青色バード
◆
三月末日。春休みを間近に控えた、ある日の放課後。
僕はとある喫茶店にいた。
市内の大通りを一本抜けたところにある喫茶店「ドロップ」。我が郷土史研究部行きつけの喫茶店である。
テーブルを囲んでいるのは四人。
僕と、陽と、郷土史研究部の先輩二人。
先輩方は今月の始めに、めでたく卒業を迎えた。二人仲良く市内の大学へ行くそうだ。
今日は最後のお別れ会的な集まり。とはいえ郷研としてではなく、僕と陽が二人をお呼びしたのだが。
「卒業おめでとうございます。お二人とも」
とりあえず、形式に囚われたつまらないお言葉を。
「あぁ、ありがとうアキト。郷研には顔出せなくて悪かったな。僕らの代は忙しいヤツばっかり集まったんだよな」
「いえいえ。僕らも僕らで好き勝手やってましたから」
「そっか。ま、活動目的不明な部活だからなぁ。それもしょうがない」
「ですね」
そう言って、僕と英輔先輩は笑い合う。
黒森英輔。
郷土史研究部で知り合った、数少ない僕の尊敬する人。長めの髪と落ち着いた瞳。目立つタイプでは無いけれど、一度目にしたら忘れられない存在感。もう何から何まで僕の理想だ。陽や咲先輩は声を揃えて「二人はそっくりだ」と言う。それは恐縮でもあり、そしてかなり嬉しい。確かに基本的なノリも似ているし、話も合うし、容姿もどことなく似ているような気がする。
英輔先輩は、僕の理想であり、かつ永遠の目標だ。
「それにしてもさ、エースケとアキトは並ぶとホントに兄弟みたいだねぇ」
ニヤニヤ笑いと一緒に口を開いたのは、咲先輩。
太刀川咲。
同じく郷土史研究部の先輩だ。僕に言わせれば、陽と咲先輩の方が似ていると思うのだが。改めて説明の必要が無いくらいに陽と容姿が酷似している。陽の方も咲先輩に懐きまくっていて、姉妹にしか見えない。
「え。マジっすか咲先輩!それは僕にとって最大級の褒め言葉なんですが」
「それはオーバーな物言いじゃないかアキト?」
英輔先輩は苦笑する。
「いえいえいえ。英輔先輩は僕の理想ですから」
これは大マジである。
「あんまり僕にばっかり構うなよ?陽に刺されるのはイヤだからな」
割と真実味の帯びた声色で英輔先輩。
「や、やだなぁもう!英輔先輩は何を言ってるんですかぁ!?そそそ、そんなこと無いですよぉ!!」
陽がちょっと焦っているように見えるのは気のせいだろうか。
「ま、そんなことしたら私が陽を刺しちゃうかもね」
ニヤリと咲先輩が笑う。
嫌ですよ、そんなドロドロの連鎖は。
「はぅ?そ、そんな!咲姉!」
「にしし。冗談、冗談」
ポンポン、と咲先輩は陽の頭を撫でる。
微笑ましい光景だった。そう信じたい。
僕はコーヒーを一口含み、前々から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「あの。質問なんですけど、郷研って部員は全部で何人いたんですか?全員揃ったこと無かったし」
「後輩組の五人は置いておくとして…要するに、僕らの学年が何人いたかってことだろ?」
「そうです」
さすが英輔先輩。話が早い。
「まず、僕と咲だろ。そして部長にして和哉の兄貴、新藤洋哉。それと有名人の鷹宮遥。計四人。つまり総勢九人の部活だった訳だな」
僕はしばらく絶句していた。
一度も会話を交わさないまま卒業してしまった人が、部内に二人もいたのか。
つーか、和哉に兄弟がいたんだ。そう言えば和哉って、あの経済産業のダークホース、新藤グループの三男坊なんだっけか。
それに鷹宮遥って。学園の有名人じゃないか。鷹宮って超名門だし。あれ?鷹宮?確か友絵の名字って高峰だよな?あそこって鷹宮の分家か何かだったような…
「洋哉は和哉と瓜二つ。まさにコピーしたような見た目と性格だし、遥と友絵は親戚同士。似た者って言うか、繋がりの深い人ばっかりが集まる場所なのかな、郷研って」
どうやらそのようですね英輔先輩。
でも、ウチの一つ下の代は大変なことになってますよ?代々部長を務めてきた新藤家の人間がいなくなるから自然消滅なんですか?
「少しだけ会ってみたかった気がしますね。あとの祭りですけど」
「まぁ…洋哉には会ってもしょうがないと思うぞ?和哉に会うようなもんだから。でも、遥には会っておいても損は無かっただろうな。美人だし、性格もいいし、お近づきになっておいて悪いことは無い。多分アキトだったら可愛がってもらえたんじゃないか?」
「マジっすか?」
くそぅ。
惜しいことをした。
友絵に紹介してもらおうかな……っ!?
そこでようやく、陽が僕を睨みつけていることに気付く。
ちなみに英輔先輩には咲先輩の視線圧力。
そんな、ちょっとくらい良いじゃないか。僕たちだって男の子だもん。
英輔先輩が、その重みに耐え切れず、話を変える。
「ま、まぁ何だ。郷研は個性的な部活なのだよアキトくん」
「そ、そのようですねぇ。英輔先輩」
これはちょっと無理があるんじゃないですか英輔先輩!?
でも結果オーライだったようで、陽と咲先輩は大きく舌打ちをした後、元通りになった。
陽は自分のコーヒーを飲み干し、元気よく宣言する。
「よし!それじゃ、次はどこ行きますか?盛大に祝いますよ、お二人の門出を!!」
「いいねぇ。ではでは、カラオケでも行こっか!?」
「大賛成です!!」
それから数分後。
喫茶店を後にした陽と咲先輩は、ノリノリで歩き出した。
僕と英輔先輩は苦笑しながらそれに続く。
大通りに出た辺りで、英輔先輩が僕に問いかける。
「アキト、一つ聞いてもいいか?」
「何ですか」
「…お前は、いつまで自分を騙し続けるつもりなんだ?」
ひどく曖昧な問いかけだったけれど、僕はすぐに質問の意図を理解する。
「どう…なんでしょうね。僕自身、素直になりたいって気持ちはあるんですけど、変なプライドが邪魔ばっかりしてて。あと一歩を踏み出せないんですよね」
分かってはいる。
理解もしている。
アイツの気持ちに、答えてやりたいとは思う。
なのに。
それなのに。
「こんな自分が、ほとほと嫌になりますよ」
吐き出した言葉は、素直な感情。
ありのままの僕だった。
それを聞いていた英輔先輩は、とても落ち着いた口調で切り返す。
「やれやれ。そういう所まで僕と一緒かよ。わざと似せてるんじゃないかと勘繰りたくなるな。ここまで似てると」
「………はは…光栄っす」
自嘲気味に僕は顔を歪める。
「もう答えは決まってるんだよな?ただ未だに照れとプライドが捨てきれない…か」
「…そうです」
「なら大丈夫だ。青い鳥に気付かないまま走り回る馬鹿野郎じゃないってことだしな。お前ならきっと叶えられる。自分に自信を持て。自分に、正直になれ」
英輔先輩の笑顔。
それは、僕も似ていると称された笑顔。
僕も、こんな魅力的な顔で笑えているのだろうか?
「こら、そこの似た者同士!早く来いっ!!」
楽しげな咲先輩の声。
「分かった分かった。今行くから、大声で騒ぐな」
苦笑した英輔先輩が言う。
「ほら、お姫様たちがご立腹だ。急ごうぜアキト」
「…ですね」
僕と英輔先輩は歩調を速める。
ふわりと、春色の風が吹いたような気がした。
◆
それからカラオケで熱い時間を過ごし(主に女性二名がだが)、時刻は夜の七時を回ったくらい。
「二人とも、今日はありがとな。また次の機会にでも」
「はい。英輔先輩、お元気で」
「おう。アキトもな」
僕らが爽やかに別れの挨拶を済ませている横で、陽が咲先輩に泣き付いていた。
「うぅ…咲姉…!私のこと忘れないでね!!」
「よしよし。忘れないに決まってるでしょ」
陽をあやしながら、咲先輩は微笑む。
「私がいなくても、しっかりアキトに甘えればいいじゃない」
「うんっ!!」
うわぁ…超笑顔だよ…
「そういう訳だからアキト、陽をよろしくね。泣かせたりしたら承知しないから」
威圧感のある瞳で睨みつけられる。
「わ、わかりました」
恐る恐る僕は頷く。
とてもじゃないが、首を横に振れる雰囲気じゃあない。
「よろしい。それじゃ、元気でね二人とも。後悔だけはしないように」
満足そうな笑顔になる咲先輩。
瞳の端には、意味ありげな色が浮かんでいた。
そのこころは?
首を捻る僕に、英輔先輩が近づいてくる。
「―――――頑張れよ」
「…はい」
英輔先輩は優しげに微笑んで、僕の頭をクシャクシャと撫でる。
心のどこかで、決意が固まったような気がした。
何故だか知らないが、そんな気がした。
まさかとは思うけれどこの二人、打ち合わせでもしてたのか?
「じゃあな。良い報告を期待してる」
「はい!」
遠ざかっていく先輩たち。
その姿はとても幸せそうで。
「ねぇアキト、良い報告って何の話?」
「何でもねぇよ。流しておきなさい」
「気になるもんっ!!私とアキトの間に隠し事は無しだよ!思ったことも即座に行動に移すことっ!私のように!」
言うが早いか、陽は僕に抱きついてくる。
「えへへ…アキトぉ…咲姉の言った通り、思いっきり甘えるのだぁ♪」
連続的に繰り返される頬ずりの感触に、くすぐったさを覚える。
だが問題は全く別のところにあった。
作為的としか思えないタイミング。
あまりにも出来すぎた流れに、僕は焦るしかなかった。
やってくれましたね、先輩方。
心臓は早鐘のごとく。
オーバーヒート気味のオーバービートを刻む。
悪質な循環が体を巡る。
あぁ、何で緊張してんだよ僕は!?
陽がいつも僕に言ってるようなことを言うだけなのに!!
「…アキト?」
いつもなら即座に陽を引き離しているところだ。なのに僕はいつまでも動こうとしない。それを不審に思ったであろう陽が訊ねてくる。
乱れまくった脈をひた隠し、僕は静かに冷静さを取り戻そうと試み、心の中で深呼吸を繰り返す。
「ヒナ」
「んにゃ?」
「…今までゴメンな…お前と出会って、同じ時間を共有して、伝えなきゃいけない大事な言葉が心の中にあったのに、照れだとかプライドだとか、どうでもいい理由をつけて誤魔化してきてた。でも、それも今日で終わりにする」
「…アキ…ト?」
「本当はさ、今更な気持ちがずっと付きまとってたんだよ。今更口に出して言うような事なのか?って。当たり前すぎて、後回しにしてた」
陽は、何も言わない。
ただ黙って、僕の言葉を待っている。
「何だかんだ文句を言ってたけどさ、僕はヒナと過ごす時間が大好きだから。ヒナと一緒にいる時間が、凄く大事で大切で…だから…」
僕は目をつぶる。
そして言えなかった言葉を舌に乗せる。
複雑そうな表情の陽に向かって。
「言うぞ。僕は、ヒナのことが―――――」
春への兆しと一緒に、染まっていく街。
その片隅で、僕らに訪れたのは遅すぎた春。
気付いていながら、言えなかった想い。
もしくは、近すぎて見えなかった青色の鳥。
いずれにせよ、僕らはようやく本当の自分に出会えた。
ふわりと、また春色の風が吹いたような気がした。
|