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  日常賛歌 作者:しろくろ
第四話 お洋服と痛恨の一撃
 足掻け、叫べ、絶望しろ。
 それでも進め、歩み寄れ。

 この距離を過去にしろ。
 その距離をゼロにしろ。

 そして―――みんな纏めて、壊れてしまえ。



 『我輩は猫である』

 俺がそんなとんでも発言をするキャラではないことを、皆さんには事前に理解しておいて欲しい。

 こんにちは、遥人です。※ただし猫ではない、なんて言う必要はないでしょうが。もちろん遺伝子組み換えでもありません。

 ――向かう先は居間。目的はまだない。ドアを開けると、そこは居間だった。……いや、当然だ。

 こんなくだらないパロディー気取りをしても仕方ないわけで、やはり俺はメロスが激怒する方が好きだったりする。


 ただ興味深いのは、自ら猫を名乗る気持ちがどのようなものなのかということだ。

 ああそうだな。もしも俺が、仮にも不覚にも大胆にも不敵にも、猫だったとするのなら―――。


「うん、猫でも何でも、とにかく引くわな」

 それは、薄日差す明け方のことだった。

 居間への扉を開け放った俺が最初に見つめた先、黒塗りのソファーには、一人の女の子が気持ち良さそうに眠っていた。

 月島真央。青みがかった黒髪を腰までのばした、まあこれが世に言う美少女という奴なのだろう。

 我が家の厄災こと月島姉妹の妹で、可愛らしい仕草と容貌を備えている。にも関わらず、腹の中は深刻に暗黒。そんな彼女。

 そして、そんな真央さんの姿を一心不乱に撮影する女の子が一人。俺は、発見してしまったことを少し後悔していた。

 月島奈央。桃色の髪を肩までのばした、残念ながらこれも一般的に言えば美少女なのだろう。

 厄災姉妹の姉で、どうやら悲しいことに重度のシスコンらしい。……いや大丈夫だ、俺はまだ戦える。

「あぁっ、なんっって可愛いらしい寝顔なのっ」

 カシャッ。

「もう、ちゅーしちゃってもいいかなぁ……」

 ハァハァ、カシャッ。

 シャッターを切りながらの独り言。正直気味が悪いことこの上ないが、考えたら俺はこの女と共同生活を強いられた身だった。

 おい誰か機動隊を呼べ、救急車もだ!俺はもうコレを正気の沙汰として捉えられる自信がない。

「……安心しろ。んなことしたらもう、シスコン通り越してただの精神異常者とみなしてやるよ、俺は」

「はうっ、遥人さん!?」

 どうやら俺の存在に気付いてなかったらしい。いや気づけよ。困るのはむしろこっちなんだから。

「てかもう、既に端から見たら変態以外の何者でもないしな。ハァハァ言ってたもん、素で」

「へっ、変態とはなんですか!これはですねー……」

 なんですかと言われたら『それはおまえのことだ』と答えるしかないのだが。

「……わかってるよ。奈央さんの大好きな『真央ちゃん写真集作り』だろ?」
「違いますっ!私の趣味は『写真撮影』であって、真央ちゃんを撮影するのはその一環!」

「趣味が転じて変態行為に昇華してしまうのは、かなりヤバい傾向だよな?」

 不意に、眠っている真央さんに視線を落とす。はてさて、この違和感はいったい。

 気づいて、すぐに目を逸らす。おいちょっと待て。やっぱり俺たちの共同生活はキツいんじゃないか?

「なあ、真央さんの穿いてるのはコレ、俺の小学校の短パンだよな?運動着の」

「知りませんよ。真央ちゃんが『暑いよー』って呟きながら遥人さんのタンスを探ってたみたいですけど」

 やっぱり俺のか。確かにこれなら生地も風通しがいいし、小さいし短いしで真央さんにはぴったりだったのかもしれないけど。

 ただ、前々回辺りに二人を小学生扱いしたことは謝らなくちゃならない。

 短い布地から程よく肉付けされた脚がスラリと伸びていて……うん、わりと刺激的だ。

 もうほとんどホットパンツじゃねえか。つーかホットパンツってどこがホットなの?男の妄想?

 そして、良く見ればこっちも。

「私も含めて夏服が少ないんですよねー」

「だからって俺の古着のノースリーブを着るな。小さいだろ」

「むふふ。ムチムチでいいでしょう?」

 否定はできなかった。目を逸らすことだけは辛うじて出来たのが救いだ。

 しかし奈央さんの見立ては間違っている。そんな中途半端なムチムチなど無いに等しかった。

 問題は脇回りと腰回りのチラリズムを置いて他にないことは言わずともがな、って俺は何を熱くなっているんだ。

 いやでも、おかげ様で奈央さんが『うーん』と背伸びをした際の眼福と言ったら……。

 おまえら、あんまり俺を甘く見るなよ?男子高校生だぞ?頭の中ピンク色の現役男子高校生だぞ?見くびるなよ?

「……奈央さん、真央さんを起こしてくれ」

「はーい。ていうか、もう見なくていいんですか?」

「見てねえよ最初から!」

「どうだかー」

 悪戯っぽくニヤリと笑った奈央さんの顔を、まともに見られないでいた。

 くそっ、シャイで悪かったなこの野郎。頼むから早く上着を来てくれ。

「真央ちゃんが起きましたよ、遥人さん」

「うぅーんっ」

 真央さんが起き上がり大きく伸びをした。うん、服さえちゃんと着てれば、なんてことのない光景だ。

「おはようございます……遥人さん、何かいいことでもありました?」

「いっ、いや何もっ!?」

「そうですか。やけに表情が柔らかかったので」

「そうですね、鼻の下辺りが特に」

 奈央さんの嘲笑気味な視線が痛いものの、何も知らずに小首を傾げる真央さんの視線に比べればそうでもない。

 そんな純粋な瞳で見つめないで欲しい。俺は本当に汚い人間なんだから。

「それで、真央ちゃんの睡眠を遮ったからには理由があるんでしょうね?」

 おい、俺はさしずめ王の眠りを邪魔した下民か。くだらない理由なら視線で射殺す準備ができてそうだなこの野郎。

「うんその、三人でデパートにでも行かないか?」

「はっ?」

 今のままでも充分に俺を変人とみなしてそうな奈央さんが、余計に怪訝な表情をした。

 真央さんは相変わらず寝起きでぽやぽやしているものの、俺から溢れる妙な切迫感を感知しているらしかった。

 そして、今日最初の痛恨の一撃。

「あらあら真央ちゃん、これは何だかあれだね」

「うん奈央ちゃん。これはもうあれだね」

「遥人さんの」「むっつりすけべー」

「なっ」

 嫌にぴったりと意志疎通を図ったと思えば、俺の心に土足どころかキャタピラで踏み込んで来やがったぞこいつら!

 つーかなにより『むっつりすけべー』の部分を真央さんに言われたのが痛恨で快心の一撃過ぎた。

「然り気無く、服を買いに行こうってことなんですよねー」

 真央さんが底抜けの微笑みで言い放つ。俺には言葉の弾幕にしか聞こえなかったわけだが。

「然り気無く促しちゃうところがもう、すけべの極みですね」

 奈央さんが鬼の首でも取ったかのように勝ち誇り、鬼の子でも人質にとったかのように鼻で笑う。

「アホなこと言ってないでさっさと着替えて来い!」

「んん?ほんとに着替えちゃっていいんですか?」

 満面の笑みで挑発する奈央さんを直視できないまま、俺は真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いた。

「まあ、これ以上真央ちゃんの誘惑的な美脚を見せて発情されても困りますからね。さあ真央ちゃん、着替えに行こうか」

「……びきゃく?」

 気にしなくていいよ、なんて囁きながら、未だ寝惚け気味の真央さんを連れて自室に向かった奈央さんであった。

「……完敗すぎたな」

 夏の日の午前、少年は少年故の煩悩に苛まれるのだった。



 そんなこんなで、俺たち三人は初めての外出先となったデパートの中を歩いていた。

 我が家の御用達、中途半端な田舎には欠かせない大型ショッピングモール。

 建物の大きさからも見て取れる品揃えの充実感が売りであり、あらゆる用事を一ヶ所で済ませられることの利点は計り知れない。

「それじゃあ俺は、食料品コーナーと本屋を見てくから。二人はゆっくりと服を選んでてくれ」

 そう言って俺は、日本の最高権力者、諭吉こと一万円札を二人に手渡した。

 途端に、嫌になるほと瞳を輝かせた姉妹。流石は天下の諭吉様といったところだろうか。

 ……しかし、変なとこだけ似た者姉妹だな。金に食らいつく視線がそっくりだよ。

「まあ、私と真央ちゃんを視●しておいてタダってわけにはいきませんからね。諭吉様献上は妥当な判断でしょう」

「奈央さん金返せ。つーか然り気無く日常物の小説ではとても使えないような言葉をチョイスするな」

 それに、奈央さんはある程度狙っていたとしても、真央さんのは無意識だろうに。

 案の定、真央さんは頭上に?を浮かべている。そんなまっさらな心のままでいて欲しいと切に願う。

「ねえ奈央ちゃん、●姦ってなあに?」

「うん、それはね」

「いや説明するなっ!そして伏せ字の意味はっ!?」

 そもそも日常物の小説で使われるべきでない漢字を使っちゃったよ!

「説明しないと遥人さんがどれだけの屑野郎なのかわからないじゃないですか」

「ははっ、表に出ろくそ野郎!だいたい俺はそんな嫌らしい目で真央さんを見た覚えはない!」

「ははあ、それじゃ私のことは嫌らしい目で見てたと認めるんですね?セクハラですよセクハラ」

 あっはっは!なにこの女腹立つんですけど、殴っていいの?どれだけ俺の読者評を落とす気だよ。

 それに、せめて真央さんの前でだけは、なるべく良い格好をしていたいというのに。

 男の本能というよりは、なんとなく兄のような心持ちに近い。頼られたい、ということかな。

 変わりに、この姉にはどう思われても構わないという不思議。その分、素の自分でぶつかれるわけだが。

「そんな言い方良くないですよ、遥人さん。奈央ちゃんは腐っても女の子なんですから」

 良い格好をしていたいのに、いきなり注意されてしまった。変だな、今まで姉を貶してたしなめられたことなんて……。

「ま、真央ちゃんが私を擁護してくれたっ!?遥人さん、今夜は赤飯ですよ!」

「腐っても女の子、とか言われてたけどな」

 最早そんなことは欠片も気にならないくらいに、妹命な姉は盲目だった。

「では遥人さん。私とくそあま(奈央ちゃん)は服屋さんで待ってますから」

「ああ、わかっ……ん?」

 あまりにも和やかに、果てしなく軽やかに口にされた発言だったため、一瞬普通に流してしまいそうになる。

「……真央ちゃん?今、なんと書いて『奈央ちゃん』と読ませたの?」

「簡単だよ?くそ野郎の女の子だから『くそあま』って。ぴったりだねっ」

 にぱっ、と明るく微笑んで、真央さんは姉の手を握った。俺はただ、一連の行動に寒気を感じていた。

「さ、行こう」

「うん、なんかもう、どうでもいいや!行こう真央ちゃん!」

 二人な仲睦まじく手を握りあい、人で賑わうショッピングモールを駆けていった。

(それでいいのか、姉よ)

 疑問は果てしなく尽きないものの、本人がどうでもいいやというなら良いのだろう。

 俺は(見た目)仲良し姉妹の後ろ姿を見つめながら、真央さんが純白と暗黒を併せ持つことを心に刻んだ。

 油断すれば、俺だってあっという間に彼女の玩具になるだろう。

「……羊羮でも買っておくか」

 世渡りの意味を込め、献上品の購入を心に決める。それから早足に、小躍り気味に食品売場へと向かう。そんなデパートのお昼時だった。



 まずは定石通りに野菜売場を練り歩く。キャベツが安いものの、はて今まで通りに半玉を買うべきかそれとも。

 いや、今日は丸々一個を買ってみよう。望もうが望むまいが、せっかく新しい同居人ができたのだから。

「でも、別行動は失敗だったかな」

 そんな一人言が、思わず口に出る。自分が激しく気にしている証拠だろう。

 だって思うだろ。そんな急に見ず知らずの姉妹の中に入っていくなんて、あまりにも難し過ぎるから。

 今の俺にはまだ、姉妹との間に本当の意味での居場所を見つけるのは無理がある。例え、はったりでその場は凌げたとしても。

「元々、得意じゃねえんだっつーの。コミュニケーションって奴はよ」

 まん丸なキャベツに話しかけるかのように、現状の心境を吐露する。これが対人でなく一人言というのがなんとも情けない。

 まあ、だからというわけではないが、とりあえずは別行動を選択したわけだ。

 他人のペースに合わせるのは苦手な性分だし、気の許せない相手と一緒にいるのが極端に苦手だから。

 逃げたのだ。本当なら、野菜も服も、三人で選べば良いものを。それが嫌で、心を休めたくて、逃げた。

 だからそう。これが俺の欠陥だ。逃れることはできないのに、向き合うこともできないでいる、そんな欠陥。

 ……さて、今は食料品のことだ。無駄に後ろ向きになるのは後でいい。悪い癖はどうせ、直りはしないのだから。

 今日の第一目標である野菜の調達は完了。後は、たまには高い肉でも買ってみようかな。居候もいることだし、わりとたくさん。

 そう考えると、何だか少しだけ食料品売場を歩く足取りが軽くなったような気がした。

 まったく。単純人間ってのは損だね。そりゃあ、素直なままでいたいけど。


 突然に一人暮らしが始まってから、もう一月が経過したことになる。

 最近では、居心地の悪かった食料品売場にも、すっかり馴染むことができるようになった。

 更にこの頃になると、売場を有意に練り歩くためのノウハウが徐々にわかってくる。

 最初は値段の高低や品質の良し悪しさえ、自分の目では判断ができなかった。

 ただそれも必要なのは経験則で、今となっては毎日が成長過程と割り切っていられる。

 その中で段々に、わかることも増えてきた。毎日新しい発見ができる今、俺にとって買い物は楽しい時間となっていたのだ。

 好きこそものの……ではないが、楽しいと感じることの上達は、得てして早いのが人間である。

 そうか。人とのコミュニケーションも、やっぱり楽しめないと駄目だよな。っと、そういうのは後にするんだった。

 とにかく今日だって、自分としては納得の値段と品質を併せる品々を買うことに成功したのだ。

 誇っていい。自負していい。だから今は、不安になんてなる必要はない。

 自分の成長を肌で感じられたわけだから、気分が高揚する部分もある。だから俺は大丈夫だ。

 いや待て、俺は主婦か!なんで買い物で精神の安定を図ってんだよ!

 などと自分に突っ込みたくなるものの、それはそれであまりにも虚しいので、実行には移さない。

 この後は、本屋で雑誌を立ち読みして時間を潰そうと思う。せっかくだから、姉妹には気兼ねなくゆっくりと服を選んで欲しいからね。

 立ち読みするだけじゃ悪いし、一冊くらいはマンガでも買って、充分に時間を置いた後に洋服コーナーに行こう。

 そんな思惑を持って、本屋に向かう道中だった。香ばしい香りに、思わず足が止まる。

「そういや、そろそろ昼飯の時間だもんな」

 目の前にあったのはファミレス。ハンバーグの匂いが漂ってきて、思わず腹が鳴ってしまう。

 そうだな、あとで姉妹と昼飯を食べに来ようか。なんて、コミュニケーション不全を少しでも埋め合わせたくて。

 けど……ふぁみりいれすとらん、か。

「俺達は、なんだ?」

 家族?いや、まさかね。こんなにも一緒にいることがぎこちない家族なんて、あっていい筈がない。

「……やめた。ラーメン屋でも寄ればいいや」

 さて。それじゃ今は、とりあえず本屋だ。



「ふう、思わず時間を忘れて立ち読みしてしまった」

 そもそもが文字を読むことの大好きな性分のため、一度集中してしまうと中々に終わりが見えない。

 集中したくなるほど頭がもやもやしていたのもあるけど、これ以上逃げてばかりいるわけにもいかなかったから。

 さてさて、ようやく洋服売場までやって来たわけだが、何しろ広い。二人はどこにいるのやら。

 今更ながら、何か恥ずかしいことをしていないだろうな?微妙に世間知らずなとこありそうだし。

 ……そんな心配は杞憂に終わるのだろうと、そう思っていた俺はどうやら、まだまだ考えが甘いらしい。

「これなんかどうっ?真央ちゃんが着たらすっごい可愛いと思うんだけど!」

「………」

「これなんか絶対似合うと思うなぁ、こんなマネキンより確実に」

「……………」

 いたよ。めちゃめちゃ恥ずかしい奴がいたよ。期待を裏切らないのにも程があらぁな。

 しかしまあ、なんとも予想通りの展開だ。嫌な予想が的中した形である。激しく帰りたい。

 真央さんの服を本当に楽しそうに選ぶ奈央さんと、それがあまりにも嬉しそうなために止められない真央さんの構図。

 真央さんなんかはすっかり疲れてしまったのか、明らかに元気がないようだ。心中お察しするところである。

「おいコラ、でかい声出して何してやがる。はしゃぎ過ぎだ」

「あっ遥人さん!どうですかこれ、似合うでしょ?」

 聞いちゃいねえ。このアホ姉、それなりに常識が備わっているかと思えばコレですよ。

 やっぱり別行動は失敗だったかなあ。……いや、その服が似合うとは思うぞ。素敵やん。

「あ、遥人さん。ようやく来てくれましたね……」

「うん、お疲れ様」

「ええ、本当に」

 しかし止まらねえな、このアホ姉。妹のこととなると、最早自分そっちのけである。

 更に困ったことに、全くと言っていいほど周りが見えていない。

 真央さんがあからさまに疲れ果てているのがわからんのか。これじゃはっきり言って、シスコン失格である。

 ……いや、シスコン失格はある意味人間合格なんだけど。むしろそれは良いことですらあるのだけど。

「えっと、遥人さんはそろそろ帰りたいですか?」

「まぁね。そろそろ昼飯の時間でもあるし、早く済ませて欲しい……けど、ちょっと無理だよなぁ」

 奈央さんが簡単に止まってくれそうにない。むしろ、ここからが本番とばかりにヒートアップしてきている印象さえある。

 ほんっっとに、面倒くさい女である。そしてどうしようもなく、馬鹿な女か。

「いえ、その点は私に任せてください」

 やけに落ち着き払った様子で、真央さんは諦めかけた俺を制した。何か策があるということか?

「奈央ちゃん、ちょっと」

「これとか、こんなモデルが着るより真央ちゃんが着た方がずっと……えっ、なに?」

 えっなに?じゃねえよ。聞けよ人の話を、見ろよ周りの様子を。こいつ本気でマイワールドだよ、使い物にならねーよ。

「……あのね奈央ちゃん。―――すごく、ウザい」

「――うっ、うざっ!?」

 本日二発目の、痛恨の一撃だった。すげえ、ただの一言で奈央さんが涙目だ。しかし、随分と残酷な発言である。

 本当にすっぱりと言うよな、この娘。こんなときだけ間延びした口調が鋭くなるのとか、余計に怖いよ。

「よし、静かになりましたね。では遥人さん、この中から良いと思う服を二着選んでください」

 すごくにこやかに、静かになりましたねと言ってのけた。最早横で灰になっている姉のことなどお構いなしである。

 それでも、奈央さんが候補に出した数十枚の中から選ぼうとするのは、彼女なりの優しさだろう。

 その優しさは、注意して見ないとさっぱり伝わらないくらいに、然り気無いものだけど。

「自分で選ばなくてもいいの?それに、俺なんかで」

 どうやら真央さんは、最終選考を俺に委ねるつもりらしい。嬉しいんだけど、気が引けるというか。

「はい。遥人さんが似合うって言ってくれたものなら、私は満足ですから」

「……そう」

 またも、さりげなく嬉しいことを言ってくれた。しっかり選んであげないと、バチがあたるな。これは。

 逃げてばかりじゃ、避けてばかりじゃ、いられないな。ここで一つ決めようじゃないか。覚悟って奴を。

「それじゃ、端の紺の上着と、その真ん中のワンピースでどう?」

「ええ……はい、いいと思います!さすが遥人さんですね」

「やめてくれ、照れる」

 真央さんが提示した服の中から二着を厳選し、彼女を納得させる。きっと似合うよと。そう言ってやるのだ。

「では、私が会計に行ってる間にフォローをお願いしますね」

「よしわかった……って、フォロー?」

 フォローってまさか、このボロ雑巾みたいになってる奈央さんのフォローを俺にしろと?

 いや、これはちょっと……無理があるだろ。

「なっ、奈央さん?さっきのは別に本心からウザがられてるわけじゃないと思うぞ?だからあまり気にせずにだな……」

「ははっ、無理言わないでくださいよ……私はもう、終わった女なんです」

 やっぱ無理ぃい!頑張ってみたけど無理だよこれ!こんなムンクの絵画みたいな顔した女をどうしろってんだよ!?


 ―――結局立ち直らせることができず、会計を終えた真央さんが帰って来てしまったのであった。

「遥人さんって、微妙に使えないですねー」

 微妙どころかあからさまに傷つく一言だが、正直俺に奈央さんを立ち直らせるのは不可能だった。

 俺がちょっと生きる自信を喪失しかけていると、真央さんが奈央さんに歩み寄っていく。

 そして、姉の耳元で何かをささやく。

「ひそひそひそ」

「―――きゅぴーん!」

 途端に奈央さんは弾けるように元気を取り戻し、俺達は和やかなムードのまま服屋を後にした。

 って、いやいやいや!いったい何を言ったらそうなるんだよ!?説明しろっ!

「それで、お昼は何を食べましょうか?」

 まるで何事もなかったかのように、平然とした様子の真央さんが問う。

「真央ちゃんの食べたいものでいいよ!」

 いや勝手に決めんなアホ姉が。こっちは今まさに、今後の岐路になりそうな選択をしたというのに。

「俺に提案があるんだが」

「はい?」

 落ち着け、深呼吸だ。考えすぎるな。今更迷うな。決めたろ、覚悟を。

「だから、その」

「はっきりしてくださいよう」

「私たちは別に、遥人さんの行きたいところで構いませんから」

 背中も押された。そもそも、そんな大したことでもない。だから、大丈夫だ。

「その、良ければさ……」


 ファミレス、行かない?



 帰宅後、新しい服に身を包み上機嫌な真央さん。お昼のハンバーグも、その笑顔に拍車を掛けているらしかった。

 そして、その妹を満面の笑みで撮影する奈央さん。微笑ましいんだけど、ちょっとおまえ落ち着けと。

 まあ落ち着く筈もなく、さんざん一人撮影会を堪能した彼女。取った写真をアルバムに収める時の顔は、何かイラッとくるほど輝いていた。

 至福の時間ってか?良く見れば、彼女のアルバムの表紙にはタイトルらしきものが書かれていた。

『真央ちゃん写真集99』

 タイトルまんまやん。そして99という数字が冊数を表すのなら、露骨じゃ済まないくらいに引いてしまうところだが。

 すげえな。もはや歴史大作だよ。真央さんの大河ドラマを作れるレベルだよコレ。

 しかし、考えたら次は記念の一冊にでもなるんだろうか?だとしたら、何か大変なことをやりかねない危険性があるな。

 まあ、いいさ。そういうとこもろ含めて、受け止めていこう。抱き締めていこう。

 そうすればいつか、醜いものだって愛着が湧く。そもそもこんな可愛らしい姉妹なのだ。

 だからいつか、きっと全部が、愛しく思える時が来るよ。

 なんて、そんなどうでもいいことを思うのだった。

 そんな、あまりにもくだらない、とある夏の日の午後。でも今は、それも別に悪くない。

 続くのならば、どうか続け。俺は多分、素直に喜べる筈だから。


 こんな一日
 そんな日常


 改定作業は順調に進行中です。ただ、三年前の自分の文章の何と酷いこと。

 とりあえず1〜4話の改定完了を報告 2011,5,29


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