ダンスパーティー
「うるさい!静かに!」
担任の呼びかけ空しく、教室中は男子の騒ぎ声であふれかえっていた。先ほど続いているこの喧騒は全くもって終わりがみえない。こうなった原因は教卓の横でで困ったように戸惑っている少女にあった。
この時間はクラス委員を決める時間となっていた。そして担任からの提案で男女各1名ずつを選出することになった。
「誰かクラス委員に立候補する人はいませんか。」
担任の声に一人の少女が手を挙げた。
「緋暮さんが立候補してくれました。他に女子で立候補する人はいる………じゃあ、女子は緋暮さんで。それじゃあ次は男子で、立候補する人はいますか?」
この声に男子のほぼ全てが手を挙げた。理由は簡単、教卓の横にいる少女と仲良くなるためだ。この少女こそシンを抑え入試の成績トップの緋暮那奈であった。優れているのは頭だけではなく魔法士としても超一流、そして容姿も完ぺきでまさに非の打ちどころがない。一緒にクラス委員となればその那奈と過ごす時間も増える、このチャンスを逃す手はない。
シンの隣の席に座る大和もそんな場面を想像してか、鼻の下を伸ばしながら立候補していた。
「すごい人気だな。」
そんな光景を見ながらシンは一人ため息をつく。クラス委員を決めるのにすでに30分もかかっている。いい加減疲れてきた。そんな様子に気づいたのか担任が一つ提案をしてきた。
「緋暮さんに決めてもらったら?それだったら皆も文句はないでしょう。」
この提案に男子たちは渋ったが、女子のイライラした雰囲気を感じ取ったのか受け入れることにした。
「それじゃあ緋暮さん。男子の中から一人クラス委員を選んで。」
その言葉に男子の視線が一斉に那奈に集まる。その視線に少し怯んだ那奈だったが、意を決したように一人の名を呼んだ。
「じゃあ……二宮君、お願いします。」
……………
「は?俺?」
「はい、お願いします。二宮君が学年次席というのを聞きました。まだみなさんお互いのことがよくわかっていない時期ですし、少しでも信頼に足るものを持っている方がクラス委員になられた方がクラスとしても私としても良いと考えました。」
こうもスラスラと理由を言われては断れそうにない。こうしてシンはクラス委員を引き受けることになった。
放課後、クラス委員会があるということで真生には先に帰ってもらい、シンは一人学校に残ることにした。その際真生が不機嫌な顔をしていたが、理由を聞くのが怖かったので何も聞かないことにして早々に別れた。今は緋暮と共に生徒会室に向かっている。
「なぜクラス委員に?」
「早く学校になれるにはクラス委員が一番かなと思いまして。それにクラスのみんなと接する機会も増えますし。」
ね、といった感じでこちらに笑顔を向けてくる。
(なるほど…これはみんな立候補するわ)
普段から真生を見慣れているシンでさえも見惚れそうになる。
「本当に俺でよかったの?」
「迷惑でしたか?」
「いやいや、そんなことないけど…。ただなんか俺のこと過大評価してるんじゃないかと思って。」
「そんなことはありません。あの点数はまぐれなんかではとれません。それに二宮君を選んだのにはもう一つ理由があるからなんです。」
「何?」
少し迷った表情をした後、那奈は意を決したように
「二宮君に興味があったんです。中学の頃は勉強で私の相手になるような人は誰もいなくて…、だから私と並ぶくらいの成績をとった人がいるって聞いてどんな人なんだろうって。一緒にクラス委員になったらどんな人か分かるかなと思ったんです。」
(それにおもったよりかっこよかったですし)
最後の言葉は心の中で。
ここまで言われて納得しないものもいないだろう。それにこんな美少女と一緒にクラス委員をすることになったのだ。男として嬉しくないはずがない。
生徒会室のドアを開くと同時、
「遅いぞ。まさか二人でいちゃついてたんじゃないだろうな。」
意地悪げな笑みを浮かべ問いかけてきた人物は、椎名緑。この学校の生徒会長である。
「いきなり何言ってるんですか。」
呆れたように緑に抗議しながら隣を見ると、那奈がほんのり頬を赤く染めてうつむいていた。
(えぇ、何で赤くなってんのこの人)
誤解されかねない那奈の態度を見てさすがのシン焦ってきた。そんなことしている間にその態度を誤解し始めた生徒たちが奇異な視線を向けてくる。
(やばい、このままじゃ変なうわさが広まっちまう)
「ち、違います。ただHRが終わるのが遅かっただけで、いちゃついていたわけではありません。」
しかし、慌てた返答が誤解の色を一層濃くする。そんな様子を楽しそうに見てた緑が
「いやぁ、ごめんごめん。まさかこんなに慌てるとはおもってなかったから。みんなこの二人は本当に何もないから。変な噂しないでくれよ。それじゃ、本題に入ろうか。」
そう言って真面目な表情に変わる。
「本校では毎年生徒会主催のダンスパーティーというのを開いている。生徒会の主催であるから当然学校の職員はこの件に関与は一切しない。なので生徒会が呼びかけなど行っていかなければならないんだがなにぶん人手が足らなくてね。そこでクラス委員にはクラスで呼びかけを行い人をあつめてもらいたい。以上、何か質問のある奴はいる?」
「それだけですか?」
「あぁ、それだけだ。質問のあるやつもいないようだし、これでこの話し合いは終わる。」
何か拍子抜けだ。俺はこんなことのために真生を不機嫌にしてしまったのかと思うと鬱な気分になる。
「二宮君はダンスパーティーに参加されるんですか?」
ふと那奈が尋ねてきた。
「うーん、本当は参加したくないんだけど…クラス委員だからな、参加せざるを得ないかな。あ、それと俺のことはシンでいいよ。二宮ってあんまり呼ばれなれてないし。」
「じゃあ、私のことは那奈と呼んでください。そうですね。クラス委員として率先して参加しないといけませんよね。」
そう言いながら、両手をコブシにして張り切っている様子が何とも可愛らしい。
「それにしても下の名前で呼び合うなんて、なんだか友達みたいですね。」
「は?」
(いきなり何を言うんだ。この娘は…)
「あれ、何か可笑しいこと言いましたか?」
そう言って不思議そうに首を傾げている。
「いや、みたいっていうか…もう友達でしょ?」
その言葉に驚いたように彼女は顔を輝かせた。
「そっかぁ。いつの間にか友達になっていたんですね。わたし小中学校時代は女子校に通っていたので男の友達初めてなんです。じゃあ、これからよろしくお願いしますね、シン君。」
言いたいことはあったが、そう無邪気に笑われてはこれ以上何も言えない。
「あぁ、よろしく。そういえば時間遅いけど大丈夫?送って行こうか?」
「いえ、それには及びません。校門のところに迎えが来てますので。それじゃあ、また明日。」
そう言って走り去って行ってしまった。
一見凄くしっかりしていそうな(というかしっかりしているのだろうが…)少女、緋暮那奈。
見た目とは裏腹になんだか少しズレた人物であった。
それから1週間が過ぎ、ダンスパーティー当日。シン、真生、大和、由紀、ヒメの5人がやってきたときにはすでに多くの参加者が会場に集まっていた。
「それにしても高校の行事でこれほどの場所をどうやって…」
シンが驚くのも無理はなかった。この会場があるのは国内でも屈指の5つ星ホテルの最上階に位置する大広間。部屋一面中にところどころ金の刺繍が施された豪奢な赤い絨毯が敷き詰められている。天井には眩く輝くシャンデリアが備え付けられており、フロア端ではところ狭しと豪華な料理が並んでいる。
「へへ、すごいでしょう。」
声をかけられた方を振り向けば、背の低い小動物のように可愛らしい少女がたっていた。
「あなたは…確か副会長の…」
「そ、生徒会副会長の竜胆かすみ。はじめまして、二宮シン君。後ろの君たちもよろしくね。」
「よろしくお願いします。」
全員が揃って言うと、嬉しそうに一つ頷く。
そこでさっきの会話で一つ気になったことを聞いた。
「なんで俺の名前を?」
「そんなの知ってて当然でしょう、私は生徒会の副会長なんだし。君は入試で次席をとってるし、生徒会室の話し合いのときも見てるしね。……まぁ本当はそれだけじゃないんだけど。」
最後の方はよく聞き取れなかったが、理由は分かった。
それであとは最初に気になった疑問、
「この会場は生徒会で準備したんですか?」
「そうだよ。すごいでしょ。」
「凄すぎですよ。誰か生徒会に資産家の子供でもいるんですか?」
「いいや、そんな人は生徒会にはいないよ。純粋に生徒会の力で準備したの。」
「あれもですか?」
真生が料理を指さして言う。
「そう。このホテルのシェフに言って作ってもらった。」
全員が唖然とした。この学校の生徒会は明らかに生徒会の範疇を超えた異常ともいえる力を持っている。かすみはその反応を満足そうに見ている。
「ま、そのうち慣れるよ。うちの生徒会は教師よりも学校内外での影響力が強いからね。もしいろいろ知りたいんだったら生徒会に立候補したらいいかも。あ、緑の話が始まるよ。」
突然会場全体の明りが消えたかと思うと広間の中心にスポットライトがあてられ、そこに1人の美少年が立っていた。全身を白のタキシードで身を包み、胸には赤いバラが刺さっている。白のタキシードが肩口まで伸びている美しい黒髪とその端正な顔立ちを普段以上に映えさせてみせている。
「皆さん、こんばんは。生徒会長の椎名緑です。今日はこのパーティーにきてくれてありがとう。せっかくだし、これを機会に男女の交流を深めていってほしい。また、今日は1年生から3年生まで集まっている。1年生は上級生から話を聞いて今後の学校生活に活かしていってくれ。最後にだが見れば分かる通りささやかながら食事の準備もさせてもらった。これは一流のシェフに作ってもらったものだ。そちらの方もよければ堪能していってほしい。以上、今日は存分に楽しんでいってくれ。」
緑の話が終わると同時、銀のきらびやかな光がフロア全体を包み込み、ステージで控えた楽団による演奏が始まった。
「すごい。綺麗…」
フロア中の生徒がこの銀の光に目を奪われている。
「副会長、これは…まほう…ですか?」
「そうだよ。」
シンの問いに当たり前のようにかすみが頷く。
(これって、確かこの前のオリンピックの開会式で使われた魔法じゃなかったか。そんな魔法技師までもよんでるなんて、この高校の生徒会は非常識すぎだろ)
「ねぇシン、私たちも踊らない?」
真生に声をかけられて周りを見ると、いくらかの生徒が既に踊りはじめていた。
「喜んで。」
紳士よろしく床に片膝をついて一礼し、真生の手をとる。次いで流れるような音楽に合わせて踊り始めた。
「何かみんながこっちを見てる気がするんだが。」
踊り始めてすぐに周りからの視線を感じるようになった。
「そう…かな。」
「まぁ、仕方ないか。今日の真生は一段と綺麗だからな。みんな見惚れてんだろ。」
(周りから見たら月とすっぽんのような組み合わせみたいに見えてるんだろうな…)
しかし、そんなシンの考えは見惚れているということを除けば全くの見当違いであった。彼は椎名緑と比べれば確かに見劣りはするが十分にイケメンな部類に入る人種である。視線を多く感じたのはシンと真生の二人の踊るさまが驚くほど絵になっており見惚れていたからであった。
「き、きれい?」
「あぁ、綺麗だ。」
すると真生は顔を一気に真っ赤に染め上げると同時、動揺したせいで足を挫いてしまった。
「おい、どうした。大丈夫か?」
「うん。なんとか。これぐらいだったら治癒の魔法ですぐ治るよ。」
真生が足首に手をかざすと淡い黄緑の光が足を包んだ。数秒して光が消えたときには腫れは完全に引いていた。
「とりあえず、端の方に座っておこうか。今から飯とってくるから少し待っといてくれ。」
そう言って飯を取りに行ったシンだったが…
「何だ。あれは?」
目の前に人だかりができていた。それも男子ばかり。その中心にいたのは、
「那奈!?」
さすがというか何というか人だかりの原因は緋暮那奈へのダンスの申し込みであった。ここまで男を惹きつける那奈の美貌にやや呆れながら、足早にこの場を去ろうとするシンに突然後ろから声がかかった。
「シン君!!」
振り返ると那奈がこちらに駆け寄ってくる。その後ろで那奈を取り囲んでいた男どもの視線が一斉にこちらに集まっていた。
「皆さんすみません。実はこの方と既に約束していたんです。本当にすみません。」
「えっ」
那奈が健気に謝る姿に諦めたのかみんなこの場から去っていく。シンを一睨みすることを忘れずに。
(せっかく関わらないようにしたのに…)
心の中で嘆く。そうなのだ、足早にあの場を去ろうとしたのは何か悪い予感がしたからであった。しかしその行動空しく、結果は悪い方に転がった。
「突然ごめんなさい。どうしようもなくて困ってたらシン君の姿が見えたので…つい……」
申し訳なさそうに俯いている。
「仕方ねぇよ、もう終わっちまったことだし。気にするなとは言わないけどな。でも悪いけど俺用があるから一緒には踊れねぇぞ。」
「あ、それは大丈夫です。隅っこで友達とおしゃべりでもしてますから。踊れないのは少し残念ですけど…」
最後の方はほとんどもごもご言っていてよく聞き取れなかった。
「それならよかった。それじゃあ俺は急いでるから。」
急いで食事を取りに行った。
「あいつ何が好きだったっけ?」
そんな独り言を言いながら適当に料理皿に取っていく。
そして帰ろうとしたところで怒鳴り声がフロア中に響き渡った。
「何だ。喧嘩か?」
声のした方に慌てて向かう。
近くに行くと、声のしたところを取り囲むように人だかりができていた。
「すみません。」
謝りながら人だかりをかき分け進んでいくと円の中心に黒いフィットスーツに身を包んだ3人の男たちが立っていた。次いで、黒服の男たちが抱えている少女に目が移る。
「真生!!」
抱えらている少女は深紅のドレスに身を包んだ真生であった。
シンの中に沸々と怒りが沸き起こってくる。そうして怒りが限界に達しそうになった瞬間、何者かに腕を掴まれた。
「落ち着いて。君がでるまでもないわ。ここは緑に任せれば大丈夫。」
シンはまだ何か言おうとしたが、さっきまでとは打って変わって落ち着き払った雰囲気に何も言えなくなった。
視線を前に向けると、いつの間にやら緑が黒服たちの目の前に立っていた。
「随分と派手な登場だね。大の男三人がいたいけな少女を捕まえて一体どうするつもりですか。」
「お前には関係のない話だ。」
「関係ありますよ。その少女はうちの学校の生徒ですから。」
先ほどからずっと笑顔を絶やさず、悠長に犯人と話をしている様にシンは苛立ちを募らせる。
「何を悠長に。」
「だから落ち着きなさい。もうすぐ解決するから。」
緑はと言えば相変わらず悠長に会話を続けている。しかしやがて犯人の一人が痺れを切らしたように
「早くそこをどけ、さもないとこの女を殺す。」
そう言って、真生の喉元にミリタリーナイフを突き立てる。
「それは困りますね…」
全然困った様子など見せずに答えた次の瞬間、明らかに緑の纏っている空気が変わった。
そして真生を抱えている黒服を指さし……告げる。
「そこのお前、その子を下におろせ。」
すると、真生を抱えていた黒服はゆっくりと彼女を自分たちから少し離れた地面へとおろし、元の位置に戻った。
黒服たちは仲間の不可解な行動に揃って困惑した表情をしている。
そして再び今度は3人を指さし…告げる。
「全員、そこにひれ伏せ。」
すると、黒服の全員が地面にひれ伏した。そこに控えていた他の生徒会役員が飛び出し黒服たちを拘束する。シンとかすみは真生の方に駆け寄る。由紀と姫花、そして大和がこちらに駆けてくるのが見える。
「薬をかがせられて眠らされただけみたいね。大丈夫よ。」
そう言われてひとまず安堵した。それで一番気になることを聞く。
「さきほどの会長の能力はまさか人身掌握?」
「ええ、そうよ」
その問いに緑の妹である姫花が答えた。
「兄さんの人身掌握は意識した対象の体中の魔力を乗っ取って体のコントロールを奪います。先ほどのような場面にはうってつけの力です。ただ、力が格上だったり、拮抗していたりする人にはあまり効果がありません。また、人数が多ければ多いほどコントロールが雑になります。まぁ、3人ほどでしたら余裕だとは思いますけど。」
「まさか難度Aの魔法を操るとは、会長の名は伊達じゃなかったんだな。」
人身掌握が難度Aといわれているように全ての魔法にはSからFまでランク分けがされている。例えば由紀の使った窮奇が難度B、大和が使った肉体強化が難度Dといった感じだ。
難度Aの魔法となれば日本全国で見ても使える者は限られる。
「それにしても生徒会皆で作った防護壁をどうやって破ったのでしょう。犯人を見る限り、防護壁を破れるような力を持っていなかった。となるとやはり、うちの生徒に内通者がいるということになるんでしょうが……」
「副会長、ぶつぶつ呟いてどうかしました?」
「いえ、何でもないです。それよりも先ほどのようなこともありましたし、パーティーはこれで終わりです。皆さんも他の生徒と同じように家に帰ってください。」
周りを見ると人がだいぶ減っていた。
「すみません。それじゃあ先に失礼します。」
「はい、気をつけて帰ってくださいね。」
5人は揃ってホテルを後にした。
「さて、私はもう一仕事しますかね。」
そう小さく呟いてかすみはフロアを後にした。
「全く、使えない人たちだわ。」
そう言いながら生徒会役員の一人、斎藤エリカは屋上でヘリを待っていた。
「せっかく私が手引きしてやったというのに…これで報酬もパーですわ。」
そんな一人憤慨しているエリカの背に声がかかった。
「あらエリカ、こんなところで何してんの?」
「え、あ、かすみさん。驚かさないで下さらない。今はヘリを待っていますの。さきほどのこともありましたし、ヘリで帰った方が安全だと思いまして。」
なんとかボロは出さないで済んだ。
「じゃあさ、私も一緒にヘリに乗っていい?」
「は?」
その言葉はエリカの予想を遥かに裏切るものだった。
「だって、危ないって言うんなら私も同じでしょう。だったら一緒にエリカんちに言ってから家に帰った方がいいと思って。私の家とエリカの家は近いしね。」
笑顔でこう言われては断れそうにない。それにいい良い訳も思い浮かばなかった。
(まぁいいわ。ヘリが来たら人数をかけて一気に片付けてしまいましょう)
「かすみさん、ちょっと待ってて下さいね。連絡しますから。」
エリカはそう言うと無線機を使って、何事か話しだした。
「…えぇ、邪魔が入りました。つき次第人数をかけて潰します。準備をしておきなさい。」
エリカが無線を終えて振り返ると、心配そうにこちらを窺うかすみの顔があった。
「大丈夫だった。」
「えぇ、問題ありませんわ。」
「良かったぁ。あ、ヘリ来たみたいだよ。」
無邪気に空を指さしながら言う。
(それがあなたを害すものだと知らずにね)
ヘリがホテルの屋上に着いてすぐ、先ほど騒ぎを起こした者たちと同じ黒服が次々と屋上に降りてきた。
「ふふ、アハハハハハ。本当にあなた馬鹿ね。私が犯人だとも知らずにノコノコついてきちゃって。でも大丈夫、命までは取らないわ。ちょっと頭と身体をいじらせてもううだけ。」
(どういう表情ををしているかしら)
そう思いかすみの表情を見てエリカは眉を顰めた。
(笑ってる?)
見ると確かに口角はつり上がり表情は笑みを形作っていた。
「はは、マジ笑えるわ。まさか自分から犯人だって名乗り出るなんてね。ま、言わなくても分かってたんだけどね。…ん?どうしたの。早くかかってきなよ。面倒くさいから全員で来てね。」
そう言って、笑顔で手招きしている。
「別にわかっていたとしても、どうせ結果は変わらないのですから一緒ですわ。」
言うと同時、エリカがかすみを指さしたのを合図に黒服がかすみに殺到する。
魔法で強化されているのだろう、常人離れしたスピードで迫る。
そして、後コンマ数秒で黒服たちの拳が届く瞬間、黒服全員の耳に短く声が響いた。
「失せろ。」
その瞬間、黒服たちの五感全てが完全に途絶えた。
わけが分からない。それがエリカの反応であった。
黒服たちがかすみを取り抑えたと思った瞬間、光とともに爆音が響き渡った。その後煙がもうもうとして状況が完全に分からなくなった。
(今のは…一体)
すると煙の中から不思議と通る声が聞こえてくる。エリカは思わず身構えた。
「ねぇ、私の二つ名って聞いたことある?」
煙が晴れていき、中から少女の姿が現れる。黒服たちはと周りを見ても誰もいないどころか塵一つない。
「…無痕の士。」
「そう、さすが。この二つ名はね、私の戦いの痕を見た人たちが勝手につけたもので正直不本意なの。あたしの能力は、爆炎っていうんだけど、やっぱりそれにちなんでかっこいい名前を付けて欲しかったなぁって。」
聞いたことがある。彼女の戦いの痕を見た者が必ず口にする言葉。
「…彼女の後(痕)には塵一つ残らない。」
思わず口からこぼれ出ていた。
「さすが生徒会役員、何でも把握してるのね。」
自分のことのように嬉しそうにかすみが頷く。しかし、その直後表情が哀しみの色に染まる。
「だけど、もうひとつの生徒会役員の姿を忘れたら駄目でしょう。生徒会役員は全ての生徒の模範にならないといけないの。その生徒会役員が率先して悪さをしたら生徒たちの信頼を裏切る行為になってしまう。だから二度とこんなことしないよう同じ生徒会役員がちゃんとお仕置きしなきゃ。」
そう言いいながら彼女がこちらへと歩みを進めてくる。エリカは思わず尻もちをついていた。恐怖のあまり足が竦んでしまっていた。
そうしている間にもかすみはこちらへと近づいてくる。
「こ、来ないで。」
怯えて焦るあまり、魔法を使うことも忘れていた。かすみは既に目の前にいる。表情は先ほどとは違い一切の感情の欠片もなく、ただただ無表情であった。
そして手をエリカの頭に翳して一つ呟く。
「私は緑ほど優しくないわ。」
その言葉を聞いたのを最期、斎藤エリカの存在は完全にこの場から消え失せた。
切りどころが分からなくて、長くなってしまいました。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
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