ダンジョンの工事は業者には頼めない件
僕は今、ネットで見つけた防犯カメラの業者さんと電話している。
『ご自宅からちょっと距離がある離れにカメラを設置したいということですね』
まあダンジョンという離れだけどね。
「できますかね?」
『もちろん。できますよ。長い電源コードと同軸ケーブルがあればいいだけですから。LAN線や無線もありますけど同軸ケーブルが一番安定しますね』
おっし! どうやらダンジョンに防犯カメラを設置することはできるようだ。
ネットで安い無線LANタイプもあることを知ったけど、店舗で使われるような本格的なものにしたほうがいいだろう。
ダンジョンの厚い壁は無線を通さないかもしれないし。
同軸ケーブルっていうのは確かTVのアンテナとかに使う線だよな。
機能的な部分も聞いておくか。
「録画でなくリアルタイムでも見れます?」
『今のカメラは大体、お客様のいうところのリアルタイムであるライブ機能、それを録画するレコード機能、後から再生するリプレイ機能、全部ついてますよ』
ライブ、レコード、リプレイか。ふむふむ。
ますます僕にとって素晴らしい。
「暗いところでも映ります?」
『そうですね~暗所を映せるカメラもありますよ。昼間より画質は落ちますし、カラーじゃなくて灰色っぽくなりますけどね』
あ~TVで夜行性の動物なんかを映す時によく見るアレか。
『動物か人間かわからない侵入者がいるんですか?』
「えぇ……」
動物か人間かっていうよりも、モンスターかエルフかって感じですけど。
『カメラとセンサーライトを併用するって手もありますよ』
「ああ、近づくと光るライトですね」
『そうです~明るくなれば映像もはっきりします。侵入者なら証拠にもなりやすんじゃないでしょうか?』
なるほどねえ~。でも「ゴブリン! お前侵入しただろ! これが証拠だ!」とやってもゴブリンは勝手に入ってくるだろう。
とりあえず、暗所でも写るならカメラだけでいいかな。
「パソコンで見ることもできます?」
『専用レコーダーとモニターで見ることが多いですけど拡張すればできますよ』
なるほど。どうしようか?
本体はタワー型なので床に置いてあるからパソコンデスクの上はまだ広い。
もう一台ぐらいモニターとレコーダーを置けそうだ。
『専用レコーダーとカメラがセットでお安くしているタイプもありますよ』
業者さんのサイトを見ているのだが、バラバラの同じものよりかなり安くて夜間もよく見れるカメラがセットになっているものがある。
レコーダーを操作するマウスやコードや取り付け器具も付いてくるようだ。
「映像ケーブルや電源ケーブルを長くするってことはできます? 二本は40mとかあると……」
『サービスで交換しますよ。セットのものも結構長いものですしね』
「本当ですか。ありがとうございます。じゃあそれにしようかな」
『モニターはどうします?』
「モニターはパソコンのものでも流用できますよね?」
『レコーダーと接続できればもちろん見れますよ』
いいね。ちょうど余ってるモニターがある。
じゃあ、カメラ四台タイプにしようかな。カメラの台数で値段が変わる。
カメラが四台あれば、玄関の前、大部屋全体、鉄の扉の内側、そしてゆくゆくは鉄の扉の外側に設置できる。
これでパソコンデスクからダンジョンの大部屋の状況を完全に把握できる。
もちろん安全も確保できるだろう。
12万円は痛いけどしょうがない。貯金がどんどん無くなるな。
リアルでレベル上げをするためだ。ソシャゲに全力で課金したと思おう。
「じゃあカメラ四台セットを買います」
『ありがとうございます。工事はいつしますか?』
「え?」
『お客様の場合は10万円以上のお買上げですので、工事代はサービス価格の2万円になりますけど』
2万円も痛いが……工事だと……?
「……ダンジョンなんですけど、工事できますかね?」
『へ? ダンジョン?』
「いえ、なんでもありません。機材だけ買って自分で取り付けるってできます?」
機能は想像以上に良さそうだけど……ダンジョンで取り付け工事をしないといけない問題があったんだった。
『ご自身でやられる方もいらっしゃいますよ』
「注意点とか教えてもらえます?」
『そうですね。お住いはどんなタイプですか?』
ウチはマンションとダンジョンを足したマンジョンタイプですと言いたかった。
◆◆◆
「で、実店舗がある店だったから機材だけ買ってきたんだけど」
リアが不思議そうに聞いてきた。
「これなんですか?」
「めっちゃ便利なアーティファクトだよ。でも設置が難しいんだ。やり方は……賢者仲間から聞いたけどね」
とりあえず、余ってるモニターとレコーダーで室内を写してみるか。
レコーダーとモニターをパソコンデスクに置いて電源を入れる。
「よし。モニターは流用だけど繋がったぞ。後は……和室にカメラを」
和室の畳の上にダンボールで台を作って適当にカメラを置く。レコーダーを同軸ケーブルで繋げて和室のコンセントで電源を確保した。
これで出来たんじゃないかな。
洋室に戻るとモニターを見ていたリアが目を白黒させていた。
「さ、さっき! 畳の部屋で! トール様がこのなかに!」
どうやら成功しているようだ。
モニターには和室が映っていた。
ちなみにシズクは押し入れの中にいる。薄い本でさらなる知識を蓄えているかもしれない。
「まあ。ここまではできて当たり前なんだよなあ……」
ここから先が難関だ。
同軸ケーブルと電源ケーブルをどうやってダンジョンに通すかという問題がある。
マンションのコンクリに穴を開けるのはできないし、大家さんに怒られてしまうだろう。
「やはり業者さんに聞いた方法を使うしかないな。あったあった。エアコンの配管を通すための配管孔だ」
エアコンは部屋の外にある室外機に繋がないと機能しない。
つまりその配管の穴からケーブルを通すわけだ。
「配管孔の大きさが配管ピッタリだとケーブルは通せない。もしくはエアコンの配管を外して暑さ寒さを我慢するしかない。でも普通は配管より大きめの穴を作ってガムのような粘土パテで隙間を埋めているはずだ」
ビンゴ! かなり雑な仕事でパテも取れかかってるし、隙間も十分にありそうだ。
「助かった。これなら同軸ケーブルもここから外に全部通りそうだ。電源ケーブルは一本通ればダンジョンで配線を分ければいいしね」
とりあえず、一本だけ同軸ケーブルと電源コードを通す。
エアコンの配管孔の位置関係から考えれば、ダンジョンに同軸ケーブルの先と電源ケーブルが先が出てそうだけど……。
「よし、リア。ダンジョンに行きましょう」
「ダ、ダンジョンですか?」
「そりゃダンジョンにこのカメラ……というアーティファクトを設置しないといけないですから」
今まで楽しそうに僕の工事姿を見ていたリアが聞いてきた。
そうだ。そういえば僕は『人物鑑定LV1/10』スキルも手に入れたのに、まだ使えていない。
ぜひリアに使ってみたいところだ。
僕はヘッドライト付きヘルメットをかぶって気軽に玄関のドアを開けた。
ん?
「うわあああああああああああ!」
僕は速攻で玄関のドアを閉める。
「ど、どうされたんですか?」
リアが心配そうに聞いてきた。
「大部屋がスライムだらけになってました」
そういえば水色のスライムをタッパーに入れて放置していた。あれが大きくなってタッパーを破って増えたのかも。あるいはもともと小さいスライムがいっぱい入り込んでいたとか。
どちらにしろまずは水色のスライム退治からはじめないといけないようだ。
ピッケルを取って再び玄関のドアを開ける。
「玄関の周りまでたくさんいるぞ!」
「気をつけてください。天井にいるのが落ちてくる時もありますから」
「げっマジか」
ピッケルを振り回して次々にスライムを倒していく。水色のスライムの動きは遅い。
もう二十匹は倒したが、油断して噛まれると厄介だ。
小さいスライムの時でさえ、かなり痛かった。
この大きさのスライムに噛まれれば、出血は免れないだろう。
慎重にスライムを倒していく。リアはなぜか、あまり積極的にスライムと戦おうとしなかった。
剣もないし素手だからかもしれない。
「よし。だいぶ片付いたかな」
「すいません。トール様にお任せしちゃって」
「いや、いいんですよ。レベル上げもしたいし」
「え? 大賢者様がレベルをあげる必要があるんですか? それに大賢者様クラスになったらスライムなんかじゃ焼け石に水のような」
「ひ、日々研鑽です。それに塵も積もれば、なんとやらですよ」
「さすがトール様です」
確かに無職でレベル5の僕でさえ、もう1レベルすら上がらなかった。これは一刻も早く、部屋にいながらモンスターを倒せるシステムを作らなければならない。
「よし。スライムもいなくなりましたし、カメラを同軸ケーブルと電源ケーブルに繋げますかね」
「はい!」
リアの元気の良い返事を聞きながら、ダンジョンの壁を見る。
「ないぞ……。同軸ケーブルも電源ケーブルも……」
位置的にエアコンの配管孔がありそうなところはおろか、ダンジョンの大部屋の石壁をすべて見てもケーブルは出ていなかった。
「そ、そんな……」
まさか12万円が無駄になってしまったのか。悲し過ぎるぞ。
そんなことより計画が白紙になってしまうのが辛い。
「ん? でもケーブルを通す時は玄関を閉めたまま押し込んで通したよな? 日本に出ちゃったのかも!」
リアと手を繋いで部屋に戻ってケーブルを引っ張る。
先端がエアコンの配管孔から戻ってくる。
玄関の扉を開けっ放しにしてダンジョンが見えるままにした。
その状態で同軸ケーブルと電源ケーブルを外に繋がる配管孔から通す。
「よし! 通ったぞ。ダンジョンに行ってきます」
「は、はい」
リアを置いてダンジョンの配管孔がありそうな場所をヘッドライトで照らす。
「あった! あったぞ!」
そこにはダンジョンの無機質な石壁から二本のケーブルがひょこっと出ていた。