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  日常賛歌 作者:しろくろ
第十五話 魔女とパフェと学校の午後
 『応接室』

 そう書かれたドアの前に力無く立っているのは氷名御遥人。一応、この物語の主人公であるらしい。

 今日は二学期初日。久々に親友らとの会話を楽しみ、始業式などを終えたその日の放課後である。

「はぁ」

 既に意味がないことは充分理解しているのに、俺はため息をついた。この『応接室』、その名の通りお偉いさんやらモンスターペアレントさんやらをお迎えする部屋である。

 いや、お迎えしていた部屋である。なぜ過去形なのかといえば、この部屋は数ヶ月前よりその役目を果たさなくなってしまったからである。

 そして今俺がこの部屋の前に立っているのは、この部屋の本来の役目を奪った張本人に用事があるからに他ならない。できれば会いたくない彼女の笑顔を思い出す。

 それはそれは、頭の毛の先から足の指の先まで寒気の走る大変素晴らしい笑顔である。それでも依頼人として、彼女を避けて通るわけにもいかない

 とりあえず、今は軽く魔女の館に足を踏み入れる覚悟が必要である。取って喰われやしないだろうなぁ、などと考えてしまうあたり、彼女は既に自分のイメージの中で人間を凌駕していた。

 いろいろ考えたあげくに、俺はついにドアノブに手を掛けた。部屋に入ると、やはりそこには高級そうな椅子に座る女がいた。

「なんで部屋に入る前に八回もため息をついたんですか?氷名御さん」

 目が合った途端に、彼女は皮肉ともとれる質問を投げかけてきた。

「わからないか?魔女の城に入る覚悟を決めるのはなかなか大変なんだ」

 俺が魔女と形容した彼女、名を本宮日和(もとみやひより)という。

 ふわりとした茶髪を腰あたりまで伸ばした彼女の顔には、どこか幼さが残る。

「誰が魔女ですか。こんなかわいい女の子に向かって失礼な」

 そう言って彼女はそっぽを向いた。確かに、その仕草とかもなかなかに可愛らしくはある。しかし。

「校長の弱味握って脅迫してる女のどこがかわいいんだか」

 この応接室というのは先ほども言った通り、お偉いさんやらモンスターペアレントさんをお迎えする部屋だった。

 そのためこの部屋は他に比べて圧倒的に設備が良く、本来なら一生徒が私的に使って良い部屋じゃない。

 それなのに彼女は我が物顔でこの応接室を占領している。それを可能にしたのが、圧倒的な情報力とその腹黒い性格である。

「脅迫なんてしてませんよ。ちょっとお願いしただけです」

 そのお願いのしかたが問題である。相手に『弱味を握っている』という事実を伝えた上でのお願いとは、もはや脅迫でしかない。

「で、お願いして奪ったこの部屋をまるで自分の部屋の如く使っているわけだ」

 俺は本宮に用事がある、と思ったとき自然と応接室に向かった。つまり、本宮日和は普段からだいたいこの部屋にいるのだ。

「自分の部屋というより、職場みたいなものですけどね」

 そう言って本宮はノートパソコンを弄り始めた。おそらく、そのパソコンの中には数々の秘密や機密が記憶されているのだろう。

「あんたの仕事ってのはつまり……人を脅したり弱味を握ったりか?」

 なんとも自分で言ってて嫌になる。やはり彼女は魔女なのである。

 本宮は校長の脅迫に加え、情報提供なども有料で行っている。その圧倒的な情報力と可愛らしい笑顔で人々を脅しまくる姿から彼女は、『応接室の魔女』などと呼ばれ恐れられている。

「脅しとかは副業みたいなものですよ。私はあくまで情報屋ですから」

「本職で培った技術を応用しているといえば聞こえはいいがな」

 その副業によって彼女は学校全体から恐れられているわけだから、困った話である。しかし、今回俺は情報屋としての彼女に手を借りてしまったわけだ。

 俺が、自分自身あまり関わりたくないこの女のもとに来たのはその件についてである。

「で、この前紫音さんの情報を提供してもらった件なんだが」

 わりと真面目な話をするために俺は本宮の正面の席に座った。うん、なかなか座り心地が良い。この椅子も高いんだろうな。

「あぁ、あのことですか……」

 思ったより淡白な反応である。自分でこういったものを仕事と釘打っているわりに、彼女は興味なさげに答えた。片手で髪を弄りながらパソコンを操作して、こちらには目も向けない。

「おいおい、これはあんたにとっちゃ仕事だろ?しっかり聞けよ」

 至極当然のことを言ったつもりなのだが、彼女は顔を歪めてこちらを睨み付けて来た。

「……なんだよ」

「氷名御さん。私のメールアドレス、随分前に教えましたよね?」

「ん?あぁ、そうだけど、それがどうした?」

 そもそも、俺がなぜこんな校内ならどこへ行っても恐れられる奴と関わっているのか思い出す。

 俺は前にちょっとしたきっかけで彼女て知り合い、考えてみればそれなりに関わっている。メールアドレスも、前に無理矢理携帯にブチ込まれた。

「私はですね、いつメール来るのかなぁって結構楽しみに待っていたわけですよ」

「は、はぁ」

 未だに何が言いたいのか全く解らないが、なんだか物凄く不愉快そうな口調と表情である。

「いくら待っても来ないからちょっっっとだけ落ち込んでたわけですよ!」

「いや、そんなこと言われても」

 ドンッ!

 問答無用とばかりに机を叩いた彼女は、さらに語気を強めた。どうでもいいが、この女がそんな些細なことで落ち込む姿は想像できない。

「それで、やっと来たメールが仕事の依頼ですよっ!それもこの間知り合った女の情報提供!あんた私のことは全く興味を示さないくせにっ!!」

「いや、あんたのことに興味を持ったりしたらなんか殺されそうじゃん。社会的に」

 本当によく解らないが、メールを送らなかったことと依頼の内容が気に入らないらしい。

「氷名御さんは私のことを『使い勝手の良い女』くらいにしか思ってないんでしょう!」

「いや、とても使い勝手の良い女だとは思えないけど。(タチ)の悪さも一級品だし」

 俺がうっかり本音を吐露すると、明らかに彼女を纏うオーラが変わった。なんだか、気休め程度に残っていた優しさを意図的に消し去った様な雰囲気である。

「氷名御さん。今日来たのは先日の情報提供についてですよね?」

 そう、俺は彼女に、紫音さんの情報を提供してもらった。今日は来たのは、その件の埋め合わせと疑問点を追及するためである。

 彼女がまともに話を聞いてくれる様になったので、今のうちに疑問点の追及をしておこう。

「あのさ、なんでわざわざ情報をぼかして伝えたんだ?」

 彼女の提供する情報は、迅速かつ正確かつ完璧であると評判である。しかし、今回の依頼では、紫音さんのことをおぼろげにしか伝えてくれなかった。

「全部知ろうなんて思うのはそれ自体が傲慢ですよ」

「傲慢……か」 

 人に何かをしてあげるには、その人のことを完璧に知る必要がある。少なくとも俺は、今までそう思って行動してきた。例えそれが傲慢であっても。だって、知らなきゃ気持ちをわかってあげられないから。

「全部知らなきゃ、何もしてあげられないよ」

 しかし、そんな俺の考えを彼女はあっさりと根本から否定した。

「なにかをしてあげる、ということ自体がまず間違ってます」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず顔を歪ませた。そして同時に、昔父親に言われた言葉を思い出した。

「優しさっていうのは押し付けるもんじゃないよ。相手のことを、ただ思ってやるもんだ」
 それは、優しくなりたいと言った幼き日の俺に父親が言った言葉。

「氷名御さん。優しさっていうのは押し付けちゃダメなんです。もっと自然に、人との間にあるものなんです。だから……」

「優しくなるなんて考えずに、ただ相手のことを思っていろ、だろ?」

 驚いたように目を見開く彼女。しかし、全く同じことを十年程の時を経て別の人に言われるとは。

 その怪奇現象ともかく、俺はあの頃から全く進歩してない。自己満足の優しさを押し付けていた、幼き日から。

「まぁ、この言葉はある作家の受け売りですけどね」

 なるほど、じゃあ親父もその作家の受け売りなんだろう。しかし、随分有名な作家なのだろう。全く世代の違う二人が、しっかり心に留めているのだから。

「そうだな、全部知る必要もないかもしれない」

 きっと、今の考え方じゃだれも笑顔にはならないから。押し付けるのではなく、ただ相手を思う、か。


 となると、あとはこの依頼の埋め合わせをしなければならない。

「で、俺は何をすれば良い?この前みたいに目から牛乳を、とかはなしな」

「なんだ、ちゃんとわかってるじゃないですか」

 彼女にものを頼むときは、決まってリスクがつきまとう。大抵は金の変わりにちょっとトラウマになりそうなことをやらされるわけだ。

 しかし、埋め合わせを回避しようとすれば俺は間違いなく殺される。社会的に殺される。今回は受けた恩もなかなか大きいので、ここはどんなことでもイエスと言わざるをえない。

 本宮は暫く考え込んで、やがてきれいな笑顔で答えた。

「とりあえず、パフェ巡りでも行きますか」

「パフェ巡り?」

「はい、あらゆる店を回ってパフェを食べまくるんです。私が飽きるまで。氷名御さんのおごりで」

 とりあえずなぜか怒っていた彼女は、人情とか俺の経済状況とか一切を笑顔で無視してパフェを食べまくりましたとさ。




「ただいまぁぁぁぁ」

 地獄のパフェ巡りを終えた俺は、すっかり軽くなった財布と共に帰宅した。俺は決めたぞ!もうあの女に頼み事はしないし、女性の胃袋も甘くみない!

 これは自分の身を守るための反省であり誓約であり覚悟である。そして、パフェ巡りに付き合わされ自分自身も大量のパフェを食べたため早く口直しがしたいところだ。

 今まで甘党を自負していた俺だが、その自身すらもきれいさっぱり打ち砕かれてしまった。
 彼女の胃袋は無限大であり、味覚は世間一般の甘党を超越している様だ。

 居間に迎うと、部屋から奈央真央姉妹がひょっこりと顔を出した。

「遥人さん。暇だったん、二人で夕飯を作ってみましたー」

「不味いとか言ったらぶん殴りますからね」

 これは助かった。二人に感謝である。これから自分で夕飯の支度をする気力もなかったし、したら確実にメニューはキムチ鍋とかになる。

 そういう意味では、助かったのは辛いものが苦手な二人かもしれないけど。二人が笑顔なのを見ると、料理はなかなか上手く作れたみたいだ。

 居間に入ると、テーブルに美味しそうな料理が並んでいた。どうやら二人は料理もできる様だ。今度から度々作ってもらおう。

「へー、美味しそうだな。良い匂いもするし」

「あ、デザートもあるんですよ」

 そう言って二人は冷蔵庫を開けた。果たしてそこにあったのは――。

「へぇ、ご丁寧にデザートまでって……パ…フェ…?」

 ぱたん。

 冷蔵庫の中のおそらくかなり手の込んでいるであろうパフェを見た瞬間、俺は目の前が真っ白になった。

「え、遥人さん?」

「え?ちょっと、どうしたんですかっ!?」



 それから俺は、次の日の朝まで十時間以上眠っていた。

 ありがたいことに夜通し看病してくれた二人の話によると、俺はずっと『パァぁ……フェェぇぇぇ£§♯!』とか言ってうなされていたらしい。

 つまり、甘いものの食べ過ぎには要注意ということである。



 こんな一日
 そんな日常



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