ブラン城の管理人
さらさらした灰色の髪、濡れたようにきらめく灰色の瞳。整ってはいるが、冷たさは与えない顔だち。背が高く、すらりとしていて、立ち居振舞いは王公貴族のよう。上品で、物腰やわらかなその人――サラザールは、リリアの好みに、ど真ん中だった。
けれど、彼は、ただの管理人。ブラン公爵の一番の部下ではあったが、その居城の管理人に過ぎない。
二年前、突然公爵に封じられたブラン公は、かつて幽霊城と呼ばれた古い城をよみがえらせ、居城とした。
ゼクストン王の計らいで公爵が花嫁選びを行っていた頃は、ブラン城にも、ある程度の使用人がいた。だが、アリシア王女と結婚したのちは、ごくわずかの人数で切り盛りされている。それでも、ブラン公もアリシアも自分のことは自分でするので、特に不自由はなかった。
リリアが知っている使用人は、自称管理人のサラザールと侍女のミアぐらいである。
今日もリリアは、ブラン城でミアの入れてくれたお茶を飲んでいる。
「お菓子は、メレンゲの角菓子にしてね」
リリアが言うと、かしこまりましたとミアは部屋を下がった。
「まるで自分の城のようだな」
と、アリシアが笑う。アリシアは、ブラン城に暮らすようになってからは、大抵飾らない動きやすいドレスを来ていた。けれど、その美しさは少しも損なわれていなかった。
「私は、今日城に用事があるから、好きに過ごしていってくれ」
アリシアが言う城とは、王宮のことである。父であるゼクストン王が、何かにつけ彼女を頼りにしているのだった。
「サラザールは、ここにいてくれるわよね?」
リリアは、アリシアの後ろに控えていたサラザールに言う。
「だって私は、お客様ですもの。管理人がもてなすのは当然でしょう?」
「私で、よろしければ」
サラザールは、柔らかに答えた。
「では、私は支度するから。リリアを頼んだぞ」
そう言って、アリシアは部屋を出ていった。
「おねえさまは、しょっちゅう呼び出されて大変ね」
アリシアを見送ったリリアは、ゆったりしたソファに体を沈めた。
「王は近々退位されることを、お決めになったそうなので」
「クライス様が即位されるの?」
アリシアの兄クライスは、これまた文武に秀で、眉目秀麗の申し分のない王子だった。
「そのようです」
サラザールが答えると、向かい側に立ったままの彼を見上げ、リリアは不満そうに、
「どうして座らないの?」
と言った。
「お許しをいただいておりませんが」
「上から話されると、嫌なの! 座って」
サラザールは、素直にリリアの前に腰掛けた。
「......それで、クライス様が即位されるのに、どうしておねえさまがお城に?」
サラザールの目線が近くなったことにひとまず満足したリリアは、話題を戻した。
「王様も、お寂しいのでしょう」
その時、ミアがリリアの注文した角菓子を持って来た。ミアのお盆には、ちゃんとサラザール用のお茶も追加されていた。リリアは、アリシアの心配りに感謝する。そうでなければ、自分だけが寛いでいて、彼はまるで仕事の一つとしてそこにいるようになってしまう。
「こんなに、食べきれないわ。一緒に食べてね?」
リリアはさっそく角菓子をつまんだ。
メレンゲの角菓子は、実はサラザールの好物なのだった。サラザールは、少し笑って言った。
「ありがたく、いただきましょう」