第十四話(前編) 満開の桜に降る雪。
無事合格し、後は卒業式を待つばかりとなった私の頭の中は、春休みをいかに優希君と楽しく過ごすかでいっぱいだった。今まで勉強ばかりだった週末も、これで思い切り遊べる。とはいってもしょせんは小学生。貰えるお小遣いなんてたかがしれてるし、必然的に、お互いの家に遊びに行くことになる。
そのことに不満があるわけではない。優希君と一緒にいられるのなら、公園だろうが図書館だろうが、どこだってかまわない。問題は、相も変わらず参考書を広げ勉強をしている、ということだ。
優希君曰く「中学に入って舞子が苦労しないため」だそうだ。
優希君の言い分はわかる。
「入試はあくまでも通過点であり、ゴールじゃない」
その通り。
最も過ぎて、反論の余地なんてない。
でも、入試が終わったのにデートのたびに勉強なんて、悲しすぎる。まあ試験前に比べれば、格段時間は短くなったものの、それでもやっぱり悲しい。
入試が終わって一月近くが経つ。
いつまでこの状態が続くんだろう。
もしかして一生!?
頭の良い優希君とお付き合いするということは、こういうことなのだろうか。
寂しい思いに胸は痛み、気持ちがどんどん沈んでいった。無意識のうちにため息の数が多くなる。
そんな中、突然「今度の土曜日、電車で出かけよう」と告げられ、私は驚きに持っていたシャープペンを落としてしまった。コロコロと転がったシャープペンが、優希君の指先で止まる。ほんのりと頬を染め、ちょっと怒ったような表情で俯く優希君の姿が可愛かった。もちろん私は場所を聞くことなく、二つ返事でOKした。
二人で電車に乗って出かけるのは初めて。考えてみたら、デートらしいデートはプレゼントを買いに行った、あの時一度きりだ。二月近くの間、額が触れ合うほどの距離で勉強を教えてもらっていたというのに、いざ並んで座ると妙に意識してしまう。電車の振動と心音が重なり、自然と頬が熱くなった。
「勉強だけど」
「はい?」
突然話しかけられ、素っ頓狂な声が出てしまった。その声に驚いたのだろう。優希君の肩が跳ねたのが、はっきりとわかった。
「あっ……ごっ……ごめんなさい」
「いや、ちょっとびっくりしただけだから」
「ごめんね。ぼんやりしていたものだから」
驚く優希君に身振り手振りを加え、あたふたと言葉を発した。
「それより、勉強がどうかして」
「うん。もう大丈夫だと思うから」
言葉の意味がすぐには理解できず、目を瞬かせる私を、優希君の瞳がまっすぐに見た。
「中学に行っても、困ることないと思う」
「……大丈夫かな」
「うん。今まで無理させて悪かったな。一緒にいても楽しくなかったろう」
「そんなことないよ!」
と言いつつも、完全に否定しきれない自分に胸がツキリと痛んだ。
「優希君の方こそ大変だったでしょう」
全てを見透かすような真摯な眼差しに焦りを覚え、慌てて言葉をつなぐ。
一緒にいられることは楽しかった。それは嘘じゃない。ただ、勉強ばかりでちょっぴり寂しかったのも事実。だから優希君の言葉は正直痛かった。
「大変だと思ったらやらないよ」
そんな私の心中を知ってか知らずか、優希君は薫るように柔らかく笑った。
その姿に、優希君との勉強を憂鬱だと思った自分が恥ずかしくなった。
誰だって勉強が楽しいはずなどない。ましてや自分のためではなく、人に教えるための勉強だ。何の得にもならないのに、貴重な時間を費やしてくれたのだ。感謝するのが当然であって、憂鬱に思うなんて失礼極まりない。
「……ごめんなさい」
ようやく気付いた自分の愚かさに、自然と謝罪の言葉が落ちた。
情けなさと恥ずかしさに、涙が零れそうになった。堪えようと膝に置いた手をギュッと握り締める。
不意にうなだれる私の頭を、優希君の手が撫でた。驚く私に、信じられないくらい優しい眼差しの優希君が微笑みかける。
「春休みは、楽しい思い出たくさんつくろうな」
聡明な優希君のことだ。謝罪の言葉の意味は、言わなくてもわかっただろう。それなのに、何事もなかったかのように接してくれる優しさが胸に沁みた。
「ありがとう、優希君」
溢れる感謝の気持ちを、一体どうやったら全て伝えることができるのだろうか。おそらくどれほどの言葉を重ねても、伝えきることなど不可能だろう。
それくらい優希君の思いは優しく、その眼差しは慈愛に満ちていた。
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