黒色ハロウィーン
◆
学園祭当日は、心地よい晴天が広がっていた。
敷地内に足を踏み入れれば、賑やかな飾り付けが出迎えてくれる。
「いやはや、とうとうこの時が来たねアキトっ!テンション上がるぅ♪」
傍らで騒ぎ散らかす陽は、早くも祭りの空気に馴染んでいるようだ。
対する僕は、やっぱり気が重い。
それなりに楽しむとしよう。
と、心の中でリミットを設定しつつ教室へ向かう。
ビッシリとチラシで埋め尽くされた壁には、スプーン小さじ一杯分の同情を。
教室のドアを開ければ、早くも祭色のテンションに染められた馬鹿野郎が一匹。
……いや、コイツはいつもと何ら変化は無いな。
「いよっすアキト!今日は楽しい学園祭!盛り上がっていこうぜ!!」
「……ソウダネ…」
「だよねっ!楽しまなきゃ損だよっ!」
「おぅ、さすが陽!分かってるじゃないか」
「当然でしょっ!今日は声が枯れるまで騒いでやるんだからっ!!せ〜のっ!」
『ビバ☆学園祭!!』
声を揃えて馬鹿みたいに騒ぐ約二名。
僕には、とてもじゃないが真似できない。
あ。ちなみに陽と一緒に騒いでいるのは、クラスメイトの航平である。
相良航平。
クラスメイトにしてハイテンションな迷惑キャラ。
やや平均よりも小さい身長に、やや平均よりも甲高いハイトーンボイス。そして出来損ないのニワトリみたいなトサカヘアーが特徴。
それと、馬鹿。
面倒なのでここら辺で紹介終わり。
何となく教室内を見渡してみれば、ちらほらと仮装済みの連中が目に入る。
「僕たちもそろそろ着替えた方がいいのか…?」
「かもなぁ。じゃ、レッツゴー仮装!うぉらー!!」
「お前少し黙れ」
冷静に突っ込みを繰り出しつつ、僕と陽と航平は衣装を手にし、更衣室へと向かった。
数十分後。
着替えを終えた僕は、完全なドラキュラモード。
やれやれ…
チープなタキシードの上に、安っぽさ全開の手作り黒マント。オプションとしてシルクハットを被る。どうでもいいけど、ドラキュラって帽子被ってたっけ?
「おーおー。さすが様になってんなぁ。腹立つくらいに似合ってるぜ、ドラキュラ」
楽しげに冷やかしてくるのは、狼男に変身した航平。
僕の衣装に負けず劣らずの安っぽさである。
頭にイヌミミカチューシャ、そして手袋と尻尾を装着。制服のワイシャツはそのままに、学園のネクタイとは別の赤色ネクタイにチェンジしている…が。頬に描かれたヒゲが何とも間抜けだ。
「お前も似合ってるぞ。その…狼男……くくっ」
「笑ったな!?お前今笑っただろ?何だよ何だよ、俺だってなぁ…もっと格好いい仮装がしたかったやい!!」
悲しみに浸る狼男。
やべぇ、超笑える…
「いや…狼男も仮装の仕方によっては格好いいだろ。あとはお前のセンスの問題だ。そのヒゲの必要性を疑うぞ、僕は」
「いや、ヒゲは必要不可欠じゃね?」
「そうなのか?」
「そうなのだ」
訳わからん。
と、他愛もないやりとりをしていると、陽が現れた。
「おまたせっ!!どうどうどう?魔女っぽい?」
そう言いながら、凄い形相で詰め寄ってくる。
陽も制服のブラウスはそのままに、ネクタイを白黒チェック柄にチェンジ。スカートもネクタイとお揃いの柄だ。僕と似たような黒マント、そして三角帽に長めの杖、肩からは例のプリン騒動を生み出したジャックランタンを下げている。
随分、気合の入った仮装ですな。
「すげぇ似合うぞ、陽!」
航平が賛辞を述べる。
が、陽のリアクションは随分なものだった。
「え?あぁ、ゴメン。航平に褒められても不快なだけ」
とっびきりの笑顔で言い放つ陽。
ドンマイ、航平。
あ、地べたに這いつくばってヘコんでる。
「にしし…どうどう?アキト?」
なおも接近を止めない陽の頭を手で制止。
とりあえず、思ったことを口にしようか。
「何て言うか…初心者マークを貼りたてな魔女って感じがする。ドジ連発のイタい新人魔女って雰囲気だ」
「えっ!?キュートでプリチー、かつセクシーでメロメロ?抱きたくてしょうがない?もぅ…しょうがないなぁ…今夜の二人の為に、解けない魔法をかけてあ・げ・る♪」
「お前、実家の病院で脳の検査をしてもらった方がいいぞ」
陽の実家は大病院を経営しております。金持ちです。
…まぁ、この学園は金持ちが多いけどね。その中でも陽は上位にランクイン。すげぇどうでもいい話だな。
「むぅ…アキトのイジワル…」
おや。
ちょっと不機嫌モードに入ったようだ。
仕方ない…今日の所は僕が折れるとするか。
「普通に似合ってるし、可愛いと思うぞ」
ポンポン、と軽く頭を撫でる。
陽はしばらくの間フリーズしていたが、数秒後に動き出す。
「え、ちょ、アキト!もっかい!もっかい今のっ!!」
「教室まで競走な。よ〜い、どん」
「え、えぇ!?似合わない台詞を吐いて誤魔化すな〜!!」
大声で騒ぎつつ、教室に戻る僕と陽。
…え?
航平?
誰だっけそれ。
◆
無駄に長ったらしい開会式を終え、とうとう学園祭が始まった。
僕は心の中で気合を入れ直す。
ファイトだ自分!頑張れ自分!
「よ〜し!行くよアキトっ!楽しいハロウィーンの始まりだぃ!!」
行き場の無いテンションを、杖をブンブン振り回すことで発散する陽。
危ないからやめなさいね。
「本当に行くのかよ…売り物を買わないだけに恨みを買いそうな企画だよな、これ」
「気にしない気にしない!学園祭におけるトリックスターの役割を担ってやろうじゃないの!」
嫌だな、僕はそんな役回り。
帰りたくなってきた。
僕の心中とは裏腹に、陽はパンフレットを取り出してターゲットの選別作業に入っている。
「サッカー部の焼きそばに、テニス部のかき氷…科学部のケミカルカレーなんてのも美味しそうだね…」
「まぁ、とりあえず友絵のクラスと奈月ちゃんのクラスには顔出しとこうぜ」
「そだねぇ。それは、おいおい行くとして…まずは校舎の外から攻めよう!」
「はいはい」
僕は陽に右手を預け、ただただ引きずられていくのだった。
「いや〜大漁だねぇ。って言うか大量だねぇ!開いた口が塞がらないのだぁ」
「それ使い方違う……にしても、何とかなるもんなんだな」
トリックオアトリートの掛け声と共に各所を襲来して二十分程度。あれよあれよと言う間に、僕らの両手は食い物で塞がった。
今は中庭のベンチに腰を下ろして、戦利品を賞味中。
「みんな良い人ばっかりだねぇ」
「…お前がいたからじゃないのか?」
「またまたぁ。嬉しいこと言ってくれるじゃないっ!」
「…厄介事を恐れたとか、郷土史研究部に関わりたくないとか…」
「アキトぉ・・・そんなことばっかり言ってると怒るよ?接着の魔法をかけて、一生私と離れられないようにしてやるっ!」
随分と原始的な魔法があったものだ。
とか何とか言ってみたものの、陽がいたからっていうのは大きいだろう。
見てくれだけは可愛いもんな。
今日は、特に。
ねだられたら、男として断りづらい感はある。
それと、郷土史研究部ってのも結構重要だろうか。
名前だけは知れ渡っている我が郷研。色んな事やらされてますから。
ぶっちゃけ、郷土史も研究も一切関係ない。
とっとと改名したほうがいいと思う。
…どうでもいいけど。
「やっぱり、女の子は得だよな」
しみじみと思うよ。
「そうかな?私だけだったら、女の子のハートはキャッチ出来なかったと思うよ?美系のドラキュラがいたからこそ、この戦績!」
そう言って綿飴を頬張る陽。
同意はしかねるが…そういうことにしておこうか。
心の中で呟き、僕もたこ焼きを口に放り込む。
うわぁ、生焼けじゃん。
素人臭さがあっていいけれど。
僕がたこ焼きに評価を下していると、陽が言う。
「ねぇ、あそこにいるのって和哉じゃない?」
「ん…?ホントだ」
僕らの座るベンチより離れること数メートル。
腰を下ろした男女の片割れには見覚えがあった。
新藤和哉。
クラスメイトにして、郷土史研究部の部長を務める厄介な男だ。
長めの髪に切れ長の目、細長い手足と、何もかもが長い。全体的にシャープで鋭い印象。
動物で言うなら鷹とか鷲とか、そんな感じ。
格好良いけど、威圧感がある。
ちなみに郷土史研究部の部長になったのは、『部長』という肩書きが欲しかったからに違いないと僕は踏んでいる。
あぁ…言い忘れてたけれど、もちろん郷研の出し物なんてありませんよ。ははは。
それはさて置いて、とにかく食えないヤツなのだ。
そんな和哉が、女の子と二人きり。一体どんな状況だ?美人系の綺麗な娘。…でもどっかで見たことあるような…
和哉の仮装はミイラ男。顔半分を包帯で隠している。ダークグレイのワイシャツに、だらしなく巻かれたネクタイ。開いた胸元にも包帯が巻いてあった。
二、三会話を交わした後、女の子が立ち上がる。
女の子が離れるのを待って、僕と陽は和哉へと駆け寄った。
「和哉も隅に置けないねぇ。学祭中に女の子口説いちゃうんだ?にしし」
「そんなんじゃねぇよ。色々あってな」
色々?
はて、またトンデモナイことをやらされるんじゃないだろうな?
僕の心を読んだかのように、和哉が僕を一瞥する。
「…いや…アキトじゃ無理だな」
僕じゃ無理らしい。
よく分からないが、助かった。
「ねぇねぇ、色々って何?おせーて和哉!」
「気にすんな。そして忘れろ。お前らはとっとと学祭を楽しんで来い。ほら、行った行った」
「ふーん…まぁいいや。行こっかアキト」
「そうするか。じゃあな、和哉」
僕らが立ち去ろうとすると、声をかけてくる和哉。
「おう…あぁ、そうだ。一つ頼みたいことがある」
「何だ?」
「俺は今から教室で企画を立ち上げようと思うんだが…その宣伝をお前らに頼みたい」
「別にいいけど…何をやるんだ?」
「『狼男を仕留めて豪華商品をゲット!』的な企画だ」
ふむ…
どうやら、不憫なアイツにも出番がやって来たようだな。
「気が向いたら、お前らも来いや」
「あぁ、そうする」
僕らは和哉に見送られ、中庭を後にした。
◆
次に僕と陽がターゲットに選んだのは、二年D組のクレープ。
友絵のクラスだ。
ドアの前で呼吸を合わせ、同時に開く。
せーのっ、
『トリックオアトリート!!』
「食べ物くれないと、悪戯しちゃうぞ〜♪」
「…しちゃうぞ〜」
最初は不審気な視線を向けられるが、すぐに苦笑に変わる。
段々慣れてきたな、この展開。
「とうとうウチにも来たか、噂のハロウィーン」 「何て美味しい企画なんだ」 「真鳥さん可愛い!」 「桐山くん格好良いよっ!」 「真鳥さんに魔法をかけられた!見事にハートを盗まれた!」 「このコンビは反則だろ」 「…相良くんはいないのかな…」 「リアルに血ぃ吸われたいんだけど」 「しゃあない、食ってけ食ってけ」
おぉ…歓迎ムードで嬉しい限りだ。
あ、ちなみにキリヤマってのは僕の名字です。どうでもいいですね。
「…いらっしゃい。お騒がせコンビ」
教室内に置かれた椅子とテーブル。
そこに僕と陽が腰を下ろすと、友絵がやって来た。
制服の上にエプロンというシンプルすぎる格好だが、何故だろう、友絵が着ると常にエロさが付きまとう。
具体的に言うと……膨らみ?……ごめんなさい。
「…アキトにはタダであげてもいいけど…陽はどうしようかな…」
「何それ!?差別だよぅ!訴えてやるっ!」
ジタバタと手足を動かして、暴れる陽。
「…無銭飲食のくせに威張るな」
やけに陽に冷たい友絵。
「友絵、どうかしたのか?今日はやけにキツイな」
「…別に………陽はアキトとずっと一緒で羨ましいとか、そういう裏事情は絶対に語らないよ?」
温度の無い瞳で陽を見る友絵。
怖い怖い!
「う…友絵が久しぶりに怖いよぉ…」
陽はビビッて縮こまっている。
「…はい。お待たせ、アキト」
そう言って、友絵が皿にデカデカと盛り付けられたクレープを持ってくる。
凄いボリュームですな。
「あぁ、どうも…って陽の分は……ごめんなさい」
目で脅された。
ゴメン、陽。
僕はテーブルに置かれたプラスチック製のナイフとフォークを手にして、いざ食べようとしたのだが、その二つを友絵に奪い取られる。
「あの、友絵さん?」
奪い取ったナイフとフォークで、友絵がクレープを切り崩し始めた。
そして。
「…アキト、あ〜ん」
「あの、自分で食えるよ?」
「…あ〜ん」
「自分で食えます」
「…あ〜ん」
「ノーサンキュー」
「…あ〜ん」
「分かったよ!食べるから!だから空いた手で僕の太ももを撫でまわすな!!」
ぱく。
「…感想を五文字程度でどうぞ」
「美味しいよ」
「…良かった。ふふ…」
満足そうに微笑む友絵。
それはそうと。
指をくわえて僕を見ている魔法使いさんはどうするべきか。
僕の余りをあげようとしたのだが、声は一瞬でかき消される。
「真鳥さんっ!これをどうぞ!ご賞味ください!!」 「あ、テメ、抜け駆けすんな!」 「真鳥さん!好きなだけ食べてください!!」 「あなたの笑顔のためなら!」 「リミットなんかありません!!」
凄い勢いで陽に皿を差し出す野郎ども。
やれやれだ。
「うんっ!ありがと♪」
いかにも作り物の極上スマイルを浮かべる陽。
もちろん、そんなことには気付かない野郎ども。
頑張れ。負けるな。
僕は気を取り直して、クレープを口に運ぶ。
うん。甘すぎなくて良い感じだ。
やっぱりクレープの生クリームは甘さ控えめがよろしい。
「き、桐山くんっ!」
「は、はい!?」
いきなり呼ばれて、ビックリ仰天。
見ると、D組女子の皆さん。
「あ、あの…お代わり、いくらでもあるから!」 「いっぱい食べてね!」 「ついでに私も味わって…」 「ちょ、何言ってんの!?」 「さ、相良くんは…」 「クレープあげなかったら悪戯してくれるかな?」
何のこっちゃ。
ひとまず、お礼は言っておこう。
「ど、どうも…でもお気遣い無く。ははは…」
我ながら情けない程のヘタレボイス。
時々、自分が嫌になるよ。
D組女子の皆さんは皿を持ち、わんこ蕎麦よろしくスタンバっていたが、陽と友絵が鬼のような形相で睨んでいたため、パラパラと散っていった。
人口密度の薄くなったテーブルの、手近な椅子を引き寄せて友絵が腰を下ろす。
「…ねぇ、C組の教室で和哉が何やら始めてたけど、追加で企画でも始まったの?」
「あぁ。そう言えば、企画を立ち上げるとか何とか言ってたな」
今更だよなぁ。
宣伝もしろって言われたっけ。
するつもりないけれど。
知ったこっちゃねぇよ、和哉の企画なんざ。
アイツの為に動く義理も道理も無い。
「ねぇアキト、私ちょっと気になる」
「僕は別に気にならないぞ。どうせロクなもんじゃない」
とは言え、先ほど和哉と話していた女の子が関わっているのかどうかは少し気になるが…
やっぱりどうでもいいや。
「和哉の企画は放っておくとしても、そろそろ撤退しようぜ陽。あんまり長居すると迷惑だ」
「えぇ〜…もうちょっと居ようよ…せっかく食べ放題的な雰囲気なのに…」
そう言いながらも、渋々陽は立ち上がる。
「じゃ、ご馳走様。友絵」
「…うん…またどうぞ。あ、それから陽」
「うにゃ…何?」
ビビリながら陽。
友絵に対する恐れが見え隠れしている。
「…あんまりアキトにベッタリしてると、後が怖いよ?」
ジロリ、と乾いた瞳が陽をロックオン。
「わ…わかった…」
陽は緩慢な動作で頷いた……訳ではなかった。
「…なんて言うと思ったかぁ!!私とアキトは運命共同体、死んでも離れないんだからっ!以上!さらばっ!!」
そう早口でまくし立て、陽は僕の腕を掴んで駆け出す。そしてマッハで教室からエスケープ。
このテンションは何処からやってくるのだろう。
僕は溜め息をまた一つ重ねる。
廊下を駆け抜けていくドラキュラと魔女。
風になびく黒色の衣装。
時刻はようやく午後一時を回った所。
まだまだ終わりそうにないハロウィーン。
そして形容しがたいこの祭りも、まだ続いていくのだった。
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