22.相異―Do you believe him? ―
『とにかくだ。あんまり足を踏み入れるんじゃねぇぞ、魁。仇討ちだかなんだか知んねぇけどよ、お前は仮にも次期頭目なんだ』
「分かってるさ。ほどほどにしとく。色々と迷惑かけたな。また桐生家について何か分かったら連絡してくれ」
これ以上小言を言われないように、そそくさと受話器を下げた。さっさと部屋に戻って、また一から考え直さなければ。魁は反対側を向こうとして、やめた。
否、向けなかった。
首元に、小さな刃物が宛われていた。
「他人のことを影で詮索するのは、あまり良いものとは思えないけど?」
朝飛が小刀を魁に当てたまま、後ろから声をかけた。小さなこの刀には見覚えがある。魁が鍔木の家から持ってきた小刀『小夜風』だ。いまは寝泊まりさせてもらっている部屋に置かれているはずだ。が、ここにあるということは。
「お前こそ。人の部屋に勝手に入るのは良くないと思うぜ?」
「僕の家だ。僕がどこに居ようと構わないだろ」
その通りだ。朝飛は静かに『小夜風』を下ろし、それを同時に魁は後ろへと向き直った。朝飛は夕食から続いて不機嫌な顔を隠そうとせず、じっと魁を睨んでいた。
「随分と調べてくれているみたいだね。そんな時間があるのなら、忍殺しの犯人でも見つけたら?」
「忍殺しの犯人を見つけるために、調べてんだよ」
「まだ僕のことを疑ってるんだ?」
ふわりと笑った朝飛の顔は、どこか悲しげだった。本当のことを話してくれない癖に、何勝手に傷付いてるんだ、と魁は憤りを感じた。
「お前だけじゃない。何もかもが不鮮明すぎる。お前、本当は次期頭目じゃないんだってな?」
朝飛の瞳孔が少し開いた。
「双葉から聞いた。周りは勝手にそう呼んでいるが、お前自身はまだ次期頭目になると表明していない。こちら側でも、あちら側でもない。そんなグレーゾーンに居てどうするんだよ?」
「僕の勝手だろ。そんな簡単に決められるものじゃないよ、頭目になるだなんて」
「お前は、桐生の頭領に……五忍樹の長になりたくないのか?」
朝飛は首をゆるゆると振る。そのたびに、母譲りの薄茶色の髪がぱさぱさと流れた。
「いずれ、ちゃんと表明はする。それで良いだろ。もう放っといてよ」
まただ。無理して笑っているあの表情。本当は、どんな気持ちなのかが分からなくなる。魁はその表情が苦手だった。志保のように、そのままの感情が見えない。
小夜風を奪われたまま、魁はまだ続ける。
「お前は、」
「……これ以上関わると、ただじゃ済まないよ」
小夜風を持った腕が、すっと伸びる。向けられた刃に、自分の勝ち気な笑みが映った。
「へぇ。一体どうするって言うんだよ?」
迎え撃つ気まんまんな魁に大してにんまりと朝飛が笑い、魁へと向けていた小夜風を持ち替え、彼へと丁寧に返した。
「こうする」
すぅ、と息を大きく吸って、吐き出す。
「ゆーずーきーくーん! 魁がいままさに僕へと刃物を向けて斬りかかろうとしているよー!」
そういえば、今日は桐生家に柚希が泊まりに来ていた。魁が焦って小夜風を仕舞おうとじたばたしていると、案の定風呂上がりの柚希が物音を立てながら大声で叫んできた。水色のチェック模様のパジャマを着て、それはもう鬼のような形相で走ってきた。
「ピアス野郎―――! このっ、もう容赦しないからな! よくも朝飛様を傷付けようだなんて!」
「待て! 違う! これは違うんだ!」
慌てて小夜風を持った手を後ろへ隠すが、首にタオルを巻いた柚希は言葉通り容赦なく蹴りを繰り出す。
「刀を持ちながら言っても無駄!」
「違う! これは朝飛が、」
「それで朝飛様に危害を加えようとしたのか! 朝飛様のご好意で桐生家に居候させてもらっておきながら、恩を仇で返すなんて!」
濡れた髪をばさばさと振りながら、信じられないと言った様子で柚希が声を張り上げる。
もう魁の声なんて聞く気は無いらしい。
「ごめんね、ゆずきくん。お風呂上がりだったんだね」
「いいえ、お気になさらないでください。朝飛様が危機に陥っているときに、髪の毛なんて乾かしていられません!」
喋りながらも、魁への攻撃は怠らない。いまはいつもの針銃が無いからか、隙あらば小手返しをしてやろうと関節技をかましている。
「待て待て待て! 柚希、これは誤解だ! オレは何もしてない、むしろされてた方だ!」
「この際もうどっちでもいい! お前は前から鬱陶しかったんだ。その大量のピアスとか。丁度良い」
「おい! それ私情じゃねぇか!」
口喧嘩にも発展してきた二人から目を離し、朝飛は壁にかかった時計を見た。夜の十時過ぎ。今日は色んなことがあって少々疲れた。自然と欠伸が漏れる。
「じゃ、ゆずきくん。僕はもう寝るから、あとはよろしくー」
「ちょっと朝飛、こいつを何とかしてくれ!」
魁が助けを乞うが、さらりと無視して柚希へと話を続ける。
「そうだ。今日は僕、一人で寝たいから離れで寝るね。ゆずきくんは客室を使って」
「はい、分かりました! このピアス野郎のことはお任せ下さい!」
柚希が返事をしたのを確認して、朝飛は居間から出ていった。柚希は嬉々として両手をボキボキならす。喧嘩上等、そんな雰囲気だ。
「そう言えばこの前、よくも天井を突いてくれたな……あの時の仕返しもしてやる!」
いつも通りの柚希だ。当たり前だ、自分はこれを本当の柚希だと勘違いしていたのだから。
そんな彼に、魁はいつもの様に減らず口をたたくことが出来なかった。複雑な顔をして、柚希を見ることしか出来ない。
そんな魁に拍子抜けしたのか、柚希が面白く無さそうにした。
「なんだよ、調子狂うな……言いたいことがあるならはっきり言えよ」
そうだ。直接聞けば良いだけの話。いつまでも蟠りの残った状態では、今までのように接することも出来ない。
魁は持っていた小夜風を、柚希に悟られないようにかまえ直して声を発した。
「じゃあ聞くけどよ、お前、何なんだよ?」
「何度も言ってるだろこの馬鹿貝。俺は朝飛様にお仕えする、桐生の」
「そんな簡単な肩書きじゃない。お前、本当は『誰』なんだよ?」
「はぁ? 俺は曾根崎柚希、それ以外の何者でも無いね」
当たり前の様に返される答え。だが、魁が聞きたいのはそんなことじゃない。
曾根崎柚希は、目の前にいる人間の本当の名前ではない。
「偽名なのにか」
柚希の手がぴくりと動いた。さっきまでの表情は一変して、警戒しているのが伺えた。
「……お前、首突っ込みすぎだ」
「ご忠告どーも。オレは知りたがりなんでね。で? 本当は何て言うんだ」
「本当も嘘も何も無い。俺は曾根崎柚希だ。曾根崎柚希なんだ」
偽名だとばれておきながら、その名を貫く。
魁がまだ何かを言おうとしたが、柚希はもう何も話すことは無いとでも言いたそうに、その身を翻した。タオルで、もう半分乾ききった髪を拭く。
「一つ言っておいてやるよ。これ以上首を突っ込むと、ろくなことにならない」
「朝飛にも言われた」
朝飛、という固有名詞が出て柚希の肩が動く。そして自嘲にも似た笑みを零して、魁を鼻で笑った。
「忠告は、受け取らないとただの戯言だ」
「そうだな。柚希、お前は敵なのか? 味方なのか?」
暗に、聞く。お前が忍殺しをしたのか、と。
決して口には出されないその言葉を、柚希は己の口で伝える。
「信じるのはお前次第だけど、俺は忍殺しの犯人じゃない。敵か味方かは、お前の決めることだ」
そう言って、柚希は居間から出ていった。残された魁は頭を掻いて立ち尽くしていた。
* * *
「失礼します」
「どうぞ」
静かに開けられた襖の向こうには、柚希が居た。
朝飛は布団の上で俯せになって読んでいた本を閉じ、ゆっくりと起きあがって、畳の上で正座する柚希と向かい合った。ここは空夜との共同部屋とは違って和室になっている為、ベッドではなく敷布団を出して寝ている。二人が中学にあがってからは、こうやって別になって寝ることも多くなった。
朝飛は目の前で畏まって座る柚希へと声をかけた。
「どうしたの?」
「いえ、今日はお気分が優れないようでしたので、一応念のために薬をお持ちいたしました」
そう言う彼の隣には、小さめのお盆に乗せられた湯飲みと薬。
「あー、今は大丈夫。まさか父さんが帰ってくるとは思わなくて、ちょっと動揺しただけ」
「動揺と言うよりは、錯乱といった感じでしたけど」
はっきりと告げられ、朝飛は困ったように笑う。
「そう? ゆずきくんは大袈裟だね。そうだ、魁とはどうなったの?」
「関節技を決めてやろうと思ったのですが、今回はやめておきました。湯冷めしますし。……というか、いつまで鍔木魁を桐生家に置いておくおつもりなんですか?」
かなり不満そうに言う柚希に苦笑して、朝飛は答える。
「魁、いろいろ嗅ぎ回ってるみたいだね。まだ疑われているみたいだよ、僕。ゆずきくんは何か言われなかった?」
「いいえ、特には」
「そっか」
欠伸を噛み砕いて朝飛は返事をする。睡魔が会話の邪魔をする。柚希はさっきよりも真剣な表情で朝飛を見やった。
「一体、どうするおつもりですか? このままずるずると一緒に居ても、」
「馴れ合っている訳じゃないよ。僕には守らなくちゃいけない約束がある。その約束に、魁を巻き込むなんて真似はしない。誰も、決して」
巻き込まない。
自分に言い聞かせるように言う。
「僕が、空夜を守らないといけないんだ」
ぴしゃりと切り捨てられるようなその言葉に、柚希は聞き返す。
「それは、誰も信じていないからですか?」
図星だったのか、朝飛は何も言わない。そして柚希も、その反応に何も言わない。
沈黙が続くと思われたが、すぐに朝飛がふわりと笑った。
「ゆずきくんのことは、信じてるよ」
真っ直ぐに伝えられたその言葉に、柚希も笑う。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだ、明日も三忍衆に仕事が入ってたよね。社長令嬢の護衛だっけ」
予定表が無いため、うろ覚えの記憶ではどこか不安が残る。
「ええ、そうです。午前六時に海老名さんと四日市さんとで待ち合わせしています。では、朝が早いのでこのへんで失礼しますね」
客室お借りします、と丁寧に頭をさげて、柚希は来たときと同じように静かに襖を開けた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
す、と閉じられた襖。柚希は誰にも聞き取れないくらい小さな声でぽつりと呟く。
「信じてる、か……」
誰も居ない廊下。静かにその場を去った。
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