Lv07―ハチ公の顔も三度まで
突然だが、予測というのは外れるためにある。
原子の配置、エネルギーベクトルの量と方向、この二つがわかれば未来を予測できるらしい。ビリヤードと同じだ。おはじきでもいい。机の上に何個のおはじきがあるか、どのおはじきをどんな強さでどこに向けて弾くか、それさえ分かれば結果もわかって当然だ。ビリヤードならばどのボールがどのボールに当たってポケットに落ちるかも予測するのは難しいことではない。
そういう未来予知ならぬ未来予測を〈ラプラスの魔〉などと言うのだが、現時点では高性能量子コンピューターを使ってでも不可能である。
なぜなら原子の配置、エネルギーベクトルの量と方向を知るということは世界の全てを知ることである。砂漠の砂、海の水、虫のさざめき、蝶の羽ばたき、人の脳内物質、ありとあらゆる膨大な情報を〈認識〉しつくすのは無謀である。
情報が限られた空間内でも100%の精度は難しい。何より問題なのは、全ての情報を同時に〈認識〉しなくてはいけないということ。9のボールを観察している間に、誰かがボールをショットして動かしてしまったら意味がなく、動いたボールに9のボールが玉突きしたら観察すらも徒労になる。
まあ、何が言いたいかというと、物事が予想通りにいかないのは〈認識〉外の事象が絡んでくるからである。衝突はいつだって曲がり角。予測なんてものは天気予報のように外れるものなのだ。
予測は予想。夢は夢想。いつだって夢は現実に成り得ないのだ。
「………………おひねりでお金いっぱいのはずがどうしてこうなった」
にわか仕込みの曲芸で人様から金銭を巻き上げるなど虫のいい話で、おひねりはそれほどもらえなかった。単位がわからないから金額は不明。所詮、夢は夢オチの運命である。
しかし不確定の要素がからむからこそ予想外な結末が起きる場合もある。
お金は集まらなかったが別のものが集まった。
「わー、ねこちゃんたー」「しろーい、すげー」「しっぽなげー」
踊る道化と猫がいれば近寄ってくるのは子供と相場が決まっている。わらわらと集まった数人の子供は乱暴に私の毛をひっぱり尻尾をつかみ耳をおもちゃかのように掴んでくる。
た、助けてええええええええええええ!
相方の危機をポケーと眺めているだけのあるじに助けを求める。
「これこれわらじども。よってたかって猫をいじめるのはいけません」
不満げな「えー」という声を上げる子供たちの隙をついてするりと手の中から抜け出しあるじの足元へ避難する。
「それでお前は竜宮城へ連れて行ってくれんの?」
玉手箱ぶつけますよ?
「生物兵器〈TAMATEBAKO〉!?」
当初の目的を思い出せ、と浦島ヘタレをせっつく。元よりお金を稼ごうとした発端は酒場で情報収集するためだった。
「あー、そっか聞き込みか」
人の夢と書いて儚い感じのドリームに気を取られて当初の目的をすっかり失念していたらしい。
男の子二人に少女一人の子供たちはワイシャツに短パン、そして草履という簡易な服装の地元民であろう。子供といえど地元民であるなら、聞き込みの相手としては問題はない。
「でも遺跡のことなんて知ってるかね子供が。子供ってそういう古い物は興味ないんじゃない?」
それは聞き方を間違えなければいい。もとより私も子供たちが知っているとは思っていない。だが、その物自体は知らなくともそれを知っていそうな人物に心当たりがあるかもしれない。例えば子供の親やら物知りじいさんやら。
「……………」
明晰な私の頭脳に嫉妬したのかあるじが眉をしかめた。
「………………つまり、どういうことだってばよ?」
難しいことなんて何一つ言いませんでしたよ!?
これ以上わかりやすく説明するのは流石の私にも無理だと思う。森のくまさんやうさぎさんで例えればあるじでもわかるかもしれないが面倒だ。
四の五の言わず私の言う通りにしてればいいんですよ。
「猫は頭脳労働担当だからな。その代わり仕事分担で僕は食う寝る遊ぶを担当するから」
忠犬ハチ公でも蜂の巣にすんぞごるぁと反旗をひるがえしそうな仕事分担ではあるが、言いかえれば体のいい窓際である。
「ねー、はやく行こうよー」
しびれを切らしたのか少女が私に興味深々な少年二人の裾を引っ張っりながら抗議の声を上げた。
「「えー」」
「セニスせんせーにミィズのおみまいいっていいかききにいくんでしょー」
「「おー」」
「待って待って。わらじたちよ、一つだけ質問させてこの街に詳しそうな人知らない? 例えば遺跡とかの場所知ってそうな人」
「いせきってなーに?」
「古い建物のこと」
少年たちは素直に心当たりがないか真剣に考え込むが小首を傾げるばかりだ。そううまく事は運ばないかと次の手を考ええうよりも先に少女がおずおずとあるじの裾をつかんだ。
「あのね、えっと、セニスせんせーがしってる、と思う。この間、その…………」
「ゆっくりでいいからね」
腰をかがめてあるじがにへりと笑った。間抜けヅラは警戒心を解かせるにはこういう時に便利ではある。少女はとつとつと話し始めた。
「ジェンとスイがこの前ね、たんけんしようってね、だめって言われてるところに行ったの」
「「ばかセツ、言うなよ!」」
二人の少年―――ジェンとスイだろう――が口をそろえて怒り、少女・セツの肩がびくりと震えて口が閉ざされてしまう。
そんな子供たちの様子に苦笑いして「怒らないから、続けて?」と諭すようにあるじがうながすと、少女は少年達をちらちら見ながらも教えてくれた。
「…………それでね、そこに変な大きな怖いたてものがあったの。入ろうとして、わたしは止めよって言ったんだけどね、セニスせんせーが来て怒られたの。ここはせんせーが、えっと、守ってる場所だからいたずらしちゃダメって」
「ふーむ」
話を聞く限り、何やら当たりっぽい話ではある。怖いたてもの――とは不気味という語彙がない子供の感覚だろうから、廃墟なのかもしれない。
話を聞いてみる価値はあると判断したあるじは少女にお願いをした。
「そのセニス先生? に、会いたいんだけど案内してくれる?」
「……………」
「いいんじゃねーの。オレ達もせんせーんとこ行くんだから」
ちらちらと怯える小動物のように見られて少年はバツが悪そうにそっぽ向きながら答えると、少女は嬉しそうに笑ってあるじの手を取った。
「うん、いいよ。おにーちゃん、連れていってあげる」
「ありがと。少年もありがとね」
「べ、別にいーい」
口ではぶっきらぼうだが赤みがかった頬は隠せていないのは素直な子供らしい。
少年が歩きだすともう一人の少年もそれにつられ、あるじは少女に手をひかれて歩きだす。行先は街道とは反対方向、街の南側に向かうようである。
はた目からは子供三人と猫一匹を連れ回している変な少年に見えるだろう、人がいきかう昼時には不審なあるじが道すがらの話のつもりか少年二人に尋ねた。
「ところで、関係ないけどジェン君とスイ君は仕事とかしてるの?」
「まだ〈えーれき〉になってないからしてない」
「えーれき?」
「あと二年くらいで10才の嬰歴? になるまで仕事はしなくていいんだ。でも俺はじーちゃんのとこでもうしゅぎょーしてるんだぜ!」
「ほー、修行か。じゃあジェン君はがんばってるんだ」
「おう! じーちゃんがくたばるまえに〈わざをぬすむ〉しないといけないんだ!」
未成熟な子供が成熟しきった大人と同じ肉体労働をしなくてはならない地域などいくらでもあった。子供すらも働き手として換算せねば日々の糧を稼ぎことすらままならないのだ。子供が働かずに学べるというのは良い社会の証しである。
やっぱりこの世界はそういう〈バランス〉が上手くいっているのが、あちらこちらからうかがえる。
いつの間にやら少年たちとも打ち解けたのかきゃいきゃいと賑やかである。精神年齢が低いため警戒心や遠慮などをいだかせないため子供や年下とはかなり相性がいいのだ。舐められているとも言う。
ちなみに私は少女に抱きかかえられている。抱きかかえられているというより、拘束されている。少女は両腕で私を支えているが、支えるだけで精一杯で押さえられていない下半身が重力に従ってだらしなく伸びている。今の私はとてつもなく間抜けだ。
支えるといっても少女の腕から落ちないように私が両前足で必死でしがみついているようなもので、腕は痛いは間抜けだわで散々である。
私は人形。ふさふさしてきゅーとなヌイグルミである、と心頭滅却という名の現実逃避をしている間も少女と片割れの少年は私にイタズラをしてくるが私は人形なので反応はしな耳の穴に指はだめえええええええ! くやしいでも耳ぴくぴくしちゃう。
「……………んー」
きょろきょろと木造の家屋がまばらになった景色を見ながらあるじは歩く。街道の近くでは密集していた建物はまばらとなって街の外れであるのが予測できる。舗装されていない路地を通ったりしてたどりついた現在地は街の南東部だろう。
「ところで、けっこう街の外れまで来たけれど」
かなり街の端まで来ているのか街を囲う壁―――高さ3メートルほどの赤レンガの壁が家と家の間から見え隠れしている。ちなみにこの赤レンガの壁は街並みを上空から見ると凸を描いているように見えるらしい。
暗にまだたどりつかないのかと聞いたあるじに茶毛の少年が応えた。
「んー、もうそこだぜ。あれあれ。あの変な家」
「いつ見ても、面白いね」
特に特筆すべき特徴がない木造一階建て家屋がまばらにある程度の法則性を持って立ち並んでいる中、〈それ〉はあった。
「……………おおう」
確かにその家は大きさは普通ながらも妙な形であり、周囲からはいくらか浮いていた。円柱のような形の上に半円球の屋根がかぶさった、見覚えがある家の形である。あの屋根の中が天文台にでもなっていれば完璧だ。
それ以外に特筆すべきことは隣が簡易な庭園となっているぐらいである。
「まあ、偶然だろう」
一週間ほど前に訪れて酷い目にあった魔術師の家に似ていたことに臆せず、玄関扉をノックもしないで入っていった少年に続いてお邪魔する。
「靴は………脱がなくていいみたいだね」
玄関の先はすぐ部屋につながっていた。木板の床と白の壁は清潔さを見る者に印象づける。内装もマクラとシーツだけの簡易ベッドが目立つだけで、他には事務机が窓際にあるだけの小ざっぱりとしたそこまで広くない部屋だ。
部屋を見ればその主の人となりがわかると言うが、はたして机に向かって何やら書き仕事をしている人間はどのような人物だろうか。
「せんせー! セニスせんせー!」
少年二人が声をかけたことでようやくこちらを向いた人間は眼鏡をかけていた。丸いレンズの大きな眼鏡はやぼったかったが、その奥の眼は笑っているのにどこか鋭く見えた。
「んー、どした坊主ども? 怪我でもしたのかい」
栗毛色の三つ編みをした白衣の少女は椅子をきぃと鳴らして足を組んだ。
「それでミィズのお母さんは、せんせーがいいって言ったらいいよ、って」
「ふーん、そうかい。ならお母さんにこう伝えてくれ。『伝染、悪化、その他もろもろの心配はないのでそちらの判断にお任せします』って。一字一句覚えたか? 間違えたら見舞いできねーぜ」
「お、おう。覚えた」
「三人いるんだからだいじょーぶ。じゃあ今から行ってくる! いくぞセツ」
「う、うん。じゃあねお兄ちゃん」
あわただしく家から出て行った少年二人に合わせて少女も出て行こうとする。私を抱えたまま。私は置いていってください!
「ばいばい猫さん」
猫さらいに遭いそうになったプチハプニングを経て、部屋の中には私とあるじと白衣の少女だけが残った。
とりあえず挨拶から、と口を開こうとしたあるじを制して少女が切り出した。
「子供ってのは、いつでも元気でいいね。それに大人と違って仲が良くなるのに時間がいらない」
「えっと、自己紹介していい?」
「俺の名前はセニスだ。白衣を見ての通りこの診療所で唯一の医者だ。腕はそれなりだと自負している」
「…………僕の名前は朝凪あ」
「それで何の用だ? ケガでもしたのかい」
「会話のテンポが速すぎてついていけない!」
ことごとくの機先をそぐような割り込みにあるじは悲鳴を上げるが白衣少女(自称医者)は全く持って気にせずにやにやと笑っている。あるじと変わらない年齢だというのに医者を名乗っているのと人を食ったような態度が相まって得体がしれない。
「医者、医者ね。その歳では珍しいよね」
「ああ、俺は天才だから。ふぅん、成程。君は……」「在名」「アリナは反応から推察するに、医者としての俺を頼ってきた訳じゃあ、ないみたいだな」
いきなり核心にせまる言葉にあるじは眉を動かす。
「前置きはいらない。それで何の御用かい?」
男前な話し方と喧嘩腰ともとれる少女らしからぬ物言いではあるが、小首を傾げる様は言動とはかけ離れた愛嬌があり聞き手に悪印象は与えないだろう。
「単刀直入に聞くけど〝The Moon〟の遺跡について何か詳しいこと知らない?」
「知ってるよ」
「……………ずいぶんと、あっさり」
「隠していることでもないし、知っている人は知っているからね。立場としてはその〈遺跡〉の管理人になるのかな、俺は。管理人というか管理人代理というか」
なんといきなり探していた遺跡に詳しい人物を見つけてしまった。いつもならばこうスムーズにはいかない。異世界来てからの日ごろの行いがよかったのだろう。もちろん私の。
ついに運まで手助けするお役立ち猫になってしまいご機嫌に尻尾をゆらゆら動かす私を見て少女はにやりと口角を上げた。
「その猫は君のかい? 太ってる猫だなあ」
ち、違います! 私は毛がふわっふわっだから体が大きく見えるだけです! 失礼ですね!
ふしゃー! と侮辱極まりない発言に私は毛を逆立てる。
綿毛のような毛から醸し出されるこの高貴さが伝わりませんかっ! ブランデーが入ったワイングラスを片手に葉巻を吸ってるオッサンの膝もとにいても不思議じゃないくらいでしょう!
「それは猫界においてステータスになるのか?」
「あははっ、悪かったねネコ君!」
無粋な突っ込みを入れて来るあるじは当然無視するが白衣少女の含みのないまさに天真爛漫といった笑顔に毒気を抜かれてしまった。
それでも遠慮ない言葉で傷つけられた心は治らない。慰めてくれとあるじにすり寄る。あるじー。
「おー、よしよし。ありとあらゆる意味でお前の理想とは真反対なあるじが慰めてあげよう」
お金はちゃんと稼いでくださいよ。いつまでも道草ばっか食べる生活で目的地にたどり着けない人生なんて意味ないも同然です。
「ご、ごめんなさい………………あれ、慰めてると思ったらいつの間にか怒られてた」
「くくっ、あはははっ」
釈然としない顔で首を傾げるあるじを見て、いきなり白衣少女は愉快気に笑いだした。あるじはまたもや首をかしげるが、はっと少女が笑った理由に気がついた。
何気なくあるじは猫である私と会話をしているが、普通はそんな意思疎通など出来ない。傍から見れば一人芝居に見えるのだ。しかも猫に話しかける痛い人。
「あ、いやこれはそのちゃんと猫と会話してるんだよ。なあ、猫」
あわてて取り繕いながらあるじは話しかけて来るが、体から力を抜いて微動だにしない私。……………………。
「おい待て人形のふりなんてするな。僕が変な人だと思われるだろ。なんだこの微妙な裏切り!」
「くくっ、仲いいねえお兄さん」
「いや、本当に会話できるんだよ! 今のだけを見ると、すごい危ない人間に見えるけどさ!」
「いやいや今のは皮肉じゃなくて本心だよ、俺の。使い魔か何かかい?」
「そ、そんなところ」
猫と人の絆による意思疎通はこの世界では【魔法】という身も蓋もないものに置き換えられてしまった。
説明しなくても良いことに胸をなでおろすべきか、私とあるじの絆をそんな風に置き換えられたことにむっとするべきか迷っていると、きぃと部屋の奥の扉が開いた。
「セニス先生…………?」
扉を開けたのはあるじより5、6は上に見える青年だ。あるじと違ってまばらではない全体に銀色の硬質そうな髪をした浅黒い肌の青年が、奥の部屋から首だけを出して顔をのぞかせていた。
「客人、ですか?」
「ああ」
当然ながら顔見知りだろう青年の質問に答えながら、白衣少女は失敗したーとでも言いたげな表情で頭をかいた。
「うるさかったか、わりーな。おい、場所変えるぞ」
言うが早く椅子から立ち上がると白衣少女は玄関から出ていってしまう。
慌ててあるじは追いかけて少女が開いた扉が閉まるよりも早く外に出る。ついでに私は抱きかかえられたままだったので下ろしてもらった。
「それで、あー、あれだ。えーと〝TheMoon〟の遺跡だっけか」
追いつくとぱたぱたとサンダルで歩いている白衣少女は診療所の脇を通って、より街の外れへ向かっているようだ。振り向くことすらせず歩きながら彼女が話を振ってきた。
「見学したいんだろ? いいぜ」
「そんなあっさり…………いいの?」
「ああ。鍵がかけてあっから誰でもはいれるってわけじゃあないが。俺が鍵を持ってるしな、俺が許可すれば誰でも入れる」
「許可…………」
「まあ、遺跡目当てに来る人間は珍しいが絶無ってほどじゃあない。ちなみにアリナがぴったし128人目だ。おめでとう」
「あ、ありがとう……………それで許可は?」
「んー、ああ。いいぜ、許可してやっても」
またもやあっさりと悩むことなく目的が達成なされようとしている。とんとんと進む展開に喜ぶことなくあるじは目の端を押さえて苦い表情をしている。
「まさか、まさかね。このままいくといつものようになし崩し的に逃げられない状況になってしまう。でも、さすがに三回続けて同じネタはないよね。三連続で巻き込まれイベントなんて有り得ないよね」
「その代わりといっては何だが、頼みごとがあるけどな」
「やっぱりーーーー!」
嫌な予測が見事的中したあるじが空を仰ぐ。回避不能と書いて共通イベントと読む展開に良い覚えがないからだ。雪山では竜退治、温泉街では事件解明。さてこの中継地として以外には何の特徴もない街では何に巻き込まれるのだろうかっ!?
「楽しそうにナレーションを入れるな」
いやだって、もうここまで来たら楽しまないと。異世界来てからまだ一カ月もたってないんですよ? それなのに下手すると元の世界にいた時よりも波乱万丈じゃないですか。
「そ、それでも僕は諦めない。異世界に来たのは優雅で平和なセカンドライフを送るための神様からのご褒美だと信じている」
異世界に来て死にかけた回数が片手の数じゃ足りないのにまだあるじはそんな夢を見ているようだ。ポジティブなのはいいことだけども。逃げたい逃げたい言わなくなっただけでも成長している。
あるじと私でこそこそとそんなやり取りをしている間も、白衣少女は前をずいずいと歩いていた。
「それで、頼みごとを引き受けてくれるか?」
「内容を知らないことには何とも…………」
〈頼みごと〉発言にあるじは警戒するが、もったいぶることも振り返ることもなく白衣少女は歩きながら続ける。その足取りは依然、迷いがない。
「実は今なあ、ちょっと忙しいんだ。それで助手を探していたんだ」
「さっきの男の人は?」
「あれは患者の縁者だ。どうせ一日やそこらじゃ遺跡は見つくせないんだから、この街の滞在中は一仕事請け負ってくれないかい」
「仕事といっても……………」
医者(自称)の仕事といえば当然医療関係だろう。当たり前だがヘタレ少年以外の何物でもないあるじに医療スキルなどあるわけもない。
「応急処置程度ならともかく、医者の手伝いが出来る程じゃあ」
「アリナのようなアホそうな子供にそんなこと頼むわけないだろ」
「…………………くやしいっ、初対面のくせに失礼すぎないかとも自覚あるだけに言いかえせない自分が悔しいッ」
「頼むのは、あー、あれだ、人探しだ」
「人探し?」
「そうだ。単純で明確にこの街で、人探しだ」
意外と楽そうな〈頼み事〉ではあるが、あるじは何やら不審がって二つ返事はしない。
「人探しって、行方不明になってる人とか魔物狩りとか殺し屋とか、そういう物騒なことじゃないよね」
「むしろ人の役に立つ事だと、俺は思うがね」
街道とは反対側、つまり街の外れへ向かって歩いていたのだが診療所はもともとその街の外れにあったのですぐに街の境界―――赤いレンガ壁にぶつかることになった。
目算で3メートルありそうな壁を乗り越えることはもちろん無理ではあり、白衣少女は立ち止った。元の道を戻るのかと思ったら、ポケットから輪っかに通して束ねられた鍵束を取り出して、目の前の赤い壁に突き刺した。わかりにくく偽装されていたが、そこは扉になっていたようで、がちゃりこと剥がれたかのように一部が開いた。あるじなら屈めば通れるほどだ。
「どうした? こいよ」
「……………………なんだろう、自分の知らない所で死刑執行許可証にハンコが押されている気がする」
先に通った白衣少女が何でもない風に言ってきたので、あるじも通らない訳にはいかずに潜り抜ける。
潜り抜けた先は雪国ではなかった。数週間前にいやほど見た雪の気配は全くない涼しい気候は街の内外でも変わらず、あるのは草がぼうぼうに生えた地面と空が見えない木の群れ。街のすぐ外は森になっていたようだ。
扉が閉まると再びがちゃりこと自動で閉まり錠の落ちる音がした。あるじの肩が跳ねた。生娘か。おびえ過ぎである。
「錠が落ちる音は嫌いなの。なんというか逃げ場がなくなる気がするだろ。そ、それでどこに向かってる?」
先をずいずいと進む様子から見るに白衣少女にとってここは歩き慣れた道なのだろう。どこへ向かっているのだろうか、まさか散歩という訳ではあるまい。
「すぐそこだ。それよりも返事は肯定でいいのかい?」
「良いも悪いもないじゃん……………その人探し? ヘマしても怒んないでよね」
「契約せいりつぅ」
厄介で逃げられなさそうなことに首を突っ込むはめになった苦い表情のあるじとは反対に、白衣の少女は楽し気に笑う。
「くくっ、アリナは苦労性だな。話を聞く前から気に病んでどうするんだい?」
「詳しい内容を話す前からハンコを押させるような人間は大抵が詐欺師と決まってる」
「ほう、ならいいじゃないか。俺は医者なんだから」
「仕事内容については何も言わないのね…………………やっぱ早まったかなあ」
異世界に来て何度目かわからないあるじの溜息を聞いて白衣少女はまた愉快そうに、また意地の悪そうに笑うがやっぱり仕事の内容については言及しなかった。
「それで、仕事の内容について教えてくれない?」
「それは後でだな。もうすぐそこだ」
何が、と確認する前に木々の間から場違いなものが見えた。緑が生い茂る自然の中に溶け込みきれない人工物だ。
「あれがお望みの〈遺跡〉さ」
私達が人探しを引き受けることを了承する前から移動していたので、まさかと考えていたが初めっから案内してくれていたのか。
〈遺跡〉というにはいささか綺麗すぎるその建物は、今の所木々の間からしか見えないがどんな建物からはそれだけで想像がつく。丸みを帯びた外見で面積よりも高さが際立っている建物―――塔だ。
「あれが〝TheMoon〟の遺跡…………! でも一日じゃ見て回れないっていうからどんな大きさかと思ったら、それほど大きくもなさそうだ」
大きさでいえば2階くらいしかないようですね。
木々の間を抜けて、すぐに遺跡のある開けた場所にたどり着けた。建物の近くに木々がないのは手入れされているからなのだろうが、まるでこの建物を木々が恐れている、そんな印象をなぜか覚えた。
木々がないから今まで葉と枝で隠れた空が現れ、空亜へ向かって伸びる〈遺跡〉の全貌が見えた。
「大きくもな……………?」
3、階?
銀―――よりもくすんだ鈍色〈にびいろ〉と円柱の形は細長い王冠〈クラウン〉を想起させるが、遺跡自体は絢爛な装飾など一切ない〈塔〉以外には表現しようのない建物だ。
それはいい。遺跡というのだ、このような建築的価値がある建物であるのも不思議はない。
「…………………」
…………………。
だが周りの木に隠れてしまう二階建てに見えた塔が、近寄るとどんどん大きなっていく足元にたどりついた頃には高層ビルもかくやというくらいに空を貫いているのは納得できない。
「これは眼と脳のどっちかに異常があるとしか思えないんだが……………」
あるじだけなら救急車を呼ぶだけでいいのだが(異世界だから無理だけど)、私にも遠近感が狂ったかのように近づくにつれ塔がぐんぐん伸びているかのように見えた。
雲に届くかというくらい巨大な塔に閉口―――どころか口を開けて放心するヘタレと猫に、くくっと笑いながら白衣少女が解説してくれた。
「この遺跡には遠くからじゃ視認出来ないように遠近法の数値に関与する【魔法】が賭けられているんだ。原理は聞くなよ、俺にもわからないからな」
【魔法】かー、そんならありだよねー、と納得というより諦めに近い感慨を抱いたがそれでもあいた口はふさがらない。
そんな様子の私達をよそに少女は塔の入り口だろう観音扉に、鍵束を取りだしてその内の一つである扉と同色の鈍色の鍵を差し込んだ。
錠が上がる音、ではないキキキキと歯車が回るような音と共に扉の表面に複雑な文様が内に描かれた円――【魔法陣】――が現れたと思う間もなく消える。
「魔術師エルクエイド・G・GANONが創った所在地不明の伝説のダンジョン『水彩路』や天然のダンジョン『静寂の迷宮』や『死眠街』、そして『ゲレン・エレン太古炭鉱』にすら匹敵する、知る人ぞ知るダンジョン!」
ゴゴゴとお決まりの音を鳴らしながら開く観音扉に背を向けて、イタズラが成功した子供のような喜悦と優越の笑顔と共に白衣少女はくるりと三つ編みをひるがえした。
「登頂率《0%》の超難関ダンジョン『月の塔』とはここのことよ!」
久しぶりの客を迎え入れようと、魔術師の塔が口を開いた。
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