第五話(前編) ずっと一緒。
既に俺は願書提出済みだが、舞子は無論まだだ。提出期限まで三日を切っていたので、翌日、一緒に願書に貼付する写真を撮りに行った。
月曜日に内部進学用の願書を学校の売店で購入。夜、母親に記入してもらったという願書を携えて、火曜日の放課後、二人で職員室に向かった。
かなりバタバタとしてしまったが、これで一安心。
職員室の外で俺は舞子が出てくるのを待った。数十分後、一礼して職員室から出てきた舞子の表情は、酷く沈んでいた。
「どうしたんだ」
提出した願書に何か不備があったのだろうか。
「どうしよう……優希君」
「どうした」
まさか記入漏れ?
今日は願書受付の締切日だ。もしそうだとしたら、即効帰って書き直すなり、書き足すなりしないと。
「舞子、優希君と同じ中学に通えないかもしれない」
「通えないって……やっぱり願書に不備が」
驚く俺に舞子は首を小さく左右に振った。
「合格ライン、ギリギリだって先生が……」
今にも泣き出しそうな表情で告げられた言葉に、俺は目を見開いた。
確かに黎明は内部進学者に対しても、厳しい試験を課せることで有名だ。中学に上がる際、半数近くが落とされたという年もあるくらいだ。
だが、舞子が落ちるなんて考えてもみなかった。
「どうしよう……優希君」
「大丈夫だ、舞子」
俺の驚く姿に、より一層の不安を募らせたのだろう。目に一杯の涙を浮かべた舞子の姿に、俺は慌てて声をかけた。
「俺が教えてやる」
「本当?」
「ああ。心配するな。完全にだめだって言われたわけじゃないんだろう」
「うん」
「そうだ。今日、学力テスト返ってきただろう。あれ、見せてみろ」
俺の言葉に、舞子は涙をにじませた目を大きく見開いた。その表情から、テストの結果が
よくないことを瞬時に悟った。
「恥ずかしがってる場合じゃないだろう」
見られたくないという気持ちはわかる。だが、何が苦手なのかわからなくては教えようがない。
「俺は何がなんでも、舞子と同じ中学に行きたいんだ」
「……わかった」
力強い言葉に、舞子は思いを汲み取ったのだろう。俯き加減で差し出された答案用紙を受け取る。
国語、七十六点。
悪くないじゃないか。
社会、六十三点。
微妙だな。
理科、五十四点。
これは……。
算数、二十六点。
「二十六点!? おまえ、掛け算とかちゃんとわかってんのか!?」
「掛け算くらい舞子だってわかってるよ! ただちょっと七の段が苦手だけど」
「七の段とかいう問題じゃないだろう!」
二十六点なんて、ありえない。ありえないが現実だ。どうしたらいいんだ、一体。
「やっぱり……無理かな」
呟きに我に返り顔を上げる。目の前に肩を震わせ、ポロポロと大粒の涙を零す舞子の姿があった。その姿に胸がツキリと痛んだ。
「泣くな舞子! 大丈夫だから!」
「だって」
「大丈夫だ。俺がなんとかしてやる」
「本当?」
「本当だ。だから泣くな」
ポケットから取り出したハンカチで、そっと涙を拭う。自分が泣くより、大切な人が泣く方がずっと辛いことを、俺は初めて知った。
「頼むから泣かないでくれ」
「うん」
心の底からの懇願に、舞子は健気にも微笑んだ。その姿が却って痛々しく、喉元を締め付けられるような痛みが走った。同時に、そんな切ない顔をさせてしまった自分が許せなかった。
「ごめんな、舞子」
謝る俺を、舞子は小首を傾げ不思議そうに見つめた。
「ごめん」
素直な舞子の姿に、俺はただ謝罪の言葉を繰り返すことしかできなかった。
同時に、絶対なんとかしてみせるという、固い決意が心に生まれた。
家に帰るとすぐに、舞子に勉強を教える方法を考えた。
答案用紙の結果が示すように、舞子は完全な文系だ。国語はなんとかなるだろう。
社会は地理と世界史が苦手なようだ。出そうな箇所にあたりをつけて、徹底的に暗記させるしかない。
「問題は算数か」
今から勉強したところで、さほど点数が伸びるとは思えない。
「算数は捨てて他で点数を稼ぐしかないな」
目の前に迫った入試をクリアするには、それ以外方法がない。
「けど、それでいいのか」
算数の答案用紙を見つめながら、俺は全く正反対のことを考えていた。
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