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  日常賛歌 作者:しろくろ
第三十九話 戻る日常、行く年
「遥人さん、そこのあれとってください」

「ん。ここの醤油だな?」

「そうそう、それです」

 こんにちは、奈央です。今日は十二月三十一日、大晦日なのです。そんなわけで、お昼からお刺身なんか食べちゃってます。

「しかし、午後から暇だな。大掃除も終わっちゃったし」

 午前中まで年末の大掃除に励んでいた私達。クリスマスが終わってからこれまで忙しく働いていたので、やることがなくなってしまうと戸惑います。

「あ、織崎さんのとこ行ってみます?なんか全然掃除してなさそうだし」

 年中無休でお正月状態のあの人のことだ。年末だからって大掃除するとは思えない。

「ダメだよ奈央ちゃん。自分で掃除させないと」

「うーん。でも、とりあえず掃除するようには言っておいた方が良いんじゃないかな?」

 じゃあとりあえず行ってみようってことで、織崎さんの部屋の前まで来た私。

 真央ちゃんに言われた通り、極力自分でやらせないといけない。クリスマスに変わると宣言したくせに、あの人はあれからも引き込もっている。

 そんなことではダメだ。これからは私たちが無理矢理にでも働かせるようにしなければ。

 しかしなんだろう?彼女の部屋からガサガサと音が聞こえる。……まさか、自主的に掃除を?

 その音の正体を探るべくドアを開けた私は、目を疑った。眼前に広がるフローリングの床が輝いていたのだ。

「これはいったい……」

 何度も目をこすりながら辺りを見渡す。フローリングだけじゃない。あらゆる家具が、壁が。新品同様の輝きを取り戻している。

「こんなことが……。いや、これはきっと清掃業者に依頼したんですね。まさかあの年中無休引きこもりガールに限ってこんなことが」

 目の前の現実をなんとしても否定したい私だが、現実がそれを許さない。私の視界に容赦なく、床を必死に磨く女性が入り込んで来た。

 彼女はやがて汗を拭い、ふと視線を床から外した。そこでようやく、私の存在に気づいたらしい。

「……どうしたんですか?奈央さん」

「え?いやその……」

 言えない。あんたに掃除をするように言いにきただなんて。だって、だってこの人めちゃくちゃ頑張ってるもん。

「とりあえず、ちょうどよかったです。ちょっとフローリング剥がすの手伝ってくれませんか?」

 ふ、フローリングを剥がすぅぅぅ!?絶対おかしいですってそれ!もやは掃除の域にないです!リフォームです!

「夢だ、夢に違いない。疲れてるんだな、私」

「それが終わったら下水道の補修工事を……あれ、奈央さん?」

 危うく下水道工事をやらされそうになった私は、今見た現実の全てを忘却の彼方に消し飛ばし、素早く彼女の部屋から脱出した。

「まさか引き込もっていたんじゃなくて、ずっと掃除してたんじゃ……」

 人は変わるんだなあとしみじみ思いつつ、結局やることがなくなってしまった私はとぼとぼと部屋に帰ってきた。

 するとそこには、こたつに仲良く寝転がり本を読んでいる遥人と真央が。……読書か。たまには悪くない。

「遥人さん。私にも何か面白い本貸してください」

「お、奈央さんだ」

「奈央ちゃんだー」

「もう帰って来たんだ」

「来やがったんだー」

 本当に仲良いなぁ。羨ましい。てか真央ちゃん、来やがったってなんかすごく嫌そうに言わないで。

「紫音さんどうだった?」

「どうだったー?」

「……それは聞かない方向でお願いします」

 どう説明したら良いのかわからんわ。ありのままを言ったって信じてもらえるわけないし。

「ん?まぁいいや。えっと、面白い本を貸せって?」

「はい。私も真央ちゃんと一緒に読書するんです」

 あれ、真央ちゃん?どうしてそんなに嫌そうな顔をするのかな?私が一緒に読書するのすら嫌なの?

「じゃあ……これなんかどう?今流行りのやつなんだけど」

 そう言って彼が本棚から取り出してきた本。帯に『感動のラストに日本中が泣いた!』とか書かれている。

 少なくとも、私はまだ泣いてない。

「どんな内容ですか?」

「っとね。素直になれない女の子と、その本心に気づいてやれないバカ男の話」

「ピンポイントっ!」

「え、何が?」

「いえ、なんでも……。で、遥人さん的には面白いんですか?」

 正直、日本中が泣こうが全米が泣こうがまさおくんが哭こうが、それだけで面白いものだとは思えない。

 やはり自分の身近な人の感想を聞くのが一番ではないかと思う。

「俺は正直、あんまり面白くなかったな。つーか主人公が気に喰わない」

「そういえばさっきも、わざわざバカ男って言ってましたね。どうしてですか?」

「だってさ。この男、女の子が精一杯伝えようとしてんのに全然わかってくれないんだぜ?可哀想だよ」

 その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ。大丈夫、その主人公がいかに無神経でもあなたは越えられないから。

「他には?」

「うーん……。そうだ、真央さんはなんかオススメないの?」

 ここで遥人さんが、私の相談を完全に無視して読書に熱中していた真央ちゃんに話をふる。

 真央ちゃんのオススメか。それならきっと面白いに違いない。是非読もうすぐ読もう。

「じゃあこれ。推理小説」

「へえ、推理小説?どんな内容なのかなっ?」

「なんかさぁ、俺のときとテンションが違い過ぎない?」

 声色がさっきと全然違うからね。もう真央さんが薦めたものならなんだろうと読むんだろあんた。

「そういえばそれ、俺もまだ読んでないや。どんなやつなの?」

 遥人さんがそう聞くと、真央ちゃんは清々しい笑顔で答えた。

「犯人が、被害者の妹」

「……へ?」

「私も、この本からはいろいろと学びました」

「何をっ!?真央ちゃんいったいその本から何を学びとったの!?」

「普段から仲良しのフリをしておくと、流石に疑いにくくなるらしいです。さぁ奈央ちゃん、仲良くしよ」

「真央ちゃん!?」

 なんか最近、真央さんが笑うと背筋に悪寒が走るようになってきたな。いや、可愛らしい笑顔なんだけれども。

「真央ちゃん……他の本はないかな?」

 ひきつった笑顔を浮かべる奈央さん。流石にあれを読む気にはなれないらしい。

「仕方ないですね。……じゃあ、奈央ちゃんが感情移入しやすい話を」

 お、一応ちゃんと考えてあげてるんだな。感情移入しやすく。それって結構大切だよね。

「はいこれ。姉が妹に恋をす」

「待てぇぇぇ!まさか確信犯なのか!?あとなんかそういう危ない内容の本を薦めちゃダメだから!被害を受けるのは真央さんなんだぞ!」

 そんなもの読んでどこぞのバカ姉が自分の性癖を正当化し始めたらどうする。

「真央ちゃん。……その、逆のパターンはないかな?」

「それはテメェの妄想の中だけにしろやぁぁぁ!危ないんだよ!思想思考全てが危険なんだよ!」

 やめてくれよぉ。この小説に百に合うと書くものを持ち込まないでくれよぉ。てか、そんなもの薦めたら誘ってると勘違いされてもおかしくないよ真央さん。

「あのね、奈央ちゃん。そんなものは本にも現実にもありえないからね」

 おー、さりげなく思い切り拒絶したよ。これ最初からこうやって奈央さんの心を傷つけるのが目的だったんじゃ……。

「遥人さん……何か、笑える本を貸してください」

「あー、わかったわかった。すぐ用意するから泣かないで!」

 っと……笑える本。笑える本ねぇ。あぁ、これなんか良いかもしれない。

「はい、三匹の○豚。絵本だけど良いよね?」

「あ、それは知ってますよ。みんな子供の頃に一度は読む有名な絵本ですよね。でも、別に伏せ字にするようなタイトルじゃあ……」

『三匹の雌豚』

「なんでじゃああああ!ナニコレ、こんなタイトルでよく絵本になりましたね!?」

「男は狼なのーよー♪」

「やめて真央ちゃん!生々しいから、生々し過ぎるから!」

「やっぱり嫌?」

「嫌に決まってんでしょうが!」

「良い話なんだけど……」

「タイトルで全部ぶち壊してますから!」

 もしかしてこの人、ろくな本ないんじゃないか?だとしたらそれを借りて読んでいる真央ちゃんの情操教育にも悪影響が。

「奈央ちゃん文句ばっかり。いったい○豚の何が悪いんですか?」

「あのね、真央ちゃん。どうして遥人さんが伏せ字にしたのか考えよう?」

「確かに文句ばっかだな。しかし、他にお薦めできるやつは……」

 遥人さんはまだ考えてくれてるみたいだし、あまり期待しないで待つことにしよう。

「そうだ。遥人さん、まだとっておきのがあるじゃないですか!」

 真央ちゃんが名案を思いついたらしい。ほんとに名案なのだろうか?ごめんね真央ちゃん。すごく不安。

「ん?まだそんなにいいやつあったっけ?」

「ほら、ベッドの下に」

「……勘弁してください」

 わかってたよ。わかってたけどさ……結局どれを読めば良いのさ。

「じゃあ私がもっと探してきます!」

 意気込む真央さん。俺の本ではだめだと判断し、親父の本がしまってある書斎へと消えていった。

「なんだか、結構精力的に動いてくれてますね。真央ちゃん」

 意外だった。いつもは私を粗大ゴミの如く扱う真央ちゃんが、私のためにこんなにも動いてくれている。

 なんだか、変な感じ。

「したかったんでしょ。たまには姉と、ゆっくり読書でもさ」

 決して表には出ないけど、決して言葉にはしないけど。ただ、同じ時間を共有したかったのだろう。

 自然と、笑顔になれた。嬉しいってこういうこと。忘れてしまったとき、いつでも思い出させてくれる。

「いつも、こんなですよね」

「は?」

「いつも今みたいに、バカみたいなやり取りしてるうちに時間が過ぎる」

 遥人さんと喧嘩腰の会話をしたり、真央ちゃんにののしられたり。そんなやり取りばかり、繰り返してきた。

「退屈な時間なんて、ここに来てから一秒もなかった。退屈だって思ってた次の瞬間、もう笑ってたりするんですから」

 年が変わる。それでも変わらずそんな時間が、そんな日々があることを願う。

「そうだね。俺も、退屈なんて最後にしたのはいつだろう?」

 思い出すのは、楽しい時間ばかり。こんななんでもない一日だって、忘れるもんじゃない。

「奈央ちゃん!面白そうな本あったよ!」

 分厚い本を抱えて返ってきた真央。楽しそうにそれを奈央につき出す。それを受け取った奈央もまた、楽しそうに笑っていた。

「じゃあ、一緒に読もうか」

「……うん!」

 二人並んで寝転がり読書に励む。そんな光景を見て、遥人はふと思った。

 温かいのはいったい、こたつなのかこの光景なのか。どっちもだな。そう思って、遥人も笑った。

「奈央さん、真央さん」

「「はい?」」

「来年も、よろしくね」

 それを聞いた二人は、いつかの夏の日みたいに顔を見合わせて、笑った。

「はい、来年も」

「よろしくお願いします」

 そんなふうに、行く年。

 こんな一日
 そんな日常




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