盲
高校の時のクラスメイト、Sについての話だ。
Sは頭が良く、スポーツもできた。身長も高く、顔も整っている。特に自分から何もしなくたって、友人ができるようなヤツだった。
いつも笑顔を絶やさず、爽やかで、人の悪口を決して言わなかった。そんな性格にも好感が持てて、俺もSとは仲良くしていた。
――ただ、Sには一つだけ、変わった所があった。
写真を撮られるのを、異常に嫌うのだ。
こんなことがあった。昼休みに、友人の一人が携帯電話でSに写真を撮らせてくれ、とせがんでいた。その友人いわく、他校に通う女友達に「Sっていうイケメンがいる」と話したところ、『写メを送ってくれ!』と頼まれたというのだ。
しかし、Sは苦笑いをしながらやんわりと断った。
「写真撮られんの、苦手なんだよな」
そう言うと、「用事があるんだ」と言って教室を出て行ってしまった。
こんなこともあった。学校帰りに、男友達六人でゲームセンターに行った時のこと。
友人の一人が、「プリクラを撮ろう!」と言い出した。俺も(高校時代のいい思い出になる)と思い、その提案に賛同した。
――しかし。
「男同士でプリクラなんて、気持ち悪いぜ」
Sは笑いながら、一人でUFOキャッチャーのコーナーに行ってしまった。
Sの徹底ぶりは、凄かった。修学旅行で沖縄に行ったのだが、彼の映った写真は一枚も無かった。唯一あったのは、後ろ姿が背景に写り込んでいたもの、一枚だけ。
みんな“おかしい”とは思っていたのだが、それさえ気にしなければSは良い奴で、一緒に並んで歩いているだけで誇らしい気持ちになれるような、そんな人間だった。だから、誰もその理由を深追いしようとは思わなかった。『Sは写真に撮られるのがイヤ』というのは、全員の間で暗黙の了解になっていた。
――……それは、高校の卒業式後。“打ち上げ”と称して友人宅に集まり、みんなで遊んでいた時の事だった。
テーブルの上にはピザや焼き鳥などといった食事が並び、透明のコップには色とりどりの飲み物が注がれていた。交わされるのは、高校時代の思い出話。あの先生が嫌だったとか、実は誰々が好きだったとか、そんな話に花が咲いた。
楽しい時間はあっという間に流れ、夜も更けていった。すると、顔を真っ赤にしたSが急に寝転んだと思うと、眠りについてしまった。……どうやら誰かがみんなのコップに、“なにか”を混ぜたらしい。
俺も頬が熱くなり、何故だか段々と愉快な気分になるのを感じていた。そして、誰かが言った。
「なぁ、Sの寝顔、撮ろうぜ」
Sは、スゥスゥと静かに寝息を立てている。――確かに、Sの姿が映った写真は誰も、一枚も持っていない。一枚くらいならいいだろう。見せたらきっと怒るから、十年後くらいに見せよう。口々に言い合い、俺が携帯電話を取り出した。
カメラのレンズをSに向け、ピントを合わせる。
――カシャーッ
部屋に、シャッター音が響いた。
「どれどれ……」
友人達が俺の後ろに回り込み、携帯の画面を覗き込む。
「――!」
全員が、息を飲んだ。
Sの寝顔を、二つの黒い影が覆っていた。左右両側に張り付くそれには五つの突起があり、“手”に見えた。まるで、恋人同士がじゃれ合う時に「だぁーれだ」と言って目を塞ぐように、その手はSの後ろから――少し長めの髪の中から、現れていた。
ただ、恋人同士のやり取りのそれと違うのは、手が開いていることだった。後ろから頭をつかんでいるかのように、突起の先端――指先は、力が籠っているかのように曲がっている。
そして、両手の人差し指に当たる突起だけは、短い。
それは見ようによっては、両目に指を突きたて、抉っているようにも見えた。
「……」
全員が黙り込み、何も言えなかった。
酔いは覚めきり、全身を鳥肌が包んだ。――俺はみんなが見ている中で、写真のデータを黙って消した。
――それから三年後。大学生になった俺は街中で、Sと思われる後ろ姿を見た。
背丈、体型、お気に入りのリュックサックに、キーホルダー。間違いなく、Sだと思った。
声をかけようと思い、近付くと、Sは長い杖のような棒を持っていて、地面を叩きながら歩いていた。
前に回って顔を見るのが怖くなり、声をかけるのは、やめた。