首輪を首に付けても正しい用途とは限らない件
なんだか深夜にトンスキホーテばかり行っている。
二十四時間営業で食料品も売ってるし、便利だから当たり前か。
「私、お役に立てるといいんですけど」
服化させて一緒に連れて来たシズクがつぶやいた。
「シズクにとって美味しそうだって思うものを教えてくればいいよ」
「モンスターはそれぞれ食性がまったく違いますし、トール様が作ってくれる日本のご飯はなんでも美味しいんですよね」
「とにかく行ってみようよ」
「はい!」
シズクの声は弾んでいた。僕と二人で外出できることが嬉しいようだ。
職場には連れて行ったが、まだトンスキホーテに連れて行ったことはない。
欲しいものがあったら買ってあげようか。
でも白スライムがなにを欲しがるかはまったくわからない。
トンスキホーテについた。
シズクと一緒に外から建物を眺める。
「こ、ここがトンスキホーテですか? 大きいですね~キラキラしてます」
「そうだよ。ダンジョンにはないよね」
「仲間達に聞いていた人間のお店の話と全然違います」
「多分、ダンジョン側の世界のお店よりも大きいと思うよ。ディートもビックリしていたし」
けどシズクやリアやディートとダンジョン側の世界の街に行っても楽しそうだなあ。
そのためには危険なダンジョンを抜けないといけないな……。もっとレベルを上げたい。
「私、ディートさんにも早く会ってみたいです」
そうだ。今、僕には鉄の扉の向こうは石壁しか見えないのだ。
石壁の向こう側にも監視カメラを置かないとディートが来てもわからない。
やはりレベルをもっともっと上げて強くなる必要がある。
モンスターが好む餌を探すのもその一環だ。
「じゃあ、まず食料品売場に行こうか」
「はい!」
食料品売場には手前にレジが並んでいてそのすぐ奥はお菓子売り場だった。
「ポテチか。なんか忘れていることがあるような」
ポテチについてなにか忘れているような気がする。
思い出そうと考えているとシズクが誤解する。
「これはあんまり美味しそうではないです。いい匂いもしないですし硬そうです」
ポテチが美味しくないということはないだろう。
「あーこれは中身を食べるものなんだ。中身はきっと美味しいよ」
「そういうことですか。食べ物の匂いじゃないと思ってしまいました」
「うん。一個買ってあげるよ。敏捷も50%あがるしね」
「仲間達が人間はステータスを気にするって言ってましたから喜ばれそうですね」
そうそう。日本の食べ物は色んなステータスが上がるんだよね。
「って、ああああああ忘れてた!」
「ど、どうしたんですか?」
「モンスターに日本の食べ物あげちゃっていいのかな。強くなったりしない?」
既に日本の食べ物を食べて逃げてしまったモンスターが数匹いる。
ダンジョンを探索している皆さんに迷惑がかかっていないだろうか。
「う、うーん。どうでしょう? 少なくとも白スライムは人間と違って頻繁にステータスチェックをしません」
シズクに聞いてもわからないか。
シズクはそもそもステータスの変動に興味がないようだ。
だがシズクがこの後、言った情報はとても有益だった。
「仲間達に人間がかつて話したことによれば、同じ種類のモンスターでも強いほうが経験値が大きくてレベルが上がりやすいらしいですよ」
「え? 本当?」
「はい。そう聞いています」
ひょっとして日本の食事で強くなったモンスターを狩れば、早くレベルがあがるかもしれないぞ。
「ま、まあ、それは後で考えよう。必要なのは鉄の扉が降りてきても気が付かないほど、モンスターがかぶりついてしまう食べ物だ」
◆◆◆
「どれも凄く美味しそうです」
僕の服になっているシズクがプルプルと震える。
「リンゴ、大根、サンマ、イワシか。とりあえずこれで実験してみよう」
シズクが美味しそうと言った食べ物のなから安いものを中心に買った。
「そうだ。シズク。付き合わせちゃったからなにか好きなものを買ってあげるよ」
「ホントですか!」
「ああ」
「じゃあ、私、首輪が欲しいです」
……。
念のため聞いてみるか。
「それ。なにに使うの?」
「首につける以外に使い道があるんですか?」
シズクは薄い本の読みすぎだ。
間違った知識をかなり吸収してしまっている気がする。
「きょ、今日は他のものにしようよ」
「そ、そうですか。でも欲しかったなあ。ご主人様から首輪を与えられるのは愛情の証だって書いてあったし。すっごく可愛いです!」
このままでは大変なことになる。シズクとしばらくトンスキホーテを歩き回ることにした。
様々な商品を見せることで人間の『正しいあり方』を教えるためだ。
「あ、あっちにある服はリア様が着ているブルマですね! 他にも可愛い服がいっぱいあります!」
「……」
コスプレコーナーを見てやはりシズクがプルプルと震えて興奮する。
人間の『正しいあり方』を教えるのは難しい。
バス用品コーナーを通る。
「ここはお風呂に関するアイテムが売ってるんだよ。シズクもお風呂はわかるだろう」
「わかります! これはなんですか?」
「泡風呂を作る入浴剤みたいだね。ほらここに写真がある」
アワアワのお風呂に入った金髪の外人さんが片足を出していた。
美人ではあるがリアよりも大分ケバい。
「これ! 私、これが欲しいです!」
「うん。これならいいよ」
「やったー!」
シズクはお風呂好きでリアや僕が寝たあとによく入っている。
プルプルと震える。
「このアワアワのお風呂にご主人様と一緒に入りたいです」
な、なんだって?
「ダ、ダメだよ。一緒に入るなんて」
「どうしてですか?」
「前に男と女は一緒にお風呂に入らないって教えたじゃんか」
シズクに「どうして一緒にリアとお風呂に入らないんですか?」と聞かれてそう答えたことがある。
「私はオスでもメスでもないですよ?」
そ、そう言われてみれば……そう。
だがなぜか背徳感がある。
「リアは自分の裸を見られたくないかもしれない」
「別にリア様に変身して入ったりしませんよ」
うう。確かにそう言われると別に一緒に入ってはいけない根拠なんてない。
「ご主人様の頭やお背中を私の体と石鹸で洗ってあげたいです」
「……気持ち……よさそうだね……入るか」
「はい!」
シズクは無邪気にプルプルと喜んでいた。
あまり深く考えないことにした。
今度はペットコーナーの前を通る。
別にペットコーナーに用はない。そろそろ帰ろうかなと思っていたし、通り過ぎよう。
ところがある商品が目に入った。
「こ、これは!」
「ご主人様! やっぱり首輪を買ってくれるんですか?」
「違ーう!!!」
ひょっとして滅茶苦茶効果あるんじゃないだろうか。
量に比べて比較的安いし、何種類か買ってみよう。
◆◆◆
リアを起こさずに静かに部屋に戻る。
いつものようにシズクをお風呂場で脱ぐ。
「ご主人様……このままお風呂にします……?」
本当にシズクはメスでもオスでもないんだろうか。
メスとしか思えない。
「い、いや、今はいいよ。とにかく早く買ってきた食べ物の効果を試してみたいんだ」
「はい」
いつもの歯切れのよい返事だが、シズクの声音が残念そうに聞こえたのは僕の気のせいだろうか。
鉄の扉の前にリンゴ、大根、サンマ、イワシを置く。
そしてさらに。
「これだ! 猫まっしぐら!」
トンスキホーテのペットコーナーで買ったのはコレだった。
ドライタイプも猫缶タイプもある。
モンスターもまっしぐらに集まってくるんじゃないだろうか。
「それはなんですか?」
「ペット用の餌だよ」
「ペットの餌! 凄く美味しそうな匂いがします!」
シズクがモンスターとしての食性なのか、薄い本の読み過ぎなのかわからない反応をする。
「シ、シズクは食べないでね。僕がもっと美味しい料理作ってあげるからさ」
「そ、そうですか」
さあ、パソコンチェアの前に座ってモンスターが来るのを待とう。
本当にモンスターがかぶりつくのか楽しみだ。