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大好き!
作:七海 華



第十二話(前編) 今日という日。


 試験は二日間に渡って行われた。
 お守りのおかげで私は緊張することもなく、試験に臨むことができた。何より優希君に教えてもらったという事実が、勇気を与えてくれた。
 算数はやっぱり難しかった。けど、鉛筆が止まるたびに、優希君の教える声が聞こえるような気がして、何とか全て埋めることができた。
 だからといって、合格できるかといえば微妙。私ができたくらいなんだから、他の皆だってできたに違いない。
 試験が終わり、プレッシャーから開放された同級生達が、嬉々とした表情で帰路を急ぐ姿を見て、私は暗い気持ちになった。正直、私には手放しで喜ぶ余裕なんてない。結果発表は一週間後。その間、こんな暗い気持ちで過ごさなければならないのかと思うと、無意識のうちに深いため息が零れた。
「大丈夫だよ、舞子」
 私の気持ちを察したかのような力強い言葉に、落ちていた視線をゆっくりと上げた。包みこむような眼差しで、優しく微笑む優希君と目が合う。
「あれだけ頑張ったんだ。絶対に合格する」
「でも……」
「大丈夫だ」
 優希君は多くは語らない。けど、偽りのないまっすぐな眼差しに、心がふわりと軽くなるのを感じた。
「大丈夫……かな」
「大丈夫だ」
 満面の笑みで大きく頷く姿に、心の中のモヤモヤは完全に吹き飛んだ。
 好きな人の言葉は、どうしてこうも胸に響くのだろう。これが他の人の言葉だったら、絶対に信じない。でも、優希君が言うと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
「ありがとう」
 先程までとはまるで違う晴れやかな気持ちで、明るく感謝の言葉を口にすることができた。
そんな私に、優希君は今まで以上に、優しく温かな微笑みを向けてくれた。


 かなり前から、試験の最終日にランチを一緒にすると約束していた。誕生日プレゼントを買いに行った日から、丁度一月。毎日勉強に追われて、デートどころではなかった。だから私は、今日という日を楽しみに頑張ってきた。
 場所はもう決めてある。ママとショッピングに行った時、よく立ち寄るパスタのお店。種類が豊富で安いのに美味しくて、私の一押しだ。
 いつも優希君の後ろばかり歩いているけど、今日は案内役の私が前。
 試験終了直後の暗い気持ちは、どこにいってしまったのかと自分でも不思議なくらい、気分は高揚し足取りは軽かった。これも優希君の「大丈夫」のおかげかな。
 平日の昼間ということもあり、人通りは少なかった。それでもウィンドウを飾るディスプレイはかなり賑やか。やけに赤い色が目につく。
 クリスマスでもないのに、なぜ?
 思わず疑問符が浮かぶ私の鼻に、甘い香りが漂ってきた。
 この香りはチョコレート。
 匂いに誘われるまま視線を動かす。味の良いことで評判のチョコレート店。私も時々、ママのお遣いで利用する。小学生のお小遣いでは、ちょっと厳しい高級店だ。いつもは二、三人のお客さんが、ゆったりと店内を歩いているのに、今日はなんだかやけに人の数が多い。それに心なしか、殺気立っているように感じられる。何かイベントでもやっているのかな。ぼんやりと中を眺めていた私は、掲げられたボードの流暢な綴りを一つずつ読んだ。
 V、a、l、e、n、t……バレンタインデー!?
 あまりの衝撃に声さえ出なかった。頭の中で「バレンタインデー」の文字が連打される。
 私、全然忘れてた!
 恋人達の最大級のイベントを忘れるなんて信じられない!
 どうしよう!?
 焦れば焦るほど考えはまとまらなくなり、最後には真っ白になった。
「どうした、舞子」
 血の気が引くのを感じながら、放心したままの眼差しを優希君へと向ける。
「顔色悪いぞ」
 心配げに尋ねる姿に胸がズキリと痛んだ。バレンタインデーを忘れるなんて、女の子として最低だ。優希君に心配してもらう価値なんてない。申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで、涙が零れそうになった。
「大丈夫か、舞子」
 どんなに情けない顔をしているのかは、優希君の困惑する姿を見れば一目瞭然だ。けど、心配してくれればくれるほど胸が切なくなり、いたたまれない気持ちになった。
「舞子?」
「ごめん、優希君! 舞子、用事を思い出したから帰るね!」
 返答を待たずに踵を返す。
「舞子!」
 一緒にいるのが辛くて、優希君の心配げな眼差しが切なくて、声を振り切るようにして駆け出した。
 どうして忘れてたんだろう。
 大切な大切なバレンタインなのに!
 ばかばか。
 舞子のばか!
 悔やんでも悔やみきれない思いに、視界が涙でにじんだ。












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