桐生の忍 ―影送り組曲―(12/38)PDFで表示縦書き表示RDF


桐生の忍 ―影送り組曲―
作:アオキチヒロ



10.薬樹忍―Mental stabilizer―


「綺麗な人かー。楽しみだなー」
 まだ見ぬ薬樹波奈に思いを馳せる魁。志保も興味津々なのか、朝飛を問いつめていた。
「どんな人よ? 何歳くらい?」
「二十代前半ってところかな。いつも着物を着てるよ。昔は関西に住んでたらしくて、関西弁を使うんだ。頭目なのに、下っ端がやるような仕事もすすんでする人だよ」
 朝飛が波奈の説明をしていると、がた、と玄関が開いた音がした。
「邪魔するぞー! 朝飛は居ぬのかー?」
 階下から四日市瑠璃の声がした。
「居ますよー。二階でーす」
 ドアを開けて叫ぶと、ちょうど反対方向の窓から瑠璃が侵入してきた。
「なんだ、こんな所に寄って集って」
「なんでそんな所から侵入してくんだよ!?」
 魁がかなりびっくりしたようだ。ちゃっかり志保の後ろに回っている。志保は別段驚いた様子もなく、空夜からオレオを受け取っていた。
「今日はどうしたんですか、瑠璃さん。貴女宛の任務はありませんよ? それから何度も言いますけど、二階へ来るときは階段を使うんですよ」
「分かっておる」
「分かってません」
「あーあー、がみがみガミガミうっさいのぉ。お前は儂の母親か!」
 めちゃくちゃ理不尽だった。慣れているのか、朝飛は何も文句を言わずにはいはい、と受け流す。
「っと、忘れるところじゃった。今日はこれを渡そうと思うてな。お隣さんからお裾分けしてもらったジャガイモなのだが、儂は芋類が苦手でな。だからお裾分けのお裾分けじゃ」
 手渡されたスーパーの袋にごろごろと入ったジャガイモを見て、朝飛は嬉しそうに礼を言う。
「わあ、こんなにたくさん。いいんですか? ありがとうございます。今日はこれを使おう」
「本当は柚希ん所にも分けてやろうと思ってたんじゃが、アイツのアパートに行ったら留守でな。今日はアイツ、何か仕事入ってたかの?」
 相変わらず口調と合わない可愛らしい表情で首を傾げる。
「いえ…今日はお休みだったと思いますけど……」
「居るよ」
 首を傾げる二人に、空夜が天井を指差した。天井裏に居るのだろうか。朝飛が動く前に、魁が壁に立てかけてあった朝飛の竹刀を持って、上をつついた。
「うわ! ちょ、何すんだこの穴だらけ人間!」
 ……柚希の声がした。瑠璃が魁に「もっとやれ!」と命令した。
「おお、面白ぇ。今まで散々馬鹿にしてくれたお返しだ!」
 子供のようにどんどんと竹刀を上に突き上げる魁。どうやら柚希が魁を嫌っているように、魁も柚希のことをよく思ってないらしい。
 仕返しだと言わんばかりに攻撃する。が。

「何すんだコノヤロー!」
「おわっ!」
 いつの間にか降りてきた柚希の鉄拳を喰らう。今度は志保がおかしそうに笑う。
「あっははは! やられてやんのー」
「無様だね」
 空夜も後打をかけるが、魁の耳には入っていない。
「柚希! てめぇ、一発殴らせろ!」
「やだね! てめぇこそ、もう一発殴らせろ! あと、呼び捨てすんなピアス!」
「ピアスじゃねぇ! 魁だ!」
「うっさい、このはまぐり!」
「それは貝だ! 違うから!」
 間に割って入って、朝飛が二人の喧嘩を止める。
「はいはい」
 両腕をあげて、
「喧嘩…両成敗だー」
 勢いよく振り翳して、
「よ!」
 二人の頭にクリーンヒットした。志保がお見事、と手を叩いている。瑠璃と空夜は悶絶して床を転げ回る二人を見て呆れていた。これが自分と同じ忍か? 
「……さて、用も済んだし、儂は帰るとするかの」
「もう帰るの? ゆっくりしていけばいいのに」
 引き留める空夜に、首を横に振る。
「いや、いい。今日は薬の渡し日であろう? 薬樹の頭目は、どうも苦手じゃ」
 逃げるようにして、また窓から帰っていく瑠璃。それを見送ろうと空夜が窓へと近付いて、
「あ……兄さん」
 兄を呼んだ。

「ごめんください。薬樹です」
 外から鈴を転がしたように可愛らしい声が聞こえた。





*****





「まじで綺麗だなー……」
 廊下の角、一番下にいる魁が感嘆の声をあげる。
「和服美人ね……大和撫子って感じ?」
 魁の上に乗っかかるようにして覗く志保も呟く。
「……なんで隠れてんの?」
 一番上、空夜も一緒になって隠れながら聞いた。
「「いや、なんとなく」」
 三人は会話を中断して、玄関先で風呂敷を広げる波奈をもう一度見やった。 

「いつもご苦労様です」
 朝飛が一礼する。それに対し柔らかに笑いかけて、波奈は薬を小分けした瓶や袋を差し出す。
「いえいえ。お得意様やからねぇ、桐生さんちは。こちらが曾根崎君のお使いになりはる針銃の薬です…」
「ありがとうございます」
 曾根崎針銃の使用者――柚希が瓶を瓶を受け取る。透明のジェル状になったものが詰まっていた。
「それと、こちらがこの前注文してくれはった、自白剤の追加…」
 朝飛がそれを受け取る。先週、魁に使ったのを最後に、無くなってしまったのだ。
「それからいつもの傷薬、鎮痛剤、痺れ薬……」
 次々と渡される包み。朝飛はそれらを丁寧に受け取って、波奈に一つ一つ礼を言う。そして一番最後、厳重に包まれた袋を取り出したのを見て、角で隠れて見ていた空夜が「あ」と声を出した。
「最後に、いつもの空夜君のお薬です。効き目がのうなってきたゆうてはりましたでしょ? せやから、また新しく調合し直しましたさかい…」
 波奈がおっとりと喋っている途中で、空夜がその袋を奪い取った。
「空夜君。そこに居はったん?」
「………」
 思わず飛び出してしまったことと、その上乱暴に袋を取り上げてしまったことに後悔したのか、少し気まずそうにする。
「空夜? ちゃんとお礼言いなよ」
 朝飛が注意するのも聞かず、空夜は慌てて二階の部屋へと戻っていく。それを志保と魁が不思議そうに見ていた。
「すいません、波奈さん」
「別に構いませんよ。難しい年頃になりはったんやねぇ…うちもああいう頃があって、よう周りを困らせとりました…」
 ふふ、と懐かしそうに笑う。朝飛もまた、つられるようにして笑う。
 和やかな空気が流れるそこだったが、志保がしびれを切らして飛び出た。
「ちょっと朝飛! さっさと相津清忠のことを聞きなさいよ!」
「あ、そうだった」
 この馬鹿! と朝飛の頭を叩く志保を見て、波奈が少し驚いたように言う。
「あら、火之基さんとこのお嬢さんやありませんの。こうしてお会いするのは初めてやねぇ…」
「ちょっと事情がありまして……波奈さん。この間お亡くなりになった、薬樹の忍の相津清忠さんについてお尋ねしたいんですけど…」
 朝飛が本題に入るのを見て、魁も角から出てきた。
「オレ達、忍殺しの犯人を捜してるんすよ。協力してくれませんか?」
「あらあら、次は鍔木さんとこの……。えらい大事になってはりますなぁ……ええと、相津清忠さん? 苗木之下出身で、八年程前から、うちに仕えておりましたよって。別段優秀という訳でも無し、かといって足手纏いにもならへん普通の忍でしたよ。ただ、惨い殺され方されたみたいで……」
 残念そうに語る波奈。やはり相津清忠も、殺される理由の無い忍だと言うことが分かった。これで犯人の動機は分からず終いか、と魁は落胆の意を示した。
 それを見て、波奈が申し訳なさそうに謝る。
「なんや、あんまり協力できひんかったみたいで……」
「そんなことないです。わざわざありがとうございました」
 魁の代わりに志保が言って、波奈はふんわり微笑んだ。
「ほな、うちはそろそろ帰りますね。夕飯の支度せなあかんさかい…」

 



*****





 二階。先程まで朝飛達が集まって騒いでいたその部屋は、今は一人しか居なかった。二段ベッドの上段で寝そべった空夜が、先程波奈から奪い取った袋を開ける。そこにはたくさんの錠剤が入っていた。
 それを何度か見て、空夜は溜息を付く。
 薬を包んでいた袋の隅には小さな字でこう書かれていた。

“精神安定剤”

「まだ、これが必要なのかな……」
 ぽつりと呟く。そしてその袋を丸めて、ゴミ箱へと投げた。





弟は呟く。
その白兎のように真白な粒へと。















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう