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  日常賛歌 作者:しろくろ
第四十一話 おでんとおうちと約束と
 背負ったものがある。自らの意志で、自らの人生を賭けて、背負ったもの。

 あの日、彼は独りだった。そのまま消えてしまったって、悲しむ人は元よりそれを認知してくれる人すらいない。

 ひたすらまっすぐに生きてきた男の末路。まっすぐに進んできた道の先は、ただの暗闇だった。

 道を選ぶことだってできたでしょう。立ち止まることだってできたでしょう。

 それができなくて、独りになった彼。最後のときは刻一刻と迫り、徐々に意識は薄れていって。

 やけにあっさりと自らの死を受け入れることができた。彼は独りだったから、未練なんてなかった。

 ただ、自分に進むべき道を示してくれたあの人と。ついでに、どこまでもひねくれ者な旧友を思い出して。

 自分の生き方に一切の後悔もなく、最後まで胸を張って。彼は、死んだはずだった。

『あれ?ねぇねぇ…ちゃん。こんなところに冴えない面のお兄さんがくたばってるよ?』

『駄目だよ、…ちゃん。知らないお兄さんに関わっちゃいけないって言われたでしょ』

『何だか可哀想。拾ってあげようよ』

『捨てネコじゃないんだから。だいたいその人生きてるの?』

『うん。多分お腹が空いてるだけだよ。エサを与えてお湯をかければほら、この通り』

『カップラーメンじゃないんだから……って、目覚めた!?そんなんでいいのっ!?』

 目覚めたとき見たのは、可愛らしい二人の女の子。その瞬間体中に感じた熱は、後で思えば何か運命を感じさせるものだったのかもしれない。

 それから彼は、二人の女の子の住むお屋敷に連れて行かれて。久々に腹一杯の飯を食べさせてもらった。

 それから、そのお屋敷での仕事をもらった。私を随分気に入ってくれたらしい女の子の世話係である。

『やった!これ飼ってもいいって!』

『いや、一応っていうか普通に人間だからね、この人。今日から私たちのお世話をしてくれるんだってさ』

 可愛らしい笑顔の女の子だった。それを見たからかもしれない。生きることに意味を感じた。

 そして誓った。覚悟した。私は、この家のために生きようと。この“世話係”という使命を、残りの人生を尽くしてまっとうしようと。

 それから世界は、10年もの時を刻んだ。

 藤森秋隆はかれこれ10年もの間、ある屋敷で使用人をしていた。それはそれなりにやりがいのある仕事だし、彼の生活は充実していた。

 しかし半年前、その屋敷に異変が起きた。秋隆が世話係を努めていた屋敷の主人の二人の娘が、ある日突然姿を消したのだ。

 それなりに名のある一族だったため、娘の家出などを世間様に知られるのは避けたいらしい。

 よって二人の捜索は、屋敷の従業員たちの間だけで細々と行われた。しかし、なかなか見つからない。

 やがて痺れを切らした主人は、ちょっとした強行策に出た。

 二人の家出はほら、世話係であるお前の責任だろ?だからさ、探してこい。探し出すまでは帰ってこなくていいからサ。


 主人には食事と仕事を頂いた恩がある。その恩に報いるためにも、二人を連れ戻さねばならない。

 幸い、秋隆は二人の居場所をおおまかになら知っていた。もっと言えば、連絡だってとることができる。

 しかし、それができるのは“二人の味方としての自分”だけだ。今、主人から命を受けた私がしていいことではない。

 約束したのだ。二人の味方になると。ならば今こそ、主人を裏切ってでも二人の居場所を隠すべきだろう。

 方針は決まった。探し出すまで帰れないならば、探す気のない私はとりあえず自分の住む場所を確保しなければならない。

 それと収入源。バイトなどを見つけて自分の生きていく分の金を稼ぐ。そうしたら、主人が諦めて帰還命令を出すまで持ちこたえる。

 金は大してない。どこか、格安で入居できるアパートなんかはないだろうか?

「……と、いうわけなんだが」

「はぁ、何だかたいへんそうだなぁおい」

 今は1月だったか、それとも2月だったか。いずれにしろ、寒い寒い真冬の夜だった。

 どこか風情のあるおでんの屋台が公園の脇に立っていた。もくもくと湯気のたつおでんの香りがなんとも食欲をそそる。

「しかし、いいのかい?そんな厄介な話を俺なんかに話しちまって」

 好好爺と表現するのが相応しいおでん屋の店主が心配そうに言ったが、秋隆はあまり気にしていない。

「おでんの屋台というのはこういうものだろう?それに、ここで話したからと言って話が広まるわけでもない」

 とりあえず格安のアパートを。そう思ってさ迷ってみたものの、なかなかどうしてそんなものは見つからない。

 歩き疲れたので夕飯を兼ねてここに立ち寄ってみたところ、店主なら良い場所を知っているかもしれないと踏んで事情を話したわけだ。

「で、どうだろう。どこか良い場所はないか?」

「うーん、私は不動産屋ではありませんからねぇ。不動産は寄ったんですか?」

「当然だ。しかし、あまり安いとは言えないところばかりだった」

 彼の場合、家賃の高い安いの基準は学生時代に一人暮らしをしていたころのアパートの家賃である。

 しかし、そのアパートというのは軽く呪われていたりするわけで。つまり彼の基準は“何か曰く付きの部屋”でなければ該当しないレベルなのだ。

「そうですね……住む人住む人奇妙な死を遂げる呪いの部屋ならば風の噂で聞いたことがありますが」

「いや、それは勘弁していただきたい。もう彼らとの共同生活は御免だ」

「彼ら?」

「あ、いや。こっちの話です」

 遠い目をして思い出すあのころ、鳥肌がたつ。恐怖体験とは後から考えると怖くなったりするものだが、何故あのときの私は平然としていられたのか。

「それ以外となりますと……そうだ。そういえばこの店の常連さんに、アパートの空き部屋を埋たがってる人がいますよ」

「アパートの空き部屋を埋めたがってる人?いったいどんな状況なんですか」

 しかし、そんな人がいるなら好都合かもしれない。なかなか埋まらないアパートの一室を格安でいただければ最高だ。

 そのとき、隣の席に中年の男がどかっと腰掛けた。顔を見る限り、三十代後半といったところか。

「おやじ、とりあえずビール」

「はいよ。いやぁ、噂をすればなんとやら、ですな」

「ん、噂?」

 どうやらこの男、ここの常連らしい。そして、店主の反応を見る限り……。

「お察しの通り、この冴えない中年が例のアパートの人だよ。甲斐さんってんだ」

 冴えない中年呼ばわりされた甲斐という男は軽く店主を睨む。それを笑ってかわす店主。

「何の話だ?」

「この人がな、格安でアパートを借りたいんだそうだ。君はいつも入居者を探していただろう?どうだい、彼は」

 それを聞いて暫く考えるように腕を組んでいた甲斐。やがて、なんだか嫌な笑顔を向けながら秋隆に答えた。

「俺はな、あそこに住ませるのは俺の気に入った奴だけと決めてるんだ」

 ひどい話である。だからいつまでも部屋が埋まらないのだ。しかし、提示額は確かに安い。格安だ。

「あそこには年頃のガキがいてね。そいつに悪影響を与えるやつとか、縁も所縁もない奴は基本お断りだ」

「悪影響を与えるつもりはない。確かに縁も所縁もないが、是非私に住ませてくれないか?」

 そう言って頭を下げた私に、男はグラスを差し出した。

「とりあえず、一緒に飲もう。決めるのはそれからだ」

 しかし、男が酒に酔ったままあっさりと契約を結んでくれたのは言うまでもない。

 かくして、藤森秋隆の新生活は幕を開けたのであった。

『おい遥人。こんど俺の酒友が入居するからな。仲良くしてやってくれよ』

 そんな留守電を聞いて遥人が半ば呆れ気味にため息を吐いたのもまた当然だろう。

「いや、酒友ってなんだよ。何て読むんだよ」

 そんな独り言が虚しく響くのであった。



 そんな一日
 こんな日常


ただ、あの人がアパートに来ますよというだけの話。お粗末様でした。


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