桐生の忍 ―影送り組曲―(3/38)PDFで表示縦書き表示RDF


桐生の忍 ―影送り組曲―
作:アオキチヒロ



2.下駄―Dangerous girl―


「覚悟はいいですね」
 志保は言うが否や、その細い右足を朝飛に向かって蹴り出した。いきなりの攻撃に驚いた朝飛だったが、そんなこと、微塵にも顔に出さずに対応した。
「物騒ですね、その下駄」
 丁寧に隠し込まれた刃は、確実に朝飛の首を狙っていた。
 一見、普通の下駄のように見えたが、やはり隠し刃が仕込まれていた。こんな芸当が出来るのは、忍具や武具を作り出す一族、鍔木だけ。
「そういう貴方も十分物騒ですよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
 蹴り上げた足を只の竹箒で見事に止められた志保が、朝飛から半歩下がった。切り刻めたのは、竹箒の掃き部分のみだ。
「その下駄は、鍔木家が作ったものですか?」
「貴方なんかに言いません」
「でしょうね」
 この志保という少女は、どうやら自分のことを毛嫌いしているようだった。まあそれもそうだろう。朝っぱらから死んでくれだなんて、相当嫌われているようだ。
 朝飛には、見当が付かなかったが。
 離れた場所で、志保が声を発した。
「刀なりクナイなり手裏剣なり出さないと、次は本当に首が飛びますよ」
「ご忠告ありがとうございます。でも、」
 棒の部分だけになってしまった竹箒を構え、朝飛はにこりと笑った。
「僕にはこれがありますから」
 構えとしては、剣道に似通った部分があった。しかし、それとは違う。自分の知っている剣道とは、違う構えだった。しかし、ここは桐生剣道場。やはり剣道で来るのだろうか?
 違和感に眉を顰めた志保が、もう半歩下がる。相手の出方が分からないなら、下手に動くと不味い。
「剣道、ではありませんね」
 駄目元で尋ねてみた。
「薙刀ですよ」
 あっさり答えられた。志保はがくっと、肩をずらした。
 敵に自分の攻撃を教えていいのか? あれが桐生忍の頂点に立つ者なのか?
「ナギ、ナタ……なるほど、女々しいのは顔だけじゃないんですね」
「うわぁ、酷いですね。僕は母親似なんですよ。それに、薙刀は別に女性の武術というわけではありません。案外、攻撃性に優れてますよ」
「ナギナタのこととか、そんなことはどうでも良いんです。貴方の首さえ刈れれば、」
 志保がもう一度脚を振り上げようとしたとき、二人の間に、何かが降ってきた。

 ――いや、違う。

 二人の間に、まるで戦いを中断させようと、誰かが割り込んできたのだ。
「おっかねぇな、昨今の日本の治安状況はよぉ。お前ら、さては最近ニュースで頻繁に取り上げられてる『キレやすい子供』だろ? もしくは犯罪低年齢化の象徴だ」
「誰だっ!?」
 志保が大きく叫んだ。それは、戦いを止められた怒りではなく、驚きや戸惑いを隠せずに、つい出てしまった本音のように聞こえた。
「刃物をしまいな、火之基の下駄っ子。オレはこいつに用がある」
「寝言は寝てから言えば!? 私の方が先だったじゃない、後からやってきた癖に順番抜かすんじゃないわよ! 大体、あんたは一体……!?」
 先程までの丁寧な、だが冷たい感じのする敬語は取り払われ、乱暴な口調で志保が叫んだ。
 恐らく、こちらの口調が本来の彼女なのだろう。取り乱す志保に、『誰か』がにんまり笑って答える。

「オレか? オレの名前は鍔木魁。お前達2人と同じ、五忍樹の一つ『鍔木一族』の直系で、お前の履いている下駄――『花風』の制作者だ」
 
 そうやって余裕綽々に名乗った少年、魁の風貌は一風変わった物だった。
 黒色の髪に、所々に入れられた赤いメッシュ。ズボンにじゃらじゃらと付けられた鎖型のアクセサリー類。服装は、赤と黒を基調としたパンク感のあるもの。
 黒いジャケットには、無数の缶バッヂが付いていた。スマイルマークが好きなのか、黄色い缶バッヂが多く付けられていた。
 そして何より、右耳に4つ、左耳に2つ開けられたピアスと、口元に一つあるピアスが一際目立っていた。

「『鍔木』だって?」
 突如現れた魁の、唐突な答えに驚いたのは、朝飛だった。朝飛がまるで使い物にならない竹箒を構えたまま、魁の方を向いた。
「初めまして、アンドこれからもヨロシク。俺のことは名字以外でなら何て呼んでも構わないぜ。っつーか名字で呼ぶな。お前はたしか、桐生一族次期頭目の朝飛だっけか」
「ちょっと、待って。鍔木の直系が何故ここに居るんですか?」
「まあそれは追々説明するとしてだ。ちなみに敬語とか使わなくていいし……ってそういう話じゃなくて、おい、火之基の下駄っ子。そいでもって朝飛。ここいらで止めときな。今は俺達の時間じゃない。こんな夜も明けた時刻に忍の争いごとは、よくねぇだろうが」
 そう言って、魁は眼にも止まらぬ速さで志保の下駄『花風』と、朝飛の持つ武器……竹箒を取り上げた。
 二人の目には、魁がそこからただの一度も動かずにいたように見えた。
 いや、違う。まさか武器を奪ってくるなんて思っていなかったから、そう見えただけなのだ。
「やるなら、夜が明ける前までに、だ」
 下駄を取られ、裸足になった志保が怒りで肩を震わせた。先ほどの位置よりも、さらに半歩下がっている。魁を敵と見なしていた。
「う、うるさい! お前に何が分かる! 私は、私は……!」
 志保の取り乱す姿に、魁が諭すように言う。
「下駄っ子。俺達忍の三原則は知ってるだろうが」
 その言葉に、志保が静かな声で答える。
「その一、夜更けを忍の刻とすること。
 その二、他忍同士の争いは、頭目へ報告してからのこと。
 その三、世の片方に留まること。
そうでしょう、鍔木の直系」
「名字で呼ぶなっつったろーが、この下駄っ子め。まぁいい。その三原則を知ってるなら、夜明けに争いはするんじゃねぇ。それから、このことは、」
 話の途中で、すたすたと魁の方へ歩いてくる志保が続きを言った。
「もちろん、私の兄……火之基頭領に報告済みです」
 それを聞いた魁が、納得する。
「なら問題ねぇ………って、おおおおおおおおおおおうっ!?」
 叫びながら、慌てて魁が元居た木の上に飛び戻る。かなり吃驚しているのか、木の上でぜいぜいと息をしていた。よっぽど慌てたらしい。
 それはそうだろう。彼の目前へと歩いてきた志保が、正面切って小刀で斬りかかってきたのだから。不意を付かれたも同然だ。
「ちょ、ストップ! なにすんだよ!? おっかねぇ女だな!」
「女が恐ろしいのは常識でしょうが」
「っつーか、何処に隠し持ってやがった、その忍具!」
「体の至る所に」
「物騒だな、おい!」
 木の上で吠える魁は、まるで猫に追い込まれたネズミのようだった。それも、かなり凶暴な猫に。
 朝飛はそんな彼を助けようともせず、ただぼんやりとその光景を見ていた。出来ることならば、このまま彼女の意識が魁に向いたまま、自分のことを忘れてくれたならば万事解決なのだが。そう上手くいかないのがこの世界。
「桐生朝飛。貴方も忍の原則はご存じでしょう」
「一応」
 うんざりしたように朝飛は答える。人に突っかかって来られるのは、何度味わおうとも慣れないモノだ。特に、志保のように同業者であれば尚更。
「それでも貴方は忍なんですか?」
「え…?」
「貴方くらいですよ。裏も表も選ばずに、片方に成りきらずに生きる忍なんて。そんな半端者に、次期頭目が務まるとでもお思いですか」
 朝飛はその穏やかな表情を曇らせた。そして志保から目を逸らす。図星だったのだ。
「おい朝飛」
 上から声を掛けられた。魁がこちらを見ている。
「お前は知らないかも知れないけどな、桐生家はいま危うい立場にあるんだぜ? 五忍樹の中で、密かに囁かれてることがある。桐生一族は、五忍樹を裏切ったってな」
「裏切る……? 桐生家が? まさか」
「その通りです、桐生朝飛。桐生一族はもう終わりです。まあ今回は手を引きましょう。まさか鍔木家が来るとは露ほども思いませんでしたしね。ただし、覚えておいてください」
「……なにを?」
「火之基は貴方を許しません。火之基の直系を殺した罪は重い」
 朝飛が目を見開かせるのを見て、志保は姿を消した。玄関前には、ただ呆然と立ちつくす朝飛と、木の上にはその光景を見つめる魁がいるだけだ。
「殺した……? いや、それよりも、一体何が……桐生が裏切りだなんて……」
「そのことについて、オレはお前に聞きたいことがあるんだ」
 魁が木の上から再び降りてきた。


「にぎゃっ!」


 魁が木の上から降りる際に、見事に躓いて転げ落ちた。魁の屍が、アスファルトの上に転がる。
 そんな彼を見てた朝飛の頭に、ふと朝の言葉が甦る――

『――…そしてそして、1位は獅子座さん! 何か思いがけないラッキーハプニングがありそう! だからって調子に乗っていると真っ逆さま…――』

「魁、君ってもしかして獅子座?」
「…大当たりだけど、なんで知ってるんだよ?」
 俯せのまま、魁が朝飛に尋ねる。
「じゃあ、いつも通り過ごせば幸せがやってくるよ」
 しかし朝飛は問いに答えず、自分の言いたいことだけを言った。それを聞いた魁が、何か思いついたらしく、少し言葉を止めた。
「………お前、今朝の目覚めろテレビのこと言ってるだろ……なら俺も見たっつーの。そういうお前は蠍座だな」
「ご名答。君にラッキーアイテムを奪われた所為で、今日は1日アンラッキーだよ」
 丸裸の竹箒を指さして、朝飛が言った。





 そこより、少し上にて――。
「なーにやってんだか」
 二階の窓から、二人を見つめる空夜が居た。彼は、志保が兄に話し掛けた所から、今に至るまでの全てを見ていた。
「ふぁあー……二度寝しよっと…」
 現時刻、7時半過ぎ。学校へ行くのはもう止めたようだ。


















演奏者は揃った。
ついに、忍ぶべき影送り組曲の演奏が始まる。















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