水色リバー
◆
八月。
容赦なく照りつける太陽は一向に弱まる気配を見せず、フルドライブで全力回転だ。
そんな夏の洗礼を受けてたまるかと、僕は自室に閉じこもってクーラー全開。地球温暖化問題に真っ向から反抗しているダメな子を演じている。
学生大好き夏休みも、今や終盤。
高校最後の休みなんだから、何か大それた事をやるべきだ!と言い出した郷研連中の魔の手をかいくぐり、今は休息中の桐山空斗です。
「はぁ…だるい」
郷研連中による連日のイベント続きで僕の体は疲労困憊。
花火大会や海での一悶着。もう十分すぎるくらいに夏は満喫したさ。
僕はベッドに寝転んで、眠りの世界へと旅立つ準備はオーケー。
だったのだが、目を閉じた瞬間、テーブルの上に放置した携帯がけたたましく鳴り響く。
発信者、真鳥陽。
「もしもし。どうした―――――」
ここ最近、自分でも不思議に思うことがある。
それはズバリ、陽に反抗するという行為が、目に見えて減った自分だ。
以前は過剰なスキンシップに反抗しっぱなしだったのに。
今では、『しょうがねぇなぁ』の一言で片付けてしまう僕。
得体の知れないモヤモヤも心を包んでいる。
これは良い傾向なのか?悪い傾向なのか?
僕個人の意見としては、陽に影響されて変わった自分を少しばかり恨めしく思う。
でも。
「やっぱり、しょうがねぇよなぁ」
呟くのは、この言葉。
「どうしたのアキト?」
「最近、自分がどんどん変わってる事に気付いてな」
「そうだねぇ。前に比べると、私のこと拒まなくなった」
向かい合ってのコーヒータイム。
場所はもちろん、いつもの喫茶店。
陽から電話で呼び出され、メシを食った後ブラブラと街を歩き、今に至る。
絵に描いたような高校生じゃないか。
「不思議な気分なんだよな。僕は他人に影響されにくい人間だと今まで信じてきたのに」
「私も驚きだよぉ。まさかアキトがこんなに変わるなんて」
実に眩しい笑顔を浮かべる陽。
くそぅ、可愛いじゃねぇか。
「そうかい。お前の力は偉大だな」
「ふぉふぉふぉ。今頃気付いたのかね」
そう言って、大仰な仕草で架空のヒゲを撫でる陽。
僕はそれを見て軽く噴き出す。
同じように、陽も笑い出す。
しばらく響いた笑い声の後に、陽が言った。
「ねぇアキト」
「何だ?」
「私たちって幸せだね」
「実を言うと、僕も今そう思ってた」
言いつつも、心のどこかでモヤモヤを感じている僕もいた。
暑さのピークを過ぎたとは言え、昼間はまだ暑い。
喫茶店を後にした僕らは、河川敷に腰を下ろしていた。
これもまた、絵に描いたようなコース設定だな。
ここは陽のお気に入りの場所らしい。
目の前を流れる川は、環境汚染が問題視されるこのご時世で、信じられないくらい綺麗な淡い水色をしている。色のカラクリを、以前和哉に聞いたのだが忘れてしまった。プランクトンがどうとか、浄水施設がどうとか、イオンがどうとか、色々と小難しいことを並べていた気がする。
「夏休みも、もう終わりだねぇ。早かったなぁ」
「まだ遊び足りないのか?」
「だって高校生活最後の夏休みだよっ!?」
「何でもかんでも『高校生活最後』をつければいいってもんじゃないぞ」
特にお前は、それを多用しすぎだ。
「…高校生活、かぁ…」
さっきまでのテンションはどこへやら、しみじみと陽は呟く。
「いきなりどうした」
「いやね、何か感慨深いものがあるじゃん?こうやって、どんどん年取ってくのかなぁ」
「お前はおばあちゃんか。まだ二十歳にもなってねぇのに」
「いいじゃんか別にっ!私は将来、可愛いおばあちゃんになるもんっ!」
話の趣旨がズレてないか?
しかし、陽の熱弁は止まらない。
「アキトも一緒だよっ?いつまでも仲の良いおじいちゃんとおばあちゃんになるのっ!」
そんなことを言ってじゃれてくる陽はおばあちゃんどころか、まだまだガキのようだった。
暑いからやめろと、昔の僕なら言っていただろうか。
でも今の僕は、陽のこんな所も含めて大好きなのだった。
「むぅ…ある程度抵抗してくれないと、何故かつまんないんだけど…」
理解不能な発言をする陽。
「そうか。それなら喜んで拒否するぞ」
僕は思いっきり爽やかな笑顔で言ってやる。
あぁ、何か昔の僕が蘇ってきたぞ?
やっぱり、こっちの方がしっくりくるな。
モヤモヤの正体はこれだったのか?
「ち、違う!そういう意味じゃなくてえぇぇ!ヤダヤダ、一分前のアキトに戻って!イチャイチャのベッタベタがいいよぉ!!」
「今までも、そこまで末期的では無かったぞ?」
これは自信を持って言える。
「うぅ…アキトが虐める…見かけによらず攻撃的だぁ……でも、そういうのもアリかも…」
青ざめたり赤くなったり、忙しいヤツだ。まるで信号機だな。
「じゃあ聞くが、お前の理想ってのはどんなだ?」
「ふぇ?何でそんなこと聞くの?」
何でって。お前、絶対分かってて聞いてるだろ。
「…お前の理想に近づきたいから」
それを聞いて、陽は顔をニンマリと歪める。
やれやれ。
「私の理想かぁ…やっぱり、去年あたりのアキトかな?」
去年の僕と言えば、曖昧な気持ちをいつまでも引きずっていた頃だな。
陽のスキンシップに対して一番難色を示していた頃。
「あの頃が一番しっくりきてたって言うか、一番私たちらしかったって言うか」
確かに、あの頃みたいにバカ騒ぎはしなくなったな。
それが良いことなのか、悪いことなのかは、やっぱり判断できないけれど。
「それには、少し同感かもしれない」
「でしょ?実を言うと私、正体不明のモヤモヤが…」
僕は陽の衝撃発言を聞き逃さなかった。
「お前もか?実は僕もここ最近、ずっとモヤモヤしてて」
原因は、どうやらハッキリしたようだ。
「アキトも!?症状まで一緒なんて…やっぱり私たちは、結ばれるべくして結ばれた運命の二人!!」
「いやいや。そんな大それたもんじゃないだろ。つーか、割とヘヴィな問題じゃないか?それ」
「お互いがお互いのことを想いすぎて生じる恋愛病の一種なんだよっ!そうだよ、そうに違いないっ!!」
「病気になるほどお前のことを考えた記憶は皆無だが」
「またまたぁ!ホントのこと言っちゃえよっ!!」
「頼むからその安っぽいキャラクターは止めてくれ」
「ちなみに私は一日中、アキトのことしか考えてません」
「いきなり何をカミングアウトし始める」
「ぶっちゃけ妄想の世界では、三人目のベビィが産まれます」
「そういう痛い妄想は胸の中に仕舞っておこうな」
「更に言っちゃうと、妄想ワールドのアキトは色々と激しいです♪やん…もう…アキトってばぁ♪」
「なぁ、頼むから僕のイメージを崩すような発言は控えてくれ。つーかやめろ!!」
「アキトは、昼と夜で性格が違う…と。メモメモ…特にベッドの上では―――」
「お前の妄想はもはや犯罪だな」
「リアリィ?」
「リアリィ」
「ねぇアキト」
「何だ?」
「私たちはやっぱりこれだね」
「実を言うと、僕も今そう思ってた」
様々な角度を試して、選んだ角度はやはりこれ。
行き着いた関係はそのままに、手を繋いだまま悪戯に距離を置いてみる。
近づきすぎた関係は、僕らに不似合いなのかも。反射やワンクッションを利用したり。
周りからどう見えるかではなく、自分たちの認識の問題。
一番居心地の良い角度、距離。
反射の仕方で違う顔も見せて。色々な意味でね。
そう。目の前を流れる水色の川もまた、角度と反射の悪戯なのかも。
そんな下らないことを考えていたら、夏がたくさんの思い出を乗せて流れて行ったような気がした。
多分、気のせいだ。
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