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  日常賛歌 作者:しろくろ
第三十八話 聖夜、誰がためのクリスマス
「それでは、乾杯っ!」

 カン。とグラスの音が響く。同じテーブルに座った六人が同時にシャンパンを口に運ぶ。

「っはー!うまい!」

 グラスをものの数秒で空にしてみせた疾風。その横で、何やら荘厳な空気を醸し出す男がいた。

「さて、乾杯も済んだところで……。今から呼ぶやつ、起立な」

 こちらもシャンパンをいっき飲みした遥人。大きな音をたててグラスをテーブルに置く。

 それと同時に発された言葉に、紫音を除く四人は思わず背筋を伸ばす。

「えっと、氷名御さん?ど、どうしてそんなに恐い顔をしてるんですか?せっかくのパーティーなんだからもっと楽しく」

「……本宮日和」

「は、はいぃ!」

 日和の言葉を遮るように、鋭い声で名前を呼びはじめた遥人。全体としては笑顔であるが、目だけは笑っていない。

「あー、ちょっと俺トイレに――」

「桐原疾風」

「……はい」

「あはは、そう言えば遥人さん。何だか外が白んできてますよ?もしかしたら雪が降るかもしれませんね」

「そうだね。……月島奈央」

 明らかに感情のこもってない返答をした遥人は、容赦なく彼女の名前を呼ぶ。

「……はい」

 がっくりとうなだれながら返答する奈央。良く見ると、日和も疾風も同じようにうなだれている。

「最後、月島真」

 央、と言おうとして、その真央本人から妨害を受ける。さっきまでとは立場が逆だ。

「そういえば遥人さん。サンタ、来なかったんですけど」

「……あっ」

 今度は遥人が焦る番だ。この話をこのタイミングで持って来るあたり、真央の準備の良さには脱帽する。

「遥人さん、今年は来るって言いましたよね?……嘘、ついたんですか?」

 真央の子供のような真っ直ぐな視線に攻められた遥人は、しかし余裕と言わんばかりに笑って見せた。

「ごめんね。どうやらサンタの都合が悪かったらしくてね」

「……楽しみにしてたのになぁ。あーぁ、せっかくのクリスマスが……」

 もちろん、ショックこそ大きいものの、それをひきずっているわけでも遥人に責任をとらせたいわけでもない。

 ただ、自分を怒りずらい雰囲気にさえなれば良かった。そのために、先の三人と同じようにうなだれてみる。

「まあまあ、真央さん。そんなに落ち込まないで。こんなこともあろうかと……ほら」

 そう言って遥人がポケットから取り出したのは、リボンつきの大きなぬいぐるみ。

 え?ポケットからってちょっとおかしいよね?四次元ポケットじゃないんだから……。

 奈央の声なき突っ込みも虚しく、遥人はなにくわぬ顔でそれをプレゼントした。

「俺からのプレゼント。サンタなんつう見知らぬじいさんがくれるものより、よっぽども安全だぞ?」

 確かに、それに危険な要素などかけらもなかった。ぬいぐるみとは言っても、その実は等身大サイズの抱きまくらである。

 絵がプリントされているのではなく、実際に型どられているタイプ。その形はというと、間抜けな顔をしたカメレオンだった。

「え、あぁっと、その……ありがとうございます」

 完璧過ぎる不意討ちに、暫く状況を呑み込めずにいた真央。紫音との帰宅途中にふと思い立ち購入したプレゼント。どうやら役にたったらしい。

やがて、手渡された等身大カメレオンをぎゅっと抱いてお礼を言った。

「どう?気に入ってくれた?」

 そう聞かれて、とりあえずカメレオンに頬を擦り寄せてみた真央。やがて、にっこりと微笑んだ。

「ふかふか……可愛い。ありがとう、遥人さん」

 どうやら気に入ってくれたらしい。真央が抱き抱えているのを見ると、間抜け顔のカメレオンがやけに愛らしく見える不思議。

 ただ、この時点で勝敗は決してしまった。遥人がニヤリと笑ったのにも、今の真央はきづかない。

「では改めて。月島真央」

「……へ?」

 それを聞いて、カメレオンに負けないくらいの間抜け顔を披露してしまった真央。ただ、時すでに遅しである。

「へ?じゃなくてね。起立、しようね?」

 身震いするような冷たい笑顔。関係のない紫音までもが背筋に寒気を感じるほどの気迫だ。

「そんなぁ……」

 今度は先の三人と同じ心境でうなだれる真央。心なしか、カメレオンもしょんぼりしているように見える。

「さて、君たちはいったいどうしてあそこにいたのかな?できるだけ詳しく話してもらおうか。なぁオイ」

 それから、約一時間。紫音がうっかり眠ってしまいそうになるほど長く、四人は説教地獄を味わった。

「良い子のみんな!友達のデートを盗聴機フル稼働で監視したあげくに、邪魔をしてはいけないよ!日和お姉さんとの約束だよ!」

「できねぇよ普通。ってかそんなことしてやがったのかよ……」

 さて。やることやったし、そろそろ本気でこの時間を楽しもうか。こんな幸せな時間、人一人の人生にいくつもあるもんじゃないから。

「よーし。疾風、飲むぞ!」

「待て待て。つまみの用意が先だろうが」

 もちろん、未成年の分際でアルコールをたしなむわけではない。ガキにはまだ炭酸で充分だしね。

「あ、氷名御さん!私がお酌しますよ」

「は?どうしたんだ急に。てか立ち直り早いのな」

「怒られても別に引きずりませんからね、私は」

「単に反省する気持ちが足りないだけだろ?まぁ気にしないけど」

 すっと遥人の隣に陣取り酌を始める日和。不審に思った遥人だが、せっかくの好意なのでグラスを差し出した。

「……あっ!毒とか入れてないだろうな、あんた」

「真顔でそういうこと言います?」

 軽い冗談ではなく、遥人自身はいたって真面目。さっきの説教を根に持って、さっそく息の根を止めにきたのかもしれない、と。

「まあ、ここはおまえを信用して飲みますか。……でも、一応遺書の準備はしとかないと」

「あなたに冥土への片道切符をプレゼントしてやりましょうか?」

 一見可愛らしい笑顔で脅迫めいたことをぬかすこの女、いったいどこからこんなにたくさんの邪気を放出しているのか。

「しかし、よくもまぁ本心とは裏腹に、そんなにも毒を吐き続けますねぇ」

「ん?悪いけど俺は、いつも本心に従って発言させてもらってるぞ?」

「結局、あなたは私の支えなしじゃダメなんですからねー。いや、これからも頑張らないと」

「おーい、聞いてる?何を悦に入ってんだよあんた」

 遥人の言葉に耳もかさないというか、完全に聞かなかったことにしている日和。

 今、彼女の頭の中にあるのはただ一つ。あの壺売りの現場での言葉だけだ。しかも、軽く脳内補正がかかってるのが厄介だ。

 ただ、日和にとってそれはあまりにも嬉しいことだったから。隠して隠して、ねじ曲げてねじ曲げて伝えた優しさ。そんなものでも、ちゃんと届いてるんだって。

「遥人さん。私も注いでいいですか?」

 並々と注がれた炭酸飲料をちまちまと飲み始めた遥人のもとに、今度は真央がやってきた。

「あ、ありがと。でもちょっと待って。これ飲んじゃってから」

 何で真央さんまで?俺はなんか良いことでもしたのか?いやでも、なんか真央さんの笑顔がひっかかる。

「あ、グラス必要ありませんから」

「あれ?注いでくれるんじゃないの?」

 グラスが必要ないとは、いったいどうするつもりなのだろうか。あれか?ボトルごと渡されて直に飲まされるのか?

「いえ、注ぐのはやめにします。グラスがいっぱいなら、いっそ口移――」

「あああああああ!遥人さんあんた、いったい真央ちゃんに何させようとしてるんですかぁぁぁぁ!!」

 真央さんの危険な発言をギリギリのところでくいとめたのは奈央さん。ものすごい剣幕だ。

「いや、俺がさせようとしたわけじゃないって。そんなこと誰も望んでないからね?」

 奈央さんが最初に飲んだシャンパンのビンを大きく振りかぶってるので、さっさと否定しないとたいへんだ。

 あれ?おぉい、本宮!なんでおまえまでビンを振りかぶってるの!?は、疾風っ、助けてくれ!

「って、おまえもかよ、疾風」

 君に至ってはまだ開封されていないビンだからね。そんなもん使ったら威力倍増被害も倍増だからね。

「なんかほら。羨まし過ぎるムカつく。一発殴らせろ」

「ばか。今の状況だと流れに乗ってもれなく二発のオマケがついてくるんだよ」

 おいこら本宮!素振りしないでくれ頼むから!なにグリップの感触確かめてんの!?

「誰も望んでない?真央ちゃんがそこまでしてくれると言ってるんですよ?それはちょっと失礼ってものです」

 いや、どうすれば良いんだよ。これで是非やって欲しいなんて言ったら俺の評判はどうなると思ってやがる。

「嫌なんですか?……遥人さんに喜んでもらえると思ったのに……」

 潤んだ瞳、上目遣い。うわ、最強だ。断れないって!とてもじゃないけど断れないって!

「是非お願いします!」

「本性さらけ出してんじゃないですか!最低ですよ最低!」

「断れるがぁぁぁ!おまえこれ絶対断れないからね!仮に奈央さんが迫られても絶対断れないからね!」

「当たり前ですよ!むしろ私は一秒たりとも迷いませんし、いっそこっちからしかけたいくらいです!」

「こんなやつに人格否定されたくねぇぇぇ!最低なのはあんただろうが!」

「では遥人さん。まず一口目いきましょう」

「タイム!ちょっとタイムお願……」

 ガシャーン!

 バタッ。

 二つのありきたりな擬音とともにあたりが静まり返る。倒れた遥人の後ろには、見事に割れたビンを持った日和がいた。

「あらっ、手が滑ってしまったみたいですね。いやぁ、失敗失敗」

 にこやかに弁明しながらも、倒れた遥人を見下ろして満足そうな日和。

「いやその、むしろ大成功なんじゃ……」

 ひきつった笑顔を浮かべる奈央。唖然として日和を見つめる真央。ただ、疾風だけが冷静に飛び散った破片の処理を始めている。

「桐原さん……やけに落ち着いてますね」

 すぐに遥人の容態を確認しなければと思っている奈央も、びっくりしてなかなか動き出せない。

 真央に至っては完全に思考を停止させたままぴくりとも動かない。かなりショッキングだったようだ。

 二人がこんな常態だからこそ、疾風が迅速な対応に踏みきれたことが不思議でしょうがない。奈央の質問に疾風は、どこか達観したように答えた。

「うん、まぁ。……よくあることだからさ」

 よくあるって……。いったいこの人たちは普段、学校でどんなふうに接しているのか。

 気になったけど、知らない方が良さそう。ようやく動けるよいになった奈央は、疾風とともに遥人を寝室に移動させた。



 夢を見た。目を覚ますまで夢だと気づかなかったから、随分と怖い思いをするはめになった。

 最初に、今はなき両親が俺の前にいた。手を触れようとしたら、どこか遠くへ行ってしまった。

 次に、紫音さんが寂しそうに立っていた。彼女に触れた途端、笑顔になった。それから、どこか遠くへ消えてしまった。

 一人になった。辺りが真っ暗になる。しかし、どこからか光が漏れ出している気配がした。

 その光を求めてさまよった。そのうち、俺はその光に辿り着いて。そこで目が覚めた。

 最初に見たのは、どこか物憂げな女の子の顔。彼女はぎゅっと俺の手を握ってくれていて、それがやけに暖かかった。

 あぁ、俺の見た光の正体は――奈央さん。君だったんだね。

「……んー」

「あ……やっと目を覚ましましたね」

 俺の意識が戻ったのを確認すると、彼女は微笑んだ。うん、そっちの方が可愛いや。

「あー……もしかして俺、気絶してた?」

「はい、もしかしなくても気絶してましたね。本宮さんも無茶しますね。まさかビンで殴打とは」

 いつもはつんつんした態度をとる奈央さんだが、何だか今は雰囲気が柔らかい。握った手も、離さずにいてくれる。

「本宮め……ってあれ?何故か痛みがないぞ?」

 確か、頭に衝撃を受けた気がしたんだけど。触ってみても、傷はおろか凹凸すらなさそうだ。

「傷一つ付けずに気絶させる手法を駆使したらしいですよ。うさんくさいですけど」

 確かに、ものすごくうさんくさい。だけど、本当に痛みも傷もない。ほんとにあいつは何者だよ。

「まぁ、あれは遥人さんも悪いです。でれーっとしすぎですよ」

 少しだけ厳しい表情に変わって、だけどやっぱり手は握ったままで。

「あれはね、真央さんがいけない。可愛いすぎ」

「同感ですけど……あなたも随分、真央ちゃんにあまくなりましたね。相変わらず私には厳しいけど」

 そう、明らかに不服そうに言った。口を尖らせて、どこか子供っぽく。その表情が実は、どストライクだったり。

「それはこっちの台詞ですよ。いつになったら奈央さんは、俺に優しくなるんですか?」

「さぁ。そんな日が来ますかね?……でも、今くらい甘えても良いのかな……」

 そんなことを呟くもんだから、俺は思わず赤面してしまった。その顔を真上から見られるのがなんか嫌で、俺は上半身だけを布団から起き上がらせた。

 すると奈央さんは、そんな俺の胸に顔を埋めた。なんだか、いつかのティッシュ配りと同じ匂いがした。

 そのままぐりぐりと頭を押し付ける奈央さん。なんて不器用でストレートな甘え方だろう。

「さっき、織崎さんから『これからはよろしくお願いします』って言われました」

 その体勢のまま話を切り出す彼女。表情を見られる心配がないのがよかったのか、気に入ったらしい。

「紫音さんは気に入ってるみたいだからね。奈央さんのこと。でも、奈央さんはどう思ってるの?」

「嫌いでしたね、最初は」

 最初は、と強調して言うあたり、そんなに嫌ってないのかな。今は。

「今は。なんだか面白い人だって思えるようになりました」

「紫音さんは奈央さんのこと、めちゃめちゃ面白い女の子だと思ってるみたいだけどね」

「なんかそれ、微妙にバカにされてませんかね?」

 あの紫音さんが一度一緒に買い物に行っただけで気に入った相手。それが奈央さんだった。

 多分、紫音さんは本能的に奈央さんに惹かれたんだろう。この娘は強い。紫音さんが目指すものに限りなく近い、そういう強さがあるから。

「……遥人さん」

 しばらく間を置いて、意を決したように俺を呼んだ彼女。また、あの物憂げな表情だ。

「ん?」

「無理はしないでください。でも、極力笑っていてくださいね」

 今までより強く手を握る奈央さん。どうしてこんなにつらそうなんだろう。

「私は、あなたに気をきかせてるつもりはありません。でも、あなたの笑顔は真央ちゃんの幸せにつながります」

 気をきかせてるつもりはない?できすぎてるくらい細部まで俺を気遣ってくれておいて、今さらそれはないだろう。

「あなたが笑ってれば、真央ちゃんも笑えます。真央ちゃんが笑ってれば、私も笑えます。だから、あなたには笑っていて欲しい」

「俺が笑ってるだけじゃ、奈央さんは笑ってくれないの?」

 その問いに若干たじろいた奈央さんだが、やがてにっこりと笑って、いつもみたいに笑って答えてみせた。

「何で私が、あなたなんぞに影響されなきゃいけないんですか」

 いつもみたいに、ひねくれたことを言ってくれた。ただ、その表情には隠しきれていない悲しみが浮かんでいたけど。

「たいむおーばーですね。できればもっと、こうしていたかったんですが」

 そう言って、ずっと握っていた手が離された。俺は思わず、彼女の手を追って掴む。

「あっ……」

 わかりやすく赤面した彼女は、迷ったように握られた手を見つめて。やがて、俺の手にキスして。

 優しく優しく、ふりほどいた。その瞬間、俺はどうしようもない寒さを感じた。たいむおーばー、か。

 またいつか、こんなふうに甘えられる日がくればいいのに。それがなかなか来ないのがわかっていたから、奈央はそっとため息をついた。

「では、あとはお二人でどうぞ」

 いつも通りそっけなく言った奈央。もう、時間切れだから。ちょうど、ノックの音が鳴った。

 そして入室してきたのは紫音。入れ替わるように部屋を出た奈央を見つめたあと、遥人のもとへ歩み寄る。

「ほんと、もっと自分本位に生きれば良いのにな。奈央さんは」

 思わずそんな言葉が口からでてしまった。だが、紫音さんは頷いた。

「……今も、私に気を使ったんですね。周りが見えすぎてますよ、彼女」

 俺はささやかながら驚いていた。紫音さんが、他人の様子について自らの考えを口にした。それは確かに、彼女が変わっていくことの証明だった。

「確かに、見えすぎてるよね。でも、逆に見えな過ぎてもいる」

 俺の言葉を聞いた紫音さんは、何やら考え事を始めた。やがて答えが見つかったのか、口を開いた。

「やっぱり、あなたは似てます。他人を良く見ることに長けているところとか特に」

「弟さんに、ですか」

 その特徴、本宮が言っていた紫音さんの弟にそっくりだ。しかし、この人に弟がいたとはね。

 紫音さんは頷いて、笑ってみせた。また、この人が遠くなった気がした。俺が紫音さんの変化を感じる度に、どんどん遠くへ行くのかな。

「いろいろと、話したいことがあったんです。でも、止めました。今はあまり考え過ぎたらだめだから」

「……そっか」

 また、遠ざかった。いつか、あの夢みたいに消えてしまうんだろうか。それでも、あなたが幸せならば……。

「変わりに一つ、約束をしてください」

「約束?」

 俺は首を傾げて答えた。いったい彼女は、俺との間にどんな約束を交わすのか。

「約束してください。私がどんなふうに変わっても、今までみたいに接してくれるって」

 耳を疑った。俺がずっと不安視していたことを、まさかあちらから約束しろと申し出るなんて。

「約束させてください。あなたがどんなふうに変わっても、私はずっとあなたと共に存在します」

 ずっと、変わってしまったなら縁は切れると思っていた。それは怖かったけど、彼女が幸せになれるならばと我慢してきた。

 でも、本当は何の心配もなかった。心の奥の奥、根っこの部分で繋がっているならば。どんなふうに変わったって、ずっと繋がっていられるんだ。

「約束します。俺は、あなたがどんなふうに変わっても、ずっとあなたの幸せを願います。ずっとあなたの側にいます」

 瞳と瞳で思いを繋げて、言葉と言葉、心と心で契りを結ぶ。

「……ありがとうございます」

 今この瞬間、交わされた約束。知っているのは二人だけ。たとえ日和だって知らない、二人の約束。

 一方、飲めや食えやでやりたい放題だった日和たちは、そろそろ騒ぎ疲れたのか徐々に落ち着きを取り戻していた。

「そういえば、真央ちゃん」

 疾風から唐突に話しかけられた真央。カメレオン枕の魔力で眠りそうになっていたが、おかげで目が覚めた。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと不思議に思ったんだけどさ。なんで奈央ちゃんと一緒に、遥人の容態を見に行かなかったの?」

 その質問に、真央はたじろいた。この遥人さんの友人の彼。桐原さん。どうもかなり鋭いところがあるようだ。

「えと、人には息抜きが必要ですよね。……そういうことです」

 あまりにも短絡的な表現。理解に苦しんでいた疾風だが、そこは持ち前の鋭さでほのかに理解した。

「なるほど。奈央ちゃんに甘える時間を作ってあげたかったと」

 黙ってうなずく真央。それを見て、なんか姉妹っていいなって思う疾風。姉妹。疾風にとってはあまり、思い出したくない言葉なのだが。

 そこに、奈央が帰ってきた。入れ替わるように、紫音さんがいつの間にか消えていた。

 彼女は、幸せそうな顔をしていた。ちゃんと、遥人に甘えられたのかな。良かったなって、そう思った。

「疾風さん!ちょっと手伝ってください!」

 まどろみかけていた疾風の耳に、日和の必死そうな声が届いた。何事?そう思って彼女の方を見ると、何故かそこには……。

「なーんーで、おまえはそんなくそでかいピアノを運んでいるんだ?」

 白い、大きなピアノ。パターン的に、どこから持ってきたんだとかはつっこまない方がよさそう。

「これはですね、織崎さんが約束を果たすためのお手伝いなんですよ」

 そう答えるのと同時に、紫音と遥人が寝室から帰ってきた。まったく、何やってやがった。

「あ、織崎さん。準備万端ですよ!」

「……ほんとにピアノを用意できるとは。本宮さん、ありがとうございます」

 お礼を済ませるとすぐに、紫音はピアノの前に座った。彼女自身、実に久々のことであった。

「おい、遥人!いったい何を始めるんだよ」

 状況を把握できない姉妹と疾風。その問いに遥人は、笑顔で答えた。

「紫音さんが前に言ったんだ。何かプレゼントしてくれるって。だから、弾いてもらおうって」

 お望みとあらば、期待に答えてみせますよ。そう言って、紫音がした約束。その音色をもって、果たしてみせようと。

「……弾くんですか」

「ピアノ……また弾くことにしたんですね」

 拍手を送る姉妹。彼女らも聴きたいのだ。紫音が今、変わることを決めた今、どんな音色を奏でるのか。

「では、いきます……」

 紡がれる時間。響きわたる音色。図ったかのように降りだした雪。全てがこの聖夜を彩って。

 いつか、挫折を味わい鍵盤から離れた女の子は。他人が見えない『演奏者』だった女の子は。

 今、なんて楽しそうにピアノを弾いているんだろう。そして彼女は、演奏の最中に遥人を見た。いつかの女の子みたいに。

 目が合った。そして織崎紫音は、にっこりと微笑んで――


 叶えたい願い。叶えて行く願い。

 誰がためのクリスマス。誰かのためのクリスマス。

 あなたのための、クリスマス。


 こんな一日
 もどる日常




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