やってきました遠足へ
* * *
バスに揺られること約三時間。千葉県のファザー牧場に到着した。
二時間もバスに乗っているというのは暇で疲れるものだけど、隣の春子がいてくれたおかげで暇にならずにすんだ。ありがとう、春子。
帰りは窓側――――めいっぱい寝てやる。
疲れた体を少し起こし、前席に掛けておいた薄いピンクのリュックを手に取った。
バスの通路にできる列に並びながらリュックを背中にしょう。
バスから出ると、綺麗な空気――――――とはほど遠い、牧場ならではの臭いがあたしの鼻を刺激した。
バスの次は牧場の臭い……。くっさ。鼻がおかしくなってしまいそうだよ。
鼻をつまみながら少し歩く。
ファザー牧場に入場すると、「トイレに行きたい人は行きなー!」。早速お手洗いの時間が設けられた。
ぞろぞろと、整えられた列から抜けていく同級生。
あたしはしゃがみながらみんなの行く姿を見送った。
――――――数分後。
みんなが帰ってくると、一組の先生を先頭にどこかへ移動し始めた。
ついていくと、着いたのは広い大きな草むら。
下には雑草が一面に生えていて、あたしの左手にはうっそうとした木々があり、暗いイメージを感じさせた。曇っていたのもその一因かな。
噂の女テニの先生が、学年全体に大きな声で話しだす。
――――どうやら、ここでクラス対抗の親睦を深めるゲームをするらしい。
まず一つ目はじゃんけん大会。
クラスでそれぞれ場所を振り分けて、その定められた場所でじゃんけん大会の予選を行うみたい。
十分の時間内でクラス全員とじゃんけんをする。
あたしは配られたクラスの名簿の紙を手に持ち、自分の持ってきたシャーペンを手で握った。手に汗がつたる。
クラスの全員と、じゃんけん……。もちろん、男子とも。
なに、なに!? じゃんけん大会でクラス全員と喋らせようとしているのか……!?
すいません、私は全員と喋ることはできません。試合放棄致します……。
そんなことを心の中で呟いたって、現実でなにかが変わるわけじゃない。
あたしの思いも虚しく、『クラスの親睦を深めよう☆じゃんけん大会(名付けた)』が始まった。
まずは仲いい女子から制覇、次は残りの女子を制覇だっ!
食べ物は最後にいい物を残しておく派だけど、この場合はできるものから先にやってしまおう。
観念したあたしは、とにかくじゃんけんすることにした。
一人でウロウロしている女子を、目を細くして探す。
ある人を見つけたあたしは、咄嗟に叫んだ。
「ちは!」
大声で叫ぶと、ちはがあたしに気付いた。急いでちはの元へ駆け寄る。
すぐに始めるため、あたしはグーに握った手を出し、口を開く。
「じゃんーんけん」「最初は」
「「……え?」」
二人で顔を見合わせ、笑う。
あたしは頬を緩ませたまま言った。
「じゃあ、最初はグーからね。いくよー」
「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」
あたしはチョキ、ちははグー。つまりあたしの負け。
シャーペンで『和泉千早』の横の四角い欄にバツをつける。
そのまま何も言わず、ちはとあたしは次の勝負を探しに歩いていった――――。
忘れてたけど、あたしの一方通行じゃなかったんだ。みんなも、あたしとじゃんけんをしなくちゃいけない。
『一方通行じゃない』という言葉は、あたしの心を妙にピンク色にさせたから不思議だ。
たびたび男子もじゃんけんをしようと喋りかけてきて、あたしは早くも混乱状態だった。
じゃんけんだって、もうなにも考えずに適当に出してる。もしかしたら、出してるの全部グーとかだったりして……。
えっと、まだじゃんけんしてないのは……。
――――――じゃんけんだけだったので、なんとかあたしもクラス全員とすることができた。結果は七割が負け。
クラスでは終了だけど、もちろん、遠足でやるくらいだから学年全体を巻き込むわけで……。
二組で一番勝った人――――――住吉がクラスの代表として、学年の前に出る。
因みに一番負けていると思われたのは、一回も勝っていないある男子。ちらりと名簿を見たら、全てバツで埋め尽くされていた。
他クラスの代表者もぞろぞろと一年生の整った列の前に現れ、過酷な予選を勝ち抜いた六人が円になる。
静かに始まるじゃんけん。
『最初はグー、じゃんけんぽん』
住吉、敗退。
ほかにも負けた人は数人いたけど、まさか一回目から、しかもあいこにもならないで一発で負けるなんて。
あたしはなにも言えなかったけど、クラスの優しい方々や駒紀先生は「どんまい」「お疲れー」などと声をかけてあげてた。
それから二回ほどじゃんけんをし、なんと恋香ちゃんが優勝。賞状を貰って、四組が大喜びしてた。
くっそ、なんかムカつくなぁ……。
そんな気持ちを残したまま、ゲームは二つ目へ。
二つ目のゲームは、本当にクラスで協力してやるものだった。
まずクラス全員が手をつないで、横の一列になる。
五〇メートル走などと同じように、スタートしたら一斉に走り出し、タイムが早いクラスが優勝、ってわけなんだけど……。
無理! あたしは出ないほうがいいって! これはみんなのためを思ってね……?
ちはと「やだー、無理﹏﹏!」と会話しながら一列に並んでいく。
どうやら一回だけ練習をさせてもらえるみたい。
だけど、あたしとちはがいるのは真ん中の一番はじ――――――つまり男子と手をつながなくてはいけなくなってしまった。
まず、なんであたしこんなところにいるんだろ!?
「嫌だー、絶対春子の隣にするー!」
「うちもやだよー!」
あたし走るの遅いし嫌なんだからこれくらいは譲ってよ。ちは、足早いじゃん。
ていうか、一番可哀想なのってあたしたちどちらかと手をつなぐ男子じゃない?
しばらくこんなやり取りをしていたけど、駒紀先生の早くしなさいという声でちはが折れ、あたしはめでたく春子とちはの間に入ることができた。
そうなってから、自分って自己中だなぁ、と思ってしまうんだ。
ちはは本当に優しい。そうだ、お礼にお弁当の玉子焼きでもあげようかな。
……って、そんなことを考えてる場合じゃないっ! あたしはとにかく速く走らなきゃいけないの!
あぁ、お願いです神様。少しの間だけでいいので足を人並みに速くしてください……。
頭を切り替え、あたしは体を少し前のめりにする。
ほかのクラスの先生がピィッと笛を鳴らすと、つながれていた二つの腕が一緒に前方へ連れられてく。
ま、マッチョ!
一生懸命足を動かしても、あたしのいるところだけが列でガクンと下がってる。
っていうか……!
みんなより少し後ろを走っているからわかる。
全体を見ても、あたしのところだけ谷になっているってことを。
ゴールをし、タイムを聞いてあたしはちょっとほっとした。
あたしたちの前にやったクラスと変らないタイムだったから。
――――――でも、怖い。とてつもなく怖い。
『勝てなかったのは吹田のせい』と言われることが。
赤黒い、悪意のこもった言葉を、視線をあたしに向けられることが。
どうしよう……っ。怖いよ…………。
気のせいか、足がガクガクしているような感じがする。手も、震えてるような……。
でも、一クラスが走る時間はたったの一〇秒ほど。
あっという間に順番が回ってきた。
震える心に温かい手を当て、ゆっくり呼吸をする。
そうして、あたしは本番に臨んだ。
走ってる途中、口の近くにハエのような小さな虫がぶつかったというハプニングが起こったけど、とにかく足を動かした。
練習よりも早いタイムだったんだけど、優勝はまたもや四組に持ってかれちゃったんだ。四組強すぎでしょ。
走り終わった後、みんなの顔色をうかがってみた。
でも、あたしが想像していたよりもみんなは柔らかくて。
グチグチ言っている人や、嫌な顔をしている人は一人もいなかった。
すっごくほっとしたよ……。
まぁ、心の中ではどう思ってるか知らないけどね〜。
それにしても汚い……。もう少しで口に入りそうだったじゃん。
移動する列の中で歩きながら、取り出したティッシュでゴシゴシ口の周りを拭った。
バスを降りたとき……『バスから出ると綺麗な空気があたしたちを包み込んでくれた。思わず深呼吸をする。』と書いてしまい、「あれ!? 牧場だよね!? 臭いよね!?」と自分でも変なことを書いてしまいました(笑)
都はひねくれているのですが、人からの自分の評価にすごくこだわる子です。ムカツク子と思われたくない、とか。
これからも、ひねくれながら頑張って欲しいですね(笑)
本文も後書きも長くなってしまいましたが読んでいただけると嬉しいです。そして、読んでくれた方ありがとうございました!