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空色の魔女 作者:来栖ゆき

旅立つ時

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◆4◆

 太陽が昇ったばかりの旅立ちの朝。
 マルティナは家の前でジョンおじさん、リズおばさんと抱擁を交わし、しばしの別れを惜しんだ。
 それからヴィンセントと並んで歩き、ライナスとジャスティンの待つ屋敷へと向かう。
「どうしたマルティナ、落ち着かないな」
「うーん」
 マルティナは腕を伸ばし、手を閉じたり開いたりを繰り返していた。
「あのね、水の魔術はどうやったら使えるのかなって思って」
 盗賊に襲われた時にマルティナの魔術は目覚めた。けれど、あの時は無我夢中だった。どうやって魔術を使ったのかは、まったく覚えていないのだ。
「あれから何もできないの。今までとちょっと違う感じはするんだけど、いまいち魔力の使い方がわからなくて」
 水に触れると心がざわめくけれど、それ以外はいたって普通だ。試しに水差しの水を凍らせようと集中してみたものの、それに変化は起きなかった。
 旅の途中、もしまた盗賊に襲われたとしても、これでは反撃ができないかもしれない。
「まあ、そんな焦ることはないさ」
 ヴィンセントは欠伸を噛み殺しながら、興味なさげに言う。
「魔力が目覚めたばかりで混乱してるだけで、そのうち造作もなく操れるようになるよ」
「……そういうものかしら?」
 どうしてヴィンセントは断言できるのだろう。
 そういえば、魔女や魔術について分かりやすく教えてくれたのは、他でもないヴィンセントだった。
「ヴィンセントは魔術に詳しいのね。どうして?」
「ん? ああ……知り合いの魔術師に聞いたんだよ」
「……ふうん」
 マルティナがじいっと見ると、ヴィンセントは不自然に視線をそらしただけだった。

 屋敷に到着すると、待っていたジャスティンの案内で客室に通された。
 マルティナのスカートでは目立つからと、彼が着替えを用意してくれていたのだ。
 手渡されたのは騎士見習いの装束。
 昔、剣術の稽古をしていた時に身に着けていたものとよく似ている、黒いズボンと亜麻色の簡素なシャツだった。
 マルティナは道中、騎士見習いの少年のふりをすることになる。騎士のライナスと傭兵のヴィンセントと共に旅をするのなら、この方が他者からの目をごまかせるし、色々と都合がいいのだ。
 だったらライナスと同じ騎士にしてくれればいいのに、とマルティナは思っていたけれど、騎士の証でもある、紋章の入った防具や武器がないのだから仕方がない。
 履き慣れたブーツはそのままに、革のベルトを装着してそこに細身のサーベルを差した。
「わあ、いいじゃない!」
 服装を変えただけで強くなったような気がするのが不思議だ。
 姿見で自分の服装を確認していると、ドアをノックされた。
「ティナ、入ってもいいかい?」
「ええ、どうぞ。もう着替え終わったわ」
 長い黒髪をひとつにまとめていると、ジャスティンがポケットから見覚えのある空色のリボンを取り出した。
「これで髪を結うといい」
 マルティナが口を開きかけると、彼は即座に言い添える。
「もう”村娘”じゃないんだから、気にせず使って」
 騎士見習いだとしても高価すぎるのでは、と思ったけれど、マルティナは納得してリボンを使うことにした。
「それから、この短剣は護身用だよ」
 ジャスティンから受け取ったそれを鞘から抜くと、銀色の刀身は両刃だった。よく見ると、(つか)の部分には草花の模様が彫刻されていて、(つば)には大きな青い石がはめ込まれている。
「ずいぶん華美な作りね。女性もののようにみえるわよ?」
「最近の流行だよ。気にしなくていい」
「そうなの……この石は?」
「サファイアという宝石だよ。ティナの瞳の色みたいで美しいでしょう?」
 まるで、自分の瞳が美しいと言われたみたいで、思わずジャスティンから目を逸らした。
「サファイアっていうのね。これは、すごく綺麗」
 丸く削られた青い石に触れると、ひんやりとして滑らかだった。
「でも、こんな飾り必要ないと思うけど……」
 貰った短剣を腰に差すと、ベルトでサファイアが隠れてしまったけれど、逆に目立たなくていいかもしれない。
「ティナ、いいかい。もしも旅の途中でお金に困った時はこのサファイアを売るんだよ。金貨百枚くらいにはなる」
「ひ、百枚!? これってそんなに高価な石なの?」
 マルティナは慌てて腰から短剣を引き抜いた。
「ジャスティン――」
 彼は最後まで言わせず、マルティナの手を握り首を横に振った。
「価値を教えたのは驚かせたり遠慮させるためじゃない。あくどい商人に騙されて安く買い叩かれないためだ」
 ジャスティンはマルティナに言い聞かせるようにゆっくりと話し始める。
「旅の途中、もしライナスやヴィンセントとはぐれて一人になってしまっても、お金さえあればそれほど困らずに集落へ辿り着けるはずだ。だから、何かあれば、この宝石を売るんだよ?」
「う、うん……」
 ジャスティンはマルティナにとって最善の方法を考えていたらしい。マルティナはその親切をありがたく受け取ることにした。
「わかったわ。どうもありがとうジャスティン。でも……いつも貰ってばかりで、お返しが何もできなくてごめんなさい」
 その言葉に、ジャスティンはただ笑顔を返すだけだった。
「あ、ねえ、何か欲しいものはある?」
 マルティナが用意できるものなど限られているし、ジャスティンならば簡単に手に入れることができるだろう。
 けれど、マルティナは何かお返しがしたいと思った。
「やってもらいたいこととかでもいいの。裁縫は得意だし。料理も昔よりはできるようになったのよ。それ以外は……えっと、あたしができることなんてあまりないんだけど……」
 遠慮がちにジャスティンを見上げる。
「ティナ……」
 一瞬、苦しげに顔をゆがめたように見えた。次の瞬間、ジャスティンに抱き締められた。
「ジャスティン?」
 名前を呼ぶと、彼の腕に力がこもった。
「ティナ……僕が欲しいものは、たったひとつだよ」
 しばらくすると、ジャスティンはマルティナを離した。
 先ほどの苦しそうな表情は気のせいだったのか、彼はいつもの笑顔に戻っていた。
「その欲しいものって、なあに?」
 マルティナは目をぱちくりさせながら尋ねる。
「ティナ…………君が無事でいてくれることだよ。少しやんちゃなところがあるからすごく心配なんだ」
「もう、失礼ね! 子供じゃないんだから大丈夫よ」
「はははっ、どうだかなあ」
 ジャスティンは声を上げて笑っていた。
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