銀色フルムーン
◆
学園祭が終わって、少しは落ち着きを取り戻しつつあった学園内。
準備期間中から蔓延していた学祭オーラも次第に和らいでいった。
そのせいでカップルの破局率が一時的に跳ね上がった、というのは別の話。
かく言う僕は、そんな毒に当てられることなく学生生活をそれなりに満喫していた。
僕は部室のパイプ椅子に腰掛け、しみじみと呟く。
「何だかんだで、今年ももう終わりか」
時は霜月、十一月。
カレンダーも残り二枚を残すところとなった。
「……心なしか、今年はアキトを弄り足りてない気がする」
不穏なことをボソっと呟くな、友絵。
「ゆ、友絵先輩…あんまりアキト先輩の悩みを増やさないであげてください…」
控えめに発言をするのは郷土史研究部唯一の一年メンバー。
日野奈月。
長めのショートカットに、年齢不相応な小さな体つき。そして平均よりやや大きめな瞳は、問答無用で小動物を思わせる。
プチ人見知りだったり、自信なさ気なオドオドした仕草を見ていると、もう無条件で守ってあげたくなる。ちなみに僕が選ぶ『妹にしたいランキング』堂々の第一位。もう可愛いのなんのって。
「…そうやってアキトを庇って…高感度でも上げようとしてるつもり?」
チクリと突き刺さる友絵の一言。
奈月ちゃんは、そんな小賢しい策に打って出るような穢れた娘じゃないぞ。
「ち、違いますよ!私はただ…アキト先輩に平穏で幸せな生活を送ってもらおうと」
弱々しい声ではあったが、奈月ちゃんの発言に僕の心は大喝采。
「奈月ちゃん…君ってば、何て良い娘なんだ…」
可愛いだけじゃなくて、メチャクチャ良い娘。この性格破綻者ばかりの郷研に在籍していて、よくぞマトモでいられるものだ。もしかしたら裏ではもの凄い腹黒だとか、そういう嫌な設定はノーサンキュー。
感動のあまり思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、そこは思いとどまる。
なので、頭を撫でる行為に落ち着く。
「あ…アキト先輩…」
顔を真っ赤にする奈月ちゃん。
照れた表情も、非常にイェイね。
「ありがと、奈月ちゃん」
「……いえ…むしろ…お礼を言いたいのは私の方で…」
「ん?何か言った?」
「な、ななななな何でもないです!!」
更に顔を真っ赤にして、叫ぶ奈月ちゃん。
大丈夫でしょうか、この娘。
そんな僕らのやりとりを見ていた友絵が、またチクリ。
「…嬉しそうだね、奈月?」
「あ…えっと…その」
友絵の迫力を前に、完全にビビっている奈月ちゃん。
「…これは酷かもしれないけど…奈月は望み薄だと思うな……だってアキトは巨乳好きだし」
ニヤリ、と友絵は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「い、いきなり何を言い出すのかな友絵サン!?」
「…航平に、アキトの趣味嗜好を聞いたけど…それはもう……」
「アキト先輩…」
奈月ちゃんの引きつった笑顔が痛々しい!
「…自己主張が皆無な奈月のカラダじゃ、アキトは物足りないと思うよ?」
引きつった笑顔のまま、奈月ちゃんは硬直する。
そして段々と俯いて、視線を床に落とす。
あぁ…視線だけじゃなくてテンションもガタ落ちのご様子。
「な、奈月ちゃん、そんなに気を落とさずに」
拙い言葉で慰めようと試みるが、どうにも勝手が分からない。
すると、友絵が立ち上がって僕に近づいてくる。
「…その点、私ならアキトを満足させる自信があるけどな…」
体を密着させ、耳元で友絵が囁く。
背中に当たる殺人級の感触が、僕の思考を鈍らせる。
「えぇい、やめろ!お前は他人に危害を加えるのがそんなに楽しいか?」
「…当然……だって、アキトは私のオモチャだもん……それに、私のオモチャに手を出す後輩ちゃんにはお仕置きが必要でしょ?」
そう言って、友絵は嫌らしげに微笑む。
奈月ちゃんは頭を抱えてビクビクしている。
「友絵、頼むから奈月ちゃんには手を出すな…本当、見てるのが辛い」
「…それは『僕になら何をしてもいいぜ!』っていう意思の表れ?」
「断じて違う!!」
にわかにヒートアップする部室。
すると、立て付けの悪いドアが無理矢理に開く。
「やっほう♪皆さんお待たせ致しましたっ!ようやくご登場の陽ちゃんなのだぁ!」
既にカオスな流れの部室。
陽の登場で更に壊滅的な流れになるのは確定だ。
「…随分遅かったね…今まで何してたの?」
「ふふふ…飽くなき知的好奇心を埋めるために、勉学に励んでいたのです!」
「いやいやいや、正直に居残り食らってたって言え」
勉強嫌いな陽が、課題提出の締め切りなんて守るはずがない。
溜まりに溜まったツケが回ってきたのだ。
いくら生徒の自主性を重んじる我が学園でも、限度というものは存在する。
ここでちょっとした裏話。
昨夜のことだ。僕が自室でくつろいでいると、いきなり陽が乱入してきて『課題の処理を手伝ってプリーズ!』と泣きついてきた。
仕方なく手伝ってやったのだが、とても一晩で終わる量ではなく、日付が変わった頃で見切りをつけ、今日に持ち越す形となった。
現在時刻は午後六時を過ぎたくらい。
今までかかったのか…いやそれ以前に、本当に終わったのか?まさか今日も手伝えとか言わないだろうな?
我ながら嫌な想像を巡らせていると、またもや部室のドアが開く。
ひょっこり顔を出したのは、二年C組担任の塚田先生。
ボサボサ頭にヨレヨレのスーツ。推定三十代前半。外見通りの性格をしているが、決していい加減な教師ではないことを付け足しておこう。ちなみに僕は、比較的好感をもっている。
「どうしたんですか?塚田先生」
「おう桐山。真鳥を見なかったか?アイツめ、課題を放り出して逃走しやがった」
僕は室内をぐるりと見渡すが、陽の姿は無い。
どこに隠れた?
「さっきまでここにいましたけど…姿が見えませんね」
…あの本棚の後ろが怪しいのだが…
「そうか。見つけたら『ギリギリに妥協して、課題は明日まで待ってやる』って伝えといてくれ」
本棚から目を逸らさずに言う塚田先生。
「了解しました。伝えておきます」
「おう。じゃ、気をつけて帰れよ」
そう言い残し、塚田先生は去っていく。
数秒後、陽が本棚の後ろからのっそりと姿を現す。
「ふぅ…何とか誤魔化したねっ!」
いや、普通にバレバレだったぞ。
「…課題、まだ終わってなかったんだ…」
呆れたような友絵の視線。
「が、頑張ってください…」
戸惑いながらも奈月ちゃんの応援。
「もう課題の話はナシ!!帰るとしましょうか!」
腕を突き出して陽が宣言する。
賑やかな声は途切れないまま、僕らは部室を後にした。
◆
時は流れて、ただ今の時刻は午後八時を回っている。
部室を出た時点では直帰コースの流れだったが、課題がまだ残っていると耳にした僕は、そのまま帰る訳にはいかなかった。
このままではまた甚大な被害が…と己の睡眠不足を案じ、友絵と奈月ちゃんを無理矢理引きとめ、手伝ってもらうことにした。
場所は郷研行きつけの喫茶店。
友絵は文句を言いながらも、良い仕事をしてくれたし、奈月ちゃんは微笑ましくチマチマとペンを走らせていた。
おかげで、今夜の僕の安眠は保障されたのだ。
やりぃ。
テクテクと、家路を陽と二人で歩く。
頭上には、明るく輝く銀色の月が煌めいていた。
陽は歌いながら歩を進める。帰り道にピッタリの曲だった。聞いていたら自宅が恋しくなってきたじゃないか。
「これに懲りたら、もっと計画的に勉強しろよ」
「はっはっはっ。そいつぁ無理な相談だぜ、ダンナ」
誰だよ、お前。
「付き合わされる僕の身にもなれ」
「にしし…そうやって文句ばっかり言ってるけどさぁ、何だかんだで手伝ってくれるんだよねぇ♪アキトは優しいなぁ」
言われてみれば確かにそうだ。
いつも、結局は手伝う羽目に陥っている。
「そうだよな。無理して手伝う必要なんてどこにも無いよな…」
「あれぇ?何か様子がおかしいよアキト!?いきなり冷静な思考回路を持ち出さないで!」
マジで慌てている陽。
お前、自分一人の力で片付ける気、無いよな。
「タダとは言わないからっ!ちゃんとお礼するからっ!」
「お礼?」
「うん……私の体で…」
ワザとらしく頬を染めて陽が言う。
いらねぇ。
超いらねぇ。
「えへへ…ほら、今夜は満月だし…私の前だけでは狼さんになってもいいゾ♪」
バチリ、とウィンク。
あ、今ちょっと殺意が湧いた。
普通に大人しくしてたら可愛いのにな…
でも、まぁ。
口を開けば文句ばかりだけれど。
こうやって、陽と過ごしていく日常が、たまらなく愛おしいのも事実で。
もちろん、本人が聞いた日にゃ狂気乱舞して、赤飯でも炊いてしまうだろうから自粛。
それに照れだとか、プライドだとか、色々なものが邪魔をする。
だから、少しだけ。
「……ありがとな」
陽に聞こえないように、僕は呟く。
「え、何か言った?」
「何でもない」
「えぇ〜、気になるじゃんかぁ!何て言ったの?」
「何でもないって」
「……分かった!『…お前が欲しい』!!」
「言ってねぇよそんなこと!!」
夜の住宅街に響く、騒がしい声。
次第に、冬の匂いが濃くなっていく。
渇いた空気を吸い込んで。
僕は夜空を見上げた。
丸く、大きく、銀色の満月が、僕らを見ていた。
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