第十四話(中編) 満開の桜に降る雪。
薄緑色のビンの中でジュースを飲む少年。
ハートを手にしたテディイ・ベア。
寄り添うカップル。
その周りをキラキラと銀色の雪が舞う。
「きれーい」
壁一面に所狭しと並べられたスノードームを前に、私は感嘆の声をもらした。
「東京に、こんな素敵な所があるなんて知らなかった」
「俺もネットで検索してて、偶然見つけたんだ」
優希君が連れてきてくれたのは、大好きなスノードームが展示された、小さな美術館だった。掌にすっぽり収まってしまうような小さな物から、トロフィーのような大きな物。スノードームとは丸い物、という認識をもっていた私には驚きの連続だった。
夢のような空間の中、私は時間が経つのも忘れ、作り上げられた一つ一つの世界を丹念に見て回った。
「ごめんなさい、優希君」
一階にあるお土産物売り場に併設されたカフェで、私は対面して座る優希君に思い切り頭を下げた。
「何が?」
「退屈だったでしょう」
千差万別のスノードームは、いくら眺めていても飽きることはなく、気付くと一時間以上が過ぎていた。
「楽しかったよ」
「嘘!」
スノードームに興味のない優希君が、楽しいはずなんてない。
「ほんと、ほんと。一つ一つの作品ごとに、違う表情を見せる舞子を見てるのは、凄く楽しかった」
悠然と微笑む優希君の姿に、頬がカッと熱くなった。つまり優希君は、スノードームではなく、鑑賞する私を見て楽しんでいたというわけだ。それって結構っていうか、かなり恥ずかしい。
火照りを鎮めようと両頬に手を当てる私の前に、苺のショートケーキと紅茶が置かれた。優希君にはなぜかケーキセットの他に、美術館の名前の入った手提げ袋が渡された。
「何?」
「んっ? 秘密」
秘密って優希君。目の前でそんなに大胆に受け取ってたら秘密にならないし、さすがに気になるんですけど。
「……お母さんにお土産……とか?」
「まあ、そんなところ」
でも、スノードーム選んでるところなんて見なかったし、ケーキにしては小さい。なんだろう。とっても気になる。けど、あまりしつこく聞くのも失礼だしな。とりあえず見なかったことにしよう。
紙袋から視線をそらし、生クリームの上にのった真っ赤な苺を口に含む。春だというのに苺は少し酸味があって、軽く眉をひそめた。
自分がこんなにも心が狭いなんて思ってもみなかった。案外、独占欲が強いということも。恋をして初めて知った。
優希君が他の女の子にプレゼントを買うなんて、絶対にありえない。わかっていながらも、お母さんへと断言しなかった優希君の姿に、この三日、美術館で見た紙袋が頭からはなれなかった。
私って、こんなにも嫉妬深い性格だったんだ。知らなかったよ、本当に。
「どうしたんだ、舞子」
下校途中、前を歩く優希君が足を止め振り返った。
「なっ、何が?」
悶々と浅ましいことを考えていた私は、急に声をかけられ、焦って声が上擦った。
「ここのところ元気がない」
「そっ、そんなことないよ」
慌てて笑顔で言葉を否定する。だが、どこかぎこちないものがあったのだろう。無言のまま自分を見据える優希君の眼差しに耐え切れず、視線を落とした。
あの紙袋の中身は何?
誰に渡したの?
本当にお母さん?
自分ではどうにもならない醜い感情が渦となって、頭の中をぐるぐると回りだす。私ってなんて嫌な性格なんだろう。優希君の言葉が信じられないなんて。
「風邪でもひいたのか」
押し黙ってしまった私の前髪を、優希君の掌がそっと払い額に触れた。冷たい手の感触が、波立つ心を静めてくれるようで心地よかった。
ちらりと視線を上げる。心配そうな眼差しで自分を見る優希君の姿に、胸がツキリと痛んだ。
私の胸の中を優希君は知らない。こんなに暗くてドロドロした私の気持ちを知ったら、どう思うだろう。
呆れるかな。
嫌われるかな。
「熱はないみたいだけど、大丈夫か」
更に心配そうな眼差しになる優希君の姿に、私は小さく頷いた。私なんて優希君に心配してもらう価値なんてない。溢れ出そうになる涙を、私は唇を噛み締め必死に堪えた。
「またこの次な」
今日は優希君の家に招待されていた。夏に公開された映画のDVDを観る約束だったのに。
「……ごめんなさい」
本当は優希君といたかった。でも、今の状態では一緒にいても、優希君に心配をかけるだけだ。それに私自身も辛い。好きな人と一緒にいることが辛いなんて、考えたこともなかった。
「いいよ。体調が悪いんじゃしかたがない」
小さな笑みと共に掌がゆっくりとはなれてゆく。その距離が、優希君と私の心の距離のように感じられて切なかった。
このままはなれてしまうのが怖い。思い切って聞いた方がいいのかも。でも、聞いて嫌われるのも怖い。どうしたらいいんだろう。
「じゃあこれは、今渡そう」
考えすぎて軽い浮遊感に襲われた私の目の前に、桜色の紙袋が差し出された。
「念のために持ってきてよかったよ」
笑顔で受け取るよう促される。わけのわからぬまま手にした紙袋は、ズシリと重かった。
「なあに?」
「何って、ホワイトデー」
あっさりと告げられた言葉に、私は目を見開いた。
今日ってホワイトデーだったの!?
やだ、変なこと考えてたから全然忘れてたよ。もしかしてそれで今日、優希君、私を家に呼ぼうとしてくれてたの?
どうしよう。
「舞子?」
名前を呼ばれ我に返る。
「大丈夫か」
「うん。大丈夫」
大丈夫だけど……大丈夫だけど……全然大丈夫じゃない。
「家まで送るよ」
よほど酷い顔をしていたのだろう。優希君はそっと私の手を取ると、ゆっくりと歩きだした。
一体何がどうなってしまったのか、全くわからなくなってしまった私は、引かれる腕のままに、ただ呆然と前を歩く優希君の背中を見つめていた。
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