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「わー! アルパカじゃん! すごー!」
「ほんとだー!」
二人して大興奮のちはとあたし。
あたしたちの周りには、牧場ならではの動物たちが一匹、二匹、三匹……。
とは言っても、みんな柵の中にちゃーんと入ってるけどね。
よく見ると、柵を構成している木が全て細い丸太のようになっていて可愛い。
さっきは牛も見たし、うん、ほんとに牧場に来たって感じ。
あとは、持ってきた少しのお金で、ソフトクリームを買うだけっ!
あぁ、ソフトクリーム超楽しみ〜。
二人の後ろでは、春子と小松が場内マップとオリエンテーリング用の台紙を見比べていた。
あんまりよく聞こえないけど、なんか喋ってる。
そして、歩きながら辺りを物珍しそうに、きょろきょろとして見つめる大東。
馬のいる、丸太のような柵の上に腕を重ね、あごを乗せてぼーっとどこかを眺めてる住吉。
……住吉、おっさんみたい。
――――――今はオリエンテーリングの真っ最中。
始まってから少しの時間しか経っていない。
ここはふれあい牧場周辺で、様々な牧場の動物を見ることができるんだ。全部を見れるわけではないけどね。
ず〜っと謎だった『オリエンテーリング』は、まず場内マップの青白版の厚紙を渡された。
その下部には、正方形の欄が十五個ほど並んでいて、その左上にa〜oのアルファベットが並んでいる。
フルーツ農園と花がたくさんのマザーフォレストエリア、マザーファームツアーエリアという離れているところ以外で……。
マザー牧場内に隠れている、カタカナ一文字の入った四角い看板を全て見つけ、できる文はなに、って感じのゲームかな。
景品はないらしいからあんまりやる気は出ないけど……。
ちょっと歩くと、人だかりのできた場所が目に入った。
なにかをしているみたい。なんだろ……。
見てみると、一〜五と書かれたおりに入り、入っているおりと同じ数字のゼッケンを背中につけたぶたがいた。右から赤、緑、黄色、青、紫。
「ちは、春子、ぶただよ!」
あたしが人だかりに指で差して教えると、二人は目を見開いて、人だかりに向かって走っていってしまった。
すごっ、そんなに見たかったの、こぶたのレース……。
人だかりだから、人が多いのかと思っていたけどそれほどでもなかった。
不思議なことに、一般客はこぶたたちの横で、柵越しに見ていたんだ。
だからゴール付近はガッラガラ。全然人がいなかった。
係のお姉さんか、ニコニコ笑顔で説明をしている。
これから始まるみたいだね〜。
なんだ、見れないかと思ってたけど見れたじゃん。
そう思ったのもつかの間、あたしたちの意志とは関係なく、男子三人はズンズン先へと進んでいく。
「こぶた…………」
春子に行くよと促されながら、とぼとぼと歩く悲しそうな顔をしたちはと一緒に、横で歩くあたし。
春子も見たいとか言っていたのに、なんでかあっさり引き下がったなぁ……。どうしてだろう?
思ったよりも面白そうじゃなかったのか、こぶたが汚かったのか、単に真面目なだけなのか。
まぁいいや。
道は男子、おもに小松と大東に任せて、女子三人で喋りながら歩いていると小松が言った。
「あぁっ。道間違えたかも」
なんですとー!
こっちはあんまり歩きたくないのよ……。
足がちょっぴり疲れてきた。
ちょっと間違えたのかと思ったら、今まで進んだ道全てを後戻り!
ちょっと! 進んだ距離〇メールになっちゃったけど!
ここに戻ってくる途中、こぶたが歩いてるのを見たよ。……走ってなかった。
ていうか、全部間違えたとかマジか……。
あたしたちはスタート地点から真っ直ぐ行ったけど、小松は左へ歩いていった。
そこには、カタカナの書かれた看板が。
小松が台紙に『タ』と記入すると、そのままちょっとした崖を降りる。
丁度そのとき、下から登ってきたグループと遭遇した。
小松は知り合いがいたみたいで、
「この下なんかあったぁ?」
「なんもなかった」
笑いながら答えた男子とその一行は、それだけ答えるとあたしたちの来た道を進んでいった。
戻るのか……。あたしは前にしか進みたくないや。
思っていたよりもオリエンテーリング、簡単には行かないかも。
気持ちが乗り気じゃないためか、方向転換してからすでに重く感じる足を進める。
結局、三回もこぶたを見た。
さっきは進まなかった道を進むと、小松が立ち止まった。マップとにらめっこをしてる。
ヒマ〜……。疲れたし。
任せっきりなあたしが言うのもなんだけどね。
でも案外みんな、ヒマそうだよ?
ちはは持参のカメラでどこか写して遊んでる。
住吉はまたもや、馬を見ていたときと同じスタイルでどこかをぼーっと眺めてる……。本当におじさんみたいだねー。
ちはと二人でくすっと笑うと、あたしは隣でカメラをいじる、茶髪のポニーテールの少女に問いかけた。
「なに見てるの?」
ちははピンクと銀のカメラを、空中で動かしながら答えた。
「適当に写してる〜」
笑ったけど、特に返す言葉もなくそこで会話終了。
と、ちはが大声で叫んだ。
「カメラで見えた、 看板……!」
大声に驚いたみんながちはを見ると、声を出した張本人は周りに小さな画面を見せた。
「これでね、さっき看板が見えたんだよ〜」
「えっ、ほんとにぃ?」
こくっとうなずいたのを確認すると、カメラを持ってきた春子とあたしが起動する。
よーし、あたしがここで役に立っちゃうよ〜。
奮い立ったあたしは、適当な位置でズーム、ズーム、ズーム。
ありゃ、ズームしすぎたか。画質が悪いなぁ……。ちょっと戻そう。
だけど、戻しても、カメラを横に動かして写すところを変えても、画面が写すのはぼやぼやとした木々のズームばかり。
「都、なにか写った?」
そんな春子の質問に、ぼやぼやしたものが写る画面を見ながら呟いた。
「……ううん……。画質悪くて見えない」
ふふふ……。
もうっ、なんなのよこの役立たずカメラめ!
それでも吹田都はめげません。
結局、はっきりとした文字は見えなかったのでカメラの件はこれでおしまい。
しばらくして、小松と春子が相談しながら歩くのに付いて行くと、二つの分かれ道が現れた。
三つ、道がある。
二つは前に進むもの、一つはこの道の上を行く。
上からは、まだ五月だというのに暑い太陽の日差しが降り注ぐ。
あっつい……。蝉が鳴き始めそうだよ。
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。
もう、なんでもいいから終わらせたい。
ソフトクリームを食べる時間がなくなるじゃないか。
あまり協力していないし、と思い、方向音痴で地図が読めないくせにあたしはマップを見に行った。
小松と春子が見ているところを、隙間からちらり。
見ていたら、急に春子が顔をしかめて、マップから顔を遠ざけた。
「ちょっと小松、顔近いよ……」
「えぇ? そう?」
薄い笑みをたたえながら、春子が肯定する。
「うん、近い。え、言われない? 顔が近いって」
「家族に言われたことはあるけど……。僕、そんなに顔近いかなぁ?」
うん、近いよ〜。心の中で返事をした。
そのやりとりに思わず笑ってしまいながらも、あたしはまず現在位置の情報を掴む。
えーっと、あっ、この道はXの形してる! ってことは地図でいうとあそこだあそこ!
すごい、よくわかったなぁ、あたし!
力になれればいいと思い、なにやらブツブツ言ってる小松と、一緒に話す春子に向かって言ってみた。
「えっと、今ここはXの道のところだよね」
目の前で、言葉のキャッチボールは続けられる。
ボールがあたしに向かってくることはなかった。
え、えぇ……。無視?
もう分かってるからその情報、みたいな?
てか、春子まで……。あたし、ショックです。
都さんはもうがんばらない……。
もう役に立たないことを悟ったあたしは、ただただ付いて行くことを心に決めた。
それから、熱い日差しから逃れて木漏れ日が続く涼しい道を歩いたり。
大きなクローバーの模様になったクローバーを見たり。
すごかったんだ。本当に、幸せになれちゃいそうだった。
あたしたちは、すべての文字を見つけられないままゴール地点に来てしまったんだ。
それでも、そこの担当の先生は「いいよいいよ」と言っていた。
できた文は『タ、ン、デ、タ、ナ、マ、タ』。
もう、空いた隙間が多すぎてなんのこっちゃってかんじ。
あたしは友好関係も広くないから情報通でもないし、あんまりできた文に興味がなかったから、今後もなにを伝えたかったのかは知ることはなかった。
どうやらゴールした後は、集合まで自由時間らしい。
近くにあった売店を見ると、『しぼりたて牛乳で作ったソフトクリーム』という文字と共に、おいしそ〜な白いソフトクリームの写真がっ!
ちらりとちはを見ると、疲れたのか気の椅子に座って休んでいた。
春子はいつの間にか、姿を消している。きっと、仲のよい友達といるんだろう。
もちろん、男子など残っているはずもない。
ちはに何時か尋ねると、今は三時頃だとのこと。
リュックを開けて、遠足のしおりを見る。
集合時間は三時半。
やばい、あたしの班、ゴールするの遅かったのかな? 基準がわからん……。
あたしは売店をじっと見つめた。
あたしだってね、足がもう棒のようだよ。鉛をぶら下げてるみたいだし、もうやばい。足が死にそう。
でも、牧場といえば? 牧場に来てなにするの?
――――――そう、ソフトクリームを食べるんじゃないか!
せっかくファザー牧場来たのに、疲れがお土産なんてあたしやだよ。
「ね、ちは、一緒にソフトクリーム買おうよ」
ちはは疲れた顔を上げた。
「え〜、う〜ん……。どうしよっかなぁ」
なんですとっ!? ソフトクリームを目の前に迷ってる!?
ちは、人生損してるよ……。ここは買わなきゃ。
あたしはソフトクリームの写真を見つめて悩むちはに、洗脳するように言った。
「買おうよソフトクリーム。疲れたでしょ、暑いし。そのご褒美だって。おしいそうだしね〜」
「えー、でも高くないー? 二五〇円だよ。マック行けば一〇〇円じゃん」
チッチッチ。
「なに言ってるの。牧場とれたてじゃん、それが二五〇円だよ!? ここ限定だし、牧場とれたての牛乳でつくられたのって美味しそうじゃん!」
あたしの熱演の効果があったのか、ちははゆっくり立ち上がりながら言った。
「ふふ。……うん、それじゃあ買おっかなぁ」
「ヨシ、じゃあ並ぼう!」
なんかさっき笑ってたような気がするけど、気のせいだよね。
早く早くと急かす。
立つと、ちはと一緒に売店の列に並んだ。
さっきよりも列が短くてよかった〜。
「疲れたね〜」
「ね〜。オリエンテーリングつまんなかったし」
あたしはふふっと笑った。
「思ったよりも、ねー。小松と春子に任せっきりだったし、悪かったかなぁ……」
「お次のお客様どうぞ」
わわっ!
話してて気付かなかった。
なるべく早く、と思いながらちはとコソコソ喋る。
「ど、どっき先にする?」
「都先でいいよー」
「ありがと!」
あぁ、また譲られてしまった。
急いで前に出て、ソフトクリームを注文。
バニラ味しかないみたいだね。
きっと、生乳の味を大切にしてるんだ。
レジの横に置いてある青いトレーに、三〇〇円を置くと、すぐに店員さんが一〇〇円玉を取って、代わりにレシートをもらう。
人気商品だからなのか、コーンをグルグルさせるだけだからなのか、早くに手渡された。
邪魔にならないように、売店から離れてさっきの木の椅子に座る。
あたしは念願のソフトクリームを見つめた。
おぉ、このなめらかなホワイト! 綺麗な純白!
そして壊したくないほどなめらかな絞り具合……!
でも、高いわりにはコーンだけデカくてクリームが少ないな……。
確かに、損かも。
うっとりとソフトクリームを見たあと、売店のレジ付近ちはを探した。
ちははキラリと光るお金を渡して、レシートをもらっている。
離れたところから友達の動きを見てると、なんだか笑いそうになっちゃうよね。
なんとなく、食べないでで待つことにした。
しばらくして、ちはがこちらに、真っ白い雪のようなソフトクリームを手に持ちながら、歩いてくる。
椅子に座ると、あたしは待ってましたとばかりに声をあげた。
「じゃー食べよ食べ「いっただきまーす」」
可愛いらしい声でぱくっ、とソフトクリームの先を口に入れた。
……!?
あたしがフリーズする中、ちはは一人黙々と白いソフトクリームを口の中に入れ続ける。
「どうしたの?」
きょとんとした顔で、ちはが聞いてくる。
がびーん……。
あたし、ちはのこと待ってたのに……。
言おうか迷ったけど、あたしはフリーズ状態を解除し、首を横に振った。
「……なんでもない」
なんで席座ってすぐ、いただきますをするかなー……。
相変わらずおかしい子。
じゃあ、あたしもソフトクリーム一口目、行きますか!
「いただきます……」
明るい心の声とは裏腹に小さく呟き、一口、てっぺんを口の中に入れた。
ひんやり、バニラのほんのりとした甘さが舌の上で広がる。いつもと違うのは、この濃い牛乳の味だ。
「おいしい……」
「ね、おいしいよね〜!」
ちはも笑顔で、ソフトクリームをぱくぱく食べていた。
あたしって、食べるときはあんまり喋らない。
二人は喋らず黙々と、ソフトクリームを食べる。
気付けばもう、コーンと中に入ったほぼ液状のソフトクリームしかなかった。
もう、これしかないんだ……。もっと食べたい。
ソフトクリームと一緒に、コーンの上の方は食べてしまっていたから、もう細い部分しか残ってない。
でも、ソフトクリームって最後まで美味しいよね。
上では芸術品みたいなソフトクリームが楽しめて、下ではコーンとソフトクリームが味わえる。
さぁ、最後くらいはゆっくり、味わって食べよーっと。
もっとも、下のコーンが割れたらアイスが出てきちゃうから、あまりゆっくりはできないけども。
口に入れる前に、同じ小学校だった女子があたしたちに声をかけてくれた。
「もう集合だよ」
「えっ! マジで!?」
「あ、ほんとだー!」
ちはが腕時計を見て言った。
あんなにバクバク食べていたのに、まだ食べ終わってないみたい。
口に詰め込みながら少し先の集合場所をチラ見すると、もうすでに大勢の一年生が集まって、並んでいた。や、やばいやばい。
教えてくれた女子は「頑張ってね」と言い残し、下の方で束ねた髪を少し揺らしながら集合場所へ駆けて行った。
オッケー、あたし完了! ちはは?
口をもぐもぐと動かしながら右横を見ると、丁度今、口に入れたところだった。
“よし、行くよ!"
そんな意味を込めた眼差しを彼女に向けると、意味が伝わったのかすぐに二人で走りだした。
あっという間に開くあいだ。
ちはより遅れながら列に紛れ込んだ。
一年生という集団の中から二組を探し、春子たちを探す。
人が多くて進むのが大変だったけど、なんとか見つけることができた。
春子はもちろん、男子三人もちゃんといて、なぜかちょっと悔しかった。
「全員いたら前から座ってー!」
各班の一番前にいるたくさんの班長たちが、班員に声をかける。
一クラスに六グループあって、それが六クラスだからだいたい三六人の班長がいるのかな?
……なんて、超どうでもいい。
はぁ〜あ、疲れたぁ……。
いつもは気にするお尻の汚れも、今回ばかりは気にしないであたしは地面に腰を下ろした。
疲れた、けど……楽しかったな。
もう、(言っちゃ悪いけど)あの臭いバスに乗り込むのか……。
そう思ったけど、なかなか話すこともしない先生たちに、あたしは疑問を持った。
まぁ、バスに乗るまでの時間が伸びることは大歓迎なんだけど、先生たちだけで話すばかりで、一向に駐車場に行く気配はナシ。
……? どうしたんだろう。
頭の上に浮かんだクエスチョンマークは、すぐに消えた。
女子二人が、走りながらこっちに向かってきたんだ。一人は、あたしの知った顔だった。
「すいませぇ〜ん」
と、先生たちに謝る二人。
なんか、謝り方やだ……。あれが、先生に謝る態度なの?
案の定、くわっと怒りをむき出しにし二人に近づく女テニの顧問、そして五組の担任、長居先生。
「すいませぇーんじゃないでしょ!? あなたたち二人のためにこんな大勢の人が待っててくれてんの!! 迷惑をかけてることをわからないの!? わかったら早く座って! っもう!」
す、すごい剣幕……。怖い。
すっかりビビッてしまった彼女たちは、「は……はい」と小さく返事をしてから、慌てて二人して、自分の班の後ろに座った。
みんなの視線を浴びて、さぞ恥ずかしいだろうね……。でも自業自得ですよ〜。
最後に気分を害された長居先生には、大声でこれからのことを説明した。顔 「わー! アルパカじゃん! すごー!」
「ほんとだー!」
二人して大興奮のちはとあたし。
あたしたちの周りには、牧場ならではの動物たちが一匹、二匹、三匹……。
とは言っても、みんな柵の中にちゃーんと入ってるけどね。
よく見ると、柵を構成している木が全て細い丸太のようになっていて可愛い。
さっきは牛も見たし、うん、ほんとに牧場に来たって感じ。
あとは、持ってきた少しのお金で、ソフトクリームを買うだけっ!
あぁ、ソフトクリーム超楽しみ〜。
二人の後ろでは、春子と小松が場内マップとオリエンテーリング用の台紙を見比べていた。
あんまりよく聞こえないけど、なんか喋ってる。
そして、歩きながら辺りを物珍しそうに、きょろきょろとして見つめる大東。
馬のいる、丸太のような柵の上に腕を重ね、あごを乗せてぼーっとどこかを眺めてる住吉。
……住吉、おっさんみたい。
――――――今はオリエンテーリングの真っ最中。
始まってから少しの時間しか経っていない。
ここはふれあい牧場周辺で、様々な牧場の動物を見ることができるんだ。全部を見れるわけではないけどね。
ず〜っと謎だった『オリエンテーリング』は、まず場内マップの青白版の厚紙を渡された。
その下部には、正方形の欄が十五個ほど並んでいて、その左上にa〜oのアルファベットが並んでいる。
フルーツ農園と花がたくさんのマザーフォレストエリア、マザーファームツアーエリアという離れているところ以外で……。
マザー牧場内に隠れている、カタカナ一文字の入った四角い看板を全て見つけ、できる文はなに、って感じのゲームかな。
景品はないらしいからあんまりやる気は出ないけど……。
ちょっと歩くと、人だかりのできた場所が目に入った。
なにかをしているみたい。なんだろ……。
見てみると、一〜五と書かれたおりに入り、入っているおりと同じ数字のゼッケンを背中につけたぶたがいた。右から赤、緑、黄色、青、紫。
「ちは、春子、ぶただよ!」
あたしが人だかりに指で差して教えると、二人は目を見開いて、人だかりに向かって走っていってしまった。
すごっ、そんなに見たかったの、こぶたのレース……。
人だかりだから、人が多いのかと思っていたけどそれほどでもなかった。
不思議なことに、一般客はこぶたたちの横で、柵越しに見ていたんだ。
だからゴール付近はガッラガラ。全然人がいなかった。
係のお姉さんか、ニコニコ笑顔で説明をしている。
これから始まるみたいだね〜。
なんだ、見れないかと思ってたけど見れたじゃん。
そう思ったのもつかの間、あたしたちの意志とは関係なく、男子三人はズンズン先へと進んでいく。
「こぶた…………」
春子に行くよと促されながら、とぼとぼと歩く悲しそうな顔をしたちはと一緒に、横で歩くあたし。
春子も見たいとか言っていたのに、なんでかあっさり引き下がったなぁ……。どうしてだろう?
思ったよりも面白そうじゃなかったのか、こぶたが汚かったのか、単に真面目なだけなのか。
まぁいいや。
道は男子、おもに小松と大東に任せて、女子三人で喋りながら歩いていると小松が言った。
「あぁっ。道間違えたかも」
なんですとー!
こっちはあんまり歩きたくないのよ……。
足がちょっぴり疲れてきた。
ちょっと間違えたのかと思ったら、今まで進んだ道全てを後戻り!
ちょっと! 進んだ距離〇メールになっちゃったけど!
ここに戻ってくる途中、こぶたが歩いてるのを見たよ。……走ってなかった。
ていうか、全部間違えたとかマジか……。
あたしたちはスタート地点から真っ直ぐ行ったけど、小松は左へ歩いていった。
そこには、カタカナの書かれた看板が。
小松が台紙に『タ』と記入すると、そのままちょっとした崖を降りる。
丁度そのとき、下から登ってきたグループと遭遇した。
小松は知り合いがいたみたいで、
「この下なんかあったぁ?」
「なんもなかった」
笑いながら答えた男子とその一行は、それだけ答えるとあたしたちの来た道を進んでいった。
戻るのか……。あたしは前にしか進みたくないや。
思っていたよりもオリエンテーリング、簡単には行かないかも。
気持ちが乗り気じゃないためか、方向転換してからすでに重く感じる足を進める。
結局、三回もこぶたを見た。
さっきは進まなかった道を進むと、小松が立ち止まった。マップとにらめっこをしてる。
ヒマ〜……。疲れたし。
任せっきりなあたしが言うのもなんだけどね。
でも案外みんな、ヒマそうだよ?
ちはは持参のカメラでどこか写して遊んでる。
住吉はまたもや、馬を見ていたときと同じスタイルでどこかをぼーっと眺めてる……。本当におじさんみたいだねー。
ちはと二人でくすっと笑うと、あたしは隣でカメラをいじる、茶髪のポニーテールの少女に問いかけた。
「なに見てるの?」
ちははピンクと銀のカメラを、空中で動かしながら答えた。
「適当に写してる〜」
笑ったけど、特に返す言葉もなくそこで会話終了。
と、ちはが大声で叫んだ。
「カメラで見えた、 看板……!」
大声に驚いたみんながちはを見ると、声を出した張本人は周りに小さな画面を見せた。
「これでね、さっき看板が見えたんだよ〜」
「えっ、ほんとにぃ?」
こくっとうなずいたのを確認すると、カメラを持ってきた春子とあたしが起動する。
よーし、あたしがここで役に立っちゃうよ〜。
奮い立ったあたしは、適当な位置でズーム、ズーム、ズーム。
ありゃ、ズームしすぎたか。画質が悪いなぁ……。ちょっと戻そう。
だけど、戻しても、カメラを横に動かして写すところを変えても、画面が写すのはぼやぼやとした木々のズームばかり。
「都、なにか写った?」
そんな春子の質問に、ぼやぼやしたものが写る画面を見ながら呟いた。
「……ううん……。画質悪くて見えない」
ふふふ……。
もうっ、なんなのよこの役立たずカメラめ!
それでも吹田都はめげません。
結局、はっきりとした文字は見えなかったのでカメラの件はこれでおしまい。
しばらくして、小松と春子が相談しながら歩くのに付いて行くと、二つの分かれ道が現れた。
三つ、道がある。
二つは前に進むもの、一つはこの道の上を行く。
上からは、まだ五月だというのに暑い太陽の日差しが降り注ぐ。
あっつい……。蝉が鳴き始めそうだよ。
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。
もう、なんでもいいから終わらせたい。
ソフトクリームを食べる時間がなくなるじゃないか。
あまり協力していないし、と思い、方向音痴で地図が読めないくせにあたしはマップを見に行った。
小松と春子が見ているところを、隙間からちらり。
見ていたら、急に春子が顔をしかめて、マップから顔を遠ざけた。
「ちょっと小松、顔近いよ……」
「えぇ? そう?」
薄い笑みをたたえながら、春子が肯定する。
「うん、近い。え、言われない? 顔が近いって」
「家族に言われたことはあるけど……。僕、そんなに顔近いかなぁ?」
うん、近いよ〜。心の中で返事をした。
そのやりとりに思わず笑ってしまいながらも、あたしはまず現在位置の情報を掴む。
えーっと、あっ、この道はXの形してる! ってことは地図でいうとあそこだあそこ!
すごい、よくわかったなぁ、あたし!
力になれればいいと思い、なにやらブツブツ言ってる小松と、一緒に話す春子に向かって言ってみた。
「えっと、今ここはXの道のところだよね」
目の前で、言葉のキャッチボールは続けられる。
ボールがあたしに向かってくることはなかった。
え、えぇ……。無視?
もう分かってるからその情報、みたいな?
てか、春子まで……。あたし、ショックです。
都さんはもうがんばらない……。
もう役に立たないことを悟ったあたしは、ただただ付いて行くことを心に決めた。
それから、熱い日差しから逃れて木漏れ日が続く涼しい道を歩いたり。
大きなクローバーの模様になったクローバーを見たり。
すごかったんだ。本当に、幸せになれちゃいそうだった。
あたしたちは、すべての文字を見つけられないままゴール地点に来てしまったんだ。
それでも、そこの担当の先生は「いいよいいよ」と言っていた。
できた文は『タ、ン、デ、タ、ナ、マ、タ』。
もう、空いた隙間が多すぎてなんのこっちゃってかんじ。
あたしは友好関係も広くないから情報通でもないし、あんまりできた文に興味がなかったから、今後もなにを伝えたかったのかは知ることはなかった。
どうやらゴールした後は、集合まで自由時間らしい。
近くにあった売店を見ると、『しぼりたて牛乳で作ったソフトクリーム』という文字と共に、おいしそ〜な白いソフトクリームの写真がっ!
ちらりとちはを見ると、疲れたのか気の椅子に座って休んでいた。
春子はいつの間にか、姿を消している。きっと、仲のよい友達といるんだろう。
もちろん、男子など残っているはずもない。
ちはに何時か尋ねると、今は三時頃だとのこと。
リュックを開けて、遠足のしおりを見る。
集合時間は三時半。
やばい、あたしの班、ゴールするの遅かったのかな? 基準がわからん……。
あたしは売店をじっと見つめた。
あたしだってね、足がもう棒のようだよ。鉛をぶら下げてるみたいだし、もうやばい。足が死にそう。
でも、牧場といえば? 牧場に来てなにするの?
――――――そう、ソフトクリームを食べるんじゃないか!
せっかくファザー牧場来たのに、疲れがお土産なんてあたしやだよ。
「ね、ちは、一緒にソフトクリーム買おうよ」
ちはは疲れた顔を上げた。
「え〜、う〜ん……。どうしよっかなぁ」
なんですとっ!? ソフトクリームを目の前に迷ってる!?
ちは、人生損してるよ……。ここは買わなきゃ。
あたしはソフトクリームの写真を見つめて悩むちはに、洗脳するように言った。
「買おうよソフトクリーム。疲れたでしょ、暑いし。そのご褒美だって。おしいそうだしね〜」
「えー、でも高くないー? 二五〇円だよ。マック行けば一〇〇円じゃん」
チッチッチ。
「なに言ってるの。牧場とれたてじゃん、それが二五〇円だよ!? ここ限定だし、牧場とれたての牛乳でつくられたのって美味しそうじゃん!」
あたしの熱演の効果があったのか、ちははゆっくり立ち上がりながら言った。
「ふふ。……うん、それじゃあ買おっかなぁ」
「ヨシ、じゃあ並ぼう!」
なんかさっき笑ってたような気がするけど、気のせいだよね。
早く早くと急かす。
立つと、ちはと一緒に売店の列に並んだ。
さっきよりも列が短くてよかった〜。
「疲れたね〜」
「ね〜。オリエンテーリングつまんなかったし」
あたしはふふっと笑った。
「思ったよりも、ねー。小松と春子に任せっきりだったし、悪かったかなぁ……」
「お次のお客様どうぞ」
わわっ!
話してて気付かなかった。
なるべく早く、と思いながらちはとコソコソ喋る。
「ど、どっき先にする?」
「都先でいいよー」
「ありがと!」
あぁ、また譲られてしまった。
急いで前に出て、ソフトクリームを注文。
バニラ味しかないみたいだね。
きっと、生乳の味を大切にしてるんだ。
レジの横に置いてある青いトレーに、三〇〇円を置くと、すぐに店員さんが一〇〇円玉を取って、代わりにレシートをもらう。
人気商品だからなのか、コーンをグルグルさせるだけだからなのか、早くに手渡された。
邪魔にならないように、売店から離れてさっきの木の椅子に座る。
あたしは念願のソフトクリームを見つめた。
おぉ、このなめらかなホワイト! 綺麗な純白!
そして壊したくないほどなめらかな絞り具合……!
でも、高いわりにはコーンだけデカくてクリームが少ないな……。
確かに、損かも。
うっとりとソフトクリームを見たあと、売店のレジ付近ちはを探した。
ちははキラリと光るお金を渡して、レシートをもらっている。
離れたところから友達の動きを見てると、なんだか笑いそうになっちゃうよね。
なんとなく、食べないでで待つことにした。
しばらくして、ちはがこちらに、真っ白い雪のようなソフトクリームを手に持ちながら、歩いてくる。
椅子に座ると、あたしは待ってましたとばかりに声をあげた。
「じゃー食べよ食べ「いっただきまーす」」
可愛いらしい声でぱくっ、とソフトクリームの先を口に入れた。
……!?
あたしがフリーズする中、ちはは一人黙々と白いソフトクリームを口の中に入れ続ける。
「どうしたの?」
きょとんとした顔で、ちはが聞いてくる。
がびーん……。
あたし、ちはのこと待ってたのに……。
言おうか迷ったけど、あたしはフリーズ状態を解除し、首を横に振った。
「……なんでもない」
なんで席座ってすぐ、いただきますをするかなー……。
相変わらずおかしい子。
じゃあ、あたしもソフトクリーム一口目、行きますか!
「いただきます……」
明るい心の声とは裏腹に小さく呟き、一口、てっぺんを口の中に入れた。
ひんやり、バニラのほんのりとした甘さが舌の上で広がる。いつもと違うのは、この濃い牛乳の味だ。
「おいしい……」
「ね、おいしいよね〜!」
ちはも笑顔で、ソフトクリームをぱくぱく食べていた。
あたしって、食べるときはあんまり喋らない。
二人は喋らず黙々と、ソフトクリームを食べる。
気付けばもう、コーンと中に入ったほぼ液状のソフトクリームしかなかった。
もう、これしかないんだ……。もっと食べたい。
ソフトクリームと一緒に、コーンの上の方は食べてしまっていたから、もう細い部分しか残ってない。
でも、ソフトクリームって最後まで美味しいよね。
上では芸術品みたいなソフトクリームが楽しめて、下ではコーンとソフトクリームが味わえる。
さぁ、最後くらいはゆっくり、味わって食べよーっと。
もっとも、下のコーンが割れたらアイスが出てきちゃうから、あまりゆっくりはできないけども。
口に入れる前に、同じ小学校だった女子があたしたちに声をかけてくれた。
「もう集合だよ」
「えっ! マジで!?」
「あ、ほんとだー!」
ちはが腕時計を見て言った。
あんなにバクバク食べていたのに、まだ食べ終わってないみたい。
口に詰め込みながら少し先の集合場所をチラ見すると、もうすでに大勢の一年生が集まって、並んでいた。や、やばいやばい。
教えてくれた女子は「頑張ってね」と言い残し、下の方で束ねた髪を少し揺らしながら集合場所へ駆けて行った。
オッケー、あたし完了! ちはは?
口をもぐもぐと動かしながら右横を見ると、丁度今、口に入れたところだった。
“よし、行くよ!"
そんな意味を込めた眼差しを彼女に向けると、意味が伝わったのかすぐに二人で走りだした。
あっという間に開くあいだ。
ちはより遅れながら列に紛れ込んだ。
一年生という集団の中から二組を探し、春子たちを探す。
人が多くて進むのが大変だったけど、なんとか見つけることができた。
春子はもちろん、男子三人もちゃんといて、なぜかちょっと悔しかった。
「全員いたら前から座ってー!」
各班の一番前にいるたくさんの班長たちが、班員に声をかける。
一クラスに六グループあって、それが六クラスだからだいたい三六人の班長がいるのかな?
……なんて、超どうでもいい。
はぁ〜あ、疲れたぁ……。
いつもは気にするお尻の汚れも、今回ばかりは気にしないであたしは地面に腰を下ろした。
疲れた、けど……楽しかったな。
もう、(言っちゃ悪いけど)あの臭いバスに乗り込むのか……。
そう思ったけど、なかなか話すこともしない先生たちに、あたしは疑問を持った。
まぁ、バスに乗るまでの時間が伸びることは大歓迎なんだけど、先生たちだけで話すばかりで、一向に駐車場に行く気配はナシ。
……? どうしたんだろう。
頭の上に浮かんだクエスチョンマークは、すぐに消えた。
女子二人が、走りながらこっちに向かってきたんだ。一人は、あたしの知った顔だった。
「すいませぇ〜ん」
と、先生たちに謝る二人。
なんか、謝り方やだ……。あれが、先生に謝る態度なの?
案の定、くわっと怒りをむき出しにし二人に近づく女テニの顧問、そして五組の担任、長居先生。
「すいませぇーんじゃないでしょ!? あなたたち二人のためにこんな大勢の人が待っててくれてんの!! 迷惑をかけてることをわからないの!? わかったら早く座って! っもう!」
す、すごい剣幕……。怖い。
すっかりビビッてしまった彼女たちは、「は……はい」と小さく返事をしてから、慌てて二人して、自分の班の後ろに座った。
みんなの視線を浴びて、さぞ恥ずかしいだろうね……。でも自業自得ですよ〜。
最後に気分を害された長居先生には、大声でこれからのことを説明した。顔は仏頂面だ。
「はい、これからあの駐車場に戻って、バスに乗って帰ります。それから一度パーキングに止まってトイレ休憩、中学校の近くで解散です。では六組からどうぞ」
一番左の二列が立ち、担任の先生に引きつられて歩いてく。
徐々にみんなが立って前の列に付いて歩いていくと、あたしたち二組も立った。
もう、二度と来ないかもしれないファザー牧場を、歩きながらもう一度見渡す。
牛やアルパカ、馬などを目に焼き付けながら、あたしは列に付いていった。
はい、これからあの駐車場に戻って、バスに乗って帰ります。それから一度パーキングに止まってトイレ休憩、中学校の近くで解散です。では六組からどうぞ」
一番左の二列が立ち、担任の先生に引きつられて歩いてく。
徐々にみんなが立って前の列に付いて歩いていくと、あたしたち二組も立った。
もう、二度と来ないかもしれないファザー牧場を、歩きながらもう一度見渡す。
牛やアルパカ、馬などを目に焼き付けながら、あたしは列に付いていった。
小松はこれから出てくる予定で、下の名前も明かされます。
自分で書いたけど、遅れてきた女子の謝り方にもイラッとする……。
ちはも天然で可愛いキャラです(♡˙︶˙♡)
ぐーたらとした物語ですが、これからもよろしくおねがいします。