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大好き!
作:七海 華



第四話 ありがとう。


 心は春の陽だまりのようにポカポカ。足元は羽が生えたようにフワフワの状態で、優希君と楽しい一日を過ごした。
 優希君へのプレゼントを買うのが今日の目的だった。けど、優希君は笑って「舞子と同じ中学に行ければ十分だから」と言って、何も受け取ろうとはしなかった。
 だからというわけではないけれど、初デートの記念にと、陶磁器でできた可愛い三毛猫の付いた携帯ストラップを、互いの小遣いで買った。
 私はピンク、優希君はブルーの紐の付いた揃いのストラップは、手にした瞬間、私の一番の宝物になった。
 そのストラップをジーンズのポケットに忍ばせて、夕食を終え、居間のソファで紅茶を飲みながらくつろぐ両親の前に座った。
「パパ、ママ、お願いがあるの」
「なんだい、あらたまって」
 居住まいを正して座る私に、ただならぬものを感じたのだろう。パパは読んでいた本を机の上に伏せた。パパに倣うように、ママもセーターを編む手を休め膝の上に置いた。
 まるで五十メートルを全力疾走したように、心臓がドキドキした。
 勇気が欲しくて、そっとポケットの上からストラップに触れる。硬い膨らみに優希君の笑顔を思い出し、勇気が沸き起こった。
「中学のことなんだけど、私、このまま黎明学園に残りたい」
 突然の言葉にパパは大きく目を見開き、ママは目を瞬かせた。驚く二人の姿に、なぜか申し訳ない気持ちになった。
 藤宮への進学を勧めたのは、舞子のためだということは十分わかっていた。おそらく反対されるだろうということも。特にママに。藤宮への進学はママの希望だったから。
 優希君と同じくらい、私はママが大好きだった。優しくて綺麗で料理が上手なママ。ママは私の自慢であり憧れの存在だ。
 そのママを悲しませるのは辛かった。でも、優希君と一緒にいたいという思いの方が強かった。何より優希君の言葉が、私を後押ししてくれた。
「どうして黎明学園に残りたいんだい」
「それは……」
 パパの問いかけに、私はすぐに答えることができず俯いた。
「それは?」
「……好きな人が……いるから」
 本当は他にもっと上手な言い方があったのかもしれない。黎明の自由な校風が気に入っているとか、レベルが高いからとか。
 でも、そんな嘘、吐きたくはなかった。大好きなパパとママに嘘を吐くのは、絶対に嫌だったから。
 膝の上に乗せた両拳を強く握り締める。
「わかった」
 思いがけないあっさりとした返答に、驚き顔を上げた。
「舞子の好きにしなさい」
「いいの?」
「ああ」
「ママは?」
「私?」
 パパの隣で優しく微笑むママに視線を移す。
「だってママは、舞子に藤宮に行ってほしかったんでしょう」
「その方が舞子にとって幸せかなと思ったからよ」
「舞子の……幸せ」
「そう。舞子はおっとりさんだから、進学校の黎明より、のんびりとした校風の藤宮の方がいいと思ったの。将来の夢は、お嫁さんなんて言ってたし。でも、好きな子と一緒にいたいというのならかまわないわ」
「いいの、そんな理由で!」
「そんな理由なの?」
 身を乗り出し、思わず叫んでしまった私をたしなめるようにママは言った。
「舞子にとって、好きな子と同じ学校に通いたいというのは、つまらない理由なの」
 ママの言葉に、私は音がするくらい激しく首を左右に振った。
「つまらない理由なんかじゃない」
「だったらいいわ」
 フワリと笑う姿に胸がキュッと痛くなった。
「ありがとう、ママ」
 緊張感から解放され心が緩んだのか、涙がポロリと零れた。
「あれ? いやだな、私。なんで泣いてるんだろう」
 笑顔でごまかそうとしたが、溢れ出る涙を止めることはできなかった。
「どうしたんだろう、私」
 戸惑う私を、柔らかなママの腕が優しく抱きしめてくれた。規則正しく脈打つ鼓動が耳に心地よかった。
 ママは何も言わない。
 でも、言わなくても伝わる思いがある。
 その思いを受け止めながら、私は心の底から、ママの子に生まれてきてよかったと思った。



「どうだった、舞子」
 ずっと電話を待っていてくれたのだろう。ワン・コールで優希君は携帯に出た。そんな小さなことすら、私には飛び上がるほど嬉しかった。
「舞子の好きにしていいって」
「黎明に一緒に行けるってことか」
 弾む心のまま告げた言葉に、優希君は幾分低めの声で、確かめるように言葉を紡いだ。
「うん」
「よかった」
 携帯の向こうから、深いため息が聞こえてきた。それだけで、優希君がどれほど心配してくれていたかがわかった。
「本当に、よかった」
「ありがとう、優希君」
 まるで自分のことのように喜んでくれる優希君に、緩みきった涙腺から涙が零れた。
 ありがとう、という言葉を口にできることが、どれほど幸福で尊いことか、身を以って知った一日だった。












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