鈍色スカイ
◆
振り返ってみればあっという間の一年だった、そんなお約束の決まり文句で始めるのは何だか癪だが、実際そうなのだから仕方ない。
一年って早いなぁ…
「今年も無事年を越せそうで何よりだねぇ」
コタツに体を潜り込ませ、ふにゃふにゃした声を発する陽。
さも当然のように遠赤外線の温かみに触れていやがるが、ここは僕の部屋だ。
本日は大晦日。
大掃除を済ませ、綺麗に片付いた僕の部屋は、新年を迎える準備万全。
そこへ乱入してくる陽。
コイツの辞書に、遠慮と容赦の文字は存在しない。
「なかなか晴れないねぇ。こりゃ初日の出は怪しい感じ」
ミカンを手に取り皮を剥きつつ、陽は外に目をやる。
部屋の窓から見える空は、明らかな曇天。
厚く垂れ込めた鈍色が気分を憂鬱にさせる。
「だな。別に初日の出が見えようが見えまいが、関係ないけど」
そんな予定は無いし、寒空の下で日の出を待ちわびるようなポジティブさを、今の僕は持ち合わせていない。
中学時代はアクティブな子だったのに…今や引きこもり気味のダメ人間。
…人生ってこんなもんだよね。
「アキトが行くって言えば、私は喜んで出かけるけど…はい、あ〜ん」
差し出された陽の手からミカンをもぎ取り、自分の手で口へ運ぶ。
言うまでもなく陽は不満そうな表情。
「残念だが、僕はコタツの魔法にかかって脱出不可能だ。俗に言うメロメロですな」
「そんなコタツに嫉妬しちゃってる私って可愛い?」
陽は頬に指を当て、首を傾げる。
そんな作り物の笑顔に心を揺り動かされるほど、僕は安い人間ではないつもりだ。
「初めて会った時は可愛かったのにな。今は悲しい現実だけが広がっている」
「過去形で言わないでよ!あの頃のほとばしる愛情は何処へ!?」
「愛情がほとばしったという記録は、僕の脳内に残されていないのだが」
「…『君みたいな可愛い娘がお隣さんだなんて、少しだけ神様を信じてもいい気がしてきた』」
ぐはっ!!
僕は顔面が刹那を待たずに赤く染まっていくのを感じる。
そんな、古傷を抉るような台詞を持ち出すな!!
「覚えてる?私と初めて一緒に登校した時、アキトがキラースマイルに乗せて吐いた台詞♪」
「う…う…」
「あの頃のアキトは優しかったなぁ…て言うか、甘かったのかな?私のハートは盗難に遭って大変なんだよっ!」
満面の笑みで、陽は嬉しそうに語るが、僕はもう崩壊寸前。
あの頃の陽への接し方は、過去の汚点の最たるものだ。
陽の内面を見抜いていれば、あんな接し方はしなかったのに…
後悔ばかりが渦巻いていく。
もう、ふて寝してやる…!
僕はコタツの中で足を広げ、ゴロリと寝転がる。
「え。アキト、寝ちゃうの?つまんない〜!!この下らない年末特番を一人で見るのは拷問だよぉ!!」
騒ぐ陽の声にフィルターをかけ、僕は睡眠モードに入る。
次第に、その声も薄らいでいった―――
「…ん……よく寝た」
何故だか、目覚めは割りとスッキリ。
寝転んだまま首を僅かに起こし時計に目をやると、日はすっかり暮れていた。
実に六時間以上は眠りに落ちていたことになる。想像以上に過去の傷は甚大なようだ。
「あれ?」
そこで、不意に違和感が僕を襲う。
温かいはずのコタツなのに、嫌な寒気が…
「ってオイ!!」
顔を右に傾けると、そこには陽の嬉しそうな寝顔があった。
僕の体にしがみつき、実に可愛らしい寝顔を晒している。
ったく、コイツは。
失意のあまり、陽の目の前で爆睡してしまうという己の失態を嘆いたが、もう遅い。
他にもっとおぞましい行為に及んでいないか、目を覚ましたら問い詰めてやろうかと考えたが、聞くのが怖いのでやめる。
次に陽のホールドを解こうと試みるも、挫折。
ガッチリと抱きつき、ビクともしない。一体どこにここまでの力があるんだ。
起こそうとも思ったが、この憎らしいまでに可愛らしい寝顔が見れなくなるのは、少々惜しい。
僕は苦笑を浮かべ、陽の頬を撫でる。
心なしか、寝顔が一層嬉しそうに微笑む。
僕もつられて笑顔になる。
「……色々あったけど、今年一年お疲れ様。お前のおかげで、結構楽しい年になったよ。来年も、よろしくな」
きっと、面と向かっては言えない素直な言葉。
ちょっと卑怯な気もするけれど、僕の安っぽいプライドがいつまでも邪魔をしている。
来年こそは、自分の気持ちに素直になりたい。
なれるといいなぁ。
年の終わりは、予想外に静かで穏やかに。
僕らに酷く不釣合いな、それでいて酷く相応しい平穏と平凡。
陽が目を覚ましたら、年越しソバでも食おうかと思う。作るのは陽だけど。
下手に睡眠をとってしまったせいで、きっと寝付けないんだろうな。
それもまた、いいか。
陽がいれば、どうせ夜通し騒ぐことになる。
そして、夜が明けたら初詣に行こう。
天気は曇りかもしれないけど、構いやしない。
陽がいれば、太陽だって顔を出す。
そう、陽がいれば。
陽がいれば。
楽しい日々が続いてくれる。
そうだろう?
陽。
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