銀髪褐色幼女と魔法のバット
遊森様主催の『武器っちょ企画』の大遅刻参加
以下参加条件
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
「行ってくるね、ママ」
「行ってらっしゃい。ごめんね、起き上がれなくて……」
エイダが声をかけると、ベッドの上の母親は悲しそうに呟いた。
病弱な彼女は、いつだってベッドの上にいる。
生来の体の弱さから仕事は出来ず、家事もほとんどすることが出来ない。
それでも日常生活に支障を来していないのは、献身的で協力的な夫と娘のおかげだと思っている。そしてそれに負い目を感じていることも、エイダは気付いていた。
「大丈夫よ、ママ。無理しないで」
エプロンドレスの上から鞄を斜め掛けにし、その中に父親の作ってくれた昼食を入れる。水筒も忘れずに。
「今日は実技もないし、早く帰って来るの」
母親に笑顔で手を振り、玄関から飛び出した。
いかにも学校に行くのが楽しみ、という風に。
用心のため、家から見えない位置まで小走りに進む。
見えなくなった途端、足は鉛のように重くなる。
「はぁ……」
思わずため息を吐いて俯いた。
「学校、行きたくない……」
エイダは父親の仕事の都合で、半月ほど前にこの街に引っ越してきた。そこで新しい学校に編入したのだが、エイダは馴染めずにいた。友達が出来ないどころか、いじめられているのだ。
いじめられている原因はわかっている。
エイダのこの肌の色だ。
エイダの母親は南方の出身で、褐色の肌。エイダもその血を濃く受け継ぎ、褐色の肌をしている。
この街は皆白い肌をしており、子供たちは見慣れない褐色の肌を変なもの、と認識しているようだ。
無視されたり陰口を叩かれるのは、悲しいがまだマシ。一部の男の子は石を投げつけてくることがある。そのせいで怪我をするなんて日常茶飯事なのだ。いくら反射神経に自信のあるエイダでも、すべて避け
きるのは難しい。
幸いエイダの通う学校は剣術や体術、迷宮探索の実技があるので怪我をすることは不自然ではない。
おかげで母親に不審に思われずに済んでいる。
エイダはいつもの空家の前で予習と復習に時間を費やし、お腹が鳴ったので休憩を取ることにした。
この空家の庭には井戸があるので休憩に便利なのである。
「いただきまーす」
ぱくりと一口。
もぐもぐと咀嚼して、飲み込む。
ほんのりと甘いパンに塩気のあるサラダ菜、真ん中には父親の特製ソ
ースがかかったミートローフ。
「んー、おいしい!」
エイダは食べることが大好きで、料理にも興味津々。
料理の得意な父親から色々教えてもらっている最中だが、まだまだ父親のようにはいかない。
「ふぅ、ごちそうさまでした!」
食後に水を飲んで、芝生の上に寝転ぶ。
「学校、どうしよう……」
大陸の形をした雲を眺める。
お日様の光とさわさわと吹く風が心地よい。
お昼寝しようかな、と目を瞑る。
このままずっと学校に行かないわけにはいかない。
エイダはまだ一年生で、あと九年は学校に行かないといけないのだ。
王都の学校には劣るが、学園管理の迷宮のある、中々ハイレベルな学園だ。夢である探索者になるための、第一歩である。
「迷宮探索かぁ……」
十階層からなる学園管理の迷宮は、一学年に一階層ずつ挑戦することになっている。
そこで実地の経験を積み重ねていくわけだが、この探索は個人ではなく、グループで行われる。
数日前に行われたグループ決めで、エイダは最悪なことにいじめっ子たちと同じグループになってしまったのだ。
これは完全なくじ引きなので、故意に陥れられたわけではない。
運が悪かっただけ。そう、運が悪かっただけなのだ。
「やだー! やだー! がっこうやだあ!」
うだうだと芝生の上を転がりながら駄々を捏ねる。
いくら近所の人にしっかりしてるね、と言われようともまだ年齢一桁のお子様だ。
「うちのお嬢様は、何を嫌がってるのかな?」
「ひぅっ!?」
エイダは突然降って来た父親の声にびくりと体を震わせた。
恐る恐る起き上がり、いつの間にか目の前にいた父親を見上げた。
「あの、これは、その……」
「うん」
完全に聞く態勢で、父親はエイダの隣に腰を下ろした。
「えっと……」
言い淀むエイダに、優しく笑いかける。
「学校、辞めてもいいんだよ?」
「それは……」
学校を辞めるということは、探索者の道を諦めるのと同義。
学校に通わず弟子入りする、独学で頑張るなど方法は他にもあるが、
一番大成しやすいのはやはり学校で、潰しも利く。
「学校の何が嫌なのかな? 勉強が難しい? 友達出来ない?」
エイダは首を振った。
「ママには言わない?」
「言わないよ」
父親の言葉を信じ、エイダはスカート裾を捲った。
そこには青々とした痣がたくさん。
「石を投げられるの」
父親が息を飲んだ。
「どうして……」
「南に帰れって言われるの」
本当はもっと酷い言葉を投げつけられることもある。
「石の一つや二つや三つや四つなら避けられるの。でも一度に十も投げられると避けきれないの」
「……四つなら避けられるんだ」
「避けちゃうから激しくなるのかなって思うんだけど、つい避けちゃうの」
「……そう。先生には?」
「先生に言ったらもっとひどいことするって」
今でも先生のいないところで石を投げられたりするのだ。
先生から注意があったところで、あまり効果はないだろう。
「それでね、今度の実技のグループが、石を投げてくる子たちと一緒なの」
「先生に話して、グループを変えてもらえないかな?」
「うぅん……」
エイダに石を投げる生徒はそう多くない。
だがクラスでもリーダー格のグループなので影響力が強いのだ。
メンバーを変えたところで、間接的に何かしてくるに違いない。
「よし、じゃあ、エイダがリーダーになっちゃおう!」
「え?」
「石を投げてくる子たちを、返り討ちにしちゃおう!」
「どうやって?」
「特訓だ!」
立ち上がり、拳を突き上げて宣言した。
特訓。
何の特訓だろう、とエイダは父親を見上げた。
「エイダ、パパのお仕事なーんだ?」
「えっと、魔道技師……」
魔道技師は道具を作ったり、道具に魔法をかける職人で、エイダの父親はその世界で著名な人物である。
「正解! よーし、パパがんばっちゃうぞー!」
***
「行ってきます!」
エイダは元気よく家を飛び出した。
少しの間休んでいたので、久しぶりの学校だ。
いよいよ特訓の成果が試される時が来た、とエイダは少々興奮気味である。
「あっ! あいつが来てるぞ!」
学校へ着くとさっそく、いじめっ子たちに見つかってしまった。
リーダー格のレントは、いつもすぐにエイダを見つける。
エイダ探知機でもついているのではと思ってしまうほどだ。
「南方に帰れー!」
「学校来るなー!」
腰巾着の二人に石を投げられる。
残念なことにこのレントと腰巾着一号二号がエイダと同じグループのメンバーだ。
エイダは投げつけられる石を躱す。
いじめっ子は躍起になってさらに投げる。
そこでエイダは秘密兵器を取り出した。
「何だそれ、バット?」
バットが甲高い音を立てて、石を跳ね返す。
グリップを握り、振り抜く。
向かってくる石はすべて打ち返した。
「石なんて、この魔法のバットで打ち返してやるんだから!」
唖然とした表情のいじめっ子たちを尻目に、エイダはあっかんべーと舌出し、教室へ急いだ。
今日は迷宮探索がある日。
この日は各々愛用の武器を持ってくる。
エイダは父親が作ってくれた魔法のバットを持っていくことにした。
実践でも通用出来るように、経験を積もうと思ったのだ。
いつものエプロンドレスから戦闘用の動きやすい服に着替え、モンスターも多くいるので、革の鎧や兜も忘れずに身に着けた。
迷宮には要所要所に教師もいるが、念のために緊急脱出用の魔道具も配られる。
それが不意に外れてしまわないように、しっかりと腕にはめた。
一グループずつ時間をずらし、迷宮に入る。
一年生なので一階層であり、初歩の初歩。
迷宮に慣れるための階層ということもあり、危険はない。
モンスターも低レベルなのだ。
高レベルのモンスターが侵入しないように、入口と階段は監視の魔法がかかっているし、教師も控えている。
エイダはグループの最後尾について、迷宮に潜った。
「何だよ、お前、そんなもん持って迷宮潜るのかよ」
そんなもん、というのはバットのことのようだ。
石が一つも当たらなかったものだから、悔しがっているのだろうか。
「魔法のバットは剣より強いもの」
「バッカじゃねーの、剣の方が強いに決まってる!」
「パパが作ってくれたんだもん! すごく強いの!」
「バットは所詮バットだろ!」
いつもこうだ。
悪口を言ったり、石を投げたり、エイダが何か言うとすべて否定する。嘘吐き呼ばわりする。
だからエイダはこのいじめっ子のことが大嫌いだった。
「もういいよ、どっちでもいいから、構わないでほしいの」
「南方人のくせに、生意気だっ!」
「きゃあっ」
強く押され、エイダは後ろに転倒した。
「まずい、モンスターだ!」
飛来型モンスターの大群が押し寄せてきた。
落ち着いて対処すればどうにかなるレベルだったが、エイダは地面に転倒したまま。
他のメンバーもエイダに気を取られていて、戦闘態勢がとれていなかった。
「くっ!」
レントがエイダを庇うかのように、前方に躍り出た。
剣で薙ぎ払うが、数が多すぎる。
「レント! くそ!」
他のメンバーもモンスターに対峙する。
エイダもその隙に立ち上がり、バットを構えた。
剣でも良かったが、いじめっ子たちにバットのすごさを見せつけてやりたかったからだ。
「お前、バットでどうすんだよ、あいつらは石なんて投げて来ないぞ!」
「そんなこと知ってるの!」
エイダは勢いよくバットを振った。
衝撃を受けたモンスターが地に落ちる。
「棍棒かよ!」
似たようなものである。
「数が多いし、魔法を使うよ! 皆下がって!」
腰巾着二号は、魔法が得意なようだ。
詠唱者の邪魔にならないように、モンスターから距離を取る。
風魔法がモンスターを襲う。
だが一年生で習う魔法は、威力があまり強くない。
何度か繰り返すとようやくモンスターが半分にまで減った。
「駄目だ、魔力が足りない!」
「よし、あとは任せろ! お前は下がってろ!」
「うんっ!」
二号が下がり、レントと一号が剣で斬りつける。
「むぅ。わたしも活躍したい……ねぇ、ちょっと石集めてほしいの」
「石? 何に使うんだよ」
「いいから、早くしてほしいの」
よくわからないまま、二号は何となく石を集めてエイダに渡した。
「ありがとう」
笑顔で礼を言ったエイダにびっくりする二号。
「せいっ」
左手で石を宙に投げ、それをバットで打つ。
前にいる二人に当たらないように注意しながら。
「ん……結構難しい……」
ノックしながらの詠唱は、思ったより難しい。
が、やれないことはない。
魔力の伝導率の良い素材を使った魔法のバットは、使った魔法の威力
を何倍にも高め、石へと伝える。
「……えっと、投げようか?」
「お願い」
二号が宙へ投げた石をエイダが打つ。
石の着地地点を中心に爆発が起こる。
威力が倍増しているのに、使う魔力は元のまま。
こうして魔力が切れることなくモンスターを殲滅し、四人は無事探索
を終え、迷宮を脱出した。
「……あのさ」
「なに?」
「そのバット、すげぇな」
レントが口を尖らせながら、呟いた。
エイダは認められたことが嬉しくてはにかむ。
「それから、石投げて、ごめん。避けられるからついムキになって」
「もうしない?」
「しねーよ」
「じゃあ許してあげる!」
「僕も、ごめんね。もうしないよ」
「二人がしないなら俺もしねーよ」
レントだけでなく、腰巾着一号二号にも謝られ、エイダは安堵した。
三人が石を投げなくなれば、怪我をすることはなくなる。
他の子たちも影響を受けて、無視や陰口も減るかもしれない。
「三人とも、ありがとう!」
エイダは嬉しくて嬉しくて、学校へ戻っても家に戻っても、始終笑顔で過ごした。
その様子を見て、父親はうまくいったことを悟り、安堵の溜息を漏らす。
「……しかし図的にどうなのかねぇ」
毎日楽しそうに学校へ通う様になった娘。
その後ろ姿を見ながら父親は呟いた。
そして今日も、エイダはバットを振り回す。