黄金色ウィーク
◆
肌寒かった四月の陽気は見る影も無く消え失せ、照りつける太陽が恨めしいほどの暖かさ。フライングで夏が到来したと言われても信じる自信があるぞ。
今年のゴールデンウィークは五連休。
これだけ休みがあると、せっかく春休みボケから解消された頭が再び堕落していくかもしれない。
休みがあっても、することも無いのが事実。どうしたものかねぇ。
五月三日、水曜日。
この日は陽とブラブラして過ごした。
相も変わらず陽はハイテンションだった。
五月四日、木曜日。
陽が親戚の家へ行くとかで、朝早く出かけていった。どうやら泊まりらしい。
無理矢理僕を叩き起こした陽は、しばらく会えないから、などと理由をつけて僕の唇を奪いに来た。もちろん丁重にお断りした。が、あまりにも寂しそうな顔をしやがるので仕方なしに、本当に仕方なしに、陽の頬に軽くキスしてやった。
陽はしばらく茹で蛸のようなカラーに顔を染めながら、耳からは煙を噴出していた。そんな陽を笑顔で見送った後、僕はリビングでもう一眠り。
そして目を覚ました現在時刻は午前十一時。
「久しぶりだな…こんな時間まで寝てたの」
いつもなら八時を回ると、陽が僕の安眠を妨害しに、わざわざ隣の家からやって来ていたのに。
何だろう、この気持ち。味気ないというか、物足りないというか。
陽がいないだけで、僕の日常がここまで静寂に満ちたものだとは。
ひとつだけ、これだけは言っておきたい。
断じて寂しいわけではない。これは間違いない。
「…どうした、桐山空斗。僕はこんなキャラじゃ無かったはずだぞ」
調子がよろしくない。
名前も何故か漢字表記。
いかん、いかん。
僕は気分転換も兼ねて、普段滅多にしない散歩をしてみることにした。
足の向くまま気の向くままに登校ルートを歩き、大通りにあるコンビニに差し掛かったところで、見覚えのある人物がコンビニから出てきた。
「和哉」
「おう、アキトじゃねぇか。お前一人か?陽はどうした?」
「親戚の家に出かけた。て言うか、僕と陽をワンセットで考えるのはやめてくれ」
確かに一緒にいる確率は高いけれど。
むしろ常に一緒だけれど。
何だか恥ずかしいじゃないか。
「事実じゃねぇか。ところでアキト。お前、今暇か?」
「暇っちゃあ暇だが」
「そりゃあいい。面白い話があるんだが、聞いてみるか?」
和哉はお得意の小ずるい微笑みを浮かべる。
コイツの話なんぞに興味は微塵も無いが、暇つぶし程度にはなるだろう。
「聞くだけ聞こうか」
「うし。じゃあ歩きながらいくか―――俺の知り合いがな、ちょっとした店をやってるんだ。そこそこ客も入ってて、それなりに繁盛してた。だが最近、隣に出来た店のせいで儲けは急降下。エライ目に遭ってるそうだ」
話の内容とは反比例の、実に楽しそうな笑みで和哉は話す。
人の不幸で楽しむんじゃない。いや、和哉のことだから話自体本当かどうか怪しいところだ。
ああ、ちなみに今向かってる目的地はその店な、と和哉は付け足す。
「隣に出来た店って。ライバル店か何かか?」
「関係が無いとは言い切れないが、別物と言っても過言ではないな」
「…ちなみに、その知り合いは何屋さんなんだ?」
オチが見えたような気がするのは気のせいだろうか。
しかも果てしなく下らないオチが。
「焼き鳥を売ってる」
はい、お約束。
「どうせ、隣に出来たのはペットショップでした!ってオチだろ」
僕の一言で、和哉は一瞬にして顔を固める。
実につまらなそうな顔に。
「…お前…オチを先取りするなんて、どういう神経してんだ」
「大体読めるだろ。つーか、使い古されたネタじゃねぇか」
「いや、これはネタじゃなくて。リアルにマジ話だぞ」
真剣な口調の和哉。
嘘くせぇ。
「信じられるか」
「じゃあ自分の目で確かめろよ。ほら、そこのタバコ屋の隣が焼き鳥屋だ」
和哉の指差す方向には、寂れたタバコ屋。そして「国内産」の看板がやけに痛々しい、焼き鳥屋であろう店舗。
その隣には。
入り口のドア付近に大量の鳥カゴをぶら下げてある奇妙な店。きっとペットショップなのだろう。カゴの中では色彩豊かな鳥たちが羽ばたきあって、羽を撒き散らしている。明らかに悪意を感じるぞ、このディスプレイは。お隣を潰しにかかってるじゃねぇか、このペットショップ。
「これは、ちょっとやりすぎじゃないのか。注意した方がいいだろ」
「一応したみたいだけどな。そこら辺は本人たちの問題だ」
あくまでも他人目線の和哉。まぁ、そういう所はお前らしいけれど。
僕は鳥カゴに近づき、極彩色のインコを見つめる。目に優しくないなぁ、とボンヤリ思う。
「お前、割と動物好きな所があるよな。だから肉もあんまり食わないのか?」
和哉が問いかけてくる。
確かに僕は、あまり肉を食べない。牛も豚も鶏も魚も。
「動物は好きだよ。人間みたいに小賢しくないしな。でも、食うことに関しては別だ。ただ単に味と匂いが好きになれない」
陸の動物は肉の匂いが嫌い。魚の肉は味が嫌い。何かの料理に混じっていれば大丈夫だが、単品では食えない。というよりは、食おうと思わない。
食の面で僕は随分と損をしていると思うけれど、こればっかりはしょうがない。
「アキトは変わってるな」
「お前も人のことは言えないと思うぞ」
僕らは軽く笑い合う。
それに合わせるように、カゴのインコが盛大に羽ばたいた。
この日は、こんな風に下らないノリで一日が過ぎていった。
五月五日、金曜日。
この日の目覚めも昼近くだった。
否定のしようがないくらい、生活リズムが崩れている。
「………」
ベッドから起き上がり、テーブルの上の携帯を手に取る。そして意味無くセンター問い合わせ。
さっきから、この繰り返し。
普段は鬱陶しくてしょうがない陽からのメールを、僕は欲していた。
悔しい。何で僕がこんな気持ちにならなきゃいかんのだ。
分かってるのにさぁ。陽の泊まってる場所が圏外だって。それでもセンター問い合わせを繰り返してしまう自分が情けない。
―――――いや、だから全っ然寂しくなんかないって。
むしろ、せいせいする…よ?
うぅ…
僕は耐え切れず、普段は全くかけない名前を探し出し、発信ボタンを押していた。
「―――お。もしもし、航平か?お前、今何してた?…あ…デート…うん…そっか…ラブラブかぁ…それは羨ましいなぁ、ははは…うん…うん……あぁ…じゃあな…」
ブツッ。
ツー。ツー。ツー。
…ヤバイ。今なら普通に泣ける。
何、この孤独感!?
身を切られるような、とは正にこのことだよ!
悲しみ色をした切なさとやるせなさが、容赦なく僕の心をボロボロにしていく。
もう何もする気力が無くて、僕はこの日、部屋から出ることなく一日を終えた。
五月六日、土曜日。
この日僕は、とうとう部屋に閉じこもる行為にも嫌気が差し、外に出てみることにした。
今日も変わらず照りつける日差し。しかし僕の心には厚い雲が垂れ込めているばかりだ。
脳裏にチラつくのは陽の笑顔。
あぁ…僕はこんなにも人恋しい性格だっただろうか。
溜め息を吐きながら、彷徨うように昼下がりの街を徘徊する。
「あれ。アキト先輩?」
「…ホントだ」
進行方向から声が聞こえる。
俯いた顔を上げれば、意外と近くに奈月ちゃんと友絵の顔があった。
「…どうしたのアキト。今にも死にそうな顔して。陽もいないし」
「ま、まさか、陽先輩に何かあったんですか?」
またもや陽の不在を不審に思われる。
そこまで不自然に映っているのだろうか。
「別に、そういう訳じゃ…陽は親戚の家に行ってるだけだよ」
「…なるほど…それでアキトは寂しくてしょうがないと」
「そんなんじゃねぇって。お前らこそ、珍しい組み合わせだな」
友絵と奈月ちゃん。あまり見ない光景だ。
「…ま、確かにそうかも…今日は奈月と一緒に、陽からどうやってアキトを奪い返そうか相談してたの」
冗談に聞こえない冗談はやめろ。
顔がマジだぞ、友絵。
「………」
奈月ちゃんは控えめに笑う。
あれ。
奈月ちゃん?否定しないの?
「…陽もやってくれたよねぇ。一人だけ抜け駆けとか、許せない…て言うか、許したくない」
ブツブツと呟きつつ、友絵は僕に近づいて来た。
その雰囲気に僕は恐怖を覚える。鳥肌が…!
「…奈月」
「は、はい!」
がし。がし。
友絵の掛け声と共に、僕の両腕は拘束される。
「お、おい…」
一気に不安で包まれる僕に、友絵が耳元で優しく囁く。
「…アキト、お茶でもしない?」
◆
友絵と奈月ちゃんに拉致され、連れてこられたのは喫茶店。いつもの喫茶店。
「…アキトってば。そんなに怖い顔しないでよ…別に何もしないから」
信用できねぇ。
仮にも友絵のお言葉だし。
「…ひとつだけ、アキトに言っておきたかったの」
「何をだ」
僕の瞳を、友絵の黒い瞳がじっと覗き込む。
今までに見たことの無い、真剣な友絵。
僕は息を止め、友絵の次の言葉を待った。
「……私は諦めないよ?むしろ、愛人の方が私にお似合いじゃない?」
空気が凍った。
店内の空気が一瞬にして凍りつく。
意味ありげな前置きから、まさかのトンデモ発言。
もうやってられませんよ。
「何を言い出すんだお前は!」
「…本心だよ。包み隠さず、純度百二十パーセント」
友絵は目を細め、いやらしく笑う。
「馬鹿馬鹿しい。奈月ちゃんからも何か言ってやってよ」
「わ、私も―――――」
うん?私も?
「私も、諦めませんから!」
…あれぇ?
「アキト先輩の一番になれなくても…私は、アキト先輩の傍にいれるだけで…いいんです。だから…今までみたいに、いっぱい可愛がってください!」
ぴしり。
今度は空気にヒビが入ったような気がした。
そして店内にいる人からの視線が痛い。特に男性客。
「あの…ちょっと待った…お前ら…」
必死に落ち着かせようとする僕の努力は水泡に帰し、友絵と奈月ちゃんは、次第にどす黒いオーラを帯びていく。
こ、怖い…!
僕は立ち上がり、半泣き状態で店から逃亡することにした。
「…あ、アキトが逃げた」
「ああっ!アキト先輩!」
聞こえる声も全て無視。
もう散々だ。
陽…
なぁ陽…
早く帰ってきてくれ…
五月七日、日曜日。
眠りの中にいる僕を、容赦なく叩き起こす連続インターホン。
眠い…誰だ朝っぱらから。
全力でドアまで叩いてやがる。何なんだ、一体。
ここまで壮大に叩かれると、逆に出たくなくなる。一種の意地だな。
しばらくすると諦めたのか、インターホンもドアも鳴らなくなった。
僕が安堵の溜め息を吐き、再び眠りに落ちそうになると、今度は携帯が鳴り響く。
恨みでもあるのか畜生!!
強引に携帯を引っつかみ、開く。ついでにメールも開く。
「…え」
次の瞬間、僕は部屋を飛び出し階段を下りて、玄関のドアを開けるところだった。
鈍い音を奏でて重い扉が開く。
「アキト、ただいま♪」
限りなく茶色に近い長めの地毛。
低くもなく高くもなく、平均的な身長に、細っこい体つき。
そして何よりも、眩しすぎるほど輝く、満開の笑顔。
それらを一瞬にして確認し、僕は衝動的に陽を抱きしめていた。
「あぅ…?アキトぉ…どうしたのいきなり?」
「ヒナぁ…!うぅ…おかえり…!」
「アキト…寂しかったの?」
「……あぁ…寂しかった」
僕はアッサリと認める。
意地を張っていても、しょうがない。
「えへへ…そっかぁ♪アキトも、離れて初めて私の大切さに気付いたんだねっ!」
「…あぁ」
もう何でもいいよ。
こうして、陽と一緒にいれれば。
僕も重症なんだなぁ、としみじみ思った。
華やかな名前とは正反対の日々を過ごしていた、ゴールデンウィーク。
それでもやっぱり、上手いこと出来ているようで。
終わり良ければ全て良し。
こうして最後の一日だけでも、黄金色に輝いているのであれば。
今日までのトラブルも、散々味わった寂しさも。
全てはこの時の為の前置きだったと考えれば、これ以上ない演出だ。
そう思う。
否、それでいいじゃないか。
だって、僕は今、幸せだから。
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