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空色の魔女 作者:来栖ゆき

魔女の目覚め

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13/22

◆1◆

 ヴィンセント達と別れた後、マルティナは桶を手に、水を汲むため井戸へと向う。
 するとそこには、いつものようにアンとジェシカが興奮気味で無駄話に興じていた。
「また怒られるわよ」
「マルティナ! やっと来たわね」
「ちょっとちょっと、どういうことよ!」
 待ってましたと言わんばかりの二人は、にやにや笑いでマルティナを囲むように両隣に立った。
「朝からヴィンセントと丘デートしてたでしょ?」
「仲のよろしいことで」
 今朝の出来事を見られていたらしかった。
「丘デートって……何よそれ? そんなんじゃないわ」
 アンとジェシカはお互い目を見合わせると、にんまりと笑みを深める。
「まったまた~私たち見てたんだからねっ」
「ヴィンセントがマルティナのほっぺにキスしてたわ。そのあと仲良く追いかけっこなんかしちゃって!」
「このこのっ、幸せ者!」
 マルティナは開いた口が塞がらなかった。
 あれはヴィンセントに失礼なことを耳打ちされただけだ。ヴィンセントが逃げるから、マルティナもつられて追いかけてしまった。
 他人から見たらまるで恋人同士の蜜月のように見えていたのだろうか。
「やっ、違うわよ、何言ってるのよ!」
「顔が赤いわよマルティナ。からかわれたくなかったら、今度から薄暗い森の中ですることね!」
「やぁだジェシカったら、森の中で何をするの? いやらしいっ」
「アンこそ何を想像したのよっ」
 や、やめてー! 
「あのねっ――二人とも聞いてったら!」
 誤解を解こうと必死のマルティナに対して、アンとジェシカは興奮ぎみに卑猥な会話を繰り広げつつある。彼女たちに恥ずかしいという感情はないらしい。
 その時だった。
 マルティナの視界の端に黒い何かが映った。
 顔を向けると、村に隣接する森から黒い集団がわらわらと現れ始める。
「あれ、なにかしら?」
「誤魔化したってダメよ、マルティナ!」
 遠目でも、その集団は馬に乗っていることがわかった。
 領主一行の狩りは明朝からだ。そもそも貴族であったなら、馬を下りずに村へと雪崩れ込むことはしない。
「ねえ、あれって……」
 アンとジェシカもその異様な事態に閉口する。
「もしかして……盗賊?」
 マルティナはぽつりと呟いた。
「やだ、どうしよう。村にはジャックが、父さんと母さんが――」
 ぺたりと座り込み、アンが震える声で言った。
「アンしっかりして! ジェシカも! このことを騎士の誰かに伝えるのよ! ヴィンセントもここにいるから、探して急いで伝えて!」
「わ、わかったわ……」
「マルティナはどこに行くのよ?」
 駆け出したマルティナをジェシカが大声で呼び止める。
「あたしは、時間を稼ぎに先に村へ行くから――」
 あのような集団は(あるじ)や城を持たない。あるいは主を失った騎士や傭兵で結成されてると聞いたことがある。
 街や村を襲っては金品を奪い、女子供を攫う。そして他の国や街に連れて行き奴隷として売るのだ。
 盗賊なんてこんな田舎には一度も来たことがなかった。
 襲われる経験のない村には、傭兵もいなければ戦い慣れした村人もいない。村が今頃どんな混乱に陥っているのかさえ、まったく想像ができなかった。
「急がなきゃ、なんとかしなくちゃ――」
 マルティナは必死で走った。
 心臓は早鐘のように胸を打ち、息を吸う度に肺は悲鳴を上げた。
 ゆるやかだが下り坂のお陰で思った以上に早く駆けることができたけれど、バランスを崩せばきっと顔から転んでしまうだろう。
 それでも止まるわけにはいかなかった。
「わっ」
 足がもつれて転びそうになったところ、持ち前の運動神経を駆使してどうにか立て直す。
 それでも勢いが付きすぎた身体は止まることができなかった。
 マルティナは腕で顔を庇いながら受け身を取って一回転すると、その勢いを利用して起き上がった。
「もう!」
 急いでいるのに、転んでいる場合ではないのに――
 けれど長いスカートが邪魔をしてうまく動けない。
 マルティナは恥を捨ててスカートをたくし上げた。
「――ナ!」
 再び走り始めた矢先、背後から馬の駆ける蹄の音が耳に入る。敵かとうしろを振り返ると、それはライナスだった。
「ライナス、村が!」
「わかっている! ティナは応援が来るまで村に近づくな!」
 そう叫びながら、ライナスは馬でマルティナを追い抜いた。
「ライナス待って!」
 彼は帯剣こそしているが軽装だ。革の鎧さえも身に付けていない。
 一人で何とかできる人数ではないのに、それでも彼はたった一人どうにかしようというのか――
「待ってライナス! 一人じゃだめよ!」
 自分のことを棚に上げてマルティナは叫んだ。けれどライナスは振り返らない。
 近づくなと言われて言うことを聞くマルティナではない。
 一人だけ隠れて見ているなんてできない。マルティナは息を切らせながらも必死でライナスを追った。

 ライナスに遅れて村へ到着すると、中心広場に子供たちが集められていた。その周辺には鍬や鋤を構えた村人が息巻いている。
 人質か、攫うために集めたのか、そのせいで村人は何もできないでいるようだった。
 膠着(こうちゃく)状態なのだろうとマルティナは推測する。
「みんなは無事かしら……」
 すでに数件の家は火をかけられて黒煙が立ち昇っていた。
 広場にはライナスのうしろ姿があり、ひときわ目立つ燃えるような赤髪と、悪趣味な赤い外套を身にまとった男と対峙していた。
 盗賊ならば目立たない外套を着ればいいのに、変な男だ、とマルティナは思う。
 その赤髪の男の周りには、下卑た表情を隠しもせずにライナスをねめつける数十人の男たちがいる。
 一対多数だ。ライナスだけでは太刀打ちできない。
 息を整え、広場に向かおうとしたところで背後から腕を掴まれた。
 伏兵かと振り返る。リリーさんだった。
「行っちゃだめだよマルティナ、奴らは子供と若い娘を集めてるんだ。きっと売りさばく気だよ。あんただって見つかれば、連れて行かれちまう!」
「でも――」
「隠れてなさい。ほとんどの娘たちが屋敷にいる時間帯なのが不幸中の幸いだったよ」
「リリーさん、何を言ってるのよ!」
 幸いなんかではないというのに。
 野次が聞こえ、マルティナは広場を見やった。
 赤髪の男は長い剣を抜いていた。面白そうに笑っている。
 ライナスは背を向けていて表情は読み取れない。
 どういう状態になったのか、ここからではまったくわからなかった。
「なんとかしないと……」
 マルティナはリリーさんの腕を振りほどいて広場へと向かった。
「ったく生意気な小僧だ、どうやら死に急ぎたいらしいな」
 赤髪の男の声が聞こえる。ライナスを小僧と表現しているが、その男も若く、二十代半ばに見えた。
 マルティナは村の男達の間を縫って広場へ近づく。何度か腕を引かれたけれど、その度に振りほどいた。
「何の目的で来たかは知らないが、オールブライト伯爵の領地を荒らした罪は重い。貴様の血で(あがな)ってもらうぞ」
 普段聞いたことのない口調でライナスが叫ぶ。
「はっ、やってみろよ!」
 男は馬の腹を軽く蹴るとライナスとの距離を縮めた。よく見れば腹が立つほど余裕の笑みだ。
「待ちなさい!」
 マルティナは赤髪の盗賊とライナスの間に飛び出した。
「この村には何もないわ! 出て行ってちょうだい!」
 戦いを始めてはいけない。ジャスティンが騎士を連れて来てくれるまで時間を稼がなければ――
 この状態で始めてしまったら村人にも被害が及んでしまうかもしれない。騎士とはいえライナスだって無事ではすまないだろう。
「ティナ?」
 ライナスは驚いた声を出した。
「なんだ、若い女もいるじゃないか」
 男は長い髪を一本の三つ編みにして肩にたらしていた。
 右目を眼帯で隠し、ワインレッドの左目を細めてマルティナを値踏みするようにじっと見る。
 はためく赤い外套の裏地は黒だ。裏表を間違えているのだとしたら、とんだ大馬鹿者だろう。
「隠し立てするのは良くないな。他にも居ないか、いっそのこと村ごと焼き払ってあぶり出してやろうか」
 自分の言ったことが可笑しかったのか、くっくっと笑う。
 つられたように周囲の男たちも耳障りな音を立てて笑い始めた。
「やっちまって下さいよ、お(かしら)!」
 どうやらこの男が盗賊の首領らしい。
「村を焼くなんて、そんなことあたしが許さないわ!」
 マルティナは馬上の男を睨んだ。
 片目が使えないのなら、隙をついて狙うなら右からだ。
「許さない、か……面白いことを言う女だ」
 男は指をパチンと鳴らした。
 部下への合図かとマルティナは身構えたが、彼らは動かない。
 そんな中、唐突に藁ぶきの納屋から炎が上がった。
「火矢? 見えなかったわ」
「違う、魔術だ。この男は火の魔術師だ」
 ライナスが悔しそうに呟く。
 男はしてやったりといった表情で満足げに笑っていた。村を焼き払うくらい、造作もなく出来るという証なのだろう。
「魔術師ですって? だからなんだって言うのよ!」
「ずいぶんと威勢のいい女だな! 気に入った、オレ様の女にしてやろう」
 男は愉快そうに宣言した。
「なに言って――」
「何を言うか、賊が!」
 叫び、ライナスがマルティナの前に移動した。
 腰の剣を抜き、腕を伸ばして男に向ける。
 その剣は馬上用の長いものではない。お互い騎馬の状態で戦うのならライナスにとって不利になる。
「下がってライナス!」
 ならばマルティナを女だからと油断しているうちに時間稼ぎをすればいいのだが、男の台詞に立腹したライナスに時間稼ぎという概念はなかった。
「お前が下がってろ!」
 ライナスはマルティナを見ずに言い放つ。
 一触即発のこの状態で、赤髪の男もライナスも一言も発しなかった。
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