玉虫色フェスティバル
◆
友絵のクラスを出発してからは、また無銭飲食を繰り返した僕と陽。
学園内をグルグルと巡って、かなりの食料を腹に収めた。
全てを金額データとして弾き出したら、結構な額になるだろう。
そんなこんなで、消化を兼ねてダラダラと廊下を歩くドラキュラと魔法使い。
奈月ちゃんのクラスのサンドイッチ、美味しかったな…
ちなみに奈月ちゃんとは、我が郷土史研究部唯一の後輩である。
部員のほとんどが二年生。
僕らが卒業したらどうなるのかね。
奈月ちゃんの為にも、部員の確保は重要事項だ。
何の気なしに歩を進めていたら、二年C組の教室に戻ってきてしまった。
「興味は全く無いが、ちょっと入ってみるか」
「賛成でございやすっ!」
笑顔で同意する陽。
それにしても…何の飾りつけも無いな。朝と一緒の状態だ。ポスターの一枚や二枚、貼ってあってもいいのに。
ま、いいや。
僕は思考を止め、ドアを開く。
「お!?アキトに陽じゃないか。今更ご登場かよ!」
大声の主は、予想通り航平。
僕はリアクションを返さないままに、教室内を見渡す。
机と椅子が取っ払われた教室。妙にガランとしていて違和感がある。それだけでなく、室内にはそもそも人が少ない。
僕と陽を除けば、航平と和哉のみ。
企画、失敗?
…いや、航平が『今更』とか言ったから、既に終了したのか?そう考えれば、装飾の無いドアにも説明がつく。
「もう企画終わっちゃったの!?」
軽くショックを受けた様子の陽。
別にいいだろ…よくよく考えてみれば、自分のクラスの企画じゃないか。
その割には内容を全然把握していないけれど。
「あぁ、ついさっきな。もう目的は果たしたから、続ける理由も無い」
和哉が椅子から立ち上がり、気だるげに背伸びをする。
「結局、どんな企画だったんだ?」
「狼男の出す問題に答えられたら豪華商品ゲットという単純な企画だ。お客には狩人の衣装を着てもらって、雰囲気演出」
和哉の口調は、やけに事務的だ。
「お前の企画にしては随分と毒気に欠けるな。それで、豪華商品って?」
「郷土史研究部特別ご優待券。『困ったら無料でご相談に乗ります』という夢のようなチケットだ」
くだらねぇ。
超くだらねぇ。
絵に描いたような詐欺。とんだ豪華商品があったものだ。
「アキト!もう企画自体は終了だが、問題に挑戦してみるか!?へへへ…!」
狼男の不敵な笑みが、やけに腹立たしい。
「嫌だ」
でも、受けて立たない。
面倒だもの。
「あれ?ちょ…そんなつれないこと言うなよ…少しくらい構ってくれよぉ!」
半泣きで僕にすがる航平。
えぇい、鬱陶しい。
どんどん悲惨なキャラになっていくな、お前。
「私は受けて立つぞぉ!かかって来い航平!!」
「よぉし!じゃあ行くぞ陽。ついでにアキトも聞いとけ」
『問題。俺は狼男として十数年生きている。その中で、何千回とウサギを狩って来た。しかし俺は、今までに一度としてウサギを狩り損なった事など無い。それは何故か、分かるかな?』
問題を言い終え、航平の顔には不敵な笑みが戻っている。
…その顔似合わないぞ、航平。
「えぇ?何故って…何故?」
首を傾げて、思考中の陽。
元から物事を考えるのが苦手な陽。無理に頭を使うとオーバーヒートを起こすかもしれない。
「うぅ…分からない…何故って…んーと…えーと…『弱ってるウサギしか狙わないから』!?」
「ブブー。残念!違うんだなぁ、これが」
実に嬉しそうな航平。
本当に小さなことで一喜一憂できるヤツだ。素直に感心する。
「悔しいぃ!ねぇアキト、私のカタキを!!あのしょぼくれた仮装の航平をぶっ飛ばしてよ!!何だよあのヒゲ、意味分かんねぇよ!!」
メチャクチャ悔しがっている陽。
怒りの矛先が、問題じゃなくて航平に向いた。
…あ。航平のヤツ、またヘコんでる。大ダメージだなぁ。
そこまでヒゲに思い入れがあるのだろうか?
予想外ながら、数秒の経過で航平は回復した。
またウザめのテンションに逆戻り。
「はっはっはっ。分からないかぁ、そうだよなぁ。正解率ほぼゼロだもんなぁ。どうだアキトは?ん?ん?ん?」
見下したような笑みを貼り付けて接近する航平。
挙句の果てに肩まで組みやがる。
あまりに鬱陶しいので、僕は口を開く。
「『×××××から』、だろ?」
「ぐはぁっ!!!」
僕の言葉で、航平は叫び声を上げて吹っ飛ぶ。
そして床にうずくまって動かなくなった。
「にゃるほど!さすがアキトっ!!」
陽のキラキラした目線が眩しい。
そして陽は、横たわって動かない航平に近づく。
「へんっ!思い知ったか、この負け犬めがぁ!!うらうらうら…」
航平に降り注ぐ、陽のキック・レイン。
ドンマイ、航平。
「え、あ、ちょ…!痛い痛い痛い!!陽?陽さん!?痛いから!!ごめんなさい、謝るから!痛い痛い痛い痛気持ちい……くないです!!嘘です!もちろん!!だからもうやめてぇぇぇ!!!」
最初は大声で悲鳴を上げていた航平だったが、段々、声も聞こえなくなる。
そして大きく一回、ビクン!と痙攣したかと思うと、ピクリとも動かなくなった。
航平…安らかにな…アイスの棒でお墓を作ってあげよう。
恨むなら、このイレギュラーな学園祭の空気を恨め。
さて、この馬鹿は放っておくとして。
「和哉」
「ん?どうした」
「そろそろ教えてもらおうか。この企画の意図を。お前の発案なんだ、確実に裏があるんだろう?」
やっぱり、例の女の子が怪しい。
そこで僕は何かに気付く。
…あれ。確かあの娘って…
和哉は僕の質問には答えず、腕時計に目を落とす。
「…もうすぐ二時か…ボチボチ始まるな…」
「おい和哉、お前は何を言っている」
「講堂」
「はぁ?」
マイペース全開な会話に、僕はついていけなくなる。
「ちょっくら講堂に行こうぜ。そうすれば、色々と楽だ」
◆
講堂は窓もカーテンも閉め切られ、暗闇が支配していた。
唯一の光源となっているのは、舞台上の照明。
その舞台では、演劇部による出し物の真っ最中。
演劇部のオリジナル作品のようで、台詞や登場人物や衣装に覚えが無い。
ジャンルとしては童話なのだろうか、動物が話すのは基本設定のようだ。
僕と陽と和哉は、空いている席を見つけて適当に腰を下ろす。
…え?
航平?
誰だっけ、それ。
陽がどこかへ処分しに行ったきり、姿が見えない。
…さておき。
「演劇ね…。次第に事のカラクリが見えてきたような気がするぞ、和哉」
ここに来て、僕は例の女の子が誰なのかを思い出した。
和哉は愉快そうに唇を歪める。
「ほう。聞こうじゃねぇか、お前の出した解答を」
楽しげに輝く和哉の目。
隣の陽に目をやれば、口を開けて爆睡中だった。
ノータッチの方向で。
僕は口を開く。
「じゃあ、始めるぞ。証拠も自信も、そして意味もない解答劇を。………まず、何でお前がいきなり企画を立ち上げようとしたのかだ。今日は学祭当日だぞ?いくら何でも急すぎる。それで、考えてみた。お前は今日になって初めて発覚した何らかの理由で、急遽企画を立ち上げることにしたんだ。それは何か。思い当たる節があるとすれば、中庭の女の子。どこかで見たことがあると思ったら、演劇部の部長じゃないか。…そして狼男を相手にした企画。確か、お客は猟師の衣装で参加するんだったな。今になって考えれば、あんな問題に答えるだけなのに、衣装を変える必要は無いだろう。つまり、衣装を着せる目的は別にあった。あの企画は恐らく、何らかの理由で演劇部から出た欠員を埋めるために急遽行われた、オーディションだったのだ!……とまぁ、こんなところか」
僕の解答を、和哉は黙って聞き入っていた。
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「さすがアキトだな。大当たりの花マルだ」
「別に嬉しくないけどな…」
こんなことしても、何の得にもならないさ。
無駄に思考を使ってしまった分、マイナスかも。
「でも、欠員が出てたんだろ?オーディションなんて悠長なことやってる暇はあったのか?」
「おいおい。お前も気付いてるはずだぜ?この演劇における猟師のポジショニングに。さっきから舞台には出ずっぱりだが、台詞はまだ一言も発してねぇ。つまりはチョイ役って訳だ。別にいなくても構わねぇが、いるに越したことはない。そんな役だな。お前を推薦しようかとも考えたが、お前が出たら主役も食っちまいかねないチョイ役になるだろうからなぁ。…本来なら、オーディションなんてやってる暇も無いし、適役に巡り合える確率も小数点以下だろうが、今回は別だ。衣装を着て、舞台栄えしそうなヤツを選ぶだけで良かった」
なるほどね…
一応納得はしてみるが、どちらにせよ効率の悪い行動だと思うな。
もっと他に良い方法があっただろうに。
終わってみれば、結果オーライだったみたいだが。
「あの猟師役のヤツには、例のチケットを渡してあるからな。郷研を訪れてくれる日を楽しみにしてるぜ。トラブル大歓迎だ」
例の豪華商品か。
お前の場合、他人の不幸が楽しいだけだろ。
「馬鹿な事を言うな。大体そんなことをしたら、ますます奇怪な部活になるだろうが。郷土史と研究はどこに行ったんだ!?」
「固い事を言うな。大体そんなルールに縛られてたら、ますます退屈な部活になるだろうが。スリルとロマンはどこにあるんだ!?」
うるせぇよ。
目的が無いから退屈に繋がるんだ。
「さて。俺はそろそろ行くとするかな」
椅子から立ち上がりながら、和哉。
「演劇はいいのか?」
「あぁ。頑張ってオリジナルに挑戦したようだが、こりゃ失敗だな。何なんだ、あの無駄に善人な仕立屋は。童話における仕立屋は、狡猾に描いてこそ価値があるってのに」
持論を展開し始める和哉。
激しく興味が無い。
「おいアキト。お前こそ、ハロウィーンは満喫したのか?もうそろそろ祭りも終わりだぜ」
僕は携帯を引っ張り出して時刻を確認。
現在、午後三時を少し回ったところ。
終わりが近づいてきた…か。
「あぁ。十二分に楽しんださ。コイツはどうだか知らないけどな」
未だに眠りこけている陽の頭を軽く小突く。
「なかなか好評だったみたいだな。この企画。特にお前ら二人は大人気だったらしいじゃねぇか」
「そうなのか?」
にわかには信じがたい話だ。
陽はともかく、僕は…ねぇ?
「行く先々で絶賛の嵐だったぞ。こりゃ来年が楽しみだ」
「僕はもうやりたくないぞ」
「それはお前が決めることじゃねぇよ。……多数決って素晴らしいよなぁ」
「!?」
「じゃあな、ドラキュラ」
「あ、おい…!」
僕の声は、同時に巻き起こった拍手にかき消され、和哉に届くことはなかった。
広がっていく音の波の中、僕は今日という一日を思い返す。
長いようで、短いような一日。
めぐりめぐった、色々な出来事。
形容するには難しく。
言葉にするには複雑で。
ただただ、曖昧というのが総合評価。
そんなこんなで、色彩の当てられそうのないこの祭り。
あえて当てるとするならば、玉虫色以外にないだろう。
それでも楽しかったと、胸を張ることは出来ると思う。
例えどんな色だったとしても、僕らの大切な日常に変わりはないのだから。
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