10.薬樹忍―Mental stabilizer―
「綺麗な人かー。楽しみだなー」
まだ見ぬ薬樹波奈に思いを馳せる魁。志保も興味津々なのか、朝飛を問いつめていた。
「どんな人よ? 何歳くらい?」
「二十代前半ってところかな。いつも着物を着てるよ。昔は関西に住んでたらしくて、関西弁を使うんだ。頭目なのに、下っ端がやるような仕事もすすんでする人だよ」
朝飛が波奈の説明をしていると、がた、と玄関が開いた音がした。
「邪魔するぞー! 朝飛は居ぬのかー?」
階下から四日市瑠璃の声がした。
「居ますよー。二階でーす」
ドアを開けて叫ぶと、ちょうど反対方向の窓から瑠璃が侵入してきた。
「なんだ、こんな所に寄って集って」
「なんでそんな所から侵入してくんだよ!?」
魁がかなりびっくりしたようだ。ちゃっかり志保の後ろに回っている。志保は別段驚いた様子もなく、空夜からオレオを受け取っていた。
「今日はどうしたんですか、瑠璃さん。貴女宛の任務はありませんよ? それから何度も言いますけど、二階へ来るときは階段を使うんですよ」
「分かっておる」
「分かってません」
「あーあー、がみがみガミガミうっさいのぉ。お前は儂の母親か!」
めちゃくちゃ理不尽だった。慣れているのか、朝飛は何も文句を言わずにはいはい、と受け流す。
「っと、忘れるところじゃった。今日はこれを渡そうと思うてな。お隣さんからお裾分けしてもらったジャガイモなのだが、儂は芋類が苦手でな。だからお裾分けのお裾分けじゃ」
手渡されたスーパーの袋にごろごろと入ったジャガイモを見て、朝飛は嬉しそうに礼を言う。
「わあ、こんなにたくさん。いいんですか? ありがとうございます。今日はこれを使おう」
「本当は柚希ん所にも分けてやろうと思ってたんじゃが、アイツのアパートに行ったら留守でな。今日はアイツ、何か仕事入ってたかの?」
相変わらず口調と合わない可愛らしい表情で首を傾げる。
「いえ…今日はお休みだったと思いますけど……」
「居るよ」
首を傾げる二人に、空夜が天井を指差した。天井裏に居るのだろうか。朝飛が動く前に、魁が壁に立てかけてあった朝飛の竹刀を持って、上をつついた。
「うわ! ちょ、何すんだこの穴だらけ人間!」
……柚希の声がした。瑠璃が魁に「もっとやれ!」と命令した。
「おお、面白ぇ。今まで散々馬鹿にしてくれたお返しだ!」
子供のようにどんどんと竹刀を上に突き上げる魁。どうやら柚希が魁を嫌っているように、魁も柚希のことをよく思ってないらしい。
仕返しだと言わんばかりに攻撃する。が。
「何すんだコノヤロー!」
「おわっ!」
いつの間にか降りてきた柚希の鉄拳を喰らう。今度は志保がおかしそうに笑う。
「あっははは! やられてやんのー」
「無様だね」
空夜も後打をかけるが、魁の耳には入っていない。
「柚希! てめぇ、一発殴らせろ!」
「やだね! てめぇこそ、もう一発殴らせろ! あと、呼び捨てすんなピアス!」
「ピアスじゃねぇ! 魁だ!」
「うっさい、このはまぐり!」
「それは貝だ! 違うから!」
間に割って入って、朝飛が二人の喧嘩を止める。
「はいはい」
両腕をあげて、
「喧嘩…両成敗だー」
勢いよく振り翳して、
「よ!」
二人の頭にクリーンヒットした。志保がお見事、と手を叩いている。瑠璃と空夜は悶絶して床を転げ回る二人を見て呆れていた。これが自分と同じ忍か?
「……さて、用も済んだし、儂は帰るとするかの」
「もう帰るの? ゆっくりしていけばいいのに」
引き留める空夜に、首を横に振る。
「いや、いい。今日は薬の渡し日であろう? 薬樹の頭目は、どうも苦手じゃ」
逃げるようにして、また窓から帰っていく瑠璃。それを見送ろうと空夜が窓へと近付いて、
「あ……兄さん」
兄を呼んだ。
「ごめんください。薬樹です」
外から鈴を転がしたように可愛らしい声が聞こえた。
*****
「まじで綺麗だなー……」
廊下の角、一番下にいる魁が感嘆の声をあげる。
「和服美人ね……大和撫子って感じ?」
魁の上に乗っかかるようにして覗く志保も呟く。
「……なんで隠れてんの?」
一番上、空夜も一緒になって隠れながら聞いた。
「「いや、なんとなく」」
三人は会話を中断して、玄関先で風呂敷を広げる波奈をもう一度見やった。
「いつもご苦労様です」
朝飛が一礼する。それに対し柔らかに笑いかけて、波奈は薬を小分けした瓶や袋を差し出す。
「いえいえ。お得意様やからねぇ、桐生さんちは。こちらが曾根崎君のお使いになりはる針銃の薬です…」
「ありがとうございます」
曾根崎針銃の使用者――柚希が瓶を瓶を受け取る。透明のジェル状になったものが詰まっていた。
「それと、こちらがこの前注文してくれはった、自白剤の追加…」
朝飛がそれを受け取る。先週、魁に使ったのを最後に、無くなってしまったのだ。
「それからいつもの傷薬、鎮痛剤、痺れ薬……」
次々と渡される包み。朝飛はそれらを丁寧に受け取って、波奈に一つ一つ礼を言う。そして一番最後、厳重に包まれた袋を取り出したのを見て、角で隠れて見ていた空夜が「あ」と声を出した。
「最後に、いつもの空夜君のお薬です。効き目がのうなってきたゆうてはりましたでしょ? せやから、また新しく調合し直しましたさかい…」
波奈がおっとりと喋っている途中で、空夜がその袋を奪い取った。
「空夜君。そこに居はったん?」
「………」
思わず飛び出してしまったことと、その上乱暴に袋を取り上げてしまったことに後悔したのか、少し気まずそうにする。
「空夜? ちゃんとお礼言いなよ」
朝飛が注意するのも聞かず、空夜は慌てて二階の部屋へと戻っていく。それを志保と魁が不思議そうに見ていた。
「すいません、波奈さん」
「別に構いませんよ。難しい年頃になりはったんやねぇ…うちもああいう頃があって、よう周りを困らせとりました…」
ふふ、と懐かしそうに笑う。朝飛もまた、つられるようにして笑う。
和やかな空気が流れるそこだったが、志保がしびれを切らして飛び出た。
「ちょっと朝飛! さっさと相津清忠のことを聞きなさいよ!」
「あ、そうだった」
この馬鹿! と朝飛の頭を叩く志保を見て、波奈が少し驚いたように言う。
「あら、火之基さんとこのお嬢さんやありませんの。こうしてお会いするのは初めてやねぇ…」
「ちょっと事情がありまして……波奈さん。この間お亡くなりになった、薬樹の忍の相津清忠さんについてお尋ねしたいんですけど…」
朝飛が本題に入るのを見て、魁も角から出てきた。
「オレ達、忍殺しの犯人を捜してるんすよ。協力してくれませんか?」
「あらあら、次は鍔木さんとこの……。えらい大事になってはりますなぁ……ええと、相津清忠さん? 苗木之下出身で、八年程前から、うちに仕えておりましたよって。別段優秀という訳でも無し、かといって足手纏いにもならへん普通の忍でしたよ。ただ、惨い殺され方されたみたいで……」
残念そうに語る波奈。やはり相津清忠も、殺される理由の無い忍だと言うことが分かった。これで犯人の動機は分からず終いか、と魁は落胆の意を示した。
それを見て、波奈が申し訳なさそうに謝る。
「なんや、あんまり協力できひんかったみたいで……」
「そんなことないです。わざわざありがとうございました」
魁の代わりに志保が言って、波奈はふんわり微笑んだ。
「ほな、うちはそろそろ帰りますね。夕飯の支度せなあかんさかい…」
*****
二階。先程まで朝飛達が集まって騒いでいたその部屋は、今は一人しか居なかった。二段ベッドの上段で寝そべった空夜が、先程波奈から奪い取った袋を開ける。そこにはたくさんの錠剤が入っていた。
それを何度か見て、空夜は溜息を付く。
薬を包んでいた袋の隅には小さな字でこう書かれていた。
“精神安定剤”
「まだ、これが必要なのかな……」
ぽつりと呟く。そしてその袋を丸めて、ゴミ箱へと投げた。
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