僕の家族のコッコさん つヴぁいッ!〔番外編〕 世界は常にあたしを中心に。PDFで表示縦書き表示RDF


この作品は坂本ヒロノリが書いており、決して田山歴史先生が書いたわけではありません。ファンフィクションです。そこさえ注意してもらえば、あとは基本楽しめる仕様となっております。
僕の家族のコッコさん つヴぁいッ!〔番外編〕 世界は常にあたしを中心に。
作:坂本ヒロノリ


 嘘をつかないのではない。
 嘘をつけないのだ。
 それでも、嘘の男を好きになった。



「なあ、息子よ」
 いつものごとく、ナプキンで口の回りを拭きながらあたしこと高倉織は息子に話しかけた。掴みは上々、昨日は逃げられたし。
 家族団欒…とは言っても二人きりの食卓もつつがなく終わり、今後は家族水入らず…とは言っても二人きりの楽しい会話が始まるはずなのに、何故か我が愛息は体をビクッと震わせた。
「…なんだよ。キス魔」
 しかしまあ、近頃息子はつれない。なんでも『だいにじはんこうき』とかなんだとか。
 大人らしく変わってくれるのはまた違った魅力が出て来て大いに結構なのだが、外見だけが中身を置いて成長している息子はあまり好ましくない。見た目は大人、頭脳は子供、いやはや、本能を押さえられなくなる成長なんて、幼児退行にも程がある。
「いや、いつになったら我が愛息は可愛い母親に構ってくれるのかなーとか思ったわけだよ」
 食後のパフェを頬張りながらのあたしの発言に、息子は顎に手を当てて唸り始めた。部屋の中をグルグルと周り、止まる。そしてまた歩き出す。こんな息子の姿はあまり見れないから貴重だ。
 しかし……このパフェはうまい。中盤のスポンジ生地は京子手作りと見た。後で作り方を教えてもらおう。
 そんなことをぼんやり考えながら息子の奇行を眺めていると、どうやら考え事に蹴りがついた模様。つまりどうやったらあたしが構って貰えるかの糸口をわざわざ見い出してくれたらしい。私に利用されているとは知らずにご苦労様。
「そうだな……それじゃあまず僕の部屋のドアを毎度毎度壊して入って来るな。直すのは僕じゃないけどメイドさんや主に章吾さんに迷惑がかかる」
「なんだ。その程度で……」
「それからかわいい侍従さんやメイドさんに無暗やたらにキスをしない。口同士なんて言語道断。それで辞めた人数言ってやろうか?」
「あ、いや……その」
「それから『冒険の書』を上書きしない。幼稚な事をいつまでも言わない。最低限度のことは自分でこなす。人の趣味を馬鹿にしない。そ・れ・か・ら」
 息子は後半笑顔であたしの趣味と思える行動をラインナップし尽くし、「粉々に砕かれた男のロマンは簡単には復元しないからそこん所ヨロシク☆」
 明らかにあたしを拒絶して、食堂から全力で出て行った。
 原因は多分、先日息子の部屋のオートロックがかかったドアを蹴破った際にそのドアが直撃して粉々に砕かれたガンダ○とやらのプラモデルのことだろう。
 なんでも、ありふれた市販品らしいのだが、作るのは初めてだったとのこと。毎日部屋からシンナーの臭いを漂わせているのは怪しかったが、頭痛と目眩に襲われながら息子が奮闘する姿はなかなか健気で、これは差し入れをなどと少しだけ優しさを行動に移したら息子に嫌われた。世界は不条理だ。
 あたしは大抵の事は『世界最強』なので乗り越えられるが、どうも人との付き合いだけは世界最強だけではいずれ沈む運命らしい。
 得難きは人の心。よく言ったものだ。
「あのな…食事終わったなら一言かけてくれよ。片付かないだろうが」
 一人誰かの格言に頷いていると、後ろから息子に代わってまたしてもイジり甲斐のある人物がやってきた。息子ではあまり遊べなかったし、今日は章吾は出張でいないし、今度はこいつで遊ぶとしよう。
「よう京子。今日も変わらぬ味をありがとう」
「どーも。まあ、これがないと生きていけないし、どうせ食べてもらうならうまい物食わせてやりたいしね」
 とエプロン姿の梨本京子は小さな体で器用に大量の皿をキッチンまで運んでいく。
 目の前の見ようによっては中学生、はたまた小学生の体に不釣り合いな程発達している胸と尻を獲得している京子は時々私が屋敷に呼んで、こうして食堂を切り盛りしてもらっている。
 メイドや執事たちの評判も上々だし、機会があれば正式採用も考えてみようとか思っている。
 まあ、それはともかく。
「おーい京子。パフェおかわり」
「おまっ!今皿運んでるの見て分かるだろ!少しぐらい待ってろ!」
 あたしが話しかけたせいか、京子の持っていた皿のバランスが崩れて落としそうになる。その姿にムラムラするものを感じながら、あたしはチャンスを伺う。童顔低身長スタイル抜群、略してロリ巨乳を我が手中に収めるには欲望を多少我慢せねばなるまい。何事もタイミングが肝心なのだ。
 急いては事をし損じる。
 これもよく言ったものだ。うん。
「なあ京子」
「なに?ちなみにパフェはまだ時間かかるから大人しく待ってな。早く食べたいなら食べたいなりに手伝いをするとか、なんかあるだろ」
「今から雇用主命令をする」
「はあ?いきなり何を…」
「まあまあ、別に難しいことじゃないからちゃんと聞きなさい」
「うっさい!子供扱いすんな!」
「黙りなさい。そしてアレだ。ウチの息子もらってくれ」
 ガシャン
 あ、皿落とした。
「なっ…ななな…な…!」
 京子は顔を耳まで真っ赤にして立ち尽くしている。皿を落としたことにすら気付いていないのか、動く素振りすら見せない。
 それだけで十分に男を悩殺できるぐらい可愛いのだが、残念世の男ども。こいつはあたしがいただきます。
「京子なら絶対に大丈夫だ。ロリ巨乳は人類としてありえないスペックだし、息子も男だから必ず落ちる。間違いない」
 足音を忍ばせて、キッチンに入る。京子は今だに硬直中。狙いは耳。
「お、お前な…!言っていい冗談と言っちゃいけないッ!?」
 はむっ、と京子の耳を咥えた。

 はむはむはむはむはむはむ。

「ひいッ!?」
 京子の耳は少し暖かくて少し柔らかくて瑞々しい。揺れる髪からシャンプーの香りが溢れだし、鼻腔をくすぐる。
「ふぁ〜、ふぃふぁふぁふぇ〜」
「何が、幸せだっ!放せぇぇぇぇ!」
 短い手足がジタバタと必死の抵抗を計る。だが憐れかな。その行動はむしろ逆効果。そんな事されたらもう我慢ききません。可愛すぎる。
 とりあえず口を外して耳に息を吹き掛ける。そして手をへその辺りに這わせ、初々しい反応を楽しむ。
 京子も疲れてきたのか、抵抗に力が入っていない。抵抗してもらったほうが燃える、もとい萌えるのだが、それはさっさと仕留めなかった自分のせい。
 さて、それでは本当にいただき……
「奥様……?何をしていられるのですか?」
 ……ついてない。邪魔が入ったようだ。声の主はキッチンに入って来た。

 山口コッコ。ダンナが持ってきた履歴書にはそう書いてあった。
 漆黒の瞳に、肩で切り揃えられた艶がある黒髪。お屋敷の中では別段目立たないエプロンドレスを完璧に着こなしており、美人なのに無表情というのもなかなかそそられる。マイナスポイントは背中に背負った折り畳み式高枝切り鋏とホルスターに収められた二丁の剪定鋏ぐらいのもの。でもそれも考え様によっては一転してプラスポイントになりうる。
 ちなみにそのことを採用時に指摘したら、山口はあたしを醜い物を見る目で見てきた。なのでご機嫌とりのために少しだけ山口の容姿を愛でたのだが、山口は何故か顔を赤くして黙り込んでしまったのだ。
 だってかわいかったんだもん。無表情を装って緊張していた姿を見たら話しかけずにはいられなかったんだもん。
「奥様。目付きが盛りのついた猫のそれになっていますが…」
「ん?ああ。悪い。それで庭仕事担当の山口がこんな所に何の用だい?もしかしてあたし?」
「はい。実は先程旦那様から電話が入りまして、内容は」
「山口いいぃぃぃぃ!会話はいいから早く助けろおおぉぉぉ!!」
 ……どうしたんだろう。電話を使うという事は、相当急ぎの用事のはず。やっと仕事を片付けて帰ってきたというのに、まったくついていない。というか、二人はいつ知り合ったのだろうか。
「なるほど。それで、用件は?」
「山口いいぃぃぃぃぃ!!」
 本人は必死なのだろう。目も涙目だし、た元気も復活して手足をばたつかせている。ただ、うるさい。そんなにうるさいとお仕置をしなければ。絡ませた手で全身をくまなくなで回し、右脇腹を重点的にくすぐる。それと同時に耳を咥えてみたりして。
「ちょっ!そこダメ!そこは、そこだけは止めてくれぇぇぇぇ……!」


「で、何だったっけ?」
 京子は部屋の隅で膝を抱えて泣いている。一方の私は朝よりも肌の調子がいい気がする。やはり欲望には忠実に、我が儘はまき散らすに限る。
「はい。旦那様からの電話の内容なのですが、どうやら暗号らしきもので、『希望が丘で死を望む』との事です」
「……」
 どうやら、本当についていないらしい。
「あの…奥様?」
「ああ、急用が出来たから、あたしは出て行く。息子によろしく言っておいて」
 山口は用件を聞いたあとに食べようと思ったのだが、仕方ない。
「え…?奥様?」
 言うだけ言って、名残惜しいが京子を手放し、あたしは台所を後にした。



 とある孤島。
 港からはすぐに歩きだ。あの人とはあまり会いたくないから車は使わない。緑がさっそうと生い茂るジャングルのような通路を抜け、高台に出た。そこに、私が目指す白い建物がある。
「遅かったね」
「何個海と山越えたと思ってんの?これくらいは時間かかるだろ」
 中に入ると、私より背の低いダンナが先に待っていた。相変わらず杖をついて皮肉気に微笑んでいる。
病院のロビーにある窓の外からは赤…違うな。橙色の斜光が差し込んでいる。ここは世界で一番腕のいい医者の病院。あたしの隠し子が入院している場所でもある。 しかし、隠し子とは言ってもその子は確実にあたしと目の前の漆麿京介…あたしのダンナとの間に出来た子供である。

 名前は高倉望。
 いやもう我が子ながらホントかわいい。髪は長いし、目はパッチリで大きいし、ほっぺプニプニだし、私とダンナの遺伝子をバッチリ引き継いでかわいいし、何より色白お肌。息子は最近あたしのこと避けてるし、もう私の心の拠り所はここしかないっ!

「帰って」
 泣きたくなった。
「なあ娘。そんなこと言ってるとお母さん泣くぞ?泣いちゃうよ?さっきわりとリアルに辛いことがあったから泣くよ?」
「どうぞ。私は母さんが泣こうが喚こうが、一生関与しない自信があるわ」
「…いや、どうぞって、他にも何か言葉があるんじゃないのか?」
「どうぞ」
「望ちゃ」
「どうぞ」
「……」
 娘は表情一つ変えずに喋り続ける。
 夕暮れの病室。窓際のベットの上に望は座っていた。赤い髪が風になびき、紅い瞳が太陽に輝いている。
 それにしても、本当にさっきまで死にかけていたのか、望ちゃんの口は嫌な意味で絶好調。世界最強であるあたしの心にグサグサと杭を至近距離でパイルバンカーで打ち込んでいる。
 あ、ヤバい。本当泣きそう。
 いや、確かにこうなった原因は私にある。確かに私が悪いだろう。しかし、ただ髪を赤色に永久染色しただけではないか。目が赤いといじめられるだろうと思った私なりの配慮じゃないか。断じて悪ノリではない、どうせ目も赤なんだから髪も赤が違和感ないし、元も白髪だったから大差ない。それにかっくいいじゃん。とか断じて思っていない。
「母さん。なんで信号の色に赤が選ばれたか知ってる?」
 唐突に、娘が口を開いた。
「それは…一番目立つ色だからだろ?」
「ええ、そうね。ちなみに私は緑の絨毯のような草原に咲くたんぽぽが送るであろう慎ましやかで穏やかでなるべく心臓とかに負担がかからなくて最期は茶色く朽ちて終わるような生活がしたいんだけど、外部要因は仕方ないとしてこんな目立ちまくる頭髪でそれが可能だと本気で思ってる?」
「……や、その」
「知ってる母さん?赤色って色の三原色の一つなのよ。原色よ原色。原色ってのは赤、青、黄をちゃんとした比率で混ぜ合わせないと黒にならないの。それくらいに自己主張が強い色なのよ。……そんな色の髪と一生付き合っていかないといけない女が、草原に咲くたんぽぽのような生活で出来ると本気で思っていらっしゃるのかしらお母様は!!」
「えっと、落ち着け娘。とりあえず赤は光の三原色であって、色の三原色はマゼンタっつって赤紫に近い色なんだけど……」
「ふぅん?で、母さんのツッコミはその程度なのね?」
「……はい?」
「こんな間違いわざとに決まってるでしょ。父さんも先生もそれくらいは見抜いてくれるよ?そのくらいのことが分からないってことは、対人コミュニケーション能力が不足してるってコトじゃないの?母さんってそれでも社会人のつもりなの?」
「………うう」
 ただ…物心着く前に染めたのは失策だったらしい。本人に了承をとっていれば結果は違っていたかもしれない。
 ……何年前だったか、この病院にどっかの金持ちが息子を連れてやってきたのだが、その息子はこれがもう、うっとりするほどサラサラの黒髪だったのだ。その黒髪を見た娘は何やらしばらく考え込んだ挙句、しばらく寝込み、私に対して冷たくなったのだ。
 私の髪は黒くて、ダンナの髪は銀髪だ。これから行けば赤色なんて出来るはずもなく、これはおかしい。まさか本当の子供ではないのではないか。こんなことを賢しい望ちゃんは思ってしまったのだ。で、結構真剣に正座させられながら事実究明されたものだから喋ってしまったというわけ。
 まあ、ここまで来たついでだし、息子の事も話すかな〜と考えてたら、それはダンナに止められた。
「君は子供を殺したいのかい?」
 と憐れみの目で言われてしまった。一体何がいけなかったのだろう。
「母さん。用事がないなら出て行って。もしくは消えて。赤ちゃん以上幼児未満の子供。つまり物心つく前の子供しか持っていない無限大の愛情と共に与えてくれた風邪が飛び火するかもしれないから。なんのことか分からなかったら、お金だけ置いて金輪際二度と近づかないで」
 娘はテーブルの上に置いておいた私が買ってきた『みつや』の焼きプリンをパクつき、ファッション雑誌を眺めている。
 娘が言っているのはつい先日のこと。
我が子とのスキンシップを計ろうと、廊下を歩いていた娘にキスをしたのだが、どうやらそのキスが原因で風邪をひいてしまったらしいのだ。最悪だったのが、娘は他の人に比べて抵抗力が弱いので、その風邪が命を脅かす脅威にまで発展してしまったこと。当然、私は三日間の立ち入り禁止令を食らい、屋敷に帰っていたのだ。ちなみに今日は禁止令から二日目。バリバリのフライングである。
「まったく。世界最強が実の娘に苛められている光景ほど珍しい光景はないね」
 と、後ろから絶対に会いたくなかった人物がやってきた。
 シット。こんなことなら最初から娘の言う事を聞いていればよかったかもしれない。
「…失礼ですが先生。今日の定期検診はもう終わりましたよね?」
 あくまでも保護者の立場で応対する。
「あァ、確かに検診は終わった。ただ僕ァね、保養に来たのだよ。それとストレス発散。遥か遠き理想郷なのだよここは。こんな美少女が入院していて、それが世界最強の娘でなかったらとっくに手篭にしていたんだがねェ」
「オイ先生。それを母親の前で言うのはどうかと思いますよ?あと遥か遠きは長いからアヴァロンと言えアヴァロンと」
「おっと、これは失敬」
 そう言って、世界一腕のいい医者は不敵に微笑んだ。


 竹中・G・彩音。
 日本人の名前の真ん中にミドルネームが入っている時点で既に異人感バリバリなのだが、これでも医者。無免許医師免許なんて訳の分からないものを肩書きに医者と名乗っている。ちなみに女。中途半端に伸びた髪を切りそろえることもせず、年中白衣を身に纏っている。可愛いものに目がなく、ロリコン。この人にだけは小児科を任せてはいけないのにここでやってしまっている。
 さて、それにしても。Gはなんだったっけ…?
 ああ、そうだ。ゴンザレスだ。ゴンザレス。
 ただ、このゴンザレス先生。このミドルネームに思いっきりコンプレックスを抱いていらすので、そのことを刺激すると口に入れた瞬間周囲二メートルを巻き込んで爆発する劇薬やら、飲んだら今までの全ての経験やら記憶やらを抹消されて、まさしく赤子同然にまで落としいれられるような秘薬を処方されるので注意が必要だ。
「さァて、ふざけてないで医師の務めを果たそうかねェ。どうかな望ちゃん。僕の処方した風邪薬はよく効いたみたいだけど、まだ体がだるいとかそういったものがあれば言ってほしい。アフターケアも医師の務めだからね」
「そうですね。特にはありません。私以外の事だったら先生の性癖を治して下さい」
「再発はなし…と。あと僕にそんな変な性癖はない。ただ僕はだねェ、フェミニストなのだよ」
「それが変な性癖ですよ先生?あと先生はフェミニストじゃありません。先生はロリコンです。とりあえず全世界のフェミニストの人たちに謝ってください」
「まったく。似たような言葉のせいで僕は少しばかり守備範囲が広いのを犯罪者扱いにされるなんて。世も末だ」
「その守備範囲が犯罪者のものだってわからないんですか?とりあえずその性癖さえ直してもらえば私は先生に暴言を吐くのを止めますが」
「あァ、じゃあ暴言はそのままでいい。僕は自分の愛の対象を変えるなんて器用な真似はできないからね」
「それじゃあ交渉決裂ですね先生。医者としては一流なのに、自己中な性格のせいで人として母さんと同系列もしくはそれ以下になってしまうなんてかわいそう」
 娘は雑誌から目を離さず、先生の実力だけは信頼していると、それが当然のように答えた。まあ、この人に任せておけば治らないものなんてないんだろうけど。つーかあたしはランク的に下の方の人間らしい。ただ、一つ言えるのは、あたしは先生ほどではない。あの人みたいに子供を病院の地下に数人抱えていて、夜な夜な遊ぶなんてことはしない。あたしは世界中の美少女美少年の味方だが、先生は世界中の美少女美少年が好きなのだ。違いは明確だろう。
「まァよかった。風邪の再発ほど憎くて辛いものはないからね。さて、それじゃァ少し医師としての僕からの質問を聞いてもらえるかな?」
 ……アレ?
「先生。検診は終わったんじゃ……」
「聞くのを忘れてたのだよ」
 いや、それは忘れちゃダメなんじゃないですか?
「さて、すまないがいくらか質問をするから正確に答えてほしい」
「内容次第ですが、簡単でセクハラじゃないものならいいですよ」
「あァ、これは仕事だから安心したまえ。僕ァ仕事に手を抜くようなヤツは死ねばいいと思ってる」
 死ねばいいって……先生忘れてましたよね?
「じゃあまず一つ、呼吸器は大丈夫かな?息切れ動悸、倦怠感は?」
「今のところはありません」
「お腹が痛いとかは?」
「ないです」
「デリケートな部分から出血とガフッ!」
 娘は条件反射だとでもいうように、ノールックパンチを先生の顔面に叩き込んだ。しかし先生は特に気にする様子もなく、
「いやいや。望ちゃん。実際のところアレはとても大切なものなのだよ」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「それで、初キスはいつゴハッ!」
 先生は、娘からの首に指を差し込まれる攻撃によってしばし沈黙。指が引き抜かれると、激しく呼吸を再開した。
「……わかった。真剣にやろう。それじゃァまずは寒い格好をしない。夜はしっかりと布団にくるまる。そして膝にかかっている布団をどけて。あァ、雑誌は読んでいるままでいい。そう、その角度。足はもう少し崩してもらって構わない。くっ、僕ァなんて幸せなんだ。こんな漫画のような赤髪の少女をファインダーに収めることが出来るなん」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!!」
 私はヤブ医者が持っていた一眼レフのカメラを神速で没収。そのまま開いていた窓の外に全力投球した。カメラは放物線を描かずにどこまでも直進していく。
「ああっ!織くん!なんて事をしてくれるんだ!」
「うるせぇ!それにそれはこっちのセリフだろ!親の目の前で娘傷モノにしようとはいい度胸じゃねえか!」
「別に君には関係のないことだ。望ちゃんもこの程度で入院しながらも貯金が貯まっていくなんて、金持ち美少女……いかん。鼻血が…」
 ボッタボッタと白い床に赤い斑点が作られていく。大の大人が興奮して鼻血をたらしている姿はなんだか妙に同情を誘うが、こんな人に同情していたのではキリがない。
「織くんは望ちゃんのかわいさをわかっているのか?彼女は天使だ。あかいてんし。とある作品に出てきたあかいあくまではないから気をつけたまえ。もし彼女にオーバーニーソックスを履かせてみろ……うっ鼻血が両穴から……」

 ああ、キリがないんじゃなくて、同情する価値がないのか。


「……止まったか。さて、織くんと望ちゃん。少し君達に言いたい事があるんだけどいいかな」
 鼻の辺りを少し血に染めて、先生はあたし達に向き直った。
 こういう雰囲気はあんまり好きじゃないのだが、聞かなければならない時もある。どうせ娘の病状はどうだ。みたいな内容に違いない。
「僕ァ思うんだよ。パジャマに美少女という組み合わせがいかに萌えるのかを望ちゃんはイマイチどころかさっぱり理解してないんじゃないかと」
 まったく違った。
 …すっかり忘れていた。目の前の医者はドがつくほどの変態で、仕事は真面目だけど、それ以外の所では人間の底辺に成り下がるんだった…!
「死んでください。先生の存在自体が迷惑です」
 しかしウチの娘も負けていない。伊達にダンナの娘ではない。同年代での腹黒さは世界一じゃないだろうか。
「あァ、それは無理だ。僕は望ちゃんが恥ずかしそうに男に鎖骨を見せる顔を拝むまでは死なない。いや、死ねないと決まっているからね」
「既定事項ですか」
「もちろん。僕は約束は守り通す方だからね。そうだ、それだったら今ここで鎖骨を晒そうじゃないか。さァ望ちゃん。ボタンに手をかけるんだ。目線は常に上目使いで頬を朱に染め」
「死ね」
 言うが早いか、娘は先生が懐から取り出した極薄のデジカメに狙いを定めて蹴りを放った。まさか患者が牙を剥くとは思っていなかったのか、先生はモロに体制を崩し、宙に舞ったデジカメは望の手の内に。
「さようなら。ゴンザレス」
 そう言って、望は水平線に向かってデジカメをフルスローした。長年入院していたとは思えない力強さの投球で、カメラの姿は崖の向こうに消えた。
 やるな。我が娘。
 母子共に勝利の余韻に打ちひしがれていると、沈黙を決め込んでいた先生がゆらりと立ち上がった。
「…望ちゃん」
「なんですか先生?言っておきますけど悪いのは先生ですからカメラを弁償しろとかそんな事言われても決して弁償しませ―」
 娘は言葉の途中で露骨に顔を引きつらせた。あぁ、きっと私も似たような顔をしているに違いない。だって、先生の顔がこの場に異常な程不釣り合いに笑っているんだから。
「…望ちゃん」
「は、はひっ!」
「今日の夕食後のお薬は何がいいかしら?一ヵ月間便秘に苦しみ抜いた人を一瞬にして解放した座薬?それともそのしなやかで滑らかな肉体を熱くたぎらせる後遺症が少しだけ残るおクスリがいいかしら?心配しなくても大丈夫。僕ならなんでもそろえられるから」
「あの…先生。口調が変わってますよ?あと鼻血が再発してます」
「んっふっふっふ。そりゃあこんなかわいい女の子を僕のコレクションに加える事が出来るんだから、笑うしかないわよ」
 ああ、ヤバい。先生の目が笑ってない。結構本気で怒ってるみたい。
「あ、あの。先生。怖いです。つーか馬鹿にしてすいませんでした」
「んっふっふっふ。美少女とは言えども、僕のミドルネームを馬鹿にした罪は計り知れないわよ。ここがノクターンだったら■■■■して■■■■のまま■■■■してあげるのに」
 いや、先生。ノクターンじゃないから言っていいことと言っちゃいけないことの区別はつけないといけないと思うよ?しかも親の前だし。止めないと本気で危ない気がしてきた。
「先生。親の目の前で娘を十八禁の妄想に引き込むのは止めてください。つーか止めろ。あと鼻血を拭け」「なにかしら織くん?それじゃあ君が望ちゃんの代わりにでもなってくれるとでも?■■■■が■■になってもいいと?」
 いや、だから十八禁連発はダメだって。あと鼻血を拭きなさい。
「正直代わりは無理だけど、娘に償わせることの手伝いくらいならなんとか。どうせ弁償したからって許すわけでもなさそうだし」
「そりァ、まァ。でもそれ相応の覚悟が必要になるけどいいのかい?」「あたしに聞くな。決めるのは私じゃないだろ?なあ、娘」
「あ、うん…」
「なるほど。謝る気はあるみたいだね。そうだな…じゃァ丁度望ちゃんにしてもらおうと思っていた仕事があるからそれをやってもらおうか」
「はい。あの…先生。私にはあんまりどころか全く非はないと思いますけど、すいませんでした」
「うん。所々に不必要な箇所があったけど、自分の非を認めて謝ることが出来るのはいいことだ。織くん。望ちゃんを大事にするといい。さて、それで望ちゃんにやってもらいたい仕事は…」
 先生は白衣の胸ポケットをおもむろに探り、

「とりあえず、鎖骨出してみようか」

 先程と全く同じ型のデジカメを取り出した。

「「死ね」」

 水月と延髄。
 2か所の急所に拳と蹴りを食らった先生は悶絶。怒りの目でこちらを睨んだのも束の間、苦しそうに息を吐いて気絶した。


「喉渇いた」 娘の一言でパシリに駆り出されたあたしは病院のロビーに再び足を運ぶ。理由は自販機がここにしかないため。そしてそこにはやはり憎いあんちくしょうの姿があった。
「やあ。お帰りなさい。今日の望の調子はどうだったかな?」
「いつもどおり。あたしは毛嫌いされてるし、先生はあたしの目を気にすることなくセクハラを敢行するし。何ここ?地獄?」
「そういうことを聞いたんじゃないんだけどね…それに、地獄ならもっと苦しいさ」
「あたし達ってさ、子供という存在には恵まれているけど、子供個人には恵まれていないよなぁ…」
「向こうは全く逆の事考えてるんだろうね。奥様」
 チャリンと硬貨が投入される。きょーちゃんは数種類の飲み物を同時に買ったようだ。
「それにしても、織さんが毛嫌いされているのはいつもの事だけど、先生のそれはあまりいただけないね」
 きょーちゃんは自販機で買ったコーヒーをあたしに投げてきた。受け取ると缶の冷たい感覚が妙に心地よかった。
「いただけないならどうにかしてくれい。到底あたしが敵う相手じゃないから、あの人。倒せるのは娘ときょーちゃんぐらいだし」
 グイ、と一口。
 …む、これはブラックでは。でもまあ、残すのは勿体ないので一気飲みする。
「倒すなんて物騒なことはしないさ。ただ戯式さんと同じような方法で黙らせるだけです」
 思いっ切り、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「ってなに妻の前で堂々と二股宣言してんだ!泣くぞ?女をいじめてそんなに楽しいのか?」
「女じゃない。織さんだからこそ面白いんだ」
「余計にダメだろーが!」
「ダメなのは母さんでしょ」
 僅かに反響した声。ロビーの奥の方から聞こえてきた声は正しく娘の声だった。
 いや、何故?パシられたあたしの立場が…
「母さん。私はオレンジジュースを頼んだはずよ。私のことは置いておいて自分だけ子供の前でコーヒーを飲むのはあんまりひどいと思うけど?」
 なんか今日…こんなのばっかり。涙を堪え、あたしは弁明を開始する。
「違うぞ娘。あたしはだな。ダンナとお前の将来について話していたんだ。本当だぞ?だからそんな怪訝そうなまなざしを向けるのは止めてくれ。胸に刺さるから」
「ふーん。そう。手に持ってるジュースでいいから投げて。父さん」
「はいはい。じゃあ行くよ」 缶は緩い放物線を描いて、娘の手の内に納まった。
「父さん。母さんは私が頼んだオレンジジュースを買わずに、しかも目の前でこれ見よがしにコーヒーを飲んでいるんだけど、それは『世界最強』とかいう小学生しか喜ばない称号のせいで頭が悪くなっているから?」
「あぁ、織さんはね。僕からの言う事には無条件で従う暗示をかけているから、コーヒーを飲まずにはいられなかったのさ」
「……父さんの場合は暗示って言うより脅迫よね」
「失礼しちゃうなぁ。僕は主に戯式さんや他の女性のところに遊びに行くって言っただけなのに」
「……最低ね。父さん」
「否定できないのが悲しいね」
 ダンナは大袈裟に肩をすくめた。浮気話を娘にするのはどうかと思う以前に妻にもするのはどうかと思う。
「それじゃあ私はもう部屋に戻るから、母さんは用事があっても部屋に入ってこないでね。入ってきたら絶交及び血縁関係を切ってもらうから」
 何気に小学校低学年らしからぬことを口にした娘は、スリッパをペタペタ鳴らしながらロビーを横断し部屋へと戻っていった。
「……どこで育て方間違えたんだろう」
「簡単さ。まずは僕と織さんの子供であるということ。そして体と性格が僕よりになっていた時点であの子は既に辛い道を歩くのが決まっていた。生まれる前からね。せめて当時の織さんぐらい元気があれば僕たちも心配しなくて済むんだけどね」
「……きょーちゃん。それはどういう意味かな?意味次第によってはこの病院が一瞬にして灰燼と化すぞ?」
「万象一切灰燼と……ってね。それはシャレにならないから少し場所を移動しようか」
 わりと本気な空気が伝わったのか、きょーちゃんの背後にゆらめく謎の黒い影。ドロリとした質感は見ているだけで気持ち悪いが、残念なことにあたしは今からこれの中へ入らなければならない。
 ダンナはの姿は既にない。しかたなくあたしは腹を括り、タールの海のようなドス黒い空間に足を踏み入れた。


 それは、公正な立場での夫婦がお互いにリミッターを外した極限の戦い。
 ……カッコつけてはみたが、要は夫婦喧嘩なわけである。


 世界は黒一色。
 光がないのに波打つ様子が分かるのは、光などなくともこの世界が存在できる証しだろう。 故に、この世界は個人そのもの。一度光をなくした―
「さあ、今日も話し合おうか」
 ―あたしのダンナの世界だ。



「……何だったんだ。いったい」
 少年は混乱していた。
 それは突然、屋敷にいる年上のメイドから伝えられたものが原因である。
 一週間に一度仕事から帰ってくる母親が、夜まで家に居座らずに唐突に家を飛び出す。こんなことは今までに一回もなかったし、なにより、告げているのだ。何かよくないことが起こると、自らの直感が危険信号を出している。
「ま、これくらいなら許されるだろ」
 手にぶら下げている洒落た箱に視線を落とし、少年は呟く。
 ちなみに、箱の中身は『みつや』のブルーベリータルトとイチゴのババロアが合わせて十個。あとはわざわざ小さな箱に包んでもらったスイートポテトが入っている。これだけ買って四千円でお釣がくるのは、商売上がったりなんじゃないだろうか、と微かな心配を抱きながら、家路を急ぐ。

 今日は少年にとって記念すべき日である。
 反抗期の彼が世話になり、絶対にこうあるものか、と少年の反面教師として存在した山口コッコと出会って四年目にあたるのが今日なのだ。
「隠し玉も用意したし。準備は万端だな」
 と、ポケットの内側に忍ばせている紙袋を確かめる。初めて自分がバイトをした金で買った、初めての他人へのプレゼント。これを買ったときの店員の顔は、よく覚えていないが、笑っていたと思う。

 ああ、楽しみだ。
 早くこれを彼女に渡して、彼女の驚く顔が見たい。

 少年はそう呟き、再び笑った。


 遠目ながら、屋敷の姿が見え始めたころ。いつから感じていたかわからないぐらいの微弱ながらも感じていた嫌な直感が強くなってきた。
 これを前に感じた時はいつだったか、一年前に母親に腕を折られた時かもしれないし、三年前に誘拐された時かもしれない。
 どちらかと言うと、後者の方が近いか。
 体はすぐに動いた。屋敷まではあと百メートル弱。姿さえ見せないようなつけているだけの臆病者に、掴まる道理はないと思った。
 屋敷まで五十メートル。門が見える。ああ、あそこに誰かが立っている。使用人だろうか。使用人ならば、あの人を呼んでもらって身の周りを固めないと。
 門にたどり着く、スピードを殺さずに曲がり、誰かと衝突した。
 顔を上げると、そこには死神の面をした、若い男が立っていた。背中にはこの世界にはあまりにも不釣り合いな死神が持つような鎌を背負っている。
「お疲れ様。おれっちもさ、好きでやってるわけじゃないんだから勘弁してくれ。恨むのなら、おれっちじゃなくて、あのお嬢様を恨みな」
 誰だよそのお嬢様って。とは思ったが、口には出せなかった。次の瞬間には、ゴンという鈍い衝撃が後頭部に響くと共に、少年は意識を失っていたのだから。


「だから、望はまだ子供なんだから護身術もとい、殺人術を教えるのは早いって思うんだけどっ!」
 黒く圧縮され、ダンナの手に纏われるは『虚構皇』とかなんとか言う、むかつくぐらいダンナにベッタリのメカである。その拳から繰り出される破壊力はとりあえず戦車くらいなら軽く爆破させる。鋭い右ストレートを受け流し、右脇腹目掛けて蹴りを繰り出す。しかし、これといって苦するでもなく、ゆらりと揺れるように、ダンナは距離を置く。
 膠着ではない。すぐにあたしは次の手を仕掛けた。
「だから殺人ゆーな!あたしは人を殺すことに興味もなければ関心もねぇ!そもそも自分の娘に魔の手がにじり寄った時の対処法ぐらいはいいだろ!」
 左のフェイントから右のフック。
「正論だね!ただ織さんは限度ってものがわかってないから任せたくないのさ!」
 フックを躱し、あたしのスーツを掴んだダンナは素早く体を入れ、軽々とあたしを投げ飛ばした。
 空中で回転し、体勢を立て直す。
「だからそこはアレだ!夫婦二人で二人三脚を」
『よくもまあ、そんなクサいセリフを臆面もなく言えますね。精神年齢が子供だからですか?』
「メカに被られた上に罵られた!?つーか黙ってるなら最後まで黙ってろ!邪魔だ」
『メカメカと失礼ですね。私はどちらかと言うと超合金で出来ているロボに近いと言っているでしょう。何度言えばわかるのですか貴女は』
「グローブみたいな形してるヤツに言われたくねぇ!説得力ないんだよ!」
 叫びを力に、ダッシュをかける。距離は再び縮まり、目に見えない打ち合いが始まる。
 右の拳を繰り出せば相殺。
右からの蹴りを膝で防ぎ、左のフックを刈るように放つ。ダンナは軽く頭を動かしてそれを避けるが、それこそが狙い。やはり投げへと移行するのか、あたしの袖を掴み、体を入れ、振り抜く。だが、あたしは逆に手を握り、投げられないばかりか、体勢を崩したダンナの前に登場。延髄に手刀を打ち込み、今回は終了のはずが、
 ピリリリリ。ピリリリリ。
 鳴り響いた電子音によって、一時中断を余儀なくされた。つーか電波届くのかここ?
「もしもし」
「あァ、久しぶりだね。京介くん。体の方は異常ないかィ?」
 どうやら、会話の主は先生らしい。気を取り戻してあまり経っていないのか、声のトーンがやや低い。
「大丈夫です。先生の薬のお陰で元気ですよ。それで、なにか用ですか?先生が僕に電話をかけてくるなんて、珍しいですからね」
「あァ、そうだね。あまり勿体ぶっても面白くあるまい。本題に行くとしよう。実は、あんまりよくない噂を耳に挟んだものだから知らせてあげようと思ってね」
「よくない噂……ですか?」


「ふむ。あくまで参考程度に聞いてほしいのだが、君達二人の息子が誘拐されたらしい」


 な……
「失礼します先生。埋め合わせは後ほど」
「あァ待ちたまえ。一つ言わせてもらうと、僕は京介くんはいらない。僕の唯一の物欲のベクトルは今望ちゃんへと向かっているから、お礼は一日望ちゃんを僕に貸し出し」
 ブツッ!ツーツーツー
「おいたが過ぎますよ。先生」
 ダンナは無慈悲に電話を切ると、再びどこかに電話をかけはじめた。
 プルルルル、プルルルル。
 つーか、あたしも息子を助けに行かなくてはなるまい。これぞ母親の定め。待ってろい息子。母さんが助けに行ってやる……って、
「オイ。さっきから足下にベタベタ張り付いてるメカ野郎離れやがれ」
『できません。キョウの命令ですから。私だって命令じゃなければ貴女みたいなオバサンの体を拘束なんかしません』
「あっはっは。機械がなかなか愉快な事をいってくれるじゃないか。……やるか?」
『ええ、お望みなら。まあ若さを考えてみると、勝率は私の方にダ・ン・ゼ・ン傾いてますけどね。これって勝負する前から勝ってますけど』
 あっはっは。ホントむかつくなぁこの機械。もうあたしの堪忍袋は帯どころか全体が引き千切れそう。
 つまり、もう、ゲ・ン・カ・イ♪
「よっしゃ行くぞメカ野郎。命令系統までぶち壊して再起不能のスクラップにした挙句、丁寧に溶岩で火葬してやるってなんだこの触手!?」
 あたしの足下全体、周囲十メートルの範囲内から風景と同色の触手がまあ出て来る出て来る。あっという間に視界を埋め尽くした。
『我が分身です』
「見りゃわかるわ!つーか、この、触手、多ッ!」
 なんかラストバトルで神父の後ろから無限大に沸いて来る黒い物体に似ていなくもない。違うのは、アレは殺すためようで、こっちのは捕獲用ってことか。
『ほらほら年増には辛いでしょう。いい加減誤魔化せるのは顔の面だけであって、本質はまったく誤魔化せていないことにいつになったら気付くの?』
「はん、質量でしか押してこれないガキが何ほざきやがる。今更その程度の事であたしの心を動揺させれると思ったかたわけめ」
『あぁ、化粧ってなんて罪。本質を誤魔化せる程化けれる人もいるのに、目の前のババアはそんなスキル知りもせずにただ泥を塗り固めて慕われる筈の子供達に避けられてる』
「なんだとこの触手野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 怒りマックス。狙いを定めずに足を振り上げ、渾身の力で叩き付ける。すると運がなかった一本の触手に直撃。胴体の真ん中を断列され、苦しそうにもがき苦しんでいるのがすごく気持ち悪い。
『ちょっ!?動揺しないって言ってまだ一秒ぐらいしか経ってないのになんですかその全力の踏みつぶしは!しかも千切れるんじゃなくて切れるなんてどんだけムチャやればいいんですか!』
「知ったことかよ。もういい加減我慢の限界だ。話なんて聞かずに速攻でブチのめす」
『あはは、やだなーお姉さん。冗談に決まって』
「黙れ」
 これだけの数を一体ずつ相手していたらキリがない。回りくどいのは嫌なので、さっさとケリをつけよう。
 重心を低く、拳はこれ以上ないってぐらい固く握り締める。息を整え、いざ―

『あ、キョウの浮気相手の和服美人だー』

 頭はわかっていても心は変えられない。誰が言ったのか、全くその通りだ。あたしは今の状況も忘れて触手たちが指す方向を向いてしまったのだから。
『かかれー』
 そんな間の抜けた号令と共に、あたしに触手の軍団が襲いかかった。
 無論避けられるはずもなく、あたしはまんまとはりつけにされてしまった。
『ふふふ。貴女も相当の馬鹿ですね。こんな真っ暗闇の中にどうやって招かれざる客が入ってこれると考えついたんでしょう』
「……ふん」
 なんとでも言うがいい。負けは負けだし、あんな姑息な手段にひっかかった自分はどうかなー、とは思うけど、愛に生きている証ではないか、恥ずかしがることはない。そう、恥ずかしがることなんか……
『あれ?なんだろうこの臭い。……あ、ゴメンなさい。これってもしかして貴女の加齢』
「うがああぁぁぁぁ!!!やっぱりお前コロス!!!」
 こんのクソメカァァァァ!!うふ、ふふふふふふふふ。もうこうなったら一生残るようなトラウマを植え付けてやるから覚悟しとけよ……!

 しばらくのち、
「かかったかな……?二人とも、少し静かにしておいて」
 ダンナは唇に人差し指をあてて、喋るなとジェスチャーまで入れている。いや、それよりも電話かかるの遅くないか?
 とか考えていると、相手が受話器をあげたようだ。
「あ、もしもし。京介だけど、山口くん?」
「旦那様……ですか?ご無沙汰しております。ところで何のご用件でしょうか。奥様と坊ちゃんなら今どこかへお出かけになられていますが」
「うん。織さんは僕の近くにいるからいいとして、実は今お出かけ中の僕の息子ね。誘拐されてる」
 いくらなんでもその言い方は軽すぎやしないですかね?ほら、山口も返事に困ってるっつーか状況が飲み込めてないっつーか。
「……は?」
 雇用主に向かって『は?』とかぬかしやがりましたけどこのメイドッ!?いくらなんでもタメ口はないだろう山口よ。どうやら教育が行き届いていない様子。帰ったら百セクハラの刑に処そう。
「本当に悪いんだけど、助けに行ってもらえないかな。ほら、織さんが行くと……アレだし」
「は、はい。すぐに準備致します。それに奥様に任せるとアレですし」
 ……だからあたしに任せると何なんだ。ものすごく気になる。
「じゃあよろしく。僕はもう少し我が儘な奥さんの相手をしなきゃいけないみたいだ」
「わかりました。お気をつけて」
 電話はすぐに切れた。
 ダンナは携帯をしまいながら、あたしに向き直る。
「というわけで山口くんが息子を助けに行ってくれるらしいので、僕たちの出番はなくなりました。さあ織さん。まだ続きをやるつもり?」
「ったりまえだ!大事な息子をメイドに任せてられるか!あたしが助けに行く!」
「でも織さん。もし織さんの攻撃が息子に当たったらどうする?」 ……う。
「ミンチ?挽き肉?細切れにサイコロステーキ。どれも笑えない結末になるのは確実。しかも人としての原形をとどめていないというトドメつき」
「そ、それは山口だって一緒だろ!」
「確かにそうだね。でも織さん。彼が今の時点で君から吸収するものはもうなにもないと思うんだよ。織さんは息子から見たら最高の反面教師だ。だけど、もうしばらく経たないと次には行けない」
「……どういうことだ?」
「段階ごとに合わせた教師が必要ってことさ。つまり今までの織さんがステップワンだとすると、織さんの次のステップは一つ間を置いてスリーになってしまう。でも間を開けると、成長できない。つまり、成長は段階ごとに、どうやってかその間を埋めないといけないわけさ」
「なるほど、つまりその間を埋めるのが……」
「そう。さっき使いにやった山口くんというわけ。彼女だったら息子を悪い方向にやりはしないだろうし、今回のことも織さんを信用していないわけではなくて、少しでも息子に彼女の雄姿を見せておこうと思った。これが全部。わかった?」
「ああ……わかった」


 ……けど、


 わかったけど、納得なんかしたくないね。


 メキ、と右腕を固めていた触手を内側から握りつぶした。自由になった右腕で、体、左腕、両足を解放する。
 体はゆっくりと地面へ落ちて行く。体勢を正し、着地する。正面には困った顔のダンナ。
 まったく、嘘をつくならもう少しうまくつけないものか。アンタは困ったとしても、困った顔なんてしないだろうが……
 一歩踏み出す。ダンナも同じように一歩踏み出した。

「なあダンナ」

「なんだい奥さん」

 二歩、三歩。

「今あたしが行くのを止めると言ったらどうする?」

「そうだね。倒されてから行こうと思っていた戯式さんの家に行くのを止めるかな」

 四歩、五歩。

 お互いに拳を固める。
 ダンナの手には先程の黒いグローブが纏われている。

「そうか。またアイツの所にねぇ。でさ、一つ頼みがあるんだけど」

「なに?言ってみなよ」

 六歩、七歩、八歩。


「これからあたしがすること、目瞑ってくれないか?」


 九歩。


「断る。息子と織さんを危険な目に合わせたくはないからね」


 十歩!


 拳と拳が交錯する。
 世界に、響いたことのないような轟音が轟いた。


 夜の空にはゆらゆら朧月。これが息子の命ではなく、プライドとか尊厳みたいだ。とか思えてしまうあたり息子は苦労していると思う。

 あの後、ダンナを下してからすぐに敵のアジトに乗り込んだのだが、そこは既に死屍累々でもぬけの殻。縦に真っ二つに断ち割られた男の死体が一つと、血が滴り落ちている鎌を持ったまま気絶している死神と、その他諸々が気絶しているだけだった。
 なので今度は趣向を変えて、待ち伏せ作戦を敢行。
 場所は屋敷から少し離れた隣町。電柱によりかかっているとほら、向こうから誰かを背負った誰かが歩いてくる。あたしは手を上げて軽く挨拶する。
「やあ息子。喧嘩の帰りか?戦利品が女でしかもメイドとはなかなかやるじゃないか」
「ほっとけよ。そもそも喧嘩したのは僕じゃなくてこの人だ」
 息子は背負っている山口を不機嫌そうに睨んだ。まあ、当の本人はえらく幸せそうな顔で眠って……ん?
「ははん。泣かせたな。我が息子ながらやるねぇ」
「なっ!」
 ふ。甘い。みつやのスイートポテトなみに甘いぞ息子よ。事実隠蔽は確実にしておかなくてはなぁ。いくら光が月明りのみとはいってもあたしも女。泣いて目が腫れているとかそれぐらいの変化には気がつくわい。
「ん?何したのよ息子。ほらほらお母さんに言ってみなさい。準犯罪までだったら隠蔽で、猥褻なことだったら一緒にやろうじゃないか」
「違う!そういうことじゃなくて……」
 息子は恥ずかしそうに顔を背けながら、
「今日が……この人と出会って四年前だろ?」
 と、なんだかお熱い記念日だと、あたしに顔を赤くしながら言った。
「それでプレゼントを家に帰ったら渡そうと思って、まとめてみつやの箱の中に入れておいたんだよ。そしたらスイートポテトの甘い匂いにつられてバレたわけさ」
 そしたら泣かれて……と息子はブツブツと一人言を漏らしている。
「でもまぁ、アンタは女の子を泣かせちゃった紛れもない事実があるわけで、たとえ悪意がなかったとしても山口が目覚ましたら謝っときな」
「うるせぇ」
 息子は気恥ずかしそうに、止めていた足を再び動かし始めた。

 ……なんだか。
 すげー、かわいい。

 そう思った時には、体は息子の前に立っていた。
「……なんだよ」
 息子が顔を上にあげた瞬間。
 あたしは息子の顎をつかみ、
 久しぶりに、
 息子とちゅーしてやった。

 三十秒くらい吸い付いていた唇から離れ、一息つく。
 うん。誘拐時に殴られたのか、唇は血の味がしたが、柔らかくてなかなかナイスだったぞ我が息子。
「こ……」
 こ?興奮しました?イヤだな息子。親子だからこれ以上はダメだぞ。あ、でもどうしてもって言うなら……
「この……」
 親子の間なんて関係ない?息子……お前、そんなところまであたしを……


「この馬鹿親あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 息子は山口を抱えたまま、全力で走り去っていった。
 月光の下。風に舞う涙は宝石なんかよりもよっぽど輝いていた。



「ということがあったわけだよ。どう思う?」
「知らん」
 む。つれない。せっかく奢りで屋台の居酒屋に連れて来てあげているのに、章吾はえらく気に食わない様子でつくねを頬張っている。
「だいたい。その話はどこからどう聞いても坊ちゃんが悪い要因が見当たらん」
「そんなんじゃなくて心の問題だよ。ワトソン君」
「そうかいホームズ。ああ大将。皮と葱鮪を二本ずつくれ」
 そしてちゃっかりと追加注文なんぞしてやがる。ふん。あたしも全品既に頼んでいるが、もう一周ぐらいしたい気分になってきたぞ……


 あの後、息子のあとを追いかけ、ゆっくりと歩いて家に帰り、玄関に手をかけようとして張り紙がしてあることに気付いた。
『高倉織さんへ。もう僕としては最大級の屈辱を、けっこうプレゼント渡した後の充実感があるときに実行したのは母さんの空気読めないパワーが働いたからなんでしょう。
それは許されることではないと思いますのて、しばらくこの屋敷の出入りを禁止したいです。つーかします。本来なら一生出入り禁止にしたいのですが、それは止めておきます。あぁ、もし母さんが入っているのを見かけたら絶交だから☆侍従や執事の皆さんにも見かけたら通報するように言付けてありますので、入らないように。期間は一か月と大まけにまけたので、頑張って下さい。
 P.S――』


 と、画用紙二枚に渡ってのビックスケールの張り紙を読み終える頃にはすっかり意気消沈し、拗ねながら最後の文章に目を通した。

 で、まあ、その文章がこれまたやってくれたのだ。


『P.S 遅かったけど、助けにきてくれてありがとう』


 不覚にも目頭が熱くなったので慌てて退散。帰り際の章吾を捕まえて今ここに至るのである。
「ったく。口だけは達者になりやがって」
 でも、悪い気分はしない。

 今夜はまだお金には余裕があるし、何軒かハシゴするとしよう。
 そしてハシゴしまくって酒臭くなって約束なんか忘れて家に帰ってやる。
 うん。実に楽しそうだ。
 お湯割りの焼酎を一気に飲み干す。そして料金分より少しだけ多いお金を置き、章吾の襟首掴んで二件目に突入した。

 その時に見た月は朧月ではなく、しっかりと形どられた満月だった。


「なにか定まったか?息子よ」


 笑顔で席につき、とりあえず全品ツマミ注文。章吾は相変わらずつみれと皮と葱鮪しか食べていない。それしか食べれないのだろうか?かわいそうなので今度どこかへ食べに連れてってやろう。


 そんなことを思いながら、時間は過ぎていく。

 あたしこと高倉織の長い一日は、こうして幕を閉じたのだった。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。
 いやあ、携帯で読まれた方は結構キツかったんじゃないかなぁ。とか思っている坂本です。

 僕としてもこの作品は初のファンフィクションといいますか、初の十ページ越し(携帯換算)を書いたわけです。最初はなんかもう完全に見切り発車でスタートしてしまったこの小説もなんとかオチをつけ、皆様方の脳内に刻み込まれているのでしょう。もしそうであればこの上ない嬉しさです。
 本当この小説には苦労させられて、本編でもなかなかでてこないようなキャラクターを大量に出してしまったんですね。しかもそれが主人公だなんて……でも、田山さんの原案で本編未登場のキャラなんぞもいます。竹中・G・彩音がそれですね。本編では『世界一腕のいい医者』として呼ばれているはずです。探してみては?

 さて、皆さん結構楽しげにこの後書きを書いていらっしゃいますが、僕には苦痛です。キツいです。なので、ダラダラと文章を書くよりはこのあたりで終わらせようかと思います。

 最後に、この小説を読んでくださった皆様、そして原作者の田山歴史先生に、最大の感謝と敬意を。

 あ、僕が連載している『輪廻天生』と『一年間な彼女』にも目を通してもらうとありがたいです。
 短編の『一年間な彼女』は黒歴史ですから……(笑)
 

 ではでは皆様。またどこかで。













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