第十四話(後編) 満開の桜に降る雪。
家に戻るとすぐに手渡された紙袋を開けた。中から美術館の名の入った包装紙に包まれた、十cm四方の小箱が現れた。
これってあの時、お土産だって言ってた物じゃ……はやる気持ちで包みを開け、小箱の蓋を取る。
中から現れたのは、銀の雪の舞う中、満開の桜を手をつなぎ、見上げる男の子と女の子の入ったスノードームだった。
深い緑の土台には、銀色のプレートに流れるようなスペルで、一つの単語が刻まれていた。 その意味を理解した瞬間、私はスノードーム片手に部屋を飛び出した。
足の遅い私が、ほんの数分全力疾走しただけで、すぐに優希君に追いついた。心なしか後ろ姿が寂しそうに見えた。しっかり者の優希君のこと。きっとホワイトデーのプランを、色々考えていてくれたに違いない。その思いを私は踏みにじったのだ。
申し訳ない気持ちと情けない気持ちが入り混じり、全力疾走した息苦しさに拍車がかかる。
「優希君!」
何をどう伝えればいいのか考えは全然まとまっていなかった。ただ、遠ざかる後ろ姿が切なくて、胸が痛くて、気付くと私は優希君の名を思い切り呼んでいた。
振り返った優希君は驚きに目を見開くと、なんの迷いもなく私の元へと駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、舞子!」
肩で荒い息を吐く私の二の腕を、優希君の手がしっかりとつかむ。
「これ……」
驚きと困惑の入り混じった眼差しの優希君に、両掌で包み込んだスノードームを差し出す。
「これって……私と優希君だよね!?」
スノードームの中の女の子は髪が長くて、男の子よりちょっぴり背が高かった。
「そう。注文すると、オリジナルのスノードームを作ってくれるんだ」
私の手から優希君の手へと、スノードームが移ってゆく。
「FAXでイラスト送って、口頭で伝えただけだから、どんなふうになるか心配してたんだけど、結構いい感じにできてるな」
満足げにスノードームを見つめる優希君の姿に、それまで堪えていた涙が両目から一気に溢れ出した。
「まっ、舞子?」
「ごめんなさい、優希君!」
戸惑う優希君に私は深々と頭を下げた。
「私……ずっと考えてたの。美術館で受け取った包みは、誰に渡すんだろうって。もしかしたら……別の……」
女の子になんて恥ずかしくて言えなかった。だって、優希君はこんなにも私のことを思っていてくれたのだ。その優希君を疑うなんて、なんて愚かで浅はかだったんだろう。こんなんじゃ、優希君に嫌われてもしかたがない。
「本当に、ごめんなさい」
絶望と後悔に立っていることができず、その場に座り込み号泣した。
頭上から深く長いため息が聞こえてきた。
やっぱり呆れてる。
もうだめかもしれない。
どうしよう。
混乱し崩れそうになった身体を、膝を折った優希君が優しく抱きとめてくれた。
「それでこのところ元気がなかったのか」
「ごっ、ごめんなさい」
それ以外の言葉がみつからなくて、私は泣きじゃくりながら、ひたすら同じ言葉を繰り返した。
「ばかだな、舞子は」
優希君の手が震える背中を優しく撫で下ろす。
「俺は舞子が思っている以上に、舞子のこと、考えてるんだぜ」
そうだ。優希君は、いつだって舞子のことを一番に考えていてくれた。そんなこと考えなくたってわかることなのに。
「ごっ……ごめんなさい」
「俺も中途半端な言い方したからな。不安にさせて悪かった」
「そんなことない。舞子が……舞子が……」
「スペルの意味、わかるか」
優しく尋ねる優希君の声に、私は大きく頷いた。
「そうゆうことだから、なにも心配するな、舞子」
耳元で囁かれた包みこむような柔らかな声音に、私はただ涙を流し頷くことしかできなかった。
刻まれたスペルは「TOGETHER」
スノードームの中の二人のように、満開の桜を今年も来年も再来年も、ずっとずっと「一緒に」見られたらいいと、心から思った。
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