山吹色スイーツ
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九月も終盤に差し掛かったある日の放課後。
僕ら学生は、来月の中頃に控えた学園祭の準備に追われていた。
といっても我が二年C組は、そこまで準備に情熱を傾けなくても構わないのが現状。準備をするのは仮装の衣装のみなのだ。
お化けの仮装をするとは聞いていた。しかし、それで何をやるかまでは知らなかった。その内容が本日明らかになった。
ウチのクラスの出し物。題して『アーリー・ハロウィーン』。
簡単に言えば、フライング気味のハロウィーンを学園祭の中でやろう、というフザけた企画。学祭中なら、どこに行っても食い物はあるだろうからな。
しかし、よく通ったな。この企画。
被害に遭う方はたまったもんじゃないぞ。
発案者誰だよ、全く。
「…学園祭、楽しみだね」
時刻は放課後。
場所は部室棟の一室にある、我らが『郷土史研究部』の部室。
十畳ほどの部屋に、テーブルとパイプ椅子が乱雑に並べられている。
読書に興じていた僕の意識を現実に引き戻す、鈴を転がすようなスイートボイス。
「そうか?僕はあんまり乗り気じゃないけど」
「…アキトは去年もそんなこと言ってた」
「そうだっけ?」
「…そうだった」
「……そうですか」
高峰友絵。
妙に会話のテンポが合わせづらい、この少女の名前だ。郷土史研究部の副部長でもある。
長い黒髪を、後ろで無造作に一つ縛り。デキるキャリアウーマンみたい。オプションで眼鏡を是非ご所望したいね。
そして何と言っても特筆すべきは、その殺人的なまでのスタイルの良さ。制服姿には犯罪の香りすら漂っている。もうすぐ冬服に衣替えなのが惜しい…って!それはどうでもいい!
パッと見にはクール系美人だが、迂闊に近づけば痛い目に遭う。中身は、墨汁に飛び込んだカラスもビックリの腹黒ドSっ娘。
リアルに怖い。
「…アキトのクラスはフライングでハロウィーンだっけ?学園祭を逆手に取った面白い企画だよね」
「そうか?ただの反則技じゃん」
他のクラスに申し訳ないよ。
「…アキトも仮装するんだよね?ドラキュラ」
「あー…まぁ…」
不本意ながら、これは決定事項。陽の発言にクラス中が乗っかり、僕は晴れてドラキュラに大抜擢された。
不本意だ。
「…きっと凄い似合うよ。色白だし、髪もいい感じに長いし。絵に描いたようなドラキュラだよ」
うーん。
そうは思わないけれど。
「…ちなみに、ウチのクラスの出し物はクレープ販売。良かったら来てね」
「おう。是非」
甘いものは割りと好きな僕。
暇を見て足を運ぶとしよう。
僕は読みかけの小説を再び手に取り、ページをめくり始めた。
すると友絵が、何の前触れもなく切り出す。
「…あ、そうそう。その小説ね、主人公を殺そうとした犯人、実は幼馴染のヒロインだよ」
「っ!?」
ちょ、えぇ!?
いきなりネタバレ!?
クライマックスに向けて動き始めた所だったのに!!
「ゆ…友絵…その仕打ちはあまりにも酷すぎないか?僕、何か悪いことした?」
僕の悲痛な訴えを、友絵は実に満足そうな笑みで薙ぎ払う。
「…だって…アキトを苛めるのが私の生きがいだもん。くすくす…アキトの困った顔、可愛い……♪…くすくす…」
ぐはぁ。
理不尽だ。あまりにも理不尽すぎる。
「泣きたい…」
「…くすくす…私の胸で泣いていいよ…?ほら、おいで…」
ニヤニヤ笑いを浮かべた友絵が僕に手招きする。
くっ!そんな悪魔の囁きに耳を貸してたまるか!ちょっと魅力的な申し出だけど…絶対裏がある!
頭を振ってクールダウン。ついでに雑念も振り落とす。
ようやく落ち着いてきた頃、不意に部室のドアが開いた。
姿を現したのは、陽。
手にはトレイを持っている。
「見かけないと思ったら…どこ行ってたんだ?ヒナ」
「えへへっ。地球環境に優しい女子高生を演じてみようと思いまして。資源の有効活用ですぜぃ」
そう言って陽は、僕と友絵にプラスチック製のカップを手渡す。
「陽ちゃんお手製、パンプキンプリンなのだぁ!ハロウィーン用のカボチャ、くり抜いた部分を再利用いたしましたっ!」
えっへん、と誇らしげに胸をはる陽。
「ふぅん、美味そうじゃん」
「…いただきます」
友絵はスプーンを手に取り、早速食べ始める。
どれ、僕も…
カボチャの色を反映した、明るい山吹色のプリン。小奇麗に作られていて、金を取れそうな出来だ。
スプーンですくって、口に持っていこうとしたところで、思いとどまる。
何故って。
陽がやけに真剣な目つきでプリンの行方を見守っていたから。
「あのさヒナ、地球環境に優しい女子高生だったら…プリン作りに不必要なモノを入れたりしないよな?」
ギクリ、と固まる陽。
正直者め…
「な、な、な、何を疑っているのかなぁ、アキトは!?私の愛情の塊であるハンドメイド・プリンを目の前にして!当たり前じゃんか!不必要なモノなんて…しょ、しょんな……」
オロオロと慌てふためく陽。
舌も回らなくなってるじゃねぇか。
「じゃあ、試しにお前が食ってみろよ。ほれ」
僕はプリンを陽に差し出す。
「……いいの?」
「え?」
予想外の切り返し。
その言葉の意味するものは?
「とか何とか言っちゃって、一時撤退!ドロン!!」
そう叫んだ陽は、尻尾を巻いて逃げようとする。
「逃がすか!!」
僕は素早い動作で腕を伸ばす。
ギリギリの所で陽の左腕を掴むことに成功した。
「や〜ん!アキトのターゲットがプリンから私に変わったぁ!た・べ・ら・れ・る〜!」
大声で人聞きの悪い台詞を吐くんじゃありません。
観念させるために、陽の両頬をつまんで軽く引き伸ばす。
あまり力技に訴えるのは好まないが…やむなし。
「怒らないから言ってみようか?洗いざらい吐けば、許してやらんこともない」
「うぅ………頭を撫でて、ほっぺにチューしてくれたら…って、痛い痛い痛い!!」
「頼むから素直に白状しろ。絵的に言って、好ましい場面じゃない」
「分かったよぉ…白状します……ちょっとした、自分の欲望に忠実になるクスリをですね・・・」
やっとのことで口を割ったかと思えば、とんでもない真相が明らかになった。
大体、そんな危険な代物をどこから。
…ちょっと友絵さん?いきなり目を輝かせて話に聞き入るの、やめてもらえる?
「さっきアキトが言った時、食べてみても良かったんだけど…アキトの安全は保障できなかったよ?」
「さも、『僕が暴走するのは構わない』的な発言はよせ」
「それは…だって……そのままの意味だし。―――ねぇ、友絵?」
!?
陽が意味あり気なアイコンタクト。
それとほぼ同時に気付く、背後に感じるナニモノかの気配。
だが、時すでに、遅し。
回避行動に移す前に、後ろから手足をガッチリと友絵にホールドされる。
背中に感じるのは禁断の感触。
夏服の生地の薄さに乾杯。
などと浮かれている場合では全く無い。
「さてさて…お口をあ〜んしましょうねぇ…アキト…えへへ……」
瞳に狂気の光を宿し、満面の笑みで近づく陽とプリン(有害物質)。
耳元では、友絵の甘ったるい声。
「…すごい美味しかったよ?一口食べてみようって……じゃないと、私がアキトを食べちゃうぞ…あむ♪」
僕の左耳を、友絵が遠慮なしに食む。
「ちょっと待て…お前ら……何事にも、越えちゃいけない一線がだな…」
『限界は、超えるためにある!!』
「声を揃えて楽しげに言うな馬鹿野郎!!……ちょ、嫌あぁぁぁぁぁぁ!!!」
学園祭前の秋の一日。
部室は今日も騒がしく。
絶叫する僕の視界の端っこ。
山吹色のプリンが笑みを浮かべていた。
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