました。おかげで俺も変わる事ができます。道中お気をつけて。」
 俺は深々と頭を下げ、里山を後にした。
 時刻は夕方、さあ、明日は8月1日、登校日だ。



第6章

 俺はこの1週間でずいぶん変わったと思う。
 "気"をコントロールすることで夜はぐっすり眠れるし、体調も万全に整える事ができる。
 ほんの少しだが、腕や脚も太くなり、胸の筋肉も盛り上がってきた。
 それによって、あれほど嫌だった乳首の突出もほとんど目立たなくなった。
 そして何より、心身ともに強くなったという自信。
 しかし、俺は決して力をひけらかしたりはしないぞ。
 師匠達の言うことが本当なら、俺は地上最強の男になったのだ。
 いざという時に本当の力を発揮して、今まで俺を馬鹿にした奴らの驚く顔を見てやろう。
 ま、今までの様ないじめを甘んじて受ける気はないけどな。
 そう心に決め、俺は制服に着替えて部屋を出た。
 ダイニングにはお袋ひとり、親父はもう仕事に出かけた様だ。
「おはよう!」
 すっかり身なりを整えてダイニングに現れた俺を見て、お袋が明るい顔で答えた。
「あら強おはよう、もうすぐご飯できるからちょっと待っててね。」
 お袋は手際よく朝食の準備をしながら続ける。
「それにしても強、変わったわねぇ、ハキハキしゃべる様になったし、ご飯もよく食べてくれるし、お母さん嬉しいわ。」
 "気"のコントロールにはエネルギーが要るんだ、腹も減るさ。
 あ、そう言えば、昨夜の電話で美紀がキャンプの事言ってたな。
「ねえ母さん、明日からクラスの友達とキャンプの予定なんだ。最初は行かないつもりだったけど、やっぱり行ってもいいかな?」
 お袋は嬉しそうに答えた。
「え?あなたがお友達と?」
 これまで俺は、友達と出かけるなんて事はなかったからなぁ。
「ええ、もちろんいいわよ、行ってらっしゃい。」
 親父もお袋も、俺の変化を快く思っている様だ。
 以前に比べて笑顔が格段に増えた。
 俺に向けられる"気"も、柔らかく暖かだ。
 しかしこの家には、俺の変化にとまどい、どう対処していいか決めかねている家族がひとりいる。
 今俺の背後からダイニングに入って来た、俺に堅い"気"を向けている妹の優だ。
「あら優、おはよう、ちょうど良かったわ、すぐご飯にしますからね。」
「おはよう、優!」
 同時に言ったお袋と俺に、優はとまどい気味に挨拶を返した。
「おはよう。」
 俺が豪快に3杯の飯と2杯のみそ汁、納豆と鰺の開きをたいらげる間、優は俺を無視する様に朝食を摂っていたが、優の"気"だけは探る様に俺の方を向いていた。
 あはは、可愛いもんだ。
「じゃっ、優、お先!」
「ごちそうさま、行って来ま〜す!」
 優とお袋に交互に声をかけ、鞄を持って玄関へ向かった。
「行ってらっしゃい。」
 お袋だけが答えた。
 玄関を出ると俺は、学校へ向けて、あまり早くなりすぎない様に注意しながら早足で歩いた。
 "気"を使いこなす練習のため俺は全ての動きに"気"を使っていたが、うっかりするととんでもない早さで歩いている事があったので、人前では注意して動く必要があるのだ。
 途中俺はちょっと例の里山に登ってみた。
 神社の裏に宇宙船の出入口はなくなっていた。
 土手は最初から洞窟などなかったかの様に草が生えていた。
 師匠達、探していたエネルギー物質はみつかったのかな?
 宇宙人って言うより、仙人みたいな人達だったな。
 もう逢うことはないだろうけど、俺にとっては大恩人だ。
 俺は土手に向かって深々と一礼し、境内を後にした。
 通学路に戻り歩き出すと、後からとまどった様な"気"が俺に向けられているのに気づいた。
 美紀だ、俺はわざとゆっくり歩いた。
「やっぱり石野君だ、おはよう、背、伸びた?」
「おはよう!いや、身長は変わってないと思うけど、夏休みに入ってまだ1週間だしね。」
「そうよね、でも、雰囲気違うね、後から見たら別人かと思ったよ。」
「そう?俺もう細かいことに悩むのやめたんだ。そのせいかな?」
 悩み自体がなくなったんだけどね。
「うんうん、明るくなって、いい感じよ。」
 美紀と対等に話してる自分が誇らしい。
「キャンプ、明日からだったよね、何か準備する物とかあるのかな?」
「詳しい事は今日学校終わってから連絡するって、坂本君達が仕切ってるらしいよ。」
 坂本彰か、クラスのムードメーカー的存在で、俺を馬鹿にしなかった数少ない人間のひとりだ。
 校門をくぐると、生徒達が思い思いに挨拶を交わしていた。
 俺も知ってる奴には挨拶をしたが、皆一様に驚いた顔で俺を見ていた。
 俺って、挨拶もできない様な情けない奴だったんだなぁ。
 やや離れた所から、俺に向かって刺々しい"気"を向けている奴がいる。
「梶田、おはよう!」
 先手必勝、梶田はきょとんとした顔になり、
「お・おう。」
 それだけ言って、校舎に入る俺と美紀を見送った。
 俺が美紀と一緒に教室に入ると、教室にいた奴のほとんどが俺に"気"を向けた。
 嫌悪の"気"、敵意の"気"、無視の"気"、俺はそれらの"気"を軽く受け流し、軽く手を挙げて挨拶した。
「よっ!」
 教室中に驚きと拍子抜けの"気"が充満した。
 愉快だね。
 その日は登校日、ま、夏休み中の顔見せみたいなもんだ。
 宿題のチェックと残りの休みの注意事項だけで、昼前には終わった。
「おい石野、ほれ。」
 坂本が俺に何か紙をよこした。
 見ると、ワープロできれいに印刷された、キャンプの予定表だった。
 へぇ、テントじゃなくロッジを借りるのか。
 あらかじめ美紀が連絡しておいたんだろう、参加者名の中に俺の名前もちゃんと入っている。
「さんきゅ。」
 明日から2泊3日、明日の朝9時にM中央駅集合ね。
 えっと、持ち物はっと、現金5千円?あ、食材費やロッジのレンタル料ね。
「おいヨワシ、ちょっと来いよ。」
 飯山が俺を呼んでいる。
「ん?キャンプの事か?」
 俺に向けられる"気"は、そんな穏やかな話じゃないことを物語っているが、俺はあえてとぼけてついていった。
 行く先はおそらく体育館裏、そこには梶田と何人かの取り巻きが待っているのだろう。
 こりゃ面白い。
 飯山はやはり体育館裏に向かっている。
 俺はおどけた口調で話しかけてみた。
「飯山ぁ、どこまで連れて行くんだよぉ。」
「黙ってついて来い。」
 飯山は、俺が怯えもせずついて行くのが気にくわないらしい。
 体育館裏に着くと梶田を含め、1年B組3強と呼ばれる3人のクラスメイトが待っていた。
 梶田の他には、身長は低いががっしり型、角刈りの空手部、新島泰典、長身細身、片目を覆う前髪の剣道部、佐々木孝治、それぞれ有段者で、俺のクラスではこの3強に逆らう奴はいない。
 不良、ってわけでもないんだろうけど、自分の意見を力でごり押しするタイプだね。
 飯山は、この3強の使いっ走り、ってとこかな?
 ま、1学期の俺はその飯山の使いっ走りだったんだが。
 梶田が口を開いた。
「おいヨワシ、お前ちょっと調子に乗ってないか?」
「ん?どういう意味だい?」
「その生意気な口のきき方だ、今朝も女と肩を並べて登校しやがって。」
「俺、最近絶好調なんだ、ちょっと調子に乗ってるかもな。」
 挑発的な俺の受け答えに、飯山を除く3人が迫って来た。
「まあ待て。」
 梶田が他のふたりを制し、単身俺の目前に立ちはだかった。
 身長は俺と大差ないが、体重は恐らく倍以上あるだろう。
 梶田は俺を威嚇する様に睨みつけるが、俺は涼しい顔で梶田の目を見ながら言ってやった。
「そんなに近寄ると暑苦しいぞ。」
 直後、俺はみぞおちに刺さる"気"を感じ、スッと右に50センチ程移動した。
「このやろ・お?」
 さっきまで俺の腹があった場所を、体重の乗ったいいパンチが通過した。
 梶田の身体が、空を切った拳に引っ張られてよろめいている。
「おっと、わりぃわりぃ、もうよけないからな。」
 梶田にそう声をかけると、梶田は真っ赤になって向かって来た。
「なっ、こっ、やっ、うがぁ〜〜〜」
 おいおい、あまりの怒りに言葉になってないぞ。
 顔面にピリピリとした"気"を感じた次の瞬間、梶田の拳が俺の鼻っ面に飛んで来た。
 普通なら鼻の骨くらいは確実に折れるだろう。
 しかし俺は、顔の"気"で梶田の拳を柔らかく包み、弾き返した。
 梶田は5メートルも後へ弾き飛ばされた。
 やりすぎたかな?
 いや、梶田は両腕で軽く地面を叩くと、身軽に転がってすぐに立ち上がった。
「おお、さすが柔道部。」
 梶田も他の奴らもあっけにとらっれて俺を見ている。
 ああ、気持ちいい。
「用が済んだなら帰るぞ、キャンプの準備をしなきゃいけないからな。」
 俺が背を向けると、後から新島と佐々木が襲って来た。
 新島が右サイドからスピードの乗ったローキック、佐々木は左サイドから竹刀での鋭い面打ち。
 結果は同じである。
 新島は蹴り脚を押さえてうずくまり、佐々木は竹刀を弾き飛ばされ目が点になっている。
 ふたりを心配して振り返った俺に、梶田が懲りずに掴みかかって来た。
 今度は奴の専門の柔道技だ。
 大外刈りって言うんだよな。
 俺が"気"で奴の刈り脚を受け流すと、脚が空を切った勢いで梶田の奴、前のめりにつぶれやがった。
 俺はその場の"気"を読む。
 全員戦意は喪失したみたいだな。
「お前、何かやっているのか?」
 梶田が俺に問いかけた。
「ああ、格闘技をちょっとね。」
「格闘技?拳法か?流派は何だ?」
 新島の問いには答えずに俺は背を向けてその場を離れた。
 家に向かって歩きながら考える。
 いやぁ、気持ちよかったな〜。
 あいつら、あんなに弱かったんだな。
 今まで怯えていたのが嘘みたいだ。
 新島の奴、流派を聞いてたな。
 流派か、やっぱり何か名前があった方がかっこいいよな。
 俺のは、地球上のどの格闘技とも違うだろうし、そもそも格闘技って呼べるのかな?
 石野流を名乗るのも気恥ずかしいし、仙人みたいな宇宙人に教わった、"気"を用いた格闘技、いや、"技"って言うより"術"に近いかな?
 よし、仙気流格闘術と呼ぼう。



第7章

 朝8時40分、俺は小さなショルダーバッグを担いでM中央駅に向かって歩いていた。
 この時間なら普通に歩いても集合時間の10分前には駅につくな。
 駅は学校とは反対方向、そろそろかな?
 角を曲がると前方に人影、ビンゴ!美紀に追いついた。
 他に3人、坂本と、金崎貞夫と笹川祐子、金崎と祐子は公認のカップルだ。
 俺が後から近づいていることに気づかず、4人は何か話し合っている。
「仕方ないだろう、ロッジは5人用が4棟なんだ。」
 坂本が金崎をしきりに説得しているようだ。
「だからってなんで僕なんだよ、僕も坂本達のロッジの方がいいよ。」
「なんとかしてよ坂本君、梶田君達と一緒じゃかわいそうよ。」
 祐子が金崎をかばう。
「梶田達4人は固まって、バラけようとしないんだ、男は10人なんだから我慢してくれよ。」
 確か俺は坂本のロッジの方だったな。
「俺が代わってやろうか?」
 俺が後から声をかけると、4人はビクッと振り返った。
「石野君、何言ってるの?誰が一緒かわかってるの?」
「石野、ホントにいいのか?」
 美紀と坂本が驚いた声で返した。
「ああ、梶田、新島、佐々木、飯山の4人だろ?俺は別に構わないよ。」
「もともと最後に参加が決まったのはヨワシだからな、それが本当なんだよ。」
 金崎はそう言いながらもばつが悪そうだ。
「石野君、ありがとね。」
 祐子がこっそり俺に言った。
「どうしちゃったの?またいじめられるわよ。」
 美紀は心配顔で俺に言った。
「大丈夫、なんとかなるさ。」
 俺はとぼけて答えた。
 駅に着くと大半の参加者は既に集まっており、ガヤガヤと騒いでいた。
 俺を見て一瞬顔をしかめる者もいたが、すぐに坂本達も加えた話の和が作られた。
 俺を入れて男6人、女8人、あと男4人で全員だな。
 腕時計を見ると9時を2分ほど回っている。
「あいつら遅いな、15分の電車に間に合わなかったら置いて行くか。」
 坂本の意見にみんな賛成のようだ。
 あいつらとは、当然梶田達4人だ。
 しかし、その時は既に4人の"気"がすぐ近くまで来ているのを俺は感じていた。
 梶田達4人は、駅前のコンビニの陰からこちらを窺っている。
 駅までは来てはみたが、俺を気味悪がっているのは手に取るようにわかる。
 だから俺はあえて大声で呼びかけた。
「お〜い、梶田ぁ〜、遅いぞ〜!」
 皆、ギョッとして俺を見る。
 仕方なく近づいて来た梶田達に、俺がとどめを刺す。
「俺、梶田達のロッジに変更になったから、よろしくな。」
 梶田達4人は顔を見合わせ、仕方ないか、と言う様に、
「ああ。」
 短くうなずいた。
「みんな揃ったな、じゃ、それぞれ自分でYヶ岳までの切符を買ってくれ。」
 坂本が仕切った。
 電車に乗ると、車内はガラガラだった。
 俺が4人がけの空いた席に座ると、梶田達はかなり離れた席に座った。
 美紀が俺に話しかけながら隣に座った。
「ねえねえ、いったいどうしちゃったの?梶田君達にあんな事言っちゃって、なんで梶田君達は黙ってるの?」
 祐子も興味を持ったのか、俺の向かいに座った。
 仕方なくその隣に金崎も座る。
「ちょっと生き方を変えてみようと思ってね、考え込むのをやめて自信を持って堂々と生きてみる事にしたのさ。」
 何食わぬ顔で答える俺を、美紀も祐子も感心顔で見ている。
 ん〜っ、快感。
 約2時間電車に揺られ、Yヶ岳駅からバスで30分、着いたところがYヶ岳キャンプ場だ。
 渓谷に作られた、田舎の割に大きいキャンプ場で、オートキャンプエリア、テントエリア、ロッジエリアがある。
 川で泳ぐ事もでき、上流へ行けば渓流釣りを楽しむ事もできる。
 川の対岸は未開発の密林状態だ。
 ロッジエリアには貸しロッジが12棟、その5〜8号棟が俺達のロッジだ。
「それぞれ自分のロッジはわかるな、3時から晩飯の準備を始めるから、それまでは好きにやってくれ。」
 坂本が叫んでいるが、聞いてる奴はいやしない。
 俺はロッジ前のバーベキュースペースに設置してある椅子に座り、持参の弁当を広げた。
 みんなは思い思いに楽しんでいる。
 そこへ、ロッジから梶田達が出て来て、俺の方に歩いて来る。
 新島がおずおずと俺に話しかけた。
「なあヨワシ、いや石野、お前どうしたんだよ、昨日のあの技は何なんだ?」
 かわいそうだからひと通り説明してやるか。
「ちょっと自信をつけただけさ、夏休みに入ってからの1週間で、俺は凄い人達から教えを受けたんだ。」
「一般にはほとんど知られていないけど、仙気流格闘術って言う、気功に近い技さ。」
 そこまで言うと新島が納得顔で、
「やっぱり気功か、それしか考えられないもんな。」
「君達も武道をやるから知っているとは思うけど、"気"って力は本当にあったんだ。それを俺は、偶然だけど突然身につけちまった。」
 そう言って俺は、足下に落ちていた拳大の石を拾い上げた。
「仙気流の"気"は、健康体操みたいなあいまいなものと違って、実戦的な力なんだ。」
 そう言うと俺は、梶田、新島、佐々木、飯山の4人が見つめる中、掌に乗せた石に"気"を込めた。
 次の瞬間、ピシッと音をたて、石が粉々に砕け落ちた。
 4人は息をのみ、飯山がひとり感嘆の声を漏らした。
「すげぇ。」
 その後梶田達はこれまでの悪行を詫び、俺も水に流す事を約束した。
 梶田達も、もともと悪い奴らだったわけじゃないし、以前の俺が、誰もがいじめたくなる様な奴だった事は自分が一番知ってるからな。
 その日は今まで生きてきた中で最高に楽しい1日だった。
 何にも怯えず誰の目も気にせずに遊んだ。
 みんなは俺の急激な変化に少なからず驚いた様だが、俺が梶田達の蛮行を抑えているのがわかると、喜んで受け入れてくれた。
 夕食のバーベキューはたらふく食ったし、酒も少し飲んでみた。
 あまり美味いもんじゃなかったけどな。
 夕食後、俺は質問攻めにあった。
「石野君、なんで急に変わっちゃったの?」
「今まで猫かぶってたの?」
「石野、お前何か悪い物でも食ったのか?」
「超能力でも使ったのか?」
「石野君、彼女いるの?」
 中には訳のわからない質問もあったが、全ての質問に俺は大まかに答えた。
 夏休みを機に自分を変える決心をしたこと。
 偶然知り合った達人に格闘技を教わったこと。
 自分でも驚いたが、俺には格闘技の才能があったらしいこと。
 悪い物は食ってないし、まだ彼女はいないこと。
 まあ、こんな感じだ。
 このキャンプ参加者の中には、俺を"ヨワシ"と呼ぶ奴はいなくなっていた。
 その後、盛大な花火大会でキャンプ1日目を締めると、皆思いおもいに過ごし始めた。
 興奮冷めやらずその場ではしゃぐ者、ロッジに引き上げる女達、何人かで女のロッジの戸を叩く男達、暗がりへ消えて行くカップル。
 俺もロッジへ引き上げようと立ち上がったところへ、美紀が話しかけてきた。
「石野君、ちょっと歩かない?」
 断る理由は何もない。
「いいね。」
 俺と美紀は並んで川岸を歩き始めた。
「今日の石野君、いい感じだったよ。」
「うん、1学期までの俺は自分でも嫌になるほど情けなかったからね。」
「強くなっても、石野君は変わらないよね。」
「ん?」
「つまり…乱暴になったりいじめっ子になったりしないよね。」
「ああ、そういう事なら安心して、いじめられる悔しさはよくわかってるつもりだからね。」
 俺が笑顔で答えると、美紀も安心した様に笑顔を見せた。
 くぅ〜っ、やっぱり可愛いな。
 美紀が俺に向ける"気"の質が他の者とは微妙に違っているのは散歩を始めてすぐに気づいた。
 好意の"気"であることには違いないが、はにかむ様な、何かを求める様な、自分の感情にとまどっている様な、とにかくあったかい感じだ。
 でも、まだ俺の気持ちを美紀にぶつけるのは早いかな?
 俺ってこういうところはまだ臆病なんだよな〜。
 30分ほど川岸を散歩し、俺達はそれぞれのロッジに引き上げた。
 ロッジに戻ると梶田達から仙気流についてしつこく聞かれたが、俺も詳しい事は知らず、師匠も既に遠くへ行ってしまった事を教えると、それ以上追及されることはなかった。
 梶田達も仙気流をやってみたかったらしい。
 俺は梶田達と少し酒を飲み、深夜近くになってようやく眠りについた。
 翌朝俺達は、けたたましい爆音に起こされた。
 慌てて飛び起きロッジから飛び出てみると、ロッジエリアと隣接するオートキャンプエリアで、改造車や改造バイクが十数台、排気音を轟かせながら円を描いて回っている。
 他のロッジやテントの付近では、何人ものキャンプ客がどうする事もできずにその光景を遠巻きに眺め、口々にささやいている。
「暴走族がなんでこんな所にいるんだ?」
「管理人や警察は何をしてるんだ?」
「おおかた街を取り締まりで追われてこんな山奥まで来たんだろう。」
「やだ、女の子が囲まれてるみたいよ。」
 俺は"気"を探ってみた。
 どす黒い欲望の渦の中心に、怯えた様に小さくなってる"気"がふたつ。
 げっ、美紀と祐子だ。
 次の瞬間俺は、渦巻く欲望の中心に向けて走り出していた。
 低速で走る車やバイクを素早くかわしながら円の中心に近づくと、美紀と祐子はアスファルトの路面に座り込み震えていた。
 近づく俺の姿を見ると、美紀がすがる様な目で俺に向かって叫んだ。
「石野君、助けて!」
 言われなくとも助けるさ。
 俺は美紀と祐子を背に、暴走族の中心に立った。
 周りから俺を罵る声が飛ぶ。
「変なガリガリ君が出てきたぞ。」
「邪魔すんじゃねぇよ。」
「女の前で粋がりやがって。」
「構わねぇ、やっちまえ。」
 2台のふたり乗りバイクが俺に向かって来た。
 後に乗ってる奴が鉄パイプを振りかざす。
 俺は難なく避け、1台のバイクに"気"を乗せたパンチを打ち込む。
「ガシャッ!」
 バイクはその場で転倒し、乗っていたふたりは地面に叩きつけられた。
「この野郎!」
 周りを回っていたバイクが数台俺に向かって来たが、お互い接触してコケた。
 俺は思わず吹き出しちまった。
 狭い場所でバイクを操る難しさに気づいた奴らは、バイクを降り、手に手に鉄パイプや木刀を持って俺に向かって来た。
 俺は美紀達が巻き込まれない様、やや離れた所で奴らを迎え討った。
 奴らときたら、動きはのろいしどこを攻撃しようとしているかは"気"でわかるし、何人来ようが負けるわけはない。
 5分程の間にほとんどの奴が腕や脚や腹を抱えて地面でうごめいていた。
 その頃には野次馬はだいぶ近くまで寄ってきており、やや離れた所では梶田、新島、佐々木の3人が、5人程の暴走族を叩き伏せていた。
 ん?佐々木の後にヌンチャクを持った奴が!
 俺が走り込んで、そいつからヌンチャクを奪い取ると、すかさず新島がそいつを殴り倒した。
「ヤバイ!」
 梶田が叫んだ。
 見ると四輪車が1台、美紀達の方に突進して行く。
 美紀達は恐怖で動けないらしく、座り込んだまま悲鳴を上げている。
 しまった、美紀達から離れすぎたか、間に合わない。
 何とかしなきゃ、美紀が跳ねられちまう。
 俺は、両手に"気"を集中させた。
 "気"は俺の手の中で熱く脈打っている。
 何とかなりそうだ。
 俺は美紀達に迫って行く四輪車の右側面にむけて両手を突き出し、手の中の脈打つ"気"を放った。
「ベコッ、グワシャッ、ガリガリガリ!」
 次の瞬間四輪車は、右側面を大きくへこませ、横転した。
 野次馬も、美紀達も、梶田達も、目を見開いて俺を見ている。
「遠当てだ。」
 新島がボソッと言った。



第8章

 へぇ〜、格闘技にもいろいろあるんだなぁ。
 俺は自宅近くの図書館に来ている。
 暴走族との乱闘後、新島が言った"遠当て"って言葉が気になって調べに来たのが4日前。
 その時開いた武術関係の本に興味が湧き、それから毎日図書館に通っている。
 おかげで、いろんな格闘技の知識を得た。
 柔道・剣道・ボクシング・レスリングなど、メジャーな格闘技はもちろん、骨法・カポエラ・サンボ・コシティーといった、かなりマニアックなものの解説書まで目を通した。
 でもやはり、"気"を重視しているのは中国拳法の様だ。
 少林拳・太極拳・八卦掌・形意拳など、"気"について書かれている本は、一語一句漏らさず読んだ。
 が、どの流派でも"気"を使うために何年も修行し、それでも使いこなせてはいないらしい。
 俺はキャンプの事を思い返していた。
 あの後は大変だったなぁ。
 乱闘後、美紀と祐子を安全なロッジ内に連れて行っている間に、動ける奴らは逃げて行った様だが、オートキャンプエリアには横転した四輪車や転がったバイク、動けずにうずくまっている暴走族達で雑然としていた。
 そこへけたたましくサイレンを鳴らし、10台程のパトカーがやって来た。
 キャンプ場の光景に警察官達も目を丸くしていたが、事情を説明した俺達の話を警察官は全く信じようとしなかった。
 そりゃそうだろう、十数台の車やバイクを駆る30人の暴走族を、いくら武道をやっているとはいえ、4人の高校生が撃退したのだ。
 しかし幸いにも目撃者は多数いたし、暴走族の連中も全員軽傷で済んだため、俺達は特にしつこく調べられることもなく放免となった。
 その後俺達全員、予定を切り上げてすぐに帰ったのは言うまでもない。
 しかし、車を弾き飛ばしたあの"遠当て"ってのは我ながら凄いな、今度練習してみよう。
 師匠達の言ってた、自分達にできない"気"の使い方ってやつかな?
 とにかく、本や記録を見る限り俺ほど"気"を使いこなせる者はいない様だ。
 やはり師匠達の言うとおり、俺は地上最強の男になっちまったらしい。
 俺はこれから、この突然授かった力を何に使えばいいんだろう。
 見せ物になるつもりはないし悪事をはたらくのもつまらない。
 正義の味方になりたくても世界征服を企む悪の秘密結社があるわけでもない。
 ま、将来はこれを生かして金儲けをしようとは思うが、当面は身近な人を守るってことでいいかな?
 俺はとりあえずの結論を出して図書館を出た。
 明日から親父の田舎へ家族旅行だ。
 翌日、
「お〜い、まだか?」
 車のエンジンをかけ、親父が家に向かって叫んでいる。
 お袋がなかなか出てこないのだ。
「お待たせしました。」
 やっと出てきたお袋は玄関の鍵をかけながら言った。
 家族で出かける時の乗車位置は決まっていた。
 親父が運転席、その後に優、俺は助手席で、お袋はその後、俺が物心ついた時からずっとその配置だ。
「ねぇ、やっぱり行かなきゃだめぇ?」
 優はあまり行きたくはないらしい、ま、中学生や高校生が親と一緒に行動したがらないのは当然だろう。
「石野の姓を名のっている間は年に1度は行かなきゃいけないの。ご先祖様が代々眠っている土地なんですからね。」
 お袋がたしなめる、我が家はこういうところはしっかりしている、と言うか保守的である。
 俺は去年までは、どこに行ってもつまらなかったからあえて親に逆らわなかったが、今年はどこにいても楽しむ自信があったから、喜んでついて行く事にした。
 親父の田舎は隣のT県にある日本海に面した小さな漁村である。
 少ない人口の半数以上が漁師をやっている過疎村で、M市からは車で3時間くらいかかる。
「強、格闘技の練習の方はどうなってる?まだ続けているのか?」
 親父が口を開いた。
「師匠が遠くへ帰っちゃったからもう教われないんだ。」
 俺が正直に答えると親父は、
「そうか、残念だったな、格闘技を始めてからお前も逞しくなった様で、喜んでたんだがな。」
「ま、しょうがないよ、あとは独学でこつこつ技を磨くよ。」
「お前にその気があれば、月謝を払ってちゃんとした道場に通ってもいいんだぞ。」
「ありがとう、でも俺が教わった"仙気流格闘術"って流派は道場がないんだ。」
「…そうか、残念だな。」
 親父は本当に残念そうに言った。
 せっかくいい方向に変わってきた俺が、また元に戻ってしまうのではないかと懸念したらしい。
 会話が中断したので、俺は親父の"気"を探ってみた。
 車の運転ってのは結構\\"気"が動くもんなんだなぁ。
 しばらく親父の身体の動き、意識の動きを"気"で読みとっているうちに、俺は車の運転をマスターしちまった。
 ついでだ、とばかりに、俺は周り中の"気"を読み、オートバイ、トラック、バス、あらゆる車の運転もマスターしておいた。
 移動するだけなら自分で走った方が早いだろうが、必要になるときもあるだろう。
 おかげで、これと言った会話もない車内の3時間、まったく退屈することなく過ぎてしまった。
「ほう〜、見違えたぞ強、逞しくなったなぁ。」
 親父の実家に着き、真っ先に挨拶した俺に、じいちゃんは目を細めた。
「ご無沙汰してます、お父様お母様。」
 お袋もよそ行きの声で挨拶をしている。
「お腹すいたでしょう?準備はできてますよ。」
 ばあちゃんが声をかけた。
 待ってました!
 1年ぶりに訪ねてきた息子夫婦と孫に出す昼食、それはそれは豪華なものだった。
 テーブルの上に所狭しと並べられた新鮮な魚料理、俺はたらふく詰め込んだ。
 夏休みに入ってからの俺は、以前の3倍は食っていたが、それに慣れた両親でさえ今日の俺の食いっぷりには目を見はっていた。
 じいちゃんとばあちゃんは、逆にひどく嬉しそうに目を細めた。
「美味しかった〜、ごちそうさま、ちょっと腹ごなしにその辺散歩してくるよ。」
「神隠しの入り江にだけは行くんじゃないぞ〜。」
 じいちゃんの言葉に軽く返事をして、ひとり海の方へ歩きだした。
 行き先は決まっている。神隠しの入り江だ。
 正式な名称は他にあるんだろうが、過去に何度も神隠しがあったらしく、地元の人達はみんなそう呼んでいるのだ。
 地元の人も滅多に行かず、俺の様なよそ者は決して近寄ってはいけないと、厳しく言われる場所である。
 とは言うものの、岩山に囲まれ民家や道路から遮断された入り江は、帰省や観光で訪れた若者にとっては恰好のデートスポットになっている様だ。
 俺も大人の目を盗んで何度か行ってみた事があるが、流れや波が荒いわけでもなく、特に危険は感じなかった。
 アベックが出歩く夜ならともかく、昼間は誰もいないはずだから遠当ての練習にはもってこいだろう。
 誰にも見られない様に素早く入り江に入ると、案の定そこには人っ子ひとりいない。
 打ち寄せる波が岩に吸い込まれる音だけが静かに響いていた。
 周囲に人間の"気"がないことを確認し、俺は加減しながら、両手に少量の"気"を集めてみた。
 すぐに両手が熱くなり、掌に"気"が乗るのを感じた。
 俺はそれを、岸からやや離れた海面に向けて弾き出す。
「シュボッ!」
 次の瞬間、海面に5メートル程の水柱が登った。
 更に"気"を少し多めに集め、今度は20メートル程沖に突き出た岩に向けて放ったところ、岩は跡形もなく吹き飛んだ。
 こりゃ危ないな、下手に思いっきりやると、島のひとつぐらい吹き飛んじまう。
 思った以上の威力に調子に乗った俺は、適当に加減しつつ何度も何度も遠当てを放った。
 その甲斐あって、ほとんど一瞬で"気"を溜めることができるようになり、またどんな体勢からでも狙った所に遠当てを撃てるようになった。
 俺が自分の"気"の消耗に気づいたのは、そろそろ帰ろうと思った時だった。
 身体が思う様に動かない。身体を流れていた"気"の大河が、今は小川程になっていた。
 俺はその場に座り込み、"気"の回復を試みたが、無駄遣いが多すぎたせいか遅々として進まなかった。
 ぐったりとして目を閉じたとき、俺は尻の下に大きなうねりを感じた。
 今まで自分の"気"が大きくて気づかなかったが、地中奥深くに膨大な量の"気"が渦巻いているのである。
 地球の"気"とでも言おうか、地殻の下でゆっくりと力強く流れている。
 俺は残り少ない自分の"気"を細く伸ばして地中に向け、地球の"気"の渦に…触れた。
 とたんにそれを誘い水にして、地球の"気"が俺に流れ込んできた。
 一瞬大きすぎる奔流に俺自身が破裂しかけたが、かろうじて"気"を切り離す事ができた。
 いや〜、凄いショックだった。
 切り離すのがちょっとでも遅れたら、俺自身が壊れてたなぁ。
 今日はこれで帰ることにして、俺はじいちゃんの家に向けて歩き出した。
 俺の中には、この入り江に来たとき以上に"気"の流れを満々とたたえた大河があった。



第9章

 一夜明けて、今日は毎年恒例墓参りの日だ。
 昼前には東京から親父の弟、紀次叔父さんが奥さんの綾子叔母さんとひとり娘の由佳を連れてやって来た。
「きゃ〜っ、由佳ちゃん久しぶり〜。」
「優ちゃ〜ん、元気だった?」
 由佳と優が抱き合って飛び跳ねている。
 従兄弟の由佳は俺のひとつ下、優のひとつ上だから、中学3年か、優とは気が合う様だが俺は異性を意識しだしてからはまともに話もしていない。
「由佳ちゃん久しぶりだね、3年生になると大変だろう?」
 俺が軽く話しかけると、由佳はちょっと意外そうな顔をしたがすぐさま笑顔で応じた。
「きゃ〜っ、強兄ちゃんが私に話しかけてくれるなんて珍しいね、そうなのよ、3年になってから急に先生も厳しくなっちゃって。」
 優と違って由佳は素直ないい子なんだ。
 1年ぶりの全員集合に、じいちゃんもばあちゃんも目尻が下がりっぱなしだ。
 昨日同様豪華な昼食の後、全員で墓参りに出かけた。
 家から歩いて20分程のところにある共同墓地だ。
 墓地に着いてみると、隣接する広場にやぐらが建ち、作りかけの露天が並び、ガヤガヤとにぎわっている。
「じいちゃん、今日は祭りかなにかあるの?」
 俺が尋ねるとじいちゃんは少し悲しげに説明してくれた。
「近くの村や町の合同夏祭りでな、毎年持ち回りでやっているが、今年はここでやることになったんだよ。昔はそれぞれの町村ごとに盛大にやっていたもんだが、今は御輿の担ぎ手もおらんでおとなしいもんだ。」
「やった〜、ね、強にいちゃん、今夜一緒に見に来よう、優ちゃんも一緒に。」
 由佳は俺の腕に自分の腕をからめてはしゃいだ。
 墓地に来るまでの間も由佳は俺の隣を歩き、あれこれと話しかけてきたのだが、俺は後から突き刺さる"気"に耐えながら歩かねばならなかった。
 優にしてみれば、1年ぶりに会った大好きな由佳ちゃんをダメ兄貴に取られた、って感じたのだろう。
 墓参りを済ませ一旦家に帰ったのだが、その後も由佳は俺にくっついてきた。
「強にいちゃん、去年まではなんか近寄りがたい感じだったけど、不思議と今年は気軽に話せるね。」
「ああ、今年までは受験もあったしね、来年は由佳ちゃんだろう?」
「いや〜っ、そのことは今は考えない様にしてるの。」
 軽快な会話が心地よい、が、あ〜あ、優の嫉妬の"気"をひしひしと感じるよ。
 俺はちょっと身体を動かしに行きたかったが、由佳がついてくるに決まってるので、昼寝をすることにした。
「ごめん由佳ちゃん、俺ちょっと眠くなっちゃったよ。」
 俺が横になると、由佳は
「お祭りに行くときに叩き起こすからね。」
 と言うと、俺のそばを離れた。
 由佳が優の相手をしてくれれば優の機嫌も直るだろう。
 夕方、俺達3人はじいちゃんに小遣いをもらってお祭り見物に出かけた。
 優の機嫌はちょっと良くなってはいたが、できるだけ俺はふたりから離れて歩くようにした。
 が、その都度由佳は俺のそばに寄ってきて、優は孤立し、かえって逆効果になってしまった。
 祭りの会場に着く頃には、優は完全にふてくされていた。
 由佳もそんな優とは話しづらいのだろう、ことさらに俺に近づき、腕をからめてくる事もしばしばあった。
 俺はあきらめ、成り行きに任せる事にした。
 去年までは俺がのけ者だったんだ、優も1度くらいのけ者気分を味わってみるのもいい薬だろう。
 祭りはこれといった盛り上がりもなく、盆踊りと数件の露天だけの小さなものだった。
 それでもせっかくだから楽しもうと、俺と由佳が寄り添って金魚すくいをしていたとき、後で立っていた優の"気"が一瞬激しく渦巻いた。
「あたし、お邪魔みたいだから帰る!」
 ピシャリと言い放つと、優は踵を返して歩き去って行った。
 まずいな、寂れた祭りでも一応は見物客もいる、中には質の悪い酔っぱらいも、優ひとりで帰すわけにはいかない。
「悪い由佳ちゃん、優の機嫌取ってやってくれない?大好きな由佳ちゃんを俺に取られた様に感じてるらしいんだ。」
 自分が行くと優はますます反発すると感じた俺は、由佳に頼んだ。
「なるほど〜、優ちゃんの不機嫌はそれが原因だったんだ、わかった、任しといて。」
 そう言うと由佳は、優を追って走り出した。
「優ちゃん待ってよ。」
 すぐに由佳は優に追いついた。
 俺はふたりとの間隔を、20メートル程に保ち、ふたりの"気"を探りながらついて行った。
 由佳の"気"が優を包み込む様に動くと、優の"気"はそれを激しく拒む。
 自分の嫉妬心を恥じ、心を堅く閉ざしている様だ。
「あ、優ちゃん、そっちはダメよ!」
 由佳が叫んだ。
 見ると優は、神隠しの入り江に向かってかけだしていた。
 入り江には?…"気"を探ってみたが誰もいない様だ。
 由佳も優を追って入り江に入っていったが、特に危険もなさそうなので俺は入り江の入り口付近の岩に腰を下ろし、優の事は由佳に任せる事にした。
 優の"気"は激しく由佳を拒絶していたが、由佳の暖かい"気"に包まれ、徐々に穏やかになっていった。
 優がある程度落ち着いた事を察知した俺はふたりの"気"を探るのをやめ、危険な人間や動物が来たら即応できる様、入り江とは反対側に"気"を向けた。
 ぼんやりと、30分ほど待っただろうか、既に日は沈み、辺りは真っ暗になっている。
 ちょっと心配になったので入り江に"気"を向けてみた。
 ん?
 ふたりの"気"を感じない。
「しまった!」
 俺は入り江に走り込んだが、ふたりの姿はそこにはない。
 海か?
 沖に"気"を向けてみると遠くに優と由佳の怯えた"気"をみつけた。
 その周りには不穏な"気"がふたつ、いや、3つか。
 かなりのスピードで遠ざかって行く。モーターボートだろう。
 俺はTシャツを脱ぎ捨てると海に飛び込んだ。
 このまま帰らなければ、神隠しって事になるんだろうな。



第10章

 俺は優達の"気"を見失わない様注意しながら思いっきり泳いだ。
 おそらくジェットスキー並のスピードは出ているだろう。
 優達をさらったモーターボートに徐々に近づいていく。
 もしかして、国家ぐるみで外国人を拉致しているという、KC共和国か?
 ん?"気"が止まったぞ。
 目を凝らして見ると、200メートル程先に大型船が停泊している。
 乗り移ったらしいな。
 泳ぐスピードを緩め、音をたてない様注意しながら船に近づくと、黒く塗られた船体の右舷にやはり黒塗りのモーターボートが縛り付けられており、甲板からモーターボートまでは梯子がかけられていた。
 船内の"気"を探ってみると、優達は船室に閉じこめられた様だ。
 怯えきった"気"がふたつ、船底近くで震えている。
 船内には他に20人程の人間がいるようだが、怯えている"気"は優達だけなので、20人全てが敵だろう。
 俺は素早く、しかし静かに梯子をかけあがり、周囲の"気"を探りながら甲板に降りた。
 そして目にもとまらぬ早さで船内に潜り込む。大丈夫、みつかっていない。
 優と由佳の"気"を頼りに階段を降りて行く。
 途中何度かみつかりそうになったが、近寄る"気"を察知した俺はその都度みつかる前に隠れることができた。
 俺は今、1枚のドアの前に立っている。
 このドアの向こうに優と由佳が閉じこめられているはずだ。
 見張りはいない、海の上、って事もあって安心しきっているのだろう。
 俺はドアのノブに手をかけ、ひねってみたが動かない。
 当然鍵をかけているだろう。
 そのまま俺はドアノブに"気"を叩きつけた。
 音もなくドアノブが崩れ落ち、ドアがゆっくりと開いた。
 部屋の奥には縛られて転がされている優と由佳。
「お兄ちゃん!」
 俺は人差し指を唇にあて、静かにするよう意思表示をしたが、俺を見た優が大声をあげてしまった。
 しまった!
 隣の部屋から3つの"気"が向かってくる。
 部屋の右奥にあるドアが開き、男がひとり顔を出して何か叫んだが、少なくとも日本語や英語じゃない。
 とたんにそのドアから3人の男が飛び出して、俺に拳銃を向けている。
 俺は瞬時に男たちの前へ移動し、瞬く間に3人とも殴り倒した。
 失敗だったのは、最後に倒した奴に、拳銃を1発撃つ隙を与えちまったことだ。船中に異常事態を知らせた様なもんだよな。
 優も由佳も縛られたままあんぐりと口を開けて俺を見ている。
 ふたりのロープをほどくと俺はふたりについて来るよう指示し、部屋を出た。
 甲板に上る階段まで来たが、敵が出てくる気配は全くない。
 甲板の"気"を探ってみると、いるわいるわ十数人が全員船室出入り口に"気"を向けている。
 どうやらカメラか何かで俺達の行動はわかっているみたいだな。
「この階段の上には悪い奴らがたくさん待ちかまえているみたいだ。優と由佳ちゃんはここで待ってな。」
 そう言って階段を上ろうとする俺の腕を、由佳がつかんだ。
「強兄ちゃん、ひとりなの?行ったら殺されちゃうよ。」
 由佳は涙声だ。
「お兄ちゃん、ごめんね、私が悪かったの、ごめんね。」
 優は完全に泣きじゃくっている。
 さっきもそうだったが、優が俺を"お兄ちゃん"って呼ぶのは何年ぶりだろう?
「大丈夫だよ、あいつら、どうやらKC共和国の奴ららしい、俺が全部やっつけて来るから、安心して待ってな。由佳ちゃん、優を頼む。」
 そう言うと俺は、甲板への階段を駆け上がって行った。
 俺が船室のドアを蹴り破って甲板へ躍り出ると、一斉に銃声が響いた。
 すかさず俺は身をかわし、手近な奴を2〜3人殴り倒した。
 怒声と銃声が俺に襲いかかる。
 普通なら蜂の巣になっているところだが、俺は全身を"気"で防御している。
 かわし損なった銃弾が何発かは当たっているが、全部弾き落とされていた。
 俺は甲板上を風の様に駆け抜け、5分後にはそこにいたほぼ全員を倒していた。
 敵の7割は甲板に転がり、不自然に折れ曲がった腕や脚を抱えてうめき声をあげている。
 残りの3割は海に飛び込んだ様だ。
 さて、優達は?
 振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、拳銃を突きつけられて恐怖に震えている優と由佳だった。
 しまった、船室で倒した奴らを忘れてた。
 優達が閉じこめられていた船室で倒した3人のうちのふたりが、優と由佳をそれぞれ抱え、拳銃をこめかみに突きつけていた。
 ひとりが大声で何か叫んでいるが、言葉はわからない。
 おおかた、"動くと女を殺すぞ"とでも言っているのだろう、"気"を読まなくても察しはつく。
 もうひとりは?
 船首の方で大きな物体のカバーを外そうとしていた。
 しまった、ヘリか。
 カバーの下から現れたのは、小型のヘリコプターだった。
 カバーを外した男が操縦席に座り、エンジンをかけるとローターがゆっくりと回り出す。
 優と由佳を人質に取られ、俺は身動きできない。
 俺は銃弾が当たっても平気だが、優達はそうはいかない。
 ヘリのローターは徐々に回転数を上げ、優と由佳を抱えた男達もヘリに近づいて行く。
 男達が優と由佳を後部座席へ引っ張り上げ、ひとりの男が前の席へ移動する。
 由佳に向けられていた銃口が別の方向を向いた、今だ!
 優に銃を向けている男に向けて遠当てを放つ。
 男は開いていたドアから甲板に放り出された。
 同時にヘリは浮上を始める。
 俺は20メートル程を一気に飛び、ヘリの脚に飛びついた。
 脚をよじ登り、開いていたドアから後部座席に入り込む。
 俺は助手席から罵声とともに向けられた銃口の前に立ちはだかり、腹で5発の銃弾を受けた。
 後から優と由佳の黄色い悲鳴が響く。
 拳銃の弾切れを確認し、俺は前の席にゆっくりと移動した。
 助手席に座っていた男は恐怖に震えていたが、引き金を何度引いても弾が出ないことを知ると何やらわめき散らし、自らドアを開けて暗い海に飛び込んだ。
 俺は助手席のドアを閉め、操縦席を睨みつけた。
 操縦している男は泣いていた。
 俺の目を見て、一瞬しゃくり上げると、やはり自らドアを開け、外へ飛び出した。
 すかさず俺は操縦席につき、操縦桿を握った。
 もちろん、最初から操縦者の"気"を探り、操縦法は覚えていた。
 下から銃声が聞こえたので、俺はヘリを急上昇させた。
 高度150メートル、もう銃弾は届かないだろう。
「お兄ちゃん、銃で撃たれたんじゃないの?」
「強兄ちゃん、ヘリコプターの運転できるの?」
 不安げに優と由佳が尋ねたが、俺はにっこりと笑顔を見せ、床に転がった5個のつぶれた鉛玉を指さした。
「これが仙気流格闘術さ。」
「さっ、帰ろうか。」
 岸に機首を向けようと旋回し始めると、急にヘリがガクガクと揺れ始めた。
 見ると燃料計の針がみるみる"E"に迫っている。
「燃料タンクをやられた様だ、爆発するぞ!」
 俺は操縦席を離れた。
 失速して墜落を始めるヘリの中、俺は優と由佳を両腕で抱きかかえると、開いたままのドアから暗闇の中へ飛び出した。
 ヘリは激しく炎をあげながら、海へ向かって落ちて行く。
 優と由佳は金切り声をあげて俺にしがみつく。
 高度は200メートルくらいか、この高さから海面へ叩きつけられれば、俺はいいとして優達は無事じゃ済まないだろう、なんとかならないか?
 俺は初めて師匠から"気"のコントロールを教わった時の事を思い出し、自分の身体全体を"気"で包み込んだ後、引っ張り上げた。
 ガクン、落下速度は緩まったが、両腕が優と由佳の身体に食い込んだ。
 このままじゃ優達の身体が壊れちまう。
 俺は更に、両腕を介して優と由佳の身体も、自らの"気"で包んでみた。
 引っ張り上げると、落下が止まった。
 俺達3人は、夜の空に何の支えもなく浮かんでいたのだ。
 気絶しかけていた優と由佳は、俺の腕が腹に食い込んだ時に覚醒し、唖然と俺を見ていた。
「お兄ちゃん?」
「空も飛べるの?これも仙気流って技?」
 俺はにっこりとうなずき、短く言った。
「さっ、帰ろう。」
 俺は身体を引っ張り上げる"気"の方向を少しずらした。
 俺達の身体は、陸地の方へ向けて闇の中を飛行し始めた。
 さすがに空を飛ぶには大量の"気"を使う。
 しかし俺の"気"は尽きる事はなかった。
 細長く地中に伸ばした"気"のストローで、地球の"気"を常に補給していたからだ。
「優、由佳ちゃん、今日の事を他人に話すと、俺は見せ物になっちまうだろう。少なくとも普通の生活はできなくなる。家族にだけにはホントの事を言うつもりだけど、他の人には絶対に言わないでくれるか?」
 その頃にはふたりとも、空の旅を楽しむ余裕ができていた。
 優と由佳は顔を見合わせて含み笑いをすると、由佳が代表して言った。
「私たちが危ない目に遭ったときはいつでも飛んできて助けてくれるんなら黙っててあげる。」
「もちろんさ。」
 3人の笑い声は、暗闇の中に吸い込まれていった。



第11章

「強!こんな遅くまで何やってた!」
 じいちゃんの家に帰ると俺はいきなり親父に真っ赤な顔で怒鳴られた。
 警察に捜索願を出そうとしていたらしい。
 そりゃそうだろう、帰り着いたのは午前2時、高校生と中学生が出歩くには遅すぎる時間だ。
 しかし、俺達のボロボロな所々焼けこげた服や、優と由佳の腕についた縄の跡を見ると、大人達は急に顔色が変わった。
「一体何があったんだ?強君、説明してくれ。」
 紀次叔父さんも血相を変えて俺を問いただす。
「ごめん、俺達疲れちゃって、明日全部説明するから、今日は寝かして。」
 俺は疲れてなどいなかったが、優も由佳も、じいちゃん達もぐったりしていたので、俺はそう言って寝床に入った。
 翌朝、朝食をたらふく食ったあと、俺の周りにじいちゃん達全員が集まった。
「これから、ちょっと突拍子もない話をするけど、とりあえず最後まで聞いてくれる?」
 俺は全部初めから話した。
 終業式の日に出会った宇宙人のこと。
 宇宙人から"気"の使い方を教わったこと。
 教わった"気"を使うと何ができるか。
 昨日、神隠しの入り江から優達が拉致されたこと。
 俺が泳いで追いかけ、優達を助け出して帰ってきた顛末。
 この辺は、優も由佳も一緒に説明してくれた。
 大人達は全く信じようとしなかったが、俺が全員を神隠しの入り江に誘い出し、遠当てと飛行術を見せると、ようやく信じてもらうことができた。
「優達を拉致した船は、まだそこにあるのか?」
 親父が言った。
「たぶんあると思うよ。」
 俺が答える。
 それなら警察に…と言いかけた父だが、俺の普通の生活を守るため、父は俺に提案した。
「強、おまえ今から飛んで行って、その船を航行不能にして来れるか?その後匿名で警察に通報しよう。」
 その後しばらくの間、故障したKC共和国籍の船と、負傷した同国特殊工作員の謎が、いろんな推測を交えてメディアをにぎわすこととなった。
 俺の事は公にしない方が得策だろうと、じいちゃんをはじめ全員の意見が一致したので、決して口外しない事を堅く約束して、由佳達は東京へ、俺達はM市へ帰った。
「その力を正しいことに使うなら父さんはできる限り応援するぞ。」
 そう言う親父の提案で、俺は普通二輪の免許を取った。
 自動車学校には通わず、一般試験の一発合格。
 バイクに乗ったことはなかったが、運転は完全にマスターしてたからね。
 おかげで試験管からは"ずいぶん無免許運転しただろう"と嫌味を言われた。
「何をするにしても、機動力は必要だろう、空を飛べば早いだろうが、誰かに見られると大騒ぎになるからな。」
 そう言って親父は、へそくりをはたいて俺に400CCの中古バイクを買ってくれた。



第12章

 俺の名は石野強、いい名前だろう?N県M市に住む高校1年生さ。
 曲がったことは大嫌い、弱きを助け強きを挫く、正義感あふれる男の中の男、それが俺。
「おはよう!」
 夏休みが終わってから2週間が過ぎた。俺は学校へ行く支度を整えてダイニングに入る。
「おはよう!」
 お袋が明るく挨拶を返す。
「お兄ちゃん、おはよう!」
 優も起きてきた。
 親父はとっくに会社に行った様だ。
 俺はいつもの様に豪快に3杯飯を食らい、
「ごちそうさま〜、行って来ま〜す。」
 と玄関へ向かう。
「あ〜、待ってよ〜、私も一緒に行く〜。」
 優が俺に腕を絡めてきた。
「お兄ちゃん、腕、太くなったね。」
 この2箇月弱の間にかなり筋肉が太り、体重も52キロまで増えていた。
 優と一緒に家を出ると、玄関には美紀が待っていた。
 優は一瞬寂しそうな目をしたが、すぐに満面の笑顔で、
「あら、お邪魔かしら、お先に!」
 と言うと走って行ってしまった。
「おはよう、強君。」
「おはよう、美紀。」
 夏休み最後の登校日、ついに俺は美紀に告白しちまったんだ。
 振られるわけはないだろう?美紀の"気"は、明らかに俺を意識していた。
 あとはタイミングだけの問題だったのさ。
 学校も楽しいよ。
 俺の噂を聞きつけ、絡んできた不良グループもあったさ。
 だけど、所詮学校1強いグループ、世界最強の俺の敵じゃない。
 軽くあしらってやった。
 今のM西高校には他人をいじめる奴はひとりもいない。
 俺がいる限りね。
「何考えてるの?早く学校行こう。」
 美紀が腕を絡める。
 俺は美紀と腕を組み、学校への道を歩き出した。
 里山では木々がわずかに色づき始めていた。



エピローグ

「急いで帰って報告だ、あんなにヨーガナイトが豊富な惑星は初めてだ。」
 白い髭の調査員が思わず口にした。
「あの星の原住民、どんな格闘家に成長するかな?あれほどの生体エネルギーを持った生物は初めて見たもんなぁ。」
 青い髭の調査員は別の話題を振った。
「あの星の代表と交渉が成立すれば、星の自己回復能力の範囲内でヨーガナイトを発掘に行くんだ、その時休暇を取って会いに行ってみるか?」
「そうだな、その頃にはあの原住民が星の代表者になっているかもしれないな。」
 その時、けたたましい警報が鳴り始めた。
 調査員達は会話を中断し、レーダーにかじりついた。
「所属不明の宇宙船接近!」
「おい、まさか、略奪船か?」
「最大出力!離脱するぞ!」
「ダメだ、間に合わない、拿捕された。」
「調査データーを奴等に渡す訳にはいかないぞ、あいつら星を滅亡させてもヨーガナイトを絞り尽くすんだ。」
「ダメだ、消去が間に合わない、スキャンされた。」
「…」
 ふたりの調査員は、生体エネルギーを拘束され、気を失った。
「ほう、これは素晴らしい!ヨーガナイトの宝庫だな。」
 略奪船と呼ばれた船内で、スキャンした調査データーを解析したオペレーターが溜息を漏らした。
 ソル系の第3惑星、座標もわかるな、早速母星に連絡しよう。
「こちら巡回諜報船、大量のヨーガナイトを含有する惑星発見、データーを送信する。」
 連絡を受けた星から、発掘船団が出発するまで、さほど時間はかからないだろう。







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