緑色クリスマス
◆
吹く風は刺すように冷たく、苛立たしげに虚空を睨みつけてみるが当然何の効果もなく、虚しさとやるせなさが増大しただけだったので、そこで止めにする。
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るぅ♪」
陽気にクリスマスソングを口ずさみながら、ご機嫌の陽。
頭に乗せた赤と白のサンタ帽が無駄に似合っている。
今日は十二月二十四日。
俗に言うクリスマスイブである。
寒いだけで、雪が降る気配は全くない。
ホワイトクリスマスは望めそうにないな。
早くも毎年恒例となった(まだ二回目だが)郷土史研究部主催のクリスマスパーティー会場として、今年は我が桐山家が選出されたのだった。
早くも冬休みボケ真っ最中の陽を叩き起こし、僕と陽は買い出しに出かけた。
それにしても…よりによって、ウチかよ。
去年みたいに、友絵の家でいいじゃないか。広かったし。
僕の家だって、バカ騒ぎできるほどの広さが無いとは言わないが、それだったら隣の真鳥家でいいじゃないか。
アイツが本気で騒いだら、確実に我が家は終わる。それだけは言える。
…桐山家崩壊の危機をリアルに心配中の僕。
大丈夫だとは思うけれど。信じているけれど。
「あのさ、あのメンバーに我が家が耐え切れると思うか…?」
「え?アキトでしょ、私でしょ、和哉に友絵に奈月…それとバカ。六人くらい楽勝だって!」
いや、人数の問題ではなくて。
「ま…僕がストッパーになるしかないよな…」
頑張ろう。死なない程度に頑張ろう。
ビニール袋を握る手に、僕は力を込めて誓うのだった。
◆
家に到着した後は陽とコツコツ準備をし、時間は容赦なく過ぎていった。
ただ今の時刻、午後四時十分前くらい。
そろそろ指定の時間か…
などとボンヤリ考えていたら、インターホンが鳴る。
「お。来たか」
僕は玄関へ向かい、ドアを押し開ける。
「こ、こんにちはアキト先輩…」
「…はろー」
「ういっす。三名様ご到着だ」
奈月ちゃんに友絵、そして和哉がご到着。
「おう。上がれ上がれ」
僕は三人をリビングへ招きいれる。
「おっ!いらっさい!!……これで全員集合だね!さっそく始めますかっ!」
陽の発言はさり気に酷いものだったが、あえて誰も突っ込みを入れず、それぞれテーブルの適当なポジションに座っていく。
え?
航平?
別にいいんじゃね?
大体アイツ、郷研ですらねぇし。
本当は郷研の先輩二人も誘ったのだけれど、仲良くお二人で過ごすそうで。残念、無念。
僕はグラスにジュースを注ぎ、全員に回す。
すると隣の陽が、意味ありげな表情で僕を小突く。
「ほらっ、今日の幹事はアキトだよっ!何かヒトコトお願いしますっ!」
ハッキリ言って面倒だったが、仕方ないか…
「えーと、それじゃ…今日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます」
「おいおい、カタイぞアキト」
和哉が突っ込みを入れてくる。
「…ぐ…だから、今日はせいぜい、飲んで食って騒いで、今日という日を楽しんでください!メリークリスマス!!」
『メリークリスマス!!』
明るく楽しげな雰囲気でパーティは始まった…のだが。
何やら玄関が騒がしい。
大方予想はつくが…
「おいぃ!アキト!何これ!?何で俺が到着してないのに乾杯しちゃう?おかしいよな?おかしいよな、これ?そうやって俺を除け者にして楽しんでるのか?お前らは!ヒドイよ!!」
不協和音の塊と化して現れたのは、バカこと航平。
当然、一同からは冷たい視線。
特に女性陣からは生ゴミを見るような目で見られている。
「……どちら様ですか?」
友絵の先制攻撃が炸裂する。
「え…ちょ…」
航平はグラスを片手に固まる。無駄に爽やかな笑顔が今は滑稽だ。
そりゃあキツイよな…他人扱いは。
「アキトの知り合い?この出来損ないのニワトリ。見てるだけで気分を害しま〜す」
陽も絶対零度の視線と声で応じる。
お前も結構、容赦ないよな。
「う、うわあぁん!!奈月!何かあの二人怖いよ!!」
航平は大声で喚きながら、奈月ちゃんに迫る。
すると奈月ちゃんは。
「ふ…ふぇ……」
完全に怯えて、半泣き状態。
潤んだ瞳が僕の庇護欲をマックスまで刺激する。
「おいコラ航平!奈月ちゃんが怖がってるだろ!離れろ馬鹿野郎!!」
僕は航平に蹴りを入れ、奈月ちゃんから引き離す。
それに陽と友絵が群がって、殴る蹴るの制裁を加え始める。
ドンマイ。お前、まだ何もしてないのにな…
「あ…アキト先輩…」
「よしよし…怖かったね、奈月ちゃん…」
「あ…あぅ…えと…その…」
軽く奈月ちゃんを抱きしめるようにして、髪を優しく撫でてあげる。
それを見ていた約二名が、猛烈抗議。
「ちょっと奈月!アンタどさくさに紛れて何て羨ましいことを!!」
「……言い残すことは無い?」
陽は悔し泣きしそうな表情で奈月ちゃんに詰め寄る。
そして友絵はマジで目が据わっている。怖い。
「え…えと…その…」
本気でビビリ始める奈月ちゃん。
「アキトぉ!私のことも抱きしめてよぉ!!何で奈月ばっかりなのさぁ!!」
いやいや。
奈月ちゃんは可愛いもん。
「…奈月より、私の方がボリュームあるよ?今夜は…アキトのサンタクロースになってあげる」
いやいや。
そんな犯罪の香りがするサンタは要らないよ。
つーか、何だ。
このいつもの流れ。
「おいアキト」
不意に和哉が呼びかける。
「どうした」
「このチキン美味いぞ。ほれ」
「………」
和哉は恐ろしくマイペース。
僕も、見習おうかな。
苦笑を浮かべながら重い体を動かす。
ピクリとも動かない航平、言い争う陽と友絵、そして奈月ちゃんを横目に、椅子へ腰を下ろし、チキンを切り分け口に運ぶ。
「……美味いな」
肉嫌いの僕でも素直に美味しいと感じた。
買ってきたのは陽だけど。
「だろ?」
「ああ」
騒がしく、やかましく、それでいていつも通りの空気。
クリスマスイブが、ゆっくりと過ぎていく。
◆
現在時刻、夜の八時。
現状は…酷いものだった。
飲んで、食って、騒いで、散らかして。目の前の光景は、まさに地獄絵図。
航平は未だ倒れたまま。
和哉と陽は眠りに落ちている。
友絵と奈月ちゃんは僕の両側に陣取り、妙なテンションになっている。
「…だからねアキト…月にはウサギがいて…餅をペッタンペッタンと…神様から与えられた試練というか罰ゲームというか……そこにリアリティは皆無だけれども…」
首筋にすがりついて、ひたすら意味不明な話を延々と語り続ける友絵。
「アキト先輩は意地悪です!どうして友絵先輩ばっかり構うんですか!?たまには私を見てくれたって良いじゃないですか!」
僕に背中を預けて寝そべったまま、ひたすら叫び続ける奈月ちゃん。
パーティはいつの間にか、普段からは想像もできないほどシュールな光景に変わっていた。
まるで酔っ払いじゃないか。
言っておくが、酒なんか準備しちゃいない。何らかの暗黒物質が二人をこうも壊れさせたのであろう。
そういうことにしておいて。
「…聞いてるのアキト?」
「聞いてるんですかアキト先輩!?」
…誰か助けてくれ。
このままではいかんと思い、僕は二人を引き離して立ち上がる。
その際、二人の不満が爆発したのは言うまでもない。
両手を叩きながら、声を張り上げる。
「はい、そろそろパーティはお開き!各自、帰宅の準備を開始しなさい!!」
僕の声で目を覚ました陽が頬を膨らませて言う。
「えぇ!?ヤダ!今日はアキトの部屋にお泊りだもん!!」
こっちも嫌だわ!
勝手に宿泊プランを組み立てるな。
「…ずるい…私もアキトの部屋に泊まる…」
ボンヤリとした声のまま、僕の足にしがみつく友絵。
大丈夫か、お前。
「何を言ってるんですか二人とも!アキト先輩が嫌がってるじゃないですか!!」
おお。
奈月ちゃんがマトモに戻ってきた。
いつもより強気な感じが頼もしい。
「だから私が代表して泊まります!!」
何故!?
どうしたらそこまでぶっ飛んだ結論に行き着く?
ぶっちゃけ、一番重症なのは奈月ちゃんじゃなかろうか。
「いつの間にやら大変な事になってるな」
僕が軽く絶望感に浸っていると、和哉が頭を掻きながら冷静な声で呟く。
「なぁ和哉、友絵と奈月ちゃんのこと頼んでいいか?もう僕じゃ手に負えん」
「おう、任せとけ。責任を持って家まで送り届けてやる」
「あ、それとそこの死体の処理も」
「あぁ、すっかり忘れてたな」
ははは…と無機質な笑い声が響く。
友絵と奈月ちゃんの背中を押しながら、和哉が玄関へ向かう。
僕は例の死体を引きずりながら玄関へ。
「そいじゃ、またなアキト。片付け手伝わなくて悪いな」
「いやいや。その二人の護送の方が明らかに重労働だ」
そこまで壊れた二人を始めて見たぞ。
しかも、まだ騒いでいる。
「…アキトの部屋に泊まるのに……和哉…邪魔しないでよ…」
「ちょっと和哉先輩!離してください!アキト先輩が私を呼んでるんです!!」
僕は軽く手を振って、三人プラス一体を見送った。
頑張れ、和哉。
さて…と。
後は陽か。
「あれぇ…もうみんな帰ったの?」
「あぁ。もう潮時だった」
「とか何とか言っちゃってぇ!ホントは私と二人っきりになりたかったからでしょ!?もうっ、素直じゃないなぁ!!」
そこまで話せるなら、コイツは大丈夫みたいだな。
「バカなこと言ってないで、お前もそろそろ帰ったらどうだ?特別に片付けは免除してやるから」
「…うぅ…片付け手伝うから一緒にいようよぉ…」
寂しげな表情で上目遣いを繰り出してきた陽。
少しだけグッと来なくも無かったが、割合どうでもいい。
「…寂しいんだよ……イブだってのに兄貴は仕事だし……こんだけ騒いだ後、誰もいない家に帰ると…虚しさが倍以上になっちゃう…」
俯いて呟いた陽の声は、得意の演技でも何でもなく、心からの呟きだった。
せっかくのイブなのに、仕事が忙しいのはどこの家庭でも共通なのだろうか。
ウチの父さんも、遅い。
仕事が長引いているのかな。
……仕方ねぇなあ、もう。
僕は溜め息を一つ吐き、俯いたままの陽の頭に手を乗せる。
「分かったよ。それじゃ…家族待ちの寂しい者同士、ささやかではあるが、温まるとするか」
何気なく言った言葉だったが、陽は異常な反応を示す。
「人肌!?人肌!?」
「アホか!!コーヒーでも淹れようかって話だ!!」
「またまたぁ。照れるな照れるな、近ぅ寄れ♪」
嫌らしく笑いながら手招きする陽。
「…さて。会話でヒートアップしたことだし、そろそろお帰り頂こうかな…」
「ちょ、あれぇ?コーヒーは?温もりは幻に!?」
「そろそろ、擦るマッチが切れたんじゃないか?」
「何の話!?」
陽は笑う。
僕も笑う。
寂しい空気も、冷たいモヤモヤも、こうやって下らない話で笑い飛ばしてしまえればいい。
一人でも、自分を温めることは出来るけれど。
二人なら、一人よりも温かくなれる。
こうして温もりを共有できるのは、そんな人がそばにいるのは、とても幸せなことだと思う。
窓の外には真っ黒な空。
そして輝く白い星。
ホワイトクリスマスには程遠くても、特別な日には変わりない。
いいじゃないか、こんな風に緑の映えるクリスマスだって。
コーヒーの湯気越しに見えたクリスマスツリーが、誇らしげに胸を張っていた。
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