清水さんから飛び降りる覚悟で
「何を牛がくしゃみしそうな間抜けぇな顔しとんねん」
「どっからどう見てもカピバラにしか見えないが」
「アホ抜かせ。人間の言葉をこんなに澱みなく操るカピバラがどこにおんねん」
言われてみればそうだけど。
「これは言わば世を忍ぶ仮の姿や。天使がそのまんま現れてみいや。警察やらマスコミやらが駆けつけてえらい騒ぎになるやないか。そもそもこんな狭い部屋に入り切らんわ。せやから人間の世界に来る時は、怪しまれん姿に変身するのが決まりなんや。ま、お忍びっちゅーやっちゃな」
「でも、何でカピバラ?」
「最近、人間界でモテモテだからや。何や、縫い包みまでぎょうさん出てえらいフィーバーしとるそうやないか。そのぐらいはリサーチ済みや。だからお前が喜ぶ思てカピバラになったんやが……あかんかったか?」
カピバラ天使は自信なさ気に自分の身体を見回した。これまでのふてぶてしさが鳴りを潜め、弱気になった。
「いや、まあ確かに可愛いけど……ま、まあいいや。じゃあお前が天使だとしてだな」
するとカピバラはチっと舌打ちをした。
「そのお前ゆうのやめーや。こう見えてお前みたいなガキンチョより遥かに目上なんやで。最近の若いモンはホンマ礼儀知らずやで。腹立つわー。ワイにはれっきとした名前があるんやで」
「何でしょう」
「家康や。どや、カッコええやろ」
微妙。
「こないだDVD見たんや。『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』っちゅーてな。えらい感動してもうたんや。せやから清水さんから飛び降りる覚悟で最近改名したんやで」
「じゃ、じゃあその天使家康が一体僕に何の用だ」
「天使ゆうたら目的は一つに決まっとるがな。恋の成就や」
コイノ……ジョウジュ?
「お前にも好きな娘の一人くらいおるやろ。どこの誰や、早よ言うてみ」
「え?え? ちょっと待ってよ。恋の成就って……要するに僕に彼女ができるように手伝ってくれるってこと」
「せや。他意はないで」
えええ!? このカピバラが……
「でも一体どうやって?」
「それは追い追い説明したる。それより早よ教えろや。高校の同級生か? 大学の娘か?バイトの同僚か? はたまた小学校の初恋の娘か?」
「何で僕が大学行ってバイトしてるって知ってるんだ?」
「あんなあ、どこの誰ぞ分からん馬の骨んとこに天使がわざわざ姿変えて来るわけないやろ。こっちだってボランティアやっとんのとちゃうねんで。天界にはな、全世界の人間の中で一人もんの名前の載ったリストが毎日送られてくんねんで。ここで言う一人もんちゅーのは結婚してるかどうかではのうて、恋人がいるかどうかって意味やな。ほいでな、そのリストは恋人の出来ない確率の高い順に並んどる訳や」
「僕は……出来ない確率何パーセントなんだ?」
「確率ゆうてもパーセンテージのこっちゃない。相対的なもんや。だから順位は毎日入れ替わる。その日の気分とか、人間関係とか、気温や湿度、花粉の量などなど環境の変化とかでな。まあそれでも上位一万人は強力やからほぼ固定なんやけどな」
「そ、それで僕の順位は……」
「三年間不動のナンバーワンや」
なっ……僕が……世界中で、六十億人いる人間の中で最もモテない男という事なのか……? 僕はその瞬間、意識が遠のいた。
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