桜色スマイル
◆
四月の始め。春休みが明け、新学期が始まった。僕の高校生活最後の一年間のスタートだ。
不安と期待を抱いていたクラス替えも行われたのだが、幸か不幸か二年の時とさほど変わらない顔ぶれ。強いて挙げるとするならば、友絵が同じクラスになったということくらいか。
三年C組。担任はまたしても塚田先生。これで見事に三年連続の同じアルファベット、そして同じ担任だ。
塚田先生は良い先生なので、別段不満は無いし。
そんな新学期も数日が過ぎ、落ち着きと、いつもの騒がしさが戻ってきた学園内。
廊下をダラダラ歩いて、部室に向かおうとしていた僕は塚田先生に呼び止められる。
「桐山、ちょっといいか」
あれ。
何かやらかしたかな、僕。
少なくとも身に覚えは何一つないのだけれど。
「何ですか?」
塚田先生は僕の目の前に一枚の紙を突き出す。
それは昨日提出した進路希望調査表。
「これが何か?」
「これは真鳥の調査表なんだがな。見てみろ、第一希望から第三希望までを」
言われて、僕は目を走らせる。
氏名、真鳥陽。
第一希望、アキトのお嫁さん。
第二希望、アキトのお嫁さん。
第三希望、アキトのお嫁さん。
背筋が色々な意味で寒くなる言葉が羅列していた。
「え…何ですか、この痛々しい将来の展望は」
「微笑ましいと言えばそれまでだが、凄い勇気だとも俺は思う。よく提出に踏み切ったもんだな」
感心した様子で話さないでください!
「前々からそうだったが、最近の真鳥は特に楽しそうだ。まず間違いなくお前の影響だろうな。進展でもあったのか?」
そのエロオヤジのような顔はやめていただきたい。
「その辺はプライベートなことなんで」
「否定しないということは、そういうことか。成程」
撃沈。
失敗したなぁ、もう。
ちなみに、僕らの関係は何一つ変わっていない。僕が気持ちを打ち明けて、陽はそれからバラ色のテンションになったが、それだけだ。字面だけ見れば「友達」からランクアップはしたものの、今までだって陽は過剰かつ異常なスキンシップをとっていた。あれ以上進展のしようもないだろう。
「良かったじゃないか。真鳥の成績も上がってきてるしな。お前は将来進学だったよな?」
「そのつもりですけど」
できれば、あの先輩方二人と一緒の大学に。今のままでいけば順調に進学できるだろう。
「そうか。なら真鳥も上手く誘導してやってくれ。お前が行くと言えば、喜んで行くだろう」
お嫁さん問題は完全にスルーですな。
当然だけど。
「でも、いくら上がってきているとは言え、アイツの学力で大丈夫ですか?」
「ああ、その点は問題ないな。真鳥の場合、このまま無事に卒業できればどうにでもなるだろう」
どうにでもなる?
それってどういうこと?
「入試という関門があるのですが」
「入試?そんなの『真鳥家』のブランドがぶら下がってれば、顔パスで入れるさ。あの家を甘く見ちゃいかんぞ」
知っているような口ぶりで話しますね、塚田先生。
「…そうですか。大人の世界って色々あるんですね」
「うむ。お前は知らなくていいことだ」
含みありげに塚田先生が苦笑する。
「それじゃ、よろしく頼むぞ桐山」
「了解しました」
軽く一礼して、僕はその場を後にした。
◆
部室棟へ向かう通路を歩いていると、鮮やかに咲き誇った桜が目に入った。
誘われるようにして、桜が植えられた一帯へ足を運ぶ。上履きだけど気にしない。
ポカポカと暖かい春の陽気。満開で微笑む桜は、まさにその人生を謳歌しているのだろう。桜の花だけにね。
視線を奥にスライドさせると、木の下で佇む一人の人影。
「おーい、ヒナ」
「あ、アキト!!」
僕の姿を見つけた途端、嬉しそうにはしゃぎだす。尻尾があったら今はフルスイング状態だろう。
見た目は猫っぽいけど、こういう所は犬だな。
「桜はキレイだねぇ。まさに日本人の心!!私、日本人で良かったと思うよ」
「そうだな。外人の方々には、この気持ちは分かるまいよ」
日本人くらいだろうね、ここまで桜に思い入れがあるのは。
僕もしばし見とれていたのだが、先ほどの塚田先生とのやりとりを思い出す。
「なぁヒナ。あの進路希望、本気なのか?」
「ふぇ?見たのっ!?…まぁ別にいいけど…塚っちも、割と軽い所があるからなぁ…本気だけど、悪い?」
「悪いも何も、お前は卒業したらすぐ家庭に入るつもりか。そんなんで大丈夫かよ」
陽は何故か幸せそうに顔を崩す。
は?
「えへへ…今までのアキトだったら、すぐに否定してる所だよ?いつお前と結婚するなんて言った!?とか騒いでさ」
うぐ。
「今のは随分とリアルな意見だったねぇ♪少なからず私の心配もしてくれてたでしょ?でしょ?」
ニヤケっぱなしの面で擦り寄ってくる陽。
あぁ、鬱陶しい。
確かに失言だったな、今の。
「などと冗談は置いといて」
「あれ!?」
「お前さ、進学はしないのか?」
「進学?メンドい」
アッサリと否定。
バッサリと切り捨てた。
「ちなみに僕は進学希望なんだが」
「じゃあ私も進学する!!」
マッハの速度で食いついてきた。
その間は一秒も無かっただろう。
架空の尻尾がユラユラと揺れている。
「お嫁さんはどうなった」
「え、何?アキトはそんなに私をお嫁さんに欲しいの?て言うか私が欲しいの!?や〜ん♪」
そんなカオスな発言はしていないぞ。
「違うっつーの。もし進路を変えるなら、ちゃんと塚田先生に言って訂正しろよ」
「訂正はしないよっ!私は両方選ぶ!!」
欲張るな。そして意地も張るな。
身の破滅を招くぞ。
「学生婚!学生婚!!」
「やかましい!」
コイツのテンションの源は何なのだろう。
時々羨ましいと思うことがある。嘘だけど。
「じゃあ、お前も進学希望でいいんだな?」
「ちっちっち。『アキトと一緒の大学』進学希望」
余計な所で細かいな。
「ま。そのためには頑張って卒業しないとな。真面目に授業に取り組めよ」
少し意地悪な笑みを浮かべてみる。
それに対する陽の反応は、意外なものだった。
「うんっ!やったろうじゃないの!!」
暖かい陽気が紡ぐ春の一日。
満開に咲き誇る桜。
その下で咲き誇ったのは陽の微笑み。
どびっきり純真で。
とびっきり無垢で。
とびっきり魅力的な、桜色の微笑みだった。
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