群青色レイニーデイ
◆
今年もまた、梅雨と呼ばれる憂鬱な季節が到来した。
毎日嫌がらせのように降り続く雨と悪質な湿気で、僕の思考回路はことごとく錆び付いてしまっている。天気の週間予報も、キレイに青系統の傘が並んでいる。目には優しくても精神には全く優しくないのだった。
「止まない雨は無いとは言え、この天候の前じゃあ信憑性も薄れるってもんだろ」
僕は部室の窓から、雨雲が漂う空を見上げ呟く。
今日で五日連続の雨。気分がモヤモヤして一向に優れない。
「…でも、アキトにとっては待ち遠しい季節だったんじゃない?」
背後から、ネズミをいたぶるネコのような友絵の声。
「どういう意味だ」
「…だって…ようやくアキトの大好きな夏服解禁だよ?運が良ければ雨でスケスケ―――」
「ストップ!シャラップ!!」
僕は友絵の危険度マックスな発言を遮る。
それは言ってはいけないだろう。
「…毎年ケダモノみたいな目で私を見てくるじゃん…心の声も聞こえてくるよ?『ボタンをもう一個外せ』とか『ネクタイをもっと緩めろ』とか…」
「そこまで欲望全開な心の声は、断じて僕の中には無いぞ!?」
「…本当に?」
友絵の確信的な輝きを帯びた瞳が、容赦なく僕の頼りない鎧を剥いでいく。
「……いや、ちょっとだけ…その、僕だってオトコノコですから…」
瞬間的に僕の負けが決定した。
情けない。でも、友絵にはどう頑張っても勝てないと思う。
「ちょっと友絵!アキトをあんまり虐めないでよっ!」
陽が立ち上がり、僕を庇ってくれる。
ああ、ありがたや。
「…そうやってアキトを庇って、『自分は彼にとって特別な存在です』アピール?笑えるね。そういうの」
氷のように冷たい友絵の微笑と口調。
案の定、陽は固まって言葉を失ったままだ。
ここ最近の友絵は以前より攻撃的で、陽は甚大な被害を受けている。
「お、おい。ヒナ―――」
僕は今にも泣き出しそうな陽を気遣い、言葉をかけようとするのだが。
「…ねぇアキト。湿気でジメジメして気持ち悪い……特に胸の谷間が…」
などと言いながら、制服の胸元を大々的に開けた友絵が擦り寄ってくる。
布の間から覗く素肌の色彩と、理性を強制的に戦闘不能へと追いやる感触に、僕は目眩を覚える。
ああ…夏服に乾杯。そして人間の皮膚感覚に完敗。
とか冗談言ってる場合ではない!むしろ冗談じゃねぇ!!
「おい友絵!お前いいかげんしろ!」
「…嬉しいくせに」
「違うっつーの!!」
取り乱しながら、やっとのことで僕は友絵から離れることに成功した。
友絵はそんな僕の様子を、楽しげに見ている。
「友絵。お前最近、いやにアクティブだな」
以前とは比べ物にならないくらい。
「…うん。アキトの愛人希望だから」
その言葉で、今までフリーズしていた陽が動き出す。
「あのねぇ!アキトはそんな風によそ見なんかしないもん!いつでもどこでも私しか見てないのっ!」
叫びながら友絵に掴みかかりそうになる陽を、僕は後ろから羽交い絞めにする。
落ち着きたまえ、陽。
「ま、そういうことだ友絵」
「…ふぅん。アキトも否定しないんだ…お熱いねぇ」
溜め息を軽く吐き、友絵は手近な椅子に腰を下ろす。
「…そう言えば陽、最近頑張ってるみたいじゃん」
「え?私?何が?」
いきなり話の流れが変わり、陽は戸惑う。僕も戸惑う。
「…成績、かなり上がってきてるじゃない。以前から陽を知ってる人は驚きだと思うよ」
「えへへ。まあねっ!」
陽は誇らしげに胸を張る。
一方、僕はちょっとテンションダウン。何故なら僕も、その驚いている一人だから。
今学期の始めに進学モードへとチェンジした陽は冗談みたいに成績を上げ、先月に行われた中間テストでは学年十二位。クラス内ではまさかの三位へと躍り出た。
赤点連続で補習常連の陽が…ねぇ。言いたかないが、僕は完全に追い抜かれた。悔しいと言うより、陽の潜在能力の高さに舌を巻くばかり。今までどれほど勉強をサボっていたかが分かるな。
「…私もうかうかしてられないかな」
ちなみに友絵は成績優秀。学年トップテンには常に名を連ねている。結構ハイレベルな大学を狙っているそうだ。
ここにはいないが和哉のヤツも頭は良い。友絵ほどではないにせよ、僕は入学してからアイツに一度も勝ったことは無い。まぁアイツの場合、違う意味での頭の良さなのだけれど。卒業後は…興味ねぇや。
そしてこの僕、桐山空斗は。
勉強はそれなりに出来る方だと思うが、陽に追い抜かれたことは軽くショックだった。ちなみに中間は二十二位。陽とちょうど十位の差だ。
え?
航平?
アイツは問題外。陽ほど末期的では無かったが、毎回危険な低空飛行の連続だった。終わり。
「いやぁ、こうして見ると郷研って意外と成績優秀なんだねっ!」
それはお前が急成長を遂げたからこそ言えるセリフだな。
「そう言えば、そろそろ僕たちって部活引退なんじゃないのか?」
六月。早い所はもう引退パーティの話し合いで盛り上がっていたが。
「…『郷研に引退は無い!』って部長さんが言ってたよ?」
部活に顔を出さない部長、新藤和哉。それってどうなのよ?幽霊部長ってヤツか?
「そうなのか?」
「…そうなの。それに今私たちが引退すると、奈月が一人ぼっちになるよ?」
「あ」
そうだ。
新入部員確保の事をすっかり忘れていた。
三年を除けば、部員は二年の奈月ちゃんのみ。これは非常事態じゃないのか?
「奈月ちゃんの為にも、部員の確保は必須だな」
「うんっ!郷研が無くなっちゃうのも嫌だしねぇ」
僕の意見に陽も賛同する。
「卒業するまでに、何とか部員を集めようぜ」
それでも、今すぐに動き出そうとしないのは僕の悪い癖。
「あれぇ?今までのノリはどこに?行くなら今でしょ!?」
ベタな感じで陽はずっこける。
「…部員の勧誘は和哉と一緒じゃないと」
「そゆこと」
別に勧誘は部長がしなければならない、とかいう決まりは無いのだが。
基本的にこの郷研は、部長である和哉の気に入った人間しか入れない。航平が未だに郷研部員になれないのには、その辺に理由があるのだろう。
部員を選りすぐった所で、何をする訳でもないのにな!
「うぅ…だって和哉のヤツ、部活に顔出さないじゃん」
そこは陽に同感だ。
部長の出席率が悪いんじゃどうしようもないな。今頃、どこでどんなトラブルを起こしているやら。
「…まぁ、何とかなるんじゃない?卒業までには」
友絵までもが先延ばしの意見。
あぁ、すごい郷研っぽい。この投げやり感。
「そ、そうかな……うん…そうだよね!」
仕舞いには、陽までもが感染。恐るべき、郷研ウィルス。
僕は苦笑して、また雨の降りしきる外に目をやる。
梅雨の郷研部室。
ジトジト、ジメジメ。
湿気と脱力感が支配する空間。
僕らは、今日も今日とてグダグダいっぱい。
厄介な問題はとりあえず横に。
今日が楽しければいいじゃないか。
そんな、イマドキ思考。
緩い時間が流れていく、六月の一日。
群青色で染まっていく、六月の一日。
明日こそはスッキリと晴れてほしいと、僕は思った。
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