人参食わせろや
「行っちゃったな……」
僕は今まで彼らがいた場所を見詰めながら呟いた。
「なあ松岡」
佐倉の声に我に返る。
「なに?」
「どこまでやったんだ?」
「なにが?」
「里美と」
「えっ……どこまでって、そんなには……」
すっかり気が抜けていたところにまたもや予想外の質問をされて、激しく動揺した。
「キスはされたよなあ?」
佐倉が真正面から威圧するように見下ろす。僕は気圧されて後退り、ベッドに座り込んだ。暴力反対。
「しかも裸だったって事は、身体中にされたって事だよなあ?」
「ま、待て、落ち着け佐倉。あれは秀吉の罠だったんだから。分かってるだろ? 相手は人間じゃない。堕天使なんだ。抵抗できなかったんだ」
「堕天使の割には弱い奴だったけど?」
力で佐倉に敵わない事は既に証明済みだ。怒らせる訳にはいかない。
「だ、だから僕は操られてたんだって……」
「問答無用。どこにされたんだ?」
佐倉は力強く僕をベッドに仰向けに押し倒すと、今朝の秀吉のように身体に跨り、両腕を押さえつけた。不敵な笑みを浮かべた綺麗な顔が近付いてきて半ば怯える僕に唇に口付けた。さっきまでの厳しい口調とは裏腹の、優しく包み込むようなキスに愛を感じた。そして僕の唇と唇の間から舌が生き物のように押し入ってきた。
「んん……」
脳が痺れて堪らず呻く。佐倉の舌が、僕の上顎や歯茎をなぞっていく。触れるだけのキスをした昨日とは大違いの佐倉の舌使いに激しい快感を覚え、気を失いそうだった。長らくそうした後に、佐倉はようやく口を離した。僕のか佐倉のか分からない混じり合った透明の唾液が、二人の唇を淫らに繋いでいた。
そして、こんなキスをしたくらいだから、佐倉もそれなりに経験していて、冷静なのかなと顔を見ると、恥ずかしいのかかなり紅潮していた。その顔に女を見た僕は一気に欲情した。今度は僕が佐倉の手を取り身体の上下を入れ替えて、Tシャツを脱がせた。
「あ……」
ブラジャーを外し形の良い胸が露になる。顔を埋め口付け舌を這わせると、佐倉が初めて女の子らしい声を出した。僕らは夢中で服を脱がせ合い、裸で抱き合い、手で指で口で舌でお互いの身体を貪った。遂に僕と佐倉は結ばれた。
それから僕と佐倉は、お互い一人暮らしということもあり、毎日どちらかの家に泊まるようになった。日に日に僕の中は佐倉で埋め尽くされていった。身も心も佐倉の虜だ。いくら一緒にいても会いたい気持ちは増える一方だ。文字通り恋に溺れた。そして二週間が過ぎた。学校の後、今日はお互いバイトもないのでそのまま手を繋いで僕の部屋に帰った。すると。
「何や、お前らまだ付き合うてたんか」
見覚えのある図体、聞き覚えのある関西弁。
「家康!」
思わず僕は飛び付いてしまった。
「うわったったっ重いやないかい! 離さんか! 気色悪い」
友人に久しぶりに会えた事に、堪らず顔がにやけてしまう。
「どうしたんだよ~」
僕は嬉しくて家康の頭を撫で背中を撫で耳を引っ張ったりした。
「やめんかい! ホンマ鬱陶しいわー。こないだ天界に戻ったやんか。したら何や知らん、えらい外資系上司の機嫌がええねん。どないしたんやろ思たら、ワイの仕事がこれまでの最短記録やねんて。ま、そうやないかなとは思てたんやけど。ほいでな、記録更新ちゅーことでボーナスもぎょうさん出たし、バカンスもえらい長う期間貰たからな、ちょっと様子見に来たちゅーわけや」
「そっか。でも何でまたカピバラなんだ?」
「そんなん他の動物やったらワイと気付かんかもしれんやないかい。お前ら人間は鈍臭いからな」
憎まれ口も今となっては懐かしく、心地良い。
「なあなあ、秀吉はどうなった?」
「ああ、施設に入っとる間は面会出来んけどな、毎日しごかれとるみたいやで」
堕天使の更生施設がどういうところで何をするのか全く見当が付かないが、世話になった家康の弟だ、立派な天使に立ち直って欲しいと願う。
「ま、真面目にやっとったら百年で出られると思うで」
また百年か……ということは、天使になった秀吉に会うことは出来ないのか。ちょっと残念。
「ここにはどのくらいいるんだ?」
「何も決めてへん。邪魔やったらすぐ帰ったってもええで」
悪戯っぽく言った家康は僕と佐倉を交互に見比べる。
「別に邪魔ってことは……ねえ?」
僕は佐倉に意見を求めたが、勝手にすればとばかりにそっぽを向いてしまった。僕としては、少しの間なら大歓迎だけど。
「じゃあちょっと三人で散歩にでも行くか?」
「あかんあかん」
「何で?」
「何でやあれへんがな。腹へってしゃーないのに外なんか歩けるか。人参食わせろや」
やれやれ。結局最初から最後まで人参か。苦笑いの僕は佐倉の手を取って、スーパーに向かった。
これにてこの物語は終わりです。最後までお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました!
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