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  日常賛歌 作者:しろくろ
第五十四話 寝ぼけたときこそ要注意
「……失礼しまーす」

 こんにちは、遥人です。我が家で過ごす、ありふれた春の休日です。

 我が家で過ごしているにも関わらず、こんなに遠慮気味に扉を開く俺。それもそのはず。だってこの部屋は……。

「奈央さーん。起きてま……寝てらぁ」

 そう、ここは奈央さんの部屋。なかなか俺を入れようとしないから、何気に未開の土地に踏み込む気分である。

 我が家の一室なのになぁ。まったく、居候のくせに家の主に対してなんて扱いだ。

 ま、これで一応年頃の女の子だし、仕方のないことだけど。

「コノヤロー。約束が違うじゃねえか」

 語りかけるように。しかしあくまで睡眠の邪魔はせぬよう、そっと呟く。

 約束とは、今朝俺が買ってきたマンガのことである。俺だけでなく、奈央さんも楽しみにしていたマンガの、待望の最新刊。

 奈央さんがあんまり目を輝かせて先に貸してくれと言うものだから、さっさと読んで返すという約束つきで貸してやったのだ。

「しかし、どうりでなかなか出てこないと思ったら。案の定寝てんじゃねえか」

 お仕置きとして、頬をつついてやる。気持ちよさそうに寝息をたてていた奈央さんも、微かに反応する。

「ん……うぅ」

 しかしまぁ、まるで起きる気配はない。春眠暁をおぼえずとはよく言ったものだ。

 ただ、別に起こす必要はない。俺はしばらく奈央さんの頬のぷにぷに感を楽しむと、枕元に置いてあったマンガを手に取った。

「じゃ、返してもらうからなー」

 一応声だけかけて、出ていこうとしたのだけど。どうも寝顔が気に入ってしまって、もう少し眺めていようかなどと思ってしまう。

 ぷにぷに。ぎゅーっ。

 このほっぺの感触がたまらない。つついてみたりつまんで引っ張ってみたり。普段できないことだから、なかなか飽きない。

「真央さん相手なら、いつでもできるのになぁ」

 それは、ちょっと悲しげな本音で。同時に、情けない弱音でもあった。

 自分からすり寄って甘えてくる真央さんとは違い、今も奈央さんは甘える気配すら見せない。

 そりゃあ性格の問題もあるけど、もっと根本的な何かが、俺と奈央さんの間には足りない気がする。

「はぁ。……眠ってりゃ、こんなに可愛いのになぁ」

 これが起きた途端、二言目には俺を貶しやがるんだから。いやほんと、眠ってりゃ可愛いのになぁ。

 そっと頭を撫でる。普段とは違い警戒心のない彼女の表情が、ほのかに緩んだ気がした。

「でもこれ、なんか惨めだよな。……戻ろうっと」

 普段はこんなに触れていられない彼女。寝ているときなら、なんてのはなんだか情けない話だ。

 俺は撫でていた手を彼女から離し、また寝顔を見ないうちにこの部屋から立ち去ろうとした。

 しかし、何故だろう?俺の手はなかなか彼女から離れようとしない。

 いや、離れろよ。そりゃあ俺だって、ずっとこうしていたいけどさ。こんな風な状態で満足しちゃ、駄目なんだって。

 離れろよ、俺の手。そう思っているのに、離れてくれない。しかしまぁ、それも当然だった。

 眠っているはずの奈央の両腕が、しっかりと遥人の腕を掴んでいたから。どうりで、なんだか温かいと思ったら。

「……起きてたのかよ」

 恥ずかしいぃぃぃ!さっきからの独り言、聞かれてたのか?たぬき寝入りなんてそんな卑怯な!

 しかし、彼女の反応はない。ただずっと、遥人の腕を掴んでいるだけ。

「え?やっぱ寝てんの?」

 ぷにぷに。ぎゅーっ。

「んぅ……はぁ」

 再びうなされたように寝息を乱す彼女。間違いなく、未だに意識は眠りについている。

「紛らわしいやつ。じゃあこれ、寝ぼけてつかんだだけか」

 よく考えたら、たとえ起きていても俺を引き留める理由がないよな。寝ているからこその行動だ。

「おーい、離せー。おまえの嫌いな遥人くんが部屋から出ていけなくなるだろうが」

 やばい、言ってて悲しくなってきた。これが起きてるときなら、さっさと出てけって言われるんだもんな。

 でも、今の彼女は違った。離せと言ったのに、腕をつかむ力が強くなった。

 そうかと思えば、今度は腕から手を離した。そして、俺の手を包みこむように握った彼女の両手。

「おいちょっと、本格的に恥ずかしいよコレ。いや、温かいけども」

 聞こえてないよなぁ。無理やり離すのも、気が進まないしなぁ。……しばらくこのままでいいや。

 そんな風にいろいろと諦めて、俺は彼女の隣で横になる。ああコレ、今起きたら殴られるな。

 でもさ、もう少しこうしててもいいだろ?奈央さんは嫌かもしれないけどさ。俺は……。

 いや、さすがに年頃の女の子のベッドで、勝手に隣で寝てるのはまずいかな。俺も一応、年頃の男の子なわけだし。

 怖じ気づくのがちょっと早すぎるかもしれないけど、俺にはそんな勇気はない。とりあえず、手を離さぬままベッドに座ることにした。

「なぁ、奈央さん」

 退屈なので話しかけてみることにした。返事が返ってこないのはわかってるけど、起きてるときだって無視されることもあるし。

 返事がないのには、結構馴れてるから。あ、これも言ってると悲しくなってくるわ。

「……はると、さん?」

 あれ?おかしいな。今なんか、返事らしきものが返ってきたような。恐る恐る、彼女の方を見てみる。

 うっすらと開かれたまぶた。そこから綺麗な瞳が見える。おい、起きてんじゃねえか今度こそ!

「えぇ、いや、その……」

 いや、返事はないものだとばかり思ってたから、とくに言いたいことはないんだけど。

 しかしおかしいな。起きているのに、握った手を離す気配がない。こんなこと、クリスマス以来だ。

「はるとさん……本物ですか?」

「いやおまえが本物か?手、握ったままでいいの?俺だよ?」

 そう言うと、じっと握った手を見つめている彼女。さぁ、そろそろ手を離して『汚らわしい』とか暴言を吐くころだ。

「……何で私、はるとさんの手を?それに、私の部屋で、同じベッドの上で」

 そうそう、おかしいだろ?いつまで寝ぼけてんだ、さっさと目を覚まして手を離しやがれ。

「ああそっか。……夢か」

 ち、違ぁぁぁう!夢ってなんだよ!俺の手を握っているという事実をそんなに認めたくないのか!?

「だって、こんなのありえませんし」

 どんだけありえないんだよ!そんなに俺と触れあうことが嫌だと言うのか?

「私が、こんな風にできるわけない。私は、こんな風にしちゃいけない」

「……は?」

 なーんか、発言の雲行きが怪しくなって参りましたよ?

「夢でこんなことするなんて、そこまで私は欲求不満なんですかねえ?」

 ねえ、と言われてもねえ。言ってることの意味がわからん。欲求不満って何がだよ。

「駄目だよ。私は、こんなに近づいたら、駄目だから。迷っちゃうから」

 何故か彼女はとても辛そうに、俺の手をそっと話した。どうしてそんなに、辛そうにするのか。

「未練ができちゃうから。私は、あなたには……」

 でもね、本当はわかる。まだ寝ぼけているからこそ言ってくれた、彼女の本音。そしてその意味。

 女心がわからんとか、勘が鈍いとか言われる俺でさえも。その言葉の意味はわかり始めてる。

 だからこそ。迷わずにぎゅっと、抱き締めた。彼女を絶対、離したくないから。

「奈央さん。俺は、君にそんな選択をさせやしない」

 それは決意。自分と彼女への誓約。そのために俺は、変わるから。もっとたくさんの時間をかけて、変わるから。

「だから、まだ。もう少しだけ、待ってて」

 その悲しき覚悟を実行するのは、まだ早いよ。今の俺じゃ、君が残していく大切なものさえ守れないから。

「……あぁ、やっぱりこれ、夢なんだ」

 虚ろな瞳で虚空を見つめながら、彼女は言った。そして、俺の胸に顔をうずめる。

「夢なら。夢でくらい、甘えさせて」

 それだけ言うと、彼女は再び眠りについた。俺の腕の中で、そっと。

「いつか、夢じゃなくったって、さ」

 それはもう、独り言だった。でもいい。伝わらなくっても。どのみちこれは、俺次第のことだから。

「さて、いい加減本当に戻りますかね」

 一つの決意を胸に、腕に抱いていた奈央さんを布団に寝かせる。そうしようと思ったのに。

「……おいコラ、おまえ手を離せって。さすがにこう、抱き合ったままはまずいから。俺の理性がもたないから」

 しかし、ぐっすりと眠る奈央に聞こえるはずもなく。そして、ぎゅっと腰に回された手を無理やり引き剥がす根性もなく。



 それから数時間がすぎて、ようやく起床した奈央とともに居間に向かう。そこにいた真央さんは、俺の顔を見ると驚いたように言った

「あれ?遥人さん。その頬のビンタの跡みたいなのは何ですか?」

「……いや、ちょっと、ね」

 横で悪びれもなくそっぽを向く奈央さん。寝起きが不機嫌なのはやっぱり、俺のせいなのか?

「寝ている相手にセクハラする遥人さんが悪い」

 スパッと断言した奈央さん。てか、抱き合ってたのはセクハラされたことになるの?

「いや、あれは奈央さんが離さなかったからだし」

「そもそも勝手に人の部屋に入るのが悪い!」

「そもそも漫画を返さなかった奈央さんが悪」

「うるさぁぁぁぁぁい!」

 そしてまた。本日二度目の痛快なビンタ音が響くのであった。

(相変わらず、喧嘩がすきですねぇ。この人たち)

 真央が呆れ果てため息を吐く。その後、真央によって喧嘩風景にシャッターが切られたことは、二人とも知らないままだったとか。


 こんな一日
 そんな日常


やっぱり、これくらいの長さが理想ですね。個人的には。

そして今、序盤の話を加筆修正してたりします。


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